Re.(28) エルロン動いたヘの道

  • 投稿No.3176 元投稿No.3174 鷹富士さんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2024-04-15 16:19:58

鷹富士さまへ

当方の理解力不足で、上から押されることで、スタビライザ位置が上に変位するというイメージができませんでした。すみません。

ジャッキ側は1点支持ですが、ヒンジ側は2点(以上)支持の可能性はないでしょうか?
そうしますと、強度的に変形を生じにくく、仮に変形するにしてもジャッキ側となる可能性はないでしょうか?

雑な絵ですが、考察資料資料的なものです

<スタビライザへの力の伝達>
https://imepic.jp/20240415/583220

> 事故調報告書別冊P117から118にある付図ー3と4のELEVATER-POSは正負が逆で誤り。
> 同じく、P116の記述では、垂直尾翼など約1.5トンが離脱。これとバランスをとれているから、水平安定板はヒンジで上方にずれたはず。

> 上記に気づいたので、下記のように図を改めます。

> https://imepic.jp/20240414/328290

Re. 鷹富士氏へのお願い

  • 投稿No.3175 元投稿No.3173  8.12連絡会 事故調査 分科会 会長 遺族 小田周二さんへの返信
  • 投稿者:鷹富士
  • 投稿日:2024-04-14 21:55:11

小田周二さんへ

私が事件とする根拠は、No.3104と3107に記した各4件、合わせて8件の過去の投稿で述べています。これらの投稿をお読みの上、ご意見をください。

私のNo.3125と3126に対して、あなたからの返信がない旨、No.3133で伝えています。改めて私の意見を求められるなら、まず、これらに対して返信をください。

あなたの著作は、「524人の命乞い」と「永遠に許されざる者」の2冊を既に読んでいます。

No.3104の末尾に記したように、私からのアクセスは極めて制約されています。

Re.(27) エルロン動いたヘの道

  • 投稿No.3174 元投稿No.3171 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:鷹富士
  • 投稿日:2024-04-14 21:39:04

文系さんへ

事故調報告書別冊P117から118にある付図ー3と4のELEVATER-POSは正負が逆で誤り。
同じく、P116の記述では、垂直尾翼など約1.5トンが離脱。これとバランスをとれているから、水平安定板はヒンジで上方にずれたはず。

上記に気づいたので、下記のように図を改めます。

https://imepic.jp/20240414/328290

鷹富士氏へのお願い

  • 投稿No.3173
  • 投稿者: 8.12連絡会 事故調査 分科会 会長 遺族 小田周二
  • 投稿日:2024-04-14 10:30:45

 日航機墜落で、38年前 小田は愛する子供:(浩二 15歳)、(陽子 12歳)を失った父親である。
 この事故原因には 当初 遺族の殆どは、疑問、疑惑を持っていたが、旅客の墜落という事態については、遺族は何ら、技術的、操縦的、論理的な状況を知る者は少なく、
 証拠資料;CVR,DFDR[ 残骸は 極秘で 知らされず、伏せられ、又 少なくても、掛かる事故について、考える余裕はなく、事故調査委員会、群馬県警の調査部署に任せるしか なかった。
 
 小田は 技術系の大学を卒業しているが、旅客機の墜落には同じく 素人であったが、ただ 他の遺族よりは 強い関心を持ち、常に、いろんな状況と証拠は 把握して 注意を払っていた。
 本格的に 事故から 30年過ぎに 事故調査に挑戦して、かなり、事故の核心に接近出来たと考える水準に達していた。
 小田は この結果を 本にしている。この結果を纏めて「御巣鷹の悲劇」に 100件以上 投稿しているが、読者含めて,反応は ありませんでした。

 結論は「日航機墜落の事故は 中曽根総理、自衛隊による共謀殺害事件である。動機は 中曽根総理の責任回避である。事故調査は 航空局、群馬県警の嘘の事故原因の捏造であり、共犯者である、日航も」と 断じた。
 この時、鷹富士氏が 投稿して 「「墜落は 事件である。且つ 具体的に 「その議論の先は、当時の自衛隊、防衛庁長官、総理大臣の責任に及びます」と述べており、
 大変嬉しく 感動して その賛同について  鷹富士氏に より詳しく 記述されて、説明を求めたのが 端緒でありました。

 これについて、未だ 鷹富士氏から、この説明が ありません。この件は 数行の記述では 良く分かりません。少なくとも 数頁での説明がされないと 単純な知識がない遺族には 理解出来ませんので
 ここに 貴方の「墜落は 事件である」との具体的な説明を求めた遺族であります。

 尚 小田の主張は 小田の3冊の本に詳しく 記述しており、参考にして下さい。   

Re.(27) エルロン動いたヘの道

  • 投稿No.3172 元投稿No.3171 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:鷹富士
  • 投稿日:2024-04-12 22:32:22

文系さんへ

ご指摘を受けて、私の誤解に気づきました。ジャッキの支持金具の破壊では、合理的説明になりません。

No.3150と、3155のイメピク図と、3164の後半、3169のイメピク図を撤回させていただきます。
ヒンジの方がより大きく破壊した、と想定すると矛盾なく説明できそうです。

Re.(26) エルロン動いたヘの道

  • 投稿No.3171 元投稿No.3169 鷹富士さんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2024-04-11 17:50:21

鷹富士さまへ

情報提供頂きましたおかげで、スタビライザ部の構造の理解が深まりました。お礼申し上げます。
油圧モータの取付部構造と、スタビライザ後端側のヒンジの構造の詳細は不明ですが、ここまで判明すれば十分だと思っております。

詳細は違うかもしれませんが大筋このようなものだと捉えております。
<スタビライザ資料>
https://imepic.jp/20240411/638570

なお、衝突状況等につきましては、また来週あたり、 改めてとさせて頂きます。

> 念のため記しますが、私は当初から一貫して「前方から上端に」です。側面や後方と記したことはありません。今回の図に倣って経路を描くなら、100ないし120度で交差するのが私のイメージに近い。
> 今回紹介した4件は、仮説や推測ではなく、DFDRの解析結果です。

> 荒木説には、UP_2Jが当日飛んでいた根拠が示されていません。

> 改めて、事故調報告書を読み直しました。P226に「ジャッキスクリュー破断」の写真99.100があり、P152の付図ー16残骸分布図では、水平尾翼から少し離れてジャッキスクリューとその支持金具が落ちています。これらのことは、垂直尾翼の破壊時に、ジャッキと水平安定板との結合部が破壊していたことを示します。下記イメピク図も参考に。

> https://imepic.jp/20240409/658160

駿河湾3千フィート の未確認飛行物体の怪

  • 投稿No.3170
  • 投稿者:胸肩
  • 投稿日:2024-04-11 14:21:03

河津町方向に飛行し河津町の上空付近で、
右旋回して 北方向に向かったとの証言
が在る一方で、他の市民は、北方向に飛
行した機体が今度は、左旋回したとの目
撃をし、証言している事は、駿河湾を飛
行した事になるのか?

JAL123大島へ誘導のため
磁針方位90度で飛行せよ
(東京ACC)

18:28:35
ラジャー、バッド•ナウ
アネイブルコントロール
(CAP)

18:28:48
レフトターン(CAP)
18:28:49
答えず(COP)

1985年8月27日
発表の事故調の中間報告

*1987年6月19日発表の最終報告
ライトターン(COP)
ディセンド
※音声なし

全く同じ時間帯に全く逆
の発言になって居ります。

18:28 JAL123トランス
ポンダーOFF !

機長の指示に応えずと、
ボイスレコーダー記録
に筆記され、伊豆半島
の北上を阻止された為、
アネイブルコントロール
を通報して、トランスポ
ンダーをオフにしたと推
察されるのです。

加筆されたが、実際には
会話、発声して無い為、
応答せずなのでは?

筆記されたのは、航跡図を
駿河湾に引く為だったので
は無いのか?

怯んだリモートコントロール
側は慌てて、123便のトランス
ポンダーを入れ、レーダスクリ
ーンに引っ掛からぬ様に、駿河
湾を低空飛行していた処を奇し
くも露呈して、仕舞ったのでしょう。

駿河湾3千フィートの未確認飛行物体

関東南A空域を飛行中の11機中の
不明機材中に潜り込んで居る可能性。

B707-RC135(T)
JAL1732便 詳細不明 
18:24:40 Japan Air 1732 Contact
Tokyo 125.9(ACC)
Ready 59 Good bay(JAL1732)
Good bay(ACC)

C-1(EC-1)?
自衛隊定期便 71便 詳細不明

Re.(25) エルロン動いたヘの道

  • 投稿No.3169 元投稿No.3165 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:鷹富士
  • 投稿日:2024-04-10 21:39:04

文系さんへ

念のため記しますが、私は当初から一貫して「前方から上端に」です。側面や後方と記したことはありません。今回の図に倣って経路を描くなら、100ないし120度で交差するのが私のイメージに近い。
今回紹介した4件は、仮説や推測ではなく、DFDRの解析結果です。

荒木説には、UP_2Jが当日飛んでいた根拠が示されていません。

改めて、事故調報告書を読み直しました。P226に「ジャッキスクリュー破断」の写真99.100があり、P152の付図ー16残骸分布図では、水平尾翼から少し離れてジャッキスクリューとその支持金具が落ちています。これらのことは、垂直尾翼の破壊時に、ジャッキと水平安定板との結合部が破壊していたことを示します。下記イメピク図も参考に。

https://imepic.jp/20240409/658160

Re.(10) 生存者と検証

  • 投稿No.3168 元投稿No.3167 河津低空飛行説さんへの返信
  • 投稿者:胸肩
  • 投稿日:2024-04-09 12:27:18

> 胸肩さま

> > 18:30 神奈川県相模原市上空座間
> > ポイント*の東約9km高度約540
> > 0m上空よりANA757便東京発小
> > 松機長は… 「4発エンジンの大型
> > 軍用機といった感じで日航機には
> > 見えなかった」 「何とか機首を羽
> > 田方向に立て直そうとしている様
> > だった」「大きくなったり、小さ
> > くなったりして見えた。北から東
> > へ針路変更をし様としている様だ
> > った」「約3分後右後方へ去る」
> > 民間パイロットの目から、「4発
> > エンジンの大型軍用機といった
> > 感じで日航機には見えなかった」
> > と率直に語ります。

> 123便に垂直尾翼がなかったから
> 太っちょ軍用機に見えたのでは?

ベテランパイロットが感じた
のです。素人目線では無いです。

慰霊の園の展示館に展示され
ていたJAL747エンジンの写真
は実際には、B707サイズです。

事故報告書のエンジンと同じです。

https://eritokyo.jp/independent/aoyama-jal0103.htm

慰霊の園の資料館に展示されていた事故当時
(1985年8月13日)の写真を参照して下さい。

エンジン残骸を後ろから撮影して居ります
が、ジャンボ機のエンジンとは高さが違い
過ぎます。

> > JAL擬装機(軍用輸送機特殊改)
> > 乗務者中三人死亡、大破処分。

> > 駿河湾→焼津市→藤枝市→田子の浦→
> > 横田基地周回→ 18:45座間市北東33km→山梨県、長野県県境→赤岳→北相木村→御巣鷹山→群馬県上野村→一旦北上→南下→諏訪山周回18:50

追加して措きます。
北相木村→御座山→御巣鷹山→

> 私なりの実123便の航跡
> 1825河津町
> 1829宇久須付近から駿河湾へ

18:30 沼津市、三島市、
18:33御殿場市、
富士吉田市

> 1831駿河湾で北上(レーダー消失)
> 1832三保沖で右旋回
> 1833由比蒲原付近から上陸
> 1835富士宮
> 1838御殿場(富士山東)

18:35甲府市南、
(左旋回ループ)
都留市、上野原市18:40
(右旋回ループ)
> 1840大月旋回start
> 1844大月旋回end

相模湖、横田基地南側、
日の出町
横田基地北側 18:45:46
入間基地
青梅駅 
御岳山

> 1846奥多摩
> 1851熊谷西25マイルから右旋回降下
> 1854川上村で低空飛行
> 1856墜落

本仁田山 18:50
甲武信ヶ岳北側尾根
不時着を試みたレタス畑 18:54
扇平山
三国山
南相木村栗生、不時着を試みた。
(未だ無い三川湖)付近18:55:27
川上村の村内(大左旋回)
高天原山18:56

18:56:55低速標的機が貨物室を
直撃、大爆発して居ります。

管制部レーダ数秒以上、同一場所
で点滅し、機体がレーダから完全
消失は18:57

背面飛行の機首角上方40°以上
垂直落下、二裂機体は尾根を
駆け上がる。

機体後部は、機体進行方向維持
して、スゲノ沢に滑落します。

圧力隔壁に、荷物や土砂や木が
当たり多少の損壊発生。

> 横田は目撃なしにて飛行なし
> 雲を避け視界確保し大月旋回後は北上

質問するならば、先ずは投稿した内容
を熟読してからにして戴きたいと思います。

貴方に対してはこれで十分かと考えます。

Re.(9) 生存者と検証

  • 投稿No.3167 元投稿No.3166 胸肩さんへの返信
  • 投稿者:河津低空飛行説
  • 投稿日:2024-04-09 01:09:25

胸肩さま

> 18:30 神奈川県相模原市上空座間
> ポイント*の東約9km高度約540
> 0m上空よりANA757便東京発小
> 松機長は… 「4発エンジンの大型
> 軍用機といった感じで日航機には
> 見えなかった」 「何とか機首を羽
> 田方向に立て直そうとしている様
> だった」「大きくなったり、小さ
> くなったりして見えた。北から東
> へ針路変更をし様としている様だ
> った」「約3分後右後方へ去る」
> 民間パイロットの目から、「4発
> エンジンの大型軍用機といった
> 感じで日航機には見えなかった」
> と率直に語ります。

123便に垂直尾翼がなかったから
太っちょ軍用機に見えたのでは?

> JAL擬装機(軍用輸送機特殊改)
> 三人乗務、大破処分

> 駿河湾→焼津市→藤枝市→田子の浦→
> 横田基地周回→ 18:45座間市北東33km→山梨県、長野県県境→赤岳→北相木村→御巣鷹山→群馬県上野村→一旦北上→南下→諏訪山周回18:50

私なりの実123便の航跡
1825河津町
1829宇久須付近から駿河湾へ
1831駿河湾で北上(レーダー消失)
1832三保沖で右旋回
1833由比蒲原付近から上陸
1835富士宮
1838御殿場(富士山東)
1840大月旋回start
1844大月旋回end
1846奥多摩
1851熊谷西25マイルから右旋回降下
1854川上村で低空飛行
1856墜落

横田は目撃なしにて飛行なし
雲を避け視界確保し大月旋回後は北上