Re.(23) DFDR解析による航跡

  • 投稿No.2338 元投稿No.2335 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:鷹富士
  • 投稿日:2022-11-23 18:14:43

文系さんへ

> それだけ多くのレーダーで捕捉されており、EMGが点灯していたということであれば注目を浴びていただろうことは間違いないものと想像しますが、そうであったであろうにもかかわらずそれらのうちどこからも(12日のうちは無理だったとしても)13日のうちに大月旋回部、輪状の航跡であったとの話が出なかったことが不思議でなりません。

A,レーダーでは精度が不足し、大月上空の旋回を把握できなかったと思います。

> 大月旋回の前半部分ですが、離陸時に匹敵するほどの出力が1分半ほど続いていたかと思います。そのあたりCAPから何度も「頭下げろ」と言われていたにもかかわらずそのような操作をしているというのが左右推力差以前の問題として妙に感じています。そこまでフゴイド運動の抑え込みを目論んでか、細かいスラストレバー操作していたのに、そこではフゴイド周期とは関係なさそうなベタ操作が続いていたようです。ストール懸念があったからとの見解も頂戴したこともありましたが、常識的な風の吹き方である限りはそのようなことにはならないように思っています。

B,クルーがどのような操作をしても、油圧を失った機体は反応していないと思います。変化したのはエンジン出力のみ。操作の記録と機体の反応は別物。

> エンジンが4つある747ですと、エンジンの内外で動きとしての縦横それぞれ分担させての操作も可能でしょうから、その分は有利でしょう。もっとも垂直尾翼部の面積が5割超減少していたことは考慮を要するでしょうが。

C、あなたの説明は、「JAL123便の油圧が消えていても操縦が可能である」という説明になっていません。
可能性としては、JAL123便は4発のエンジン出力をクルーの操作で差をつけることができたはずですが、JAL1323便の場合は、それをしていないと思います。

> 新聞に掲載された落合さんの証言は、彼女の知らない単語が含まれていることもあり、信憑性に疑問符が付くであろうことに異論はありませんが、内容すべてが虚偽ということもないように考えています。逆にロングインタビュー版では事故から4か月ほどは経過していたことから、記憶の薄れはあったかもしれません。

D、新聞に掲載された話は、吉岡著と矛盾しない範囲で正しい。

> 7時間超にも及ぶインタビューで、語る時間は十分あったはずですが、吉岡氏も気づいてはいましたが、富士山を見てから墜落までの時間経過にしっくりこないところのある証言になっています。(異常発生後墜落までの32分の証言の構成比率が歪)

E,私は、吉岡著の記述はDFDRによる旋回の仕方と合致していると思います。「経路略図」のような急旋回では、吉岡著に語る見え方に合いません。
落合さんに、富士山が見えた後の墜落直前までの記述が欠けているのは、墜落による激しい衝撃で記憶が飛んでいるもので、これを追求するのは酷だと思います。

> 落合さんが富士山を見たのを大月旋回時としますと、見え方に難がでます。過去一度事故調航跡ベースの航跡での検証をしましたが、鷹富士さまのDFDR版であっても(富士山から離れる分は見えやすい方に作用しますが)証言のように後方にすうーっと流れるような見え方にはならないように思います。
> 見えたとしての見え方としては、窓枠の下の方からロール戻りに合わせて山頂が窓枠の下の方から見えてきたかと思えば、また機体のロールによって窓枠下方へ消えていく といった見え方であったのではないかと予想します。チャンスとしては、23分50秒と、43分丁度の2回くらいのものでしょう。40度程迄ロールして、水平まで戻すかどうか といった状況が10秒くらいの周期で起こっていた頃合いのことです。

> 覚悟を決めてか墜落まで安全姿勢を取り続けたとしても、膝と膝の間に頭を入れるかのような姿勢はそう長く続けられるものでもないでしょう。それを上空6000m超で というのもすんなりとは頷けないポイントです。羽田に戻ると思うとか、ちょっとした安心感とは対極にあるものでしょう。

F、吉岡著での落合さんの話は、話の中ほどで「私は羽田にもどればいいな、と感じていました。しかし、まだ雲の上で、高度も高いし、ちょっと無理なんじゃないかな、とだんだん不安になってきました。」となっています。
あなたが紹介された、「羽田に戻ると思うとか、ちょっとした安心感」という話は、誰かの作り話でしょう。出所を確認してください。

> 鷹富士さまがそのような主張をされているのは重々承知しておりますが、私としましては少年野球団の一人の「新聞に出ていた飛行ルートは真っ直ぐに群馬県と長野県境を御巣鷹の方に向かったようになっているが、実際には川上村梓山上空で大きく右に旋回した後三国山の陰に消えていった。  」 を重視し、現実の飛行ルートとしての逆S字説を支持します。

G,繰り返しになりますが、逆S字飛行を主張されるなら、それができることを物理的・航空力学的に説明してください。それができないなら、逆S字飛行はただの妄想です。

> これもかつて事故調航跡で確認しましたが、そのような飛行は奥多摩駅付近で、仮にレーダー波を捉えられなかったとしても、1回転10秒毎の、1回か2回までのものであろうとの結果でした。さすがにそれがテレビに流れることはないでしょう。

H,レーダから機影が消えるとすればこの時間しかない、というだけで、テレビが何を根拠にしたかはわかりません。
仮に、10000フィート以下で機影が消えるなら、およそ4分間余り継続しています。9000フィート以下ならおよそ3分間継続しています。
1回あるいは2回の短時間ではありません。

> 他に八王子散田町で飛行機の異常なエンジン音を聞いたというのがありましたが、こちらは18:45頃 となっておりました。その頃ともなりますと、空港は閉鎖され、付近を飛ぶものも限られるのではないかという考え方もあるようです。また、証言は数が集まればバッティングするものも出てきます。両立せず排他となればどちらかを選択するだけのことです。

I、先のNo.2333の昭島市の情報に加えて、今回の八王子散田町の情報しかないなら、情報としては極めてお粗末。
一つ確実なのは、、米軍のC130H大型輸送機が、沖縄から横田基地に帰る途中、JAL123便の事故を知り、横田基地からの指令を受けて墜落現場へ向かい、18時45分から19時の間に八王子上空付近を飛んだ可能性があること。

> 小松便機長の証言は、大月旋回の内容を盛り込む形で新聞には掲載し直された といったことがあったはずです。このようなことが起こること自体なにか裏があるのではないかと思われても仕方はないように思います。

> 「相模湖まで来てます」は皆さんの解釈の分かれるところでしょう。何キロ離れたところにどちらの方向に見ての発言だったのか が重要です。これについて鷹富士さまはいかがお考えでしょうか?

J、「小松便機長の証言は、大月旋回の内容を盛り込む形で新聞には掲載し直された」という話の根拠は何ですか?具体的に述べてください。
「相模湖まで来てます」と言う場合の距離の解釈に様々あるのは当然ですが、少なくとも、46分06秒に事故機が相模湖を見える位置にあったことは確かでしょう。距離の解釈などはどうでもよいことです。まさか、八王子市まで来ていながら、こんな言葉はないでしょう。 

> 根拠となりますと、シンプルには18時台に機影がレーダーから消えるのテロップを見たから となります。これの説明が立たなければ納得するに至ることはありません。

K,この問題の発端は、私がNo.2327 であなたに問いかけ、No.2330 で確認を求めた、「DFDRの改竄を想定するなら、漠然とした想像ではなく、どの部分をどのようにしたかを、具体的・合理的に推測してから行ってください」でした。これに対してのあなたの回答が、「先の画像」であり、今回の「シンプルには18時台に機影がレーダーから消えるのテロップを見たから 」です。いずれも、あなたが主張したいDFDRの改竄について、その理由を具体的に説明できていません。

「18時台に機影がレーダーから消えるのテロップ」に疑問があるなら、テレビ局にその理由を尋ねてください。
私は、No.2334の第9項で可能性を述べ、上記のHでも述べましたが、他にあるなら、ご自分で確認してください。

> あと一つ思うことになりますが、鷹富士さまの書かれたDFDR解析による航跡推定図には途中の通過時刻がありません。1分刻みか、そこまででないにしても要所要所の通過時刻の情報があれば事故について検証されている方々に大いに役立つものと想像しております。

L、図の煩雑さを避けるためと、通過時刻を表示することに特別な意味を感じないので、表示はしておりません。以前、日原の部分で表示したように手間をかければ表示は可能ですが、それ以上の必要を感じません。

まずは、DFDRの改竄ができないことを皆さんに理解していただくことが先決です。

Re.(24) DFDR解析による航跡

  • 投稿No.2337 元投稿No.2336 無名さんへの返信
  • 投稿者:風のたより
  • 投稿日:2022-11-22 19:25:55

お二人のお話について、私は興味深く読ませていただいてます。
ここでの茶々入れは不要ではないでしょうか。
それとは別に、事故調の隔壁説を完全に覆されているのに難し過ぎてスルーされていますよね。
職業人としてはまずいんではないですか?(笑)
> この二人のやり取りいつまで続くの?笑

Re.(23) DFDR解析による航跡

  • 投稿No.2336 元投稿No.2335 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:無名
  • 投稿日:2022-11-22 09:04:53

この二人のやり取りいつまで続くの?笑

Re.(22) DFDR解析による航跡

  • 投稿No.2335 元投稿No.2334 鷹富士さんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-11-21 17:29:29

鷹富士さまへ

今回は、明確なソースを提示できない話も含まれますので、若干ラフ目に書かせて頂きます。

123便が各所のレーダーで捉えていたことは報告書にも盛り込まれていたようですが、自分自身、厚木のレーダーは念頭にありませんでした。この他ですと、横須賀かどこか、海上保安庁のものもあったかもしれません。
それだけ多くのレーダーで捕捉されており、EMGが点灯していたということであれば注目を浴びていただろうことは間違いないものと想像しますが、そうであったであろうにもかかわらずそれらのうちどこからも(12日のうちは無理だったとしても)13日のうちに大月旋回部、輪状の航跡であったとの話が出なかったことが不思議でなりません。

>DFDRのEPR1・2を3・4より強くするような改竄はありえないと思います。フゴイドから脱却するためのエンジン出力調整の結果が現れているだけです。右旋回とエンジン出力アップが行程の大部分で同期していることは、改竄をしていない証拠です。

大月旋回の前半部分ですが、離陸時に匹敵するほどの出力が1分半ほど続いていたかと思います。そのあたりCAPから何度も「頭下げろ」と言われていたにもかかわらずそのような操作をしているというのが左右推力差以前の問題として妙に感じています。そこまでフゴイド運動の抑え込みを目論んでか、細かいスラストレバー操作していたのに、そこではフゴイド周期とは関係なさそうなベタ操作が続いていたようです。ストール懸念があったからとの見解も頂戴したこともありましたが、常識的な風の吹き方である限りはそのようなことにはならないように思っています。

>5、操縦性の問題ではなく、物理的にS字飛行は不可能だということです。
逆に言えば、油圧が消えていても操縦が可能である、と言う根拠を示してください。

双発機でありましたが、油圧全喪失にもかかわらず空港への着陸を果たした事例があります。(以下 wikiより抜粋)

2003年11月22日、DHLアビエーションのエアバスA300B4-200F貨物機がイラク・バグダードを協定世界時6時30分に離陸した直後、左ウイングチップに携帯式地対空ミサイルの直撃を受けた。ダメージを受けた主翼は炎上し、油圧制御系統は全損した。離陸に際して左主翼外側の燃料タンク1Aは満タンになっていたものの、気化した燃料による爆発は起きなかった。ジェット燃料は1A燃料タンクが破壊されるにつれ、漏出していった。内側燃料タンク1にも損傷はおよび、燃料が漏出した。 同機はバグダードに引き返し、パイロットの操作のみによる2基のエンジンの推力操作で、3人の乗員は片翼の一部を失った機体を着陸させた。主翼への大きなダメージ、油圧制御系統の全損、安全な着陸速度を上回る速度、準備の整っていなかった地上滑走路といった条件にもかかわらず、無事に着陸した。

エンジンが4つある747ですと、エンジンの内外で動きとしての縦横それぞれ分担させての操作も可能でしょうから、その分は有利でしょう。もっとも垂直尾翼部の面積が5割超減少していたことは考慮を要するでしょうが。

>あなたが言う「14日のインタビュー」とは、上記(1)の日航幹部がマスコミに語ったものですが、これは虚報です。

新聞に掲載された落合さんの証言は、彼女の知らない単語が含まれていることもあり、信憑性に疑問符が付くであろうことに異論はありませんが、内容すべてが虚偽ということもないように考えています。逆にロングインタビュー版では事故から4か月ほどは経過していたことから、記憶の薄れはあったかもしれません。
7時間超にも及ぶインタビューで、語る時間は十分あったはずですが、吉岡氏も気づいてはいましたが、富士山を見てから墜落までの時間経過にしっくりこないところのある証言になっています。(異常発生後墜落までの32分の証言の構成比率が歪)
落合さんが富士山を見たのを大月旋回時としますと、見え方に難がでます。過去一度事故調航跡ベースの航跡での検証をしましたが、鷹富士さまのDFDR版であっても(富士山から離れる分は見えやすい方に作用しますが)証言のように後方にすうーっと流れるような見え方にはならないように思います。
見えたとしての見え方としては、窓枠の下の方からロール戻りに合わせて山頂が窓枠の下の方から見えてきたかと思えば、また機体のロールによって窓枠下方へ消えていく といった見え方であったのではないかと予想します。チャンスとしては、23分50秒と、43分丁度の2回くらいのものでしょう。40度程迄ロールして、水平まで戻すかどうか といった状況が10秒くらいの周期で起こっていた頃合いのことです。

覚悟を決めてか墜落まで安全姿勢を取り続けたとしても、膝と膝の間に頭を入れるかのような姿勢はそう長く続けられるものでもないでしょう。それを上空6000m超で というのもすんなりとは頷けないポイントです。羽田に戻ると思うとか、ちょっとした安心感とは対極にあるものでしょう。

>8、川上村の目撃証言については、以前も繰り返し述べてきましたが、目撃者の錯覚以上に、記者の誤解や誇張があり、全体として誤りが多いと思います。
全てに共通するのは、「上空を右旋回していった」だけです。
S字飛行は、物理的に不可能だからありえません。

鷹富士さまがそのような主張をされているのは重々承知しておりますが、私としましては少年野球団の一人の「新聞に出ていた飛行ルートは真っ直ぐに群馬県と長野県境を御巣鷹の方に向かったようになっているが、実際には川上村梓山上空で大きく右に旋回した後三国山の陰に消えていった。  」 を重視し、現実の飛行ルートとしての逆S字説を支持します。
これに関しては、再調査に繋げることを視野に今からでも状況の確認を行うべきではないかというのが自分の考えです。

>DFDRの47分過ぎから51分過ぎにかけて1000フィート以下に高度が下がり、激しいフゴイド運動のために高度7000フィート以下も記録しています。
この時間帯には、どのレーダーも機影を失っていたと思われますから、その情報がテレビに流れたのでしょう。

これもかつて事故調航跡で確認しましたが、そのような飛行は奥多摩駅付近で、仮にレーダー波を捉えられなかったとしても、1回転10秒毎の、1回か2回までのものであろうとの結果でした。さすがにそれがテレビに流れることはないでしょう。

>10、昭島市のこの話で不明なことの一つは、見えたのは何時何分ごろ(あるいは日没後何分ごろ)という情報がないこと。
見たのが事故機だったかどうかも、この話だけでは判断できません。当時、米軍・自衛隊含め多数の飛行機が飛んでいましたから。

他に八王子散田町で飛行機の異常なエンジン音を聞いたというのがありましたが、こちらは18:45頃 となっておりました。その頃ともなりますと、空港は閉鎖され、付近を飛ぶものも限られるのではないかという考え方もあるようです。また、証言は数が集まればバッティングするものも出てきます。両立せず排他となればどちらかを選択するだけのことです。

小松便機長の証言は、大月旋回の内容を盛り込む形で新聞には掲載し直された といったことがあったはずです。このようなことが起こること自体なにか裏があるのではないかと思われても仕方はないように思います。

「相模湖まで来てます」は皆さんの解釈の分かれるところでしょう。何キロ離れたところにどちらの方向に見ての発言だったのか が重要です。これについて鷹富士さまはいかがお考えでしょうか?

>何かを否定あるいはそれに疑念を呈されるなら、具体的な根拠を示してください。

根拠となりますと、シンプルには18時台に機影がレーダーから消えるのテロップを見たから となります。これの説明が立たなければ納得するに至ることはありません。

あと一つ思うことになりますが、鷹富士さまの書かれたDFDR解析による航跡推定図には途中の通過時刻がありません。1分刻みか、そこまででないにしても要所要所の通過時刻の情報があれば事故について検証されている方々に大いに役立つものと想像しております。

> > 管轄となりますと、現国土交通省となり、当時の運輸省 という答えになります。東京航空交通管制部でその中に東京コントロール=ACC があり、ここで使用しているレーダーの所在が箱根 といった認識をしております。このあたりひっくるめまして、単に 所沢 という言い回しで済ますケースもあろうかと思います。

> 1、箱根のレーダー管轄が所沢であることを了解しました。

> 「米田憲司著=御巣鷹の謎を追う」のページ65には下記4箇所が記載されています。所沢の東京交通管制部が箱根山レーダーを管轄しているから、これらに羽田空港を加えて5箇所で事故機の機影を追跡していたことになります。
> (1)所沢の東京交通管制部、(2)空自峯岡山レーダー、(3)米空軍横田空域管制レーダー、(4)米海軍厚木基地レーダー。

> 異常事態発生直後に、マスコミ各社が情報を得たのは、羽田空港と運輸省経由の所沢の情報だったのでしょう。
> いずれも、精度が不充分な情報であり、マスコミ各社が自社の責任で事故機の進路を推測して描いた図が、翌日の朝刊の図で、
> 素人集団が推測で描いた図を基にして、あれこれ論議することは無意味と思います。

> > 墜落後の現地確認につきましては、事実確認の状況といいますか、どうであったかの見解は大きく別れるかと思います。墜落現場確定の遅れの要因が単にレーダー精度の問題だけではないと私自身は考えておりますが、このあたりにつきましてはお詳しい方に任せたいと思います。ただですが、翌朝まで待つことなく米軍機も現着しており、翌朝新聞にも墜落し炎上している様子が掲載されていたことに間違いはないでしょう。

> 2、この部分の理解は、互いに大きな違いはなく、言葉の表現の違いだけのようです。

> > お気づきのことでしょうが事故機に大きく関わっておりますレーダーは箱根と羽田に設置されていた2つ という事になるはずです。設置場所の違い、仕様の相違から同じ映りとはなりません。それぞれがどのように機影を捉えていたのか ということもまた事故機の状況を知る上で重要なことのように思われます。

> 3、了解しました。いずれにせよ、当時のレーダーの精度は不充分であったと思います。

> > 私の推測の一つとしてですが、大月では360度を超えるような旋回はしていなかった可能性があるのではないか と考えております。40分過ぎての1分半、EPR1・2を3・4より強くすることで旋回したように仕立てたのではないか というものです。その根拠は となりますが、大月旋回の箇所において事故調航跡図と鷹富士さまのDFDR解析による推定航跡に著しい相違が認められるから ということからそのように考えております。

> 4、事故調の「経路略図」は極めて杜撰であり、大月上空の旋回も含め、誤りである、と私は思います。
> DFDRのEPR1・2を3・4より強くするような改竄はありえないと思います。フゴイドから脱却するためのエンジン出力調整の結果が現れているだけです。右旋回とエンジン出力アップが行程の大部分で同期していることは、改竄をしていない証拠です。

> > 私としましては、事故機における操縦性に関する分析が現状では不十分と考えております。そのようである限りは逆S字飛行が不可能なのかどうなのかの判断はできないものと思っていますので、いまのところですが推測を止めるつもりはありません。
> > こちらに関しまして、鷹富士さまの方で無意味なことを… と思われるようでしたら、当方の航路推測に関する書き込みに対しましてはスルー、放置頂ければ と思います。

> 5、操縦性の問題ではなく、物理的にS字飛行は不可能だということです。
> 逆に言えば、油圧が消えていても操縦が可能である、と言う根拠を示してください。

> > 書き始めを 例えばですが としておりましたが、これは何事に対しましても決めつけることなく多角的に物事を考えてみよう という姿勢を示したものです。実際に箒木山で記録された様子を確認するのか となればまた別の話です。

> 6、「何事に対しましても決めつけることなく」には全面的に賛成です。しかし、物理法則など、科学的に合理的である必要があるし、情報に対する評価についても合理的な根拠が必要です。あなたの推測には、それが欠けていますから、空想や幻想の領域に留まっています。

> > インタビューの実施は、日航の取締役ら二人によっておこなれ、その様子を広報部長、整備部長が会見にて読み上げたようです。取締役らの面会時には、落合さんの父親も同席していたものと思われます。
> > なお、「富士山が見えたときは 羽田に戻るだろう という安心感がちょっとありました」との内容は事故調の内部資料にあったようです。

> 7、落合証言には、下記のものが知られています。
> (1)、8月13日に日航の幹部が県警に無断で入院中の落合さんを訪ね、その内容を14日に羽田でマスコミに公表した。
> この内容の一部については、後に落合さん自身が「私はそういうことを話していない」と否定したいい加減なもので、幹部の誤解・主観・作り話が含まれる。
> (2)、事故調の森本調査官と委託を受けた自衛隊の小原医官などによる聴取記録。8月13日、15日、27日および9月17日の4回行われたが、事故調が期待した「急減圧」を否定する内容を含むため、事故調報告書には記載されていない。内部告白者により密かに藤田日出男氏などにコピーあるいは原資料が届けられた。その内容の一部(主に、急減圧が無かったことの証言)は藤田著や米田著に記載されているし、日乗連などの主張の根拠の一部になっている。
> (3)、吉岡忍氏によるインタビュー記録。「吉岡忍著=墜落の夏(文庫版)」のページ68~80に記載。
> 吉岡氏は、累計70時間に亘る長時間のインタビューを行い、原稿は繰り返し落合さん自身の確認を得ているので、最も信頼性が高い。
> 落合さんが「左窓から富士山が見えた」と語るのは20ページ余の記事の終わりに近い部分で、DFDRが示す大月東上空の旋回とタイミングが合っています。

> あなたが言う「14日のインタビュー」とは、上記(1)の日航幹部がマスコミに語ったものですが、これは虚報です。
> 新聞・週刊誌・テレビなどのマスコミ情報は、常にその真偽を疑ってみる必要があります

> > 詳細をみますと、鷹富士さまのおっしゃいますような問題点は多々あるのでしょうが、注目すべきところは、川上村の目撃証言を地図に落とし込むと、事故調の発表している航跡、右回りでの旋回の後墜落 とはならない というところでしょう。さすがに直角のターンはあり得ませんが、集められた証言から推測される航跡は、間違いなく 逆S字 であろうと私は思います。

> 8、川上村の目撃証言については、以前も繰り返し述べてきましたが、目撃者の錯覚以上に、記者の誤解や誇張があり、全体として誤りが多いと思います。
> 全てに共通するのは、「上空を右旋回していった」だけです。
> S字飛行は、物理的に不可能だからありえません。

> > 報道に関する見解は、これだけでも複雑で膨大なものになろうかと思われます。自身このあたりは詳しくありませんので、別途スレッドを立てられる等して頂き詳しい方のご意見を伺うなどしてご確認頂ければ と思います。

> 9、事故直後の輻輳した報道を今更確認する意味はありません。
> 朝日と読売が、事故の数年後に自らの報道内容を総括して単行本を出版していますが、この程度で十分でしょう。

> DFDRの47分過ぎから51分過ぎにかけて1000フィート以下に高度が下がり、激しいフゴイド運動のために高度7000フィート以下も記録しています。
> この時間帯には、どのレーダーも機影を失っていたと思われますから、その情報がテレビに流れたのでしょう。

> > まさか大阪行きの飛行機が東京郊外で目撃するとは思わなかったから
> > もし日航・横田基地・報道機関が早くルート情報言ってくれれば日航か警察に連絡していたよ
> > 真下から見えたはずの八王子市や日野市ははっきり機体見えたのでは?
> > 普段飛んでる米軍輸送機くらいしか思わなかったのかもしれない
> > 飛んでる高さも普段横田基地へ着陸態勢取る時とあまり変わらない高さレベルだったから」

> 10、昭島市のこの話で不明なことの一つは、見えたのは何時何分ごろ(あるいは日没後何分ごろ)という情報がないこと。
> 見たのが事故機だったかどうかも、この話だけでは判断できません。当時、米軍・自衛隊含め多数の飛行機が飛んでいましたから。
> また、この人の情報を経路として描けば、八王子または日野の上空を北上し、昭島の近くで西へ曲がっていったということになり、それなら、大勢の目撃者がいるはずですが、そのような情報はあるのでしょうか?八王子、多摩御陵も含め、全体が一本に整理できないと、情報として信用できません。

> また、この昭島市の情報を信用するなら、角田著の五日市町・日の出町の目撃情報を否定することになり、梁川駅南および秋山村の目撃情報も否定し、CVRの46分06秒の「相模湖まで来てます」を否定し、落合さんの証言を否定し、18碑30分羽田発の全日空小松便の機長の証言も否定することになります。
> 上記に記したように、5箇所のレーダーが事故機を追跡しています。機影が消えたのは奥多摩付近で高度が下がったときのみ。大月旋回も位置としては精度不足だが、各レーダーが捉えています。それらも否定することになります。
> DFDRの他に、これらの全てを否定する、このような情報は成立しません。

> 辻褄の合わない話に捉われるのは止めましょう

> > 2317 2312 2306 これらの番号の投稿の、航路推定の文字を含むタイトルの画像リンクにて表示される画像となりますが、現状の掲示板の状況でしつこく聞かないと見つけられないようなものですか?聞いてどうするのでしょう?DFDR改竄は不可能の見解を示す方が見たところで時間の無駄以外の何物でもないように思いますが

> 11.やはり、具体的に投稿番号や図番を示していただかないとわかりません。この掲示板の大勢の閲覧者のためにも必要です。あなたは、極めて多数の図を張られていますから。
> 私がNo.2327 であなたに問いかけ、No.2330 で確認を求めたのは、「DFDRの改竄を想定するなら、漠然とした想像ではなく、どの部分をどのようにしたかを、具体的・合理的に推測してから行ってください」でした。 あなたのNo.2306,No.2312,No.2317のいずれも、私の質問に応える図ではなく、あなたの推測を図示しただけです.
> 結局、あなたには「DFDRが改竄された」とする具体的な根拠はないとわかりました。
> 何かを否定あるいはそれに疑念を呈されるなら、具体的な根拠を示してください。ご自分の想像に合わないものを、理由も説明できずに否定するのは、地動説を理解できない天動説論者と同じです。

Re.(21) DFDR解析による航跡

  • 投稿No.2334 元投稿No.2333 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:鷹富士
  • 投稿日:2022-11-19 18:19:17

文系さんへ

> 管轄となりますと、現国土交通省となり、当時の運輸省 という答えになります。東京航空交通管制部でその中に東京コントロール=ACC があり、ここで使用しているレーダーの所在が箱根 といった認識をしております。このあたりひっくるめまして、単に 所沢 という言い回しで済ますケースもあろうかと思います。

1、箱根のレーダー管轄が所沢であることを了解しました。

「米田憲司著=御巣鷹の謎を追う」のページ65には下記4箇所が記載されています。所沢の東京交通管制部が箱根山レーダーを管轄しているから、これらに羽田空港を加えて5箇所で事故機の機影を追跡していたことになります。
(1)所沢の東京交通管制部、(2)空自峯岡山レーダー、(3)米空軍横田空域管制レーダー、(4)米海軍厚木基地レーダー。

異常事態発生直後に、マスコミ各社が情報を得たのは、羽田空港と運輸省経由の所沢の情報だったのでしょう。
いずれも、精度が不充分な情報であり、マスコミ各社が自社の責任で事故機の進路を推測して描いた図が、翌日の朝刊の図で、
素人集団が推測で描いた図を基にして、あれこれ論議することは無意味と思います。

> 墜落後の現地確認につきましては、事実確認の状況といいますか、どうであったかの見解は大きく別れるかと思います。墜落現場確定の遅れの要因が単にレーダー精度の問題だけではないと私自身は考えておりますが、このあたりにつきましてはお詳しい方に任せたいと思います。ただですが、翌朝まで待つことなく米軍機も現着しており、翌朝新聞にも墜落し炎上している様子が掲載されていたことに間違いはないでしょう。

2、この部分の理解は、互いに大きな違いはなく、言葉の表現の違いだけのようです。

> お気づきのことでしょうが事故機に大きく関わっておりますレーダーは箱根と羽田に設置されていた2つ という事になるはずです。設置場所の違い、仕様の相違から同じ映りとはなりません。それぞれがどのように機影を捉えていたのか ということもまた事故機の状況を知る上で重要なことのように思われます。

3、了解しました。いずれにせよ、当時のレーダーの精度は不充分であったと思います。

> 私の推測の一つとしてですが、大月では360度を超えるような旋回はしていなかった可能性があるのではないか と考えております。40分過ぎての1分半、EPR1・2を3・4より強くすることで旋回したように仕立てたのではないか というものです。その根拠は となりますが、大月旋回の箇所において事故調航跡図と鷹富士さまのDFDR解析による推定航跡に著しい相違が認められるから ということからそのように考えております。

4、事故調の「経路略図」は極めて杜撰であり、大月上空の旋回も含め、誤りである、と私は思います。
DFDRのEPR1・2を3・4より強くするような改竄はありえないと思います。フゴイドから脱却するためのエンジン出力調整の結果が現れているだけです。右旋回とエンジン出力アップが行程の大部分で同期していることは、改竄をしていない証拠です。

> 私としましては、事故機における操縦性に関する分析が現状では不十分と考えております。そのようである限りは逆S字飛行が不可能なのかどうなのかの判断はできないものと思っていますので、いまのところですが推測を止めるつもりはありません。
> こちらに関しまして、鷹富士さまの方で無意味なことを… と思われるようでしたら、当方の航路推測に関する書き込みに対しましてはスルー、放置頂ければ と思います。

5、操縦性の問題ではなく、物理的にS字飛行は不可能だということです。
逆に言えば、油圧が消えていても操縦が可能である、と言う根拠を示してください。

> 書き始めを 例えばですが としておりましたが、これは何事に対しましても決めつけることなく多角的に物事を考えてみよう という姿勢を示したものです。実際に箒木山で記録された様子を確認するのか となればまた別の話です。

6、「何事に対しましても決めつけることなく」には全面的に賛成です。しかし、物理法則など、科学的に合理的である必要があるし、情報に対する評価についても合理的な根拠が必要です。あなたの推測には、それが欠けていますから、空想や幻想の領域に留まっています。

> インタビューの実施は、日航の取締役ら二人によっておこなれ、その様子を広報部長、整備部長が会見にて読み上げたようです。取締役らの面会時には、落合さんの父親も同席していたものと思われます。
> なお、「富士山が見えたときは 羽田に戻るだろう という安心感がちょっとありました」との内容は事故調の内部資料にあったようです。

7、落合証言には、下記のものが知られています。
(1)、8月13日に日航の幹部が県警に無断で入院中の落合さんを訪ね、その内容を14日に羽田でマスコミに公表した。
この内容の一部については、後に落合さん自身が「私はそういうことを話していない」と否定したいい加減なもので、幹部の誤解・主観・作り話が含まれる。
(2)、事故調の森本調査官と委託を受けた自衛隊の小原医官などによる聴取記録。8月13日、15日、27日および9月17日の4回行われたが、事故調が期待した「急減圧」を否定する内容を含むため、事故調報告書には記載されていない。内部告白者により密かに藤田日出男氏などにコピーあるいは原資料が届けられた。その内容の一部(主に、急減圧が無かったことの証言)は藤田著や米田著に記載されているし、日乗連などの主張の根拠の一部になっている。
(3)、吉岡忍氏によるインタビュー記録。「吉岡忍著=墜落の夏(文庫版)」のページ68~80に記載。
吉岡氏は、累計70時間に亘る長時間のインタビューを行い、原稿は繰り返し落合さん自身の確認を得ているので、最も信頼性が高い。
落合さんが「左窓から富士山が見えた」と語るのは20ページ余の記事の終わりに近い部分で、DFDRが示す大月東上空の旋回とタイミングが合っています。

あなたが言う「14日のインタビュー」とは、上記(1)の日航幹部がマスコミに語ったものですが、これは虚報です。
新聞・週刊誌・テレビなどのマスコミ情報は、常にその真偽を疑ってみる必要があります

> 詳細をみますと、鷹富士さまのおっしゃいますような問題点は多々あるのでしょうが、注目すべきところは、川上村の目撃証言を地図に落とし込むと、事故調の発表している航跡、右回りでの旋回の後墜落 とはならない というところでしょう。さすがに直角のターンはあり得ませんが、集められた証言から推測される航跡は、間違いなく 逆S字 であろうと私は思います。

8、川上村の目撃証言については、以前も繰り返し述べてきましたが、目撃者の錯覚以上に、記者の誤解や誇張があり、全体として誤りが多いと思います。
全てに共通するのは、「上空を右旋回していった」だけです。
S字飛行は、物理的に不可能だからありえません。

> 報道に関する見解は、これだけでも複雑で膨大なものになろうかと思われます。自身このあたりは詳しくありませんので、別途スレッドを立てられる等して頂き詳しい方のご意見を伺うなどしてご確認頂ければ と思います。

9、事故直後の輻輳した報道を今更確認する意味はありません。
朝日と読売が、事故の数年後に自らの報道内容を総括して単行本を出版していますが、この程度で十分でしょう。

DFDRの47分過ぎから51分過ぎにかけて1000フィート以下に高度が下がり、激しいフゴイド運動のために高度7000フィート以下も記録しています。
この時間帯には、どのレーダーも機影を失っていたと思われますから、その情報がテレビに流れたのでしょう。

> まさか大阪行きの飛行機が東京郊外で目撃するとは思わなかったから
> もし日航・横田基地・報道機関が早くルート情報言ってくれれば日航か警察に連絡していたよ
> 真下から見えたはずの八王子市や日野市ははっきり機体見えたのでは?
> 普段飛んでる米軍輸送機くらいしか思わなかったのかもしれない
> 飛んでる高さも普段横田基地へ着陸態勢取る時とあまり変わらない高さレベルだったから」

10、昭島市のこの話で不明なことの一つは、見えたのは何時何分ごろ(あるいは日没後何分ごろ)という情報がないこと。
見たのが事故機だったかどうかも、この話だけでは判断できません。当時、米軍・自衛隊含め多数の飛行機が飛んでいましたから。
また、この人の情報を経路として描けば、八王子または日野の上空を北上し、昭島の近くで西へ曲がっていったということになり、それなら、大勢の目撃者がいるはずですが、そのような情報はあるのでしょうか?八王子、多摩御陵も含め、全体が一本に整理できないと、情報として信用できません。

また、この昭島市の情報を信用するなら、角田著の五日市町・日の出町の目撃情報を否定することになり、梁川駅南および秋山村の目撃情報も否定し、CVRの46分06秒の「相模湖まで来てます」を否定し、落合さんの証言を否定し、18碑30分羽田発の全日空小松便の機長の証言も否定することになります。
上記に記したように、5箇所のレーダーが事故機を追跡しています。機影が消えたのは奥多摩付近で高度が下がったときのみ。大月旋回も位置としては精度不足だが、各レーダーが捉えています。それらも否定することになります。
DFDRの他に、これらの全てを否定する、このような情報は成立しません。

辻褄の合わない話に捉われるのは止めましょう

> 2317 2312 2306 これらの番号の投稿の、航路推定の文字を含むタイトルの画像リンクにて表示される画像となりますが、現状の掲示板の状況でしつこく聞かないと見つけられないようなものですか?聞いてどうするのでしょう?DFDR改竄は不可能の見解を示す方が見たところで時間の無駄以外の何物でもないように思いますが

11.やはり、具体的に投稿番号や図番を示していただかないとわかりません。この掲示板の大勢の閲覧者のためにも必要です。あなたは、極めて多数の図を張られていますから。
私がNo.2327 であなたに問いかけ、No.2330 で確認を求めたのは、「DFDRの改竄を想定するなら、漠然とした想像ではなく、どの部分をどのようにしたかを、具体的・合理的に推測してから行ってください」でした。 あなたのNo.2306,No.2312,No.2317のいずれも、私の質問に応える図ではなく、あなたの推測を図示しただけです.
結局、あなたには「DFDRが改竄された」とする具体的な根拠はないとわかりました。
何かを否定あるいはそれに疑念を呈されるなら、具体的な根拠を示してください。ご自分の想像に合わないものを、理由も説明できずに否定するのは、地動説を理解できない天動説論者と同じです。

Re.(20) DFDR解析による航跡

  • 投稿No.2333 元投稿No.2332 鷹富士さんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-11-18 08:12:15

鷹富士さまへ

断定しきれないことに対しましては、各個人々々で見解が分かれることになろうかと思います。あなたはそう思う、それに対し私はそう思う といったようなことが当然のように起こり、鷹富士さまが思われることに対しましても、根拠なくそれは違う といったようなことを私が示すようなことはありません。

>箱根のレーダーは、どこの管轄で、当時どのような情報を把握し流していたのでしょうか?

管轄となりますと、現国土交通省となり、当時の運輸省 という答えになります。東京航空交通管制部でその中に東京コントロール=ACC があり、ここで使用しているレーダーの所在が箱根 といった認識をしております。このあたりひっくるめまして、単に 所沢 という言い回しで済ますケースもあろうかと思います。

>B、翌朝のヘリコプターによる確認以前に、どんな方法があったでしょうか?
精度不充分とはいえ、レーダーしかなかったから、当日夜の段階では皆が右往左往していたのでしょう。

墜落後の現地確認につきましては、事実確認の状況といいますか、どうであったかの見解は大きく別れるかと思います。墜落現場確定の遅れの要因が単にレーダー精度の問題だけではないと私自身は考えておりますが、このあたりにつきましてはお詳しい方に任せたいと思います。ただですが、翌朝まで待つことなく米軍機も現着しており、翌朝新聞にも墜落し炎上している様子が掲載されていたことに間違いはないでしょう。

>D、「ARSAレーダー」とはどこに設置されたレーダーで、その精度はどのようなものですか? 

前の書き込みにて >ARSAレーダー 書いておりましたが、こちらはタイプミスでして、正しくは ARSR になります。謹んで訂正申し上げます。
そのARSRですが、全国20箇所程度でしょうか?各地に設置されております航空路監視レーダーのことで、箱根のものはそのうちの一つ ということになろうかと思います。その性能、精度につきましてはそこまでは存じておりません。

お気づきのことでしょうが事故機に大きく関わっておりますレーダーは箱根と羽田に設置されていた2つ という事になるはずです。設置場所の違い、仕様の相違から同じ映りとはなりません。それぞれがどのように機影を捉えていたのか ということもまた事故機の状況を知る上で重要なことのように思われます。

H、あなたが、事故調の「圧力隔壁破壊説」を支持しないし、「経路略図」も支持していない、ということなら結構ですが、そうではないような印象を多分に感じたまでで、私の誤解のようです。少なくとも「経路略図」が正しく描かれた、という前提での議論は不要です。

私の推測の一つとしてですが、大月では360度を超えるような旋回はしていなかった可能性があるのではないか と考えております。40分過ぎての1分半、EPR1・2を3・4より強くすることで旋回したように仕立てたのではないか というものです。その根拠は となりますが、大月旋回の箇所において事故調航跡図と鷹富士さまのDFDR解析による推定航跡に著しい相違が認められるから ということからそのように考えております。

>J、「物理法則を無視する気がない」なら、先日のS字飛行は撤回されるべきですし、今後も物理法則を無視した推測は止めましょう。

私としましては、事故機における操縦性に関する分析が現状では不十分と考えております。そのようである限りは逆S字飛行が不可能なのかどうなのかの判断はできないものと思っていますので、いまのところですが推測を止めるつもりはありません。
こちらに関しまして、鷹富士さまの方で無意味なことを… と思われるようでしたら、当方の航路推測に関する書き込みに対しましてはスルー、放置頂ければ と思います。

>K、必要なら「箒木山で記録された時刻」も検証してください。私は、DFDRと矛盾しないから、必要と思いません。。

書き始めを 例えばですが としておりましたが、これは何事に対しましても決めつけることなく多角的に物事を考えてみよう という姿勢を示したものです。実際に箒木山で記録された様子を確認するのか となればまた別の話です。

>M、14日の落合さんのインタビューは、誰が行ったものですか?私は、吉岡忍氏の記事以外は信用しません。

インタビューの実施は、日航の取締役ら二人によっておこなれ、その様子を広報部長、整備部長が会見にて読み上げたようです。取締役らの面会時には、落合さんの父親も同席していたものと思われます。
なお、「富士山が見えたときは 羽田に戻るだろう という安心感がちょっとありました」との内容は事故調の内部資料にあったようです。

>N、このyoutubeの論者は、墜落地点とU字溝と一本から松を一直線に結んでいますが、事故調残骸分布図によると、右旋回の円弧状にあります。この論者は意図的に、誤った結論に誘導しようとしています。このような、意図的な捏造記事は参考に値しません。

詳細をみますと、鷹富士さまのおっしゃいますような問題点は多々あるのでしょうが、注目すべきところは、川上村の目撃証言を地図に落とし込むと、事故調の発表している航跡、右回りでの旋回の後墜落 とはならない というところでしょう。さすがに直角のターンはあり得ませんが、集められた証言から推測される航跡は、間違いなく 逆S字 であろうと私は思います。

>O、事故機がスコーク777を発した後、複数のレーダーが事故機の機影を追跡しています。その中のどのレーダーの情報がNHKへ流されたのか不明です。
>冒頭のD項で述べたように、羽田は18時54分42秒に機影を確認しています。藤田日出男著と米田憲司著によれば、NHKが速報を流したのは19時半ごろ。

報道に関する見解は、これだけでも複雑で膨大なものになろうかと思われます。自身このあたりは詳しくありませんので、別途スレッドを立てられる等して頂き詳しい方のご意見を伺うなどしてご確認頂ければ と思います。

P、「相模湖より東での低空飛行」の情報を具体的に確認してください。

場所を示す情報ですと八王子の散田町、多摩御陵等があったようですが、5chの書き込みとはなりますが、代表的なものを一つ
「以前住んでいた東京郊外の昭島市
あの日は夕焼けがきれいな日だった
雲もなくくっきりと見える夕日
夕方、ベランダの干し物取り込んでいる時に多摩川の向こう側から大きな飛行機が飛んでくるのが見えた
横田基地あるのにどこの飛行機か?(米軍の輸送機等は頻繁に目撃)と思っていたら西へ飛行機が曲がって行った
間違えて横田の空域へ飛んできたのかな?くらいにしか思わなかった
親と洗濯物畳んでる時に親が見てる水戸黄門の番組中に大阪行きのJAL123便が行方不明のテロップ
どこに飛んでいったのか?わからないとの報道がされていた後に小菅村で目撃とか色んな報道があり最後は群馬県の御巣鷹山
10年以上後にその飛行機がもしかしたらJAL123便かもしれないと気がついたのは深夜のドキュメンタリー番組
番組内でセスナ機使って実際に飛んだルートを見た時にそれが123便だったと気がついた。(セスナ機から自宅がある方向が見えていた)
横田基地へ緊急着陸する為に飛んで来ていたことを初めて知った
正直、驚いたよ
まさか大阪行きの飛行機が東京郊外で目撃するとは思わなかったから
もし日航・横田基地・報道機関が早くルート情報言ってくれれば日航か警察に連絡していたよ
真下から見えたはずの八王子市や日野市ははっきり機体見えたのでは?
普段飛んでる米軍輸送機くらいしか思わなかったのかもしれない
飛んでる高さも普段横田基地へ着陸態勢取る時とあまり変わらない高さレベルだったから」

>Q、先のNo.2330の中の第6項、「「先の画像」とは、何番の投稿のどの画像ですか?」にお答えください。

2317 2312 2306 これらの番号の投稿の、航路推定の文字を含むタイトルの画像リンクにて表示される画像となりますが、現状の掲示板の状況でしつこく聞かないと見つけられないようなものですか?聞いてどうするのでしょう?DFDR改竄は不可能の見解を示す方が見たところで時間の無駄以外の何物でもないように思いますが

> > 墜落地点の確認となりますと、これはこれで見解が分かれるところでしょうが、墜落地点の確認の遅れのすべてをレーダーの性能のせいだとするのは無理があるもものと私は思っております。

> A、あなたが承知されているレーダーは、箱根と羽田の2箇所のみと了解しました。
> 箱根のレーダーは、どこの管轄で、当時どのような情報を把握し流していたのでしょうか?

> B、翌朝のヘリコプターによる確認以前に、どんな方法があったでしょうか?
> 精度不充分とはいえ、レーダーしかなかったから、当日夜の段階では皆が右往左往していたのでしょう。
> この段階での混乱については、米田憲司氏が整理していましたから、追って、再読して紹介します。

> > レーダー精度につきましては、基本性能となる障害物のない状態での距離別の誤差の程度ですとか、事故機における山間部入りして以降の山によるエコーの影響の程度を精査したうえでなければ、一概にいい加減だと切り捨ててしまうのも如何なものかとも思います。
> > 少なくとも箱根のレーダー航跡を単純解析したもの、同様に羽田のものは報告書に記載されるべきだったでしょう。欲を言えば自衛隊、米軍ほか記録されていただろうものも掲載され、それらを重ね合わせる検証が可能であったのならば言うことはなかったのですが。

> C、運輸省が責任を持って経路の検証をすべきであった、という点では同感です。
> 事故調がどこのレーダー情報に基づいて経路図を描いたか不明ですが、どれを使っても、数kmオーダーの誤差が出るのは必然と思います。

> > 当時鳴り物入りで導入された最新鋭のARSAレーダーのことですので、DFDR解析による航跡とを比較すれば、本来は限りなく一致すべきではなかろうか と考えております。レーダー局から離れることにより生じる誤差、エコーによる乱れは、それらが原因であろうと推測できるようなズレとなって現れるのではなかろうかと推測はしますが、実際発表されている航跡図からはそのように感じることはできません。

> D、「ARSAレーダー」とはどこに設置されたレーダーで、その精度はどのようなものですか? 
> 大月旋回の位置および形状、伊豆半島上空の経路、相模湖北の経路、いずれもレーダー情報に基づくとされる「経路略図」に重要な誤りがあり、精度不足です。
> 事故調報告書「別冊」のページ108に述べるような、DFDRを参照せざるを得ないということ自体が落第です。
> 事故機が川上村に至って、自機の位置がわからなくなり羽田に問い合わせ、羽田は「熊谷の西25マイル」と応えています。位置精度は不充分ですが、機影は捉えていたのです。

> > この様に考えますと、事故調の航跡概略図には精度由来のズレだけでは説明できない部分があるように思え、どこか都合よく書き換えをしているのではないかとの考えに至ります。

> E、事故調の経路略図が杜撰であることは繰り返し論じてきたことで、その原因を詮索しても無意味と思います。事故調報告書「別冊」ページ129の図は、当時のコンピュータ計算ソフトにより計算した結果をプリントアウトしたものですが、「本文」の「経路略図」は手作業で作図しています。

> > 説明されております内容は明確なもので、なるほどこうであれば と納得のいくものであります。ただ、目撃者が小さな子供でなければですが、物を近くに見れば大きく見えるのは言うまでもなく当然のことで、水平距離的に近くを飛んでいたならば普通に近くのコースを飛んでいたと表現し、わざわざ普段の二倍近い大きさに見えた といった表現をするものなのかな?と私としては少々疑問に思います。

> F、普段通る径路が大島上空を通り、当日の事故機が河津駅の真上を通ったなら、大人でも子供でも同じ印象でしょう。

> DFDRによれば、25分15秒ごろに徐々に右旋回が始まり、25分45秒ごろに河津駅の真上を通過、26分0秒ごろにRLLがピーク40度を記録して右旋回のピークです。
> 目撃者が北東にドーンという音を聞いて、北東の上空を見た時、事故機は河津駅から水平距離で6km余の位置にあり、そこから30秒ほどで河津駅の真上に来ているが、真上では機体の傾きは視認困難であり、右旋回して北西方向へ去った後ろから見ていたと考えられます。

> > FE氏の役割として、パイロットのスロットルレバー操作のバラつきを補助的にそろえる というのを目にしたことがあります。
> > 墜落までのEPRを確認しますと、終始左翼側の方が強くなっているというようなことはなく、特にスロットルコントロールに言及しているあたりとなりますと、場所によっては右側の方が強くなっている箇所も多くはありませんが見受けられます。
> > そうではありますが、大月の旋回部分では左右の推力差と継続時間において異常発生後で最大となっており、旋回の意図がなかったのであれば本当にそのようであったのだろうか と疑って見てしまう部分です。

> G、既に述べたように、DFDRを確認すると、大月旋回後の出力を下げた45分から48分にかけて第1エンジンの出力が他より減り、それ以外の時間帯で出力を上げた時は第1エンジンの出力が他より増えています。わずかですが、1%の差は、旋回半径で10km程度の旋回の原因になります。

> > 私としましては、機内の状況として人体に大きな異変はなかったものと捉えておりまして、従って事故調の主張する圧力隔壁破壊説を支持しているということはありません。経路略図につきましても支持を表明したという記憶はありません。そのように鷹富士さまに思われていることが不思議でなりません。

> H、あなたが、事故調の「圧力隔壁破壊説」を支持しないし、「経路略図」も支持していない、ということなら結構ですが、そうではないような印象を多分に感じたまでで、私の誤解のようです。少なくとも「経路略図」が正しく描かれた、という前提での議論は不要です。

> > 疑いとしてとはなりますが、表に出ているCVRは編集されたもの、航跡図については意図した書き換えがあるのでは といった考えです。そうなりますと、DFDRについても手が加え割れていなければ辻褄が合わなくなってしまうということにはなってしまいます。

> I、CVRについて、様々なレベルのものがマスコミに出回っているようで、どれが本物か私はわかりません。
> 藤田日出男氏と米田憲司氏の著作によれば、オリジナルに極めて近いものが公表されている、と私は思います。

> 「経路略図」は書き換えではなく、描き方が杜撰なだけ、と思います。

> DFDRに手を加える能力は当時の事故調にはありません。

> > もちろんですが、物理法則ですとか、事故機の異常発生後の機体状況を無視することはするつもりはありません。

> J、「物理法則を無視する気がない」なら、先日のS字飛行は撤回されるべきですし、今後も物理法則を無視した推測は止めましょう。

> > 何事も決めてかかるとそこで大きく間違ってしまうということは過去往々としてあったでしょう。例えばですが、箒木山で記録された時刻も本当にそうであったのかと疑ってみるというのもありでしょう。

> K、必要なら「箒木山で記録された時刻」も検証してください。私は、DFDRと矛盾しないから、必要と思いません。。

> > (123のクルーには機体に対する操作関与の余地は、ほとんどなかったとしてしまってよいものでしょうか? DFDRの書き換えは部分的であったとしても本当に不可能なのでしょうか?)

> L、クルーが様々に操作をしたことは確かでしょう。しかし、油圧を失って、エンジン以外は、機体は反応しなかった、と思います。
> DFDRの改竄は現実的に不可能だし、必要もないし、仮にDFDRの改竄があったら、その証拠が現れます。

> > 私としてはですが、然程難しいことを根拠に推測しているのではありません。
> > ひとつは14日の落合さんに行われたインタビューからの情報で、概略としては
> > 「機体はかなりひらひらフライトし、ダッチロールに入ったようだった。ややして、富士山が左に見えたのでコックピットアナウンスはなかったが羽田に戻るものと思った。十分ほどしてO2がなくなったが別に苦しくはなかった。」「富士山が見えた時は 羽田に戻るだろう っていう安心感がちょっとありました」

> M、14日の落合さんのインタビューは、誰が行ったものですか?私は、吉岡忍氏の記事以外は信用しません。

> > 外調の極秘調査File さま 123便調査File_No.10  NEW! 事故調の飛行ルートを完全論破する
> > https://www.youtube.com/watch?v=jJni0aTWCBA

> N、このyoutubeの論者は、墜落地点とU字溝と一本から松を一直線に結んでいますが、事故調残骸分布図によると、右旋回の円弧状にあります。この論者は意図的に、誤った結論に誘導しようとしています。このような、意図的な捏造記事は参考に値しません。

> > 更にもう一つは自身の見たNHK18:50頃の機影が消えるのテロップになります。
> > 50分の前後3分程度のどこかで出ていたものと記憶しておりますが、そうなりますと40分頃にレーダー波が届かない状況となっていないと間に合わない ということになります。
> > もちろんその時刻ですとまだ墜落には至っておりませんので、一時的に低空飛行をした可能性が考えられます。実際に事故機の航跡解析に携わった方のブログにも低空飛行によりレーダー照射から外れたこともあった旨の記載があります。

> O、事故機がスコーク777を発した後、複数のレーダーが事故機の機影を追跡しています。その中のどのレーダーの情報がNHKへ流されたのか不明です。
> 冒頭のD項で述べたように、羽田は18時54分42秒に機影を確認しています。藤田日出男著と米田憲司著によれば、NHKが速報を流したのは19時半ごろ。

> > ほか、ソースとしての確実性は劣るのでしょうが各所での目撃証言から、相模湖より東での低空飛行を推測しており、そうなりますと時刻的にも静岡からの大月旋回なしでの北東方向への飛行で昭島付近へ というものを頭に描いております。

> P、「相模湖より東での低空飛行」の情報を具体的に確認してください。

> Q、先のNo.2330の中の第6項、「「先の画像」とは、何番の投稿のどの画像ですか?」にお答えください。

Re.(19) DFDR解析による航跡

  • 投稿No.2332 元投稿No.2331 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:鷹富士
  • 投稿日:2022-11-15 18:16:57

文系さんへ

> 墜落地点の確認となりますと、これはこれで見解が分かれるところでしょうが、墜落地点の確認の遅れのすべてをレーダーの性能のせいだとするのは無理があるもものと私は思っております。

A、あなたが承知されているレーダーは、箱根と羽田の2箇所のみと了解しました。
箱根のレーダーは、どこの管轄で、当時どのような情報を把握し流していたのでしょうか?

B、翌朝のヘリコプターによる確認以前に、どんな方法があったでしょうか?
精度不充分とはいえ、レーダーしかなかったから、当日夜の段階では皆が右往左往していたのでしょう。
この段階での混乱については、米田憲司氏が整理していましたから、追って、再読して紹介します。

> レーダー精度につきましては、基本性能となる障害物のない状態での距離別の誤差の程度ですとか、事故機における山間部入りして以降の山によるエコーの影響の程度を精査したうえでなければ、一概にいい加減だと切り捨ててしまうのも如何なものかとも思います。
> 少なくとも箱根のレーダー航跡を単純解析したもの、同様に羽田のものは報告書に記載されるべきだったでしょう。欲を言えば自衛隊、米軍ほか記録されていただろうものも掲載され、それらを重ね合わせる検証が可能であったのならば言うことはなかったのですが。

C、運輸省が責任を持って経路の検証をすべきであった、という点では同感です。
事故調がどこのレーダー情報に基づいて経路図を描いたか不明ですが、どれを使っても、数kmオーダーの誤差が出るのは必然と思います。

> 当時鳴り物入りで導入された最新鋭のARSAレーダーのことですので、DFDR解析による航跡とを比較すれば、本来は限りなく一致すべきではなかろうか と考えております。レーダー局から離れることにより生じる誤差、エコーによる乱れは、それらが原因であろうと推測できるようなズレとなって現れるのではなかろうかと推測はしますが、実際発表されている航跡図からはそのように感じることはできません。

D、「ARSAレーダー」とはどこに設置されたレーダーで、その精度はどのようなものですか? 
大月旋回の位置および形状、伊豆半島上空の経路、相模湖北の経路、いずれもレーダー情報に基づくとされる「経路略図」に重要な誤りがあり、精度不足です。
事故調報告書「別冊」のページ108に述べるような、DFDRを参照せざるを得ないということ自体が落第です。
事故機が川上村に至って、自機の位置がわからなくなり羽田に問い合わせ、羽田は「熊谷の西25マイル」と応えています。位置精度は不充分ですが、機影は捉えていたのです。

> この様に考えますと、事故調の航跡概略図には精度由来のズレだけでは説明できない部分があるように思え、どこか都合よく書き換えをしているのではないかとの考えに至ります。

E、事故調の経路略図が杜撰であることは繰り返し論じてきたことで、その原因を詮索しても無意味と思います。事故調報告書「別冊」ページ129の図は、当時のコンピュータ計算ソフトにより計算した結果をプリントアウトしたものですが、「本文」の「経路略図」は手作業で作図しています。

> 説明されております内容は明確なもので、なるほどこうであれば と納得のいくものであります。ただ、目撃者が小さな子供でなければですが、物を近くに見れば大きく見えるのは言うまでもなく当然のことで、水平距離的に近くを飛んでいたならば普通に近くのコースを飛んでいたと表現し、わざわざ普段の二倍近い大きさに見えた といった表現をするものなのかな?と私としては少々疑問に思います。

F、普段通る径路が大島上空を通り、当日の事故機が河津駅の真上を通ったなら、大人でも子供でも同じ印象でしょう。

DFDRによれば、25分15秒ごろに徐々に右旋回が始まり、25分45秒ごろに河津駅の真上を通過、26分0秒ごろにRLLがピーク40度を記録して右旋回のピークです。
目撃者が北東にドーンという音を聞いて、北東の上空を見た時、事故機は河津駅から水平距離で6km余の位置にあり、そこから30秒ほどで河津駅の真上に来ているが、真上では機体の傾きは視認困難であり、右旋回して北西方向へ去った後ろから見ていたと考えられます。

> FE氏の役割として、パイロットのスロットルレバー操作のバラつきを補助的にそろえる というのを目にしたことがあります。
> 墜落までのEPRを確認しますと、終始左翼側の方が強くなっているというようなことはなく、特にスロットルコントロールに言及しているあたりとなりますと、場所によっては右側の方が強くなっている箇所も多くはありませんが見受けられます。
> そうではありますが、大月の旋回部分では左右の推力差と継続時間において異常発生後で最大となっており、旋回の意図がなかったのであれば本当にそのようであったのだろうか と疑って見てしまう部分です。

G、既に述べたように、DFDRを確認すると、大月旋回後の出力を下げた45分から48分にかけて第1エンジンの出力が他より減り、それ以外の時間帯で出力を上げた時は第1エンジンの出力が他より増えています。わずかですが、1%の差は、旋回半径で10km程度の旋回の原因になります。

> 私としましては、機内の状況として人体に大きな異変はなかったものと捉えておりまして、従って事故調の主張する圧力隔壁破壊説を支持しているということはありません。経路略図につきましても支持を表明したという記憶はありません。そのように鷹富士さまに思われていることが不思議でなりません。

H、あなたが、事故調の「圧力隔壁破壊説」を支持しないし、「経路略図」も支持していない、ということなら結構ですが、そうではないような印象を多分に感じたまでで、私の誤解のようです。少なくとも「経路略図」が正しく描かれた、という前提での議論は不要です。

> 疑いとしてとはなりますが、表に出ているCVRは編集されたもの、航跡図については意図した書き換えがあるのでは といった考えです。そうなりますと、DFDRについても手が加え割れていなければ辻褄が合わなくなってしまうということにはなってしまいます。

I、CVRについて、様々なレベルのものがマスコミに出回っているようで、どれが本物か私はわかりません。
藤田日出男氏と米田憲司氏の著作によれば、オリジナルに極めて近いものが公表されている、と私は思います。

「経路略図」は書き換えではなく、描き方が杜撰なだけ、と思います。

DFDRに手を加える能力は当時の事故調にはありません。

> もちろんですが、物理法則ですとか、事故機の異常発生後の機体状況を無視することはするつもりはありません。

J、「物理法則を無視する気がない」なら、先日のS字飛行は撤回されるべきですし、今後も物理法則を無視した推測は止めましょう。

> 何事も決めてかかるとそこで大きく間違ってしまうということは過去往々としてあったでしょう。例えばですが、箒木山で記録された時刻も本当にそうであったのかと疑ってみるというのもありでしょう。

K、必要なら「箒木山で記録された時刻」も検証してください。私は、DFDRと矛盾しないから、必要と思いません。。

> (123のクルーには機体に対する操作関与の余地は、ほとんどなかったとしてしまってよいものでしょうか? DFDRの書き換えは部分的であったとしても本当に不可能なのでしょうか?)

L、クルーが様々に操作をしたことは確かでしょう。しかし、油圧を失って、エンジン以外は、機体は反応しなかった、と思います。
DFDRの改竄は現実的に不可能だし、必要もないし、仮にDFDRの改竄があったら、その証拠が現れます。

> 私としてはですが、然程難しいことを根拠に推測しているのではありません。
> ひとつは14日の落合さんに行われたインタビューからの情報で、概略としては
> 「機体はかなりひらひらフライトし、ダッチロールに入ったようだった。ややして、富士山が左に見えたのでコックピットアナウンスはなかったが羽田に戻るものと思った。十分ほどしてO2がなくなったが別に苦しくはなかった。」「富士山が見えた時は 羽田に戻るだろう っていう安心感がちょっとありました」

M、14日の落合さんのインタビューは、誰が行ったものですか?私は、吉岡忍氏の記事以外は信用しません。

> 外調の極秘調査File さま 123便調査File_No.10  NEW! 事故調の飛行ルートを完全論破する
> https://www.youtube.com/watch?v=jJni0aTWCBA

N、このyoutubeの論者は、墜落地点とU字溝と一本から松を一直線に結んでいますが、事故調残骸分布図によると、右旋回の円弧状にあります。この論者は意図的に、誤った結論に誘導しようとしています。このような、意図的な捏造記事は参考に値しません。

> 更にもう一つは自身の見たNHK18:50頃の機影が消えるのテロップになります。
> 50分の前後3分程度のどこかで出ていたものと記憶しておりますが、そうなりますと40分頃にレーダー波が届かない状況となっていないと間に合わない ということになります。
> もちろんその時刻ですとまだ墜落には至っておりませんので、一時的に低空飛行をした可能性が考えられます。実際に事故機の航跡解析に携わった方のブログにも低空飛行によりレーダー照射から外れたこともあった旨の記載があります。

O、事故機がスコーク777を発した後、複数のレーダーが事故機の機影を追跡しています。その中のどのレーダーの情報がNHKへ流されたのか不明です。
冒頭のD項で述べたように、羽田は18時54分42秒に機影を確認しています。藤田日出男著と米田憲司著によれば、NHKが速報を流したのは19時半ごろ。

> ほか、ソースとしての確実性は劣るのでしょうが各所での目撃証言から、相模湖より東での低空飛行を推測しており、そうなりますと時刻的にも静岡からの大月旋回なしでの北東方向への飛行で昭島付近へ というものを頭に描いております。

P、「相模湖より東での低空飛行」の情報を具体的に確認してください。

Q、先のNo.2330の中の第6項、「「先の画像」とは、何番の投稿のどの画像ですか?」にお答えください。

Re.(18) DFDR解析による航跡

  • 投稿No.2331 元投稿No.2329 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-11-14 20:19:22

鷹富士さまへ

お返事遅れまして恐縮です。このところ自分の投稿が多くなりすぎた感もありましたので少々時間をおいておりました。

>2、私はレーダの位置情報は不正確だと認識していますから、どこのレーダーだったかはメモもしておりません。記憶では、藤田日出男氏または米田憲司氏の著作に記されていたと思います。あなたがレーダー情報を重要視されるなら、その点を確認してください。

何処のレーダーのものかも不明なままにこちらに確認しろと申されましても正直困惑するばかりです。さしあたって思いつくもので検証に値するものは箱根のデータ解析版と、羽田の最終局面修正版の2つが思い当たりはしますが、何にしましてもそもそものレーダー特性上どんなに高精度のものであっても見通し線を下回るとレーダー波は届かず墜落地点を正しく示すことはないでしょうから、レーダー航跡から墜落地点を というのはナンセンスというものでしょう。速度にもよるでしょうが、レーダー照射から5秒を超えて外れればキロオーダーで映らない区間が生じます。実際事故機は山間部入りして後の墜落ですのでその兆候は顕著なものとなるでしょう。
墜落地点の確認となりますと、これはこれで見解が分かれるところでしょうが、墜落地点の確認の遅れのすべてをレーダーの性能のせいだとするのは無理があるもものと私は思っております。
実際21時頃には現地上空で墜落地点の写真が撮られ、翌日朝刊にはその写真が掲載されていたことは多くの人が知る事実でしょう。

レーダー精度につきましては、基本性能となる障害物のない状態での距離別の誤差の程度ですとか、事故機における山間部入りして以降の山によるエコーの影響の程度を精査したうえでなければ、一概にいい加減だと切り捨ててしまうのも如何なものかとも思います。
少なくとも箱根のレーダー航跡を単純解析したもの、同様に羽田のものは報告書に記載されるべきだったでしょう。欲を言えば自衛隊、米軍ほか記録されていただろうものも掲載され、それらを重ね合わせる検証が可能であったのならば言うことはなかったのですが。
当時鳴り物入りで導入された最新鋭のARSAレーダーのことですので、DFDR解析による航跡とを比較すれば、本来は限りなく一致すべきではなかろうか と考えております。レーダー局から離れることにより生じる誤差、エコーによる乱れは、それらが原因であろうと推測できるようなズレとなって現れるのではなかろうかと推測はしますが、実際発表されている航跡図からはそのように感じることはできません。
この様に考えますと、事故調の航跡概略図には精度由来のズレだけでは説明できない部分があるように思え、どこか都合よく書き換えをしているのではないかとの考えに至ります。

>伊豆大島上空を通る経路は河津駅から水平距離で約12kmありますから、高度7200mで飛行する飛行機までの距離は約14kmになり、14÷7.2≒1.94ですから、
>河津町に目撃者がいれば、通常よりも約二倍の大きさで飛行機が見えたことになります。

説明されております内容は明確なもので、なるほどこうであれば と納得のいくものであります。ただ、目撃者が小さな子供でなければですが、物を近くに見れば大きく見えるのは言うまでもなく当然のことで、水平距離的に近くを飛んでいたならば普通に近くのコースを飛んでいたと表現し、わざわざ普段の二倍近い大きさに見えた といった表現をするものなのかな?と私としては少々疑問に思います。

>4、エンジン出力の調整は、旋回を意図したものでなく、フゴイドから脱却するための操作です。結果的に、エンジン出力を上げた時に右旋回し、下げたときに左旋回しています。これは、左翼の第1エンジンの特性により、左右のバランスが取れていないためです。

FE氏の役割として、パイロットのスロットルレバー操作のバラつきを補助的にそろえる というのを目にしたことがあります。
墜落までのEPRを確認しますと、終始左翼側の方が強くなっているというようなことはなく、特にスロットルコントロールに言及しているあたりとなりますと、場所によっては右側の方が強くなっている箇所も多くはありませんが見受けられます。
そうではありますが、大月の旋回部分では左右の推力差と継続時間において異常発生後で最大となっており、旋回の意図がなかったのであれば本当にそのようであったのだろうか と疑って見てしまう部分です。

8、あなたは、事故調の「圧力隔壁破壊説」を支持し「経路略図」も支持し、一方でDFDRに疑問を呈しているようですが、いずれの意見にも合理的根拠はありません。

私としましては、機内の状況として人体に大きな異変はなかったものと捉えておりまして、従って事故調の主張する圧力隔壁破壊説を支持しているということはありません。経路略図につきましても支持を表明したという記憶はありません。そのように鷹富士さまに思われていることが不思議でなりません。
疑いとしてとはなりますが、表に出ているCVRは編集されたもの、航跡図については意図した書き換えがあるのでは といった考えです。そうなりますと、DFDRについても手が加え割れていなければ辻褄が合わなくなってしまうということにはなってしまいます。

もちろんですが、物理法則ですとか、事故機の異常発生後の機体状況を無視することはするつもりはありません。
何事も決めてかかるとそこで大きく間違ってしまうということは過去往々としてあったでしょう。例えばですが、箒木山で記録された時刻も本当にそうであったのかと疑ってみるというのもありでしょう。
(123のクルーには機体に対する操作関与の余地は、ほとんどなかったとしてしまってよいものでしょうか? DFDRの書き換えは部分的であったとしても本当に不可能なのでしょうか?)

私としてはですが、然程難しいことを根拠に推測しているのではありません。
ひとつは14日の落合さんに行われたインタビューからの情報で、概略としては
「機体はかなりひらひらフライトし、ダッチロールに入ったようだった。ややして、富士山が左に見えたのでコックピットアナウンスはなかったが羽田に戻るものと思った。十分ほどしてO2がなくなったが別に苦しくはなかった。」「富士山が見えた時は 羽田に戻るだろう っていう安心感がちょっとありました」
というもの もう一つは最終局面の目撃情報で、とあるYoutube投稿者でも逆S字の航跡だとする見解を出しています。この方の飛行特性の認識は正直問題があると言ってしまってよいのでしょうが、単純に証言から航跡を推測するとああなる という良い見本のようには思えます。

外調の極秘調査File さま 123便調査File_No.10  NEW! 事故調の飛行ルートを完全論破する
https://www.youtube.com/watch?v=jJni0aTWCBA

更にもう一つは自身の見たNHK18:50頃の機影が消えるのテロップになります。
50分の前後3分程度のどこかで出ていたものと記憶しておりますが、そうなりますと40分頃にレーダー波が届かない状況となっていないと間に合わない ということになります。
もちろんその時刻ですとまだ墜落には至っておりませんので、一時的に低空飛行をした可能性が考えられます。実際に事故機の航跡解析に携わった方のブログにも低空飛行によりレーダー照射から外れたこともあった旨の記載があります。

ほか、ソースとしての確実性は劣るのでしょうが各所での目撃証言から、相模湖より東での低空飛行を推測しており、そうなりますと時刻的にも静岡からの大月旋回なしでの北東方向への飛行で昭島付近へ というものを頭に描いております。

> > 当日夜から翌朝にかけて、各種マスコミにより事故の様子が報道されましたが、運輸省の会見内容を一切反映させることがなかった報道機関は存在しなかったものと想像しております。

> 1、取材源として明記していない以上、公式の発表ではなく、様々な情報に基づいてマスコミが個々の責任で作成した図でしょう。

> > これはどこのレーダーだと数キロメートルで、どこのだと10キロメートルだったのでしょうか?

> 2、私はレーダの位置情報は不正確だと認識していますから、どこのレーダーだったかはメモもしておりません。記憶では、藤田日出男氏または米田憲司氏の著作に記されていたと思います。あなたがレーダー情報を重要視されるなら、その点を確認してください。
> いずれにしても、墜落地点はレーダーで確認できず、翌朝のヘリコプターで漸く確認できたことは確かです。当日の夜、家族を乗せて東京を発ったバスは、当初は長野県に向かっていたし、マスコミの一部も長野県方面に向かいました。レーダー情報が極めて輻輳していたのは、レーダー情報が不正確であったためです。
> レーダーによる位置情報は極めて不正確ですが、多くのレーダーが墜落直前まで事故機の機影を捉えていたのは事故機が周囲の峰々よりも高く飛んでいた証拠です。
> レーダー情報からわかることは、それ以上でもそれ以下でもありません。

> > 角田氏の「疑惑」を確認しましたが、機体の状況を後部が下がっていた感じですとか、傾きは90度近くとあります。別の方は普段の2倍近い大きさ と証言しているようです。
> > 7km先の機体でそこまで見えるものなのか と疑問に思うと同時に、書かれた文字情報のみでは7000m程度と数字を出す根拠となるものを見つけることはできませんでした。
> > なお、当方は高度が低かった可能性(および異常発生地点が河津寄りであった可能性)を排除しない という考えです。そのようであったであろうと声高に主張しているということではありません。
> > もう一文書き加えますと、角田氏の本には「駅の上まで水平飛行」とありますので、鷹富士さまのDFDRからの航跡と合わない部分もあるということもあろうかと思います。

> 3、事故調報告書「本文」ページ6に、「(事故機は)、18時16分55秒東京コントロールに対し、現在位置からシーパーチへ直行したい旨の要求を行い、同要求は18時18分33秒に承認された。」と記されています。
> 通常は、房総半島南端で右旋回して伊豆大島上空を経て西南西へ向かうが、事故機はもっと手前で右旋回し近道を採ることを求め、結局、館山沖で右旋回し河津町上空を通るという経路を飛んだのです。
> 伊豆大島上空を通る経路は河津駅から水平距離で約12kmありますから、高度7200mで飛行する飛行機までの距離は約14kmになり、14÷7.2≒1.94ですから、
> 河津町に目撃者がいれば、通常よりも約二倍の大きさで飛行機が見えたことになります。

> 角田著のページ22で紹介している河津町の目撃者が「・・ジャンボ機が普段の二倍近い大きさで見えた。」と語ってるのは、当然のことです。

> 「傾きは90度近く」というのは明らかな誇張か錯覚で、これだと即時墜落していきます。

> > 鷹富士さまは先にNo.2324の書き込みにて >油圧が失われ操縦不能な事故機 と書かれておりましたが、エンジン出力調整自体はすることはできても、それによっての意図した操縦は不可能 という見解となりますでしょうか?
> > 健全機であれば油圧そうしてもなお着陸が可能な程度の操縦性はあるのでしょうが、123便では6割近くは垂直尾翼の面積を喪失していただろうことから、その分安定性は低下していたはずで、同列に語ることはできないにしても、手段はともかくある程度、一定の操縦関与はあったものと私は考えております。
> > 全くの操縦不能状態で木更津へのレーダー誘導要請は合理性が認められません。

> 4、エンジン出力の調整は、旋回を意図したものでなく、フゴイドから脱却するための操作です。結果的に、エンジン出力を上げた時に右旋回し、下げたときに左旋回しています。これは、左翼の第1エンジンの特性により、左右のバランスが取れていないためです。

> > かけた際には (中略) ではないかとの推測  ということで、仮定の話になります。実施されたことを断定するかまたはそれに類するような書き方はしておりません。

> 5、根拠はなく、あなたの推測、ということはわかりました。

> > どの部分をどう となりますと、先に画像を数枚貼らせて頂きましたが、それにありますような変更が為されたのではないかと考えており、さらにもっと具体的な部分につきましてはこれまで得た情報を参考にしつつ考えている最中であります。

> 6、「先の画像」とは、何番の投稿のどの画像ですか?

> > 批判をしているという意識はありませんが、自身の体験として、18時台に機影がレーダーから消えるというテロップを目にしている ということもありますので、そちらとの整合性も考慮しつつ、実際のところというものを推察しているというところです。

> 7、「18時台に機影がレーダーから消えるというテロップ」というのも漠然としていますが、18時56分に墜落過程に入っていてレーダーから消えているはずですから、せめて18時何十分台、と言わないと、情報の意味がありません。必要なのは、レーダーが事故機の位置をどこまで捉えていたかでしょう。

> > 事故調の発表をなぞるだけであれば、何もそれをここの掲示板でしなくてもいいようにも思います。また、自分一人では思いつくことにも限りはありますし、知恵の数は多いほどよいとも考えておりますので、推測を進めるにしても、誤りを修正するにしても途中経過を示すというのも悪いことではないように思います。
> > 全て詰め切ってからでないと推測を書き込んではならない といった決まり事はないように捉えております。

> 8、あなたは、事故調の「圧力隔壁破壊説」を支持し「経路略図」も支持し、一方でDFDRに疑問を呈しているようですが、いずれの意見にも合理的根拠はありません。
> そのような束縛から抜け出すべきです。
> 推測自体を私は否定しているのではなく、それなりに合理的な根拠が必要であることを述べてきました。少なくとも、物理法則に反する説は推測としても仮説としても成立しませんし、DFDRの改竄も現実的に不可能です。

> 9、事故調の「経路略図」に示す大月旋回の経路を忠実に辿ったとすれば、旋回半径は、南側と北西側が4.5kmですが、北東側は2.5kmにしかなりません。
> これでは、主翼による揚力が機体重量を支えられず、機体は墜落していきます。その状況は、No.2033で述べたとおりです。
> また、油圧を失い操縦不能の事故機がこのような、直進と急旋回を交互に繰り返すような急激な方向転換をできるはずもありません。
> 「経路略図」の大月旋回の部分は、物理法則も航空力学も理解しない担当者による、杜撰な作図の表れです。

Re.(16) DFDR解析による航跡

  • 投稿No.2329 元投稿No.2325 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-11-09 17:49:22

鷹富士さまへ

>A、運輸省などによる公式の発表ではないことがわかりました。

当日夜から翌朝にかけて、各種マスコミにより事故の様子が報道されましたが、運輸省の会見内容を一切反映させることがなかった報道機関は存在しなかったものと想像しております。

>レーダー情報による墜落地点の推定位置は、近いもので数キロメートル、遠いものでは10キロメートル、実際の墜落地点より外れていました。

これはどこのレーダーだと数キロメートルで、どこのだと10キロメートルだったのでしょうか?

>B、具体的な根拠はなく、単なるあなたの主観的印象であるとわかりました。
河津町の目撃情報は、角田著が紹介した新聞報道以上のものはないと思います。

角田氏の「疑惑」を確認しましたが、機体の状況を後部が下がっていた感じですとか、傾きは90度近くとあります。別の方は普段の2倍近い大きさ と証言しているようです。
7km先の機体でそこまで見えるものなのか と疑問に思うと同時に、書かれた文字情報のみでは7000m程度と数字を出す根拠となるものを見つけることはできませんでした。
なお、当方は高度が低かった可能性(および異常発生地点が河津寄りであった可能性)を排除しない という考えです。そのようであったであろうと声高に主張しているということではありません。
もう一文書き加えますと、角田氏の本には「駅の上まで水平飛行」とありますので、鷹富士さまのDFDRからの航跡と合わない部分もあるということもあろうかと思います。

>機長の意図と、操縦可能性とは別の問題です。何らかの意図を持って操作をしても、機体は反応していません。できたのは電動によるエンジン出力調整のみ。

鷹富士さまは先にNo.2324の書き込みにて >油圧が失われ操縦不能な事故機 と書かれておりましたが、エンジン出力調整自体はすることはできても、それによっての意図した操縦は不可能 という見解となりますでしょうか?
健全機であれば油圧そうしてもなお着陸が可能な程度の操縦性はあるのでしょうが、123便では6割近くは垂直尾翼の面積を喪失していただろうことから、その分安定性は低下していたはずで、同列に語ることはできないにしても、手段はともかくある程度、一定の操縦関与はあったものと私は考えております。
全くの操縦不能状態で木更津へのレーダー誘導要請は合理性が認められません。

>E、「シミュレータに掛けた」には何か根拠がありますか? そのようなことをした根拠はないし、当時の事故調にその能力もなかったと思います。

かけた際には (中略) ではないかとの推測  ということで、仮定の話になります。実施されたことを断定するかまたはそれに類するような書き方はしておりません。

>D、DFDRの改竄を想定するなら、漠然とした想像ではなく、どの部分をどのようにしたかを、具体的・合理的に推測してから行ってください。
>F、先にも述べたように、DFDRに疑問符をつけるなら、どの部分をどのようにして変えた、と具体的に指摘できてから行ってください。

どの部分をどう となりますと、先に画像を数枚貼らせて頂きましたが、それにありますような変更が為されたのではないかと考えており、さらにもっと具体的な部分につきましてはこれまで得た情報を参考にしつつ考えている最中であります。
批判をしているという意識はありませんが、自身の体験として、18時台に機影がレーダーから消えるというテロップを目にしている ということもありますので、そちらとの整合性も考慮しつつ、実際のところというものを推察しているというところです。

事故調の発表をなぞるだけであれば、何もそれをここの掲示板でしなくてもいいようにも思います。また、自分一人では思いつくことにも限りはありますし、知恵の数は多いほどよいとも考えておりますので、推測を進めるにしても、誤りを修正するにしても途中経過を示すというのも悪いことではないように思います。
全て詰め切ってからでないと推測を書き込んではならない といった決まり事はないように捉えております。

> > 注目すべき点は航跡として西方向へとシフトしていったような可能性が考えられる点と、(13日の段階になってもなお)大月での360度超の旋回の形跡が現れていないというところでしょう。

> A、運輸省などによる公式の発表ではないことがわかりました。
> 当時のレーダーではラフにしか確認できないから、大月上空の旋回もレーダーでは確認できていません。
> 墜落地点の確認でさえ、翌日明るくなってから、ヘリコプターの確認によるもので、レーダー情報では確認できていません。
> レーダー情報による墜落地点の推定位置は、近いもので数キロメートル、遠いものでは10キロメートル、実際の墜落地点より外れていました。

> > 可能性として異常発生時の高度がすでに低かった可能性と、異常発生後に高度を下げた もしくはその両方が一応あり得るという考えですが、それはインタビューに答えておられたタクシー運転手お二人のご様子からですね。 
> > 右翼下げ、左翼上げの様子を腕を使ってジェスチャーで表しておりましたが、その表現でのバンク角が40度はあろうかといったように感じられ、高度が7000mほどはあったように思えなかったからです。

> B、具体的な根拠はなく、単なるあなたの主観的印象であるとわかりました。
> 河津町の目撃情報は、角田著が紹介した新聞報道以上のものはないと思います。
> 「右翼下げ、左翼上げ」はDFDRで明らかなように。河津町上空で右旋回しているから当然です。この時、DFDRのRLLはピーク40度を記録しています。
> タクシー運転手の話からは、河津駅上空を通る高さが7000m程度はあったことが確認できます。

> > 途中機長は、木更津へのレーダーベクターを要請しているようですので、クルーによる何かしらの操縦関与はあったであろうと捉えております。実際のところどの程度の操縦性があったものか、特に事故調はその部分しっかりと調査するべきであったように思います。

> C、事故調の解析不充分については同感です。
> ただし、「経路略図」に描かれたような急旋回を忠実に行うなら、旋回半径が4km以下になり、物理的にも操作的にも不可能です。
> 仮に、「経路略図」に描かれたような急旋回をしていたら、事故機は大月で墜落しています。
> 機長の意図と、操縦可能性とは別の問題です。何らかの意図を持って操作をしても、機体は反応していません。できたのは電動によるエンジン出力調整のみ。

> > 鷹富士さまの考えとは合わない話にはなりますが、私としましてはCVRの編集、航跡改竄はあったのではないかと疑っておりまして、そうしますと当然DFDRの記録もそれに合わせませんと辻褄がおかしなことになります。

> D、DFDRの改竄を想定するなら、漠然とした想像ではなく、どの部分をどのようにしたかを、具体的・合理的に推測してから行ってください。
> 事故調の「経路略図」は極めて杜撰であり、「経路略図」の担当者は、大月上空の旋回をレーダーでは確認できないので、DFDRのHDGの変化を見て漸く旋回を確認できただけで、その上で円定規を使って作図しています。

> > 手を加えはしたものの、シミュレータに掛けた際には、ちゃんと(概ね)航跡図の通りに飛行し、墜落地点へと向かうような結果を示すようには体裁を整えていたのではないかとの推測で、それが大きく違う結果となるようであればそれが「お粗末」ということで、流石にそのようにはならないようにしていたのだろう という話です。

> E、「シミュレータに掛けた」には何か根拠がありますか? そのようなことをした根拠はないし、当時の事故調にその能力もなかったと思います。
> 「お粗末」は「経路略図」の作られ方であって、DFDR自体には手を加える余地はないし、そんな能力も当時の事故調にはありません。

> > ただですが、その計算に用いましたDFDRのデータが絶対のものであるかとなりますと、私としては疑問符をつけており、実際の航跡の推測として受け入れられるかはまた別の話 ということになります。

> F、先にも述べたように、DFDRに疑問符をつけるなら、どの部分をどのようにして変えた、と具体的に指摘できてから行ってください。
> 批判あるいは批評するからには、漠然とした印象ではなく、対象物を具体的に理解することが前提です。
> あなたの議論は、地動説を理解しない人が、毎日の太陽・月・星の動きをみて、「やっぱり地球は動いていない」と言うことと同じです。
> 現実に、あなたはDFDRの中のHDGやTASなどの意味を理解していないし、物理法則も理解していないのだから、旋回や経路について論ずること自体が無茶です。

Re. レーダー局からの見通し

  • 投稿No.2328 元投稿No.2326 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-11-09 08:01:06

箱根のレーダー局から北北東方向を見た際の見通し状況の見当資料 追加分

<箱根~ 北北東方向見通し>
http://imepic.jp/20221109/287190

<箱根~ 60km付近>
http://imepic.jp/20221109/287200

> 箱根のレーダー局から北北東方向を見た際の見通し状況の見当資料
> ※おかしなところがあれば修正します

> <箱根レーダー局>
> http://imepic.jp/20221106/380160

> <白銀山等高線>
> http://imepic.jp/20221106/380170

> <白銀山方向見通し>
> http://imepic.jp/20221106/380180