DFDRと経路略図

  • 投稿No.1901
  • 投稿者:鷹富士
  • 投稿日:2022-07-03 18:11:33

事故調の「経路略図」には、その正確度について様々な疑念が持たれています。

そこで、DFDRのデータから算定した数値と、事故調の「経路略図」に示す数値を対比しました。

1、47分30秒から55分03秒まで(453秒)、DFDRに基づく飛行距離は58.2km、事故調の「経路略図」では約52km。
2、43分05秒から44分09秒まで(63秒)、DFDRに基づく飛行距離は10.8km、事故調の「経路略図」では約16km。
3、41分30秒付近の旋回半径、DFDRに基づく算定値は約10km、事故調の「経路略図」では約2.5km。
4、40分35秒付近の旋回半径、DFDRに基づく算定値は約20km、事故調の「経路略図」では約3km。

DFDRに基づくと、事故調の「経路略図は次のように修正すべきです。
1、大月上空の旋回は、数km東へずれる。
2、44分付近から48分付近までの径路が全体として南東方向へ約6kmずれる。

以上の修正を行うと下記の証言と適合します。
1、「角田四郎著=疑惑」のページ54~55に記されている目撃内容によると、大月より東10kmにある、中央線梁川駅付近のキャンプ場で、上空を北から南へ日航機が右旋回して行くのが見えた。
2、CVRの46分03秒に、(COP)「えー相模湖まできてます。」
3、五日市町・日の出町で複数の目撃情報。

羽田から40分付近まで(約28分間)の飛行距離には、DFDRと「経路略図」との間に目立った齟齬はありませんから、経路についても大きな齟齬はないと考えます。

事故調の報告書は「圧力隔壁破壊=急減圧」という重大な虚構を描いていますから、それに比べれば、「経路略図」の杜撰さは軽微な問題ですが、
経路や旋回を問題にする場合、「経路略図」ではなく、DFDRを基にすべき、ということを上記の結果は示しています。

Re.(9) 最終局面目撃情報まとめ

  • 投稿No.1900 元投稿No.1899 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:せきたに
  • 投稿日:2022-07-03 13:44:37

> 14日というのは朝か昼かまでは存じませんが、夕刊には掲載できるタイミングで日航役員による落合さんへのお見舞いという名目の聞き取りがおこなわれており、その内容はすでに世に知られておりました。2.の発表はそれよりあとの事となり、やはり落合さんがどこで富士山を見たのかが重要視される事となりそうです。

文系ちゃんへ

8月14日に日航役員が行った落合由美さんへの聞き取り内容が8月15日「朝日新聞」朝刊に掲載された。その中で機体の位置に関する重要な証言がある。
「機体は、かなりひらひらフライト(飛行)し、ダッチロール(機首が上下左右に揺れる状態)にはいったようだった。ややして、富士山が左へ見えたので、コックピットアナウンス(操縦室からの案内)はなかったが、羽田に戻るものと思った。」

【日本航空123便墜落事故㉘】 初期航跡図の秘密
https://www.youtube.com/watch?v=-8k67wYNH-Q

をじっくりと見ると、8月13日の日経新聞が掲載している航跡図と8月14日中日新聞の2枚目に掲載されている航跡図とは同一のものだ。
この航跡図は富士山を左手に見ながら通過しており、その後、横田基地の至近距離を通過して三国山方向に飛行したことになっている。

8月13日の日経新聞に掲載された航跡図と8月15日に日経新聞に掲載されたものとはまるで異なっている。
更に8月15日に日経新聞に掲載された航跡図の中には落合証言として「羽田に戻るものと思った」場所が示されているが、その位置からでは富士山は左手には見えないので間違いだ。

富士山が左手に見える位置でなおかつ「羽田に戻るものと思った」の言葉がしっくりとくる航跡図は8月13日の日経新聞に掲載された航跡図と8月14日に中日新聞の2枚目として掲載された航跡図となる。

この航跡図はレーダーではなく、交信記録から推定したものとなっているが、この葬られた航跡図が一番真相に近いのかもしれない。レーダーによる航跡図とされているのは交信記録からの推定図とは全く違ったものという印象だが、両者がまるで異なったものになるわけがないだろう。

レーダーに関してだが、8月13日日経新聞と8月14日中日新聞の2枚目に掲載の交信記録からの推定による航跡図の中に羽田レーダーから機影が消えたのは高度2,940メートルにあるときとされており、そのときの位置はまだ埼玉県だ。

Re.(8) 最終局面目撃情報まとめ

  • 投稿No.1899 元投稿No.1896 せきたにさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-07-02 22:06:54

せきたにさまへ

前回の当方の書き込み ところどころタイプミスがあり失礼しました。また、この書き込みは不明確な情報ですとか、自分の個人的推察が多分に含まれますので、その分割り引いてお読み頂ければ と思います。

>それでは8月16日以後、DFDRの分析をした結果、8月15日に発表された航跡図はその後また修正されたのか教えてほしい。

この件につきましては詳しくないのですが、順番としましては

1.事故当日夜、運輸省記者クラブで発表された輪のない大雑把な図(多くの翌朝の新聞に掲載)
2.14日夜に発表されたもので、運輸省事故対策本部によるレーダー追跡結果を詳しく解析し飛行経路にしたもの(これが15日朝刊に輪っか付きで掲載)
3.DRDRを解析したもの(報告書に掲載)

ということになろうかとは思いますが、、私は2と3の間があるのかどうか、また、3の日付は知りません。

>また、レーダーは最後まで実線だったということだが、周囲の山の頂よりも低い場所を飛行しているところは機影がレーダーから消えるものではないのか?

これにも関連する話にはなるのですが、1.に関して気になる話があるのです。とある方が余所の掲示板で書いてくれたのですが、その内容が、

運輸省記者クラブの公式見解前には個別で情報は仕入れているみたいだ
<日航ジャンボ機墜落―朝日新聞の24時> 38ページ   大前純一記者
飛び込んだのは空港管理ビル二階の空港事務所航務課(CAB)。ここには「航空機救難調整本部(RCC)」が設置されているはずだ。さして広くもないCABの中で、何人もの職員が電話にかじりついている。「自衛隊はどうだ」「火が見えるらしい」。大声が飛び交うその部屋に是枝空港長がいた。大前は空港長から概略の説明を受ける。事故機が緊急信号を発信した後、レーダースコープから消えるまでの無線交信内容。浦賀水道を南下した後、右旋回し、伊豆半島を過ぎたあたりから突然北上し、群馬???長野県境へ向かう簡単な航跡図。そして、事故機が激しく高度を変化させていたことを示す高度記録…。

というものだったのです。また、「57分、羽田のレーダーから機影が消え、7時1分には所沢のレーダーからも消えた」とも

わくてかチャンネルさまの動画で13日の日本経済新聞の朝刊には横田付近まで飛行していたことを示すような特徴的な経路図が掲載されていたことが確認できたかと思います。
これとは違う図で同じような傾向の航跡となっている図を北国新聞が掲載しています。公式な会見より前、羽田側のレーダーを元にした情報であれば墜落より前に点線部分が無いですとか、都心寄りの航跡となっているというのも私としては頷ける部分もあり、デフォルメはされていても本質的にはこれらが最も真の航跡に近いように思います。

これがACCのレーダーともなれば途中点線部分があってもよさそうなところですが、実際の所は公式会見までに横田を外す処置をしつつ実線のみで航跡を書き、これが会見で示され多くの朝刊に載った可能性があるのではないかと考えています。

私としましては報告書における航跡図については、羽田レーダー版、ACCレーダー版(46分以降)も掲載されていても良かったのではないかとも思います。

14日というのは朝か昼かまでは存じませんが、夕刊には掲載できるタイミングで日航役員による落合さんへのお見舞いという名目の聞き取りがおこなわれており、その内容はすでに世に知られておりました。2.の発表はそれよりあとの事となり、やはり落合さんがどこで富士山を見たのかが重要視される事となりそうです。

全体の航跡も気になるところではありますが、レタス畑の航跡もどうであったのかがやはり気になります。

Re.(34) 事故機における旋回

  • 投稿No.1898 元投稿No.1895 鷹富士さんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-07-02 17:58:00

鷹富士さまへ

>不法に行ったインタビュー

この部分
道理・道義に背くこと。また、そのさま。無法。理不尽 

の意で書かれたようでありましたら、具体的な法についての情報は不要です。

Re.(34) 事故機における旋回

  • 投稿No.1897 元投稿No.1895 鷹富士さんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-07-02 17:50:20

鷹富士さまへ

>1、「矛盾を許容したり、考慮しないということではない」という事なら安心しました。しかし、「『改竄等が無ければ』という前置きがあります」とか、「比べる対象があれば比較もしますが、それがなければ比べようもない」と言われる意味が理解できません。具体的に説明してください。

DFDRは改竄できないのであれば有るのはオリジナルのひとつのみ 比較するというのは複数あって初めてできることです。最終局面においてオリジナルと、それとは別に作成されたものがあるならば整合性なりの考慮を要するのはその生成物の方でしょう。

>2、3、5、期限付きのチャートをこの掲示板に引用するのは不適切だし、毎日2000人余の訪問者が閲覧するのに、当事者だけにしか通じない投稿文は無意味です。過去の投稿番号を表記されてもよいから、当事者以外の人にも通じるように説明してください。一般のメールのやり取りとは違います。閲覧者が自発的に一週間以上も前に遡って探してくれることは期待できません。

おっしゃっておりますことは正論でございますので、投稿No.1779で貼ったものなりを再度アップロードするだけのことではあるのですが、新たな掲示板閲覧者が訪れる度にそれを行うのは事実上無理な話です。議論としても一旦途切れているということもありましたのでここでの再掲載は見合わせましたが、必要となる状況が訪れれば論点の書き込み、図の掲示等致します。一旦はその時をお待ち下さい。

>7、「伊豆半島東岸上空でおきた異常事態の原因」についての私の意見は、No.1765 と、それに続く3件の投稿に記したとおりですが、No.1768-3に記したように、何が当たったかを判断する情報を私は持ちません。重量と大きさに適合する飛翔体の情報は、角田四郎氏と小田周二氏の著書に載っていますが、日航機の事故当日に飛んだのかどうか、具体的な記述はなかったと思います。

この掲示板の最大のテーマのひとつであろうはずの「伊豆半島東岸上空でおきた異常事態の原因追求」からすれば、せっかくの綿密な計算によってはじき出された外部からの物体衝突という解がそこで終わってしまうのは勿体ない事。完全な断定は無理としても最も可能性が高いのはこうだったのだろうという見解を出すに至ってようやく追求と言えるように思います。

>8、DFFDRの解読以前の推定図は、そういう経過があった、というだけで、それらの推定図をこの掲示板の目的である「真相追求」に持ち出す必要はないと思います。
落合さんの証言のうち、最初に日航の幹部が不法に行ったインタビューは虚偽であると確認されていますが、それ以降の、本人の確認を得ている情報は参照してよいと思います。私は読んでいませんが、月日を経て、手記として整理されたものが一番信頼性が高いと思います。新聞や週刊誌の記事は、記者による修飾が入りますから。

推定の飛行経路図の変遷ですが、移り変わり、変化していくさまの確認も真相追及の一部だと思います。そこに疑わしい面があるかどうかは別として、時系列も見ながらの経緯確認は真相追及以外の何物でもないと私は思います。

「最初に日航の幹部が不法に行ったインタビュー」とありますが、具体的に犯しているとされる法はありますか?「虚偽であると確認」ともありますが、確認されたことが確かめられるソースはありますか?一部落合さんの知らない単語、表現が含まれていたことは一定数には知られているのでしょうが、虚偽ともなると内容すべてがそうなのか、一部だけが改変されたのかでも捉え方が変化することになります。

「月日を経て、手記として整理されたものが一番信頼性が高いと思います。」とありますのは、おそらく吉岡忍氏の「墜落の夏」のことを指してのことだと推察しましたが、それとは違う手記が存在するようでしたら著書名、掲載誌等お教え下さい。
墜落の夏ですと確か事故から4ヶ月ほどしてのちの7時間にも及ぼうというロングインタビューの様子が記されていたものだと記憶しております。内容自体は本の中にある通りでしょうが、読んでもいないものに対して一番信頼性が高いとの見解は正直いささか行きすぎではないかという感があります。

Re.(7) 最終局面目撃情報まとめ

  • 投稿No.1896 元投稿No.1894 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:せきたに
  • 投稿日:2022-07-02 00:07:22

>  自分の認識としまして 飛行経路図は
> ・管制官らの記憶および画面に直接印をつけていくことで作成されたもの
> ・レーダー記録を解析することにより作成されたもの
> ・DRDR回収後、それのに録されたデータとレーダー記録の両方を参照することで作成されたもの
> の3段階のものがあるとの認識です。

> 途中、報道されたものの変遷については、こちらの動画を見るのが一番早いと思われます。
> 日本航空123便墜落事故㉘】 初期航跡図の秘密
> https://www.youtube.com/watch?v=-8k67wYNH-Q

文系ちゃんへ

上記動画を見せてもらった。
航跡図に関して大月上空で360度旋回のわっかが着いたのが8月15日の新聞報道からだという。
ところが、DFDRの解析が始まったのは8月16日からのことで、8月15日の報道で当初なかった360度旋回のわっかが着いた根拠はDFDR分析結果ではないという。

それでは8月16日以後、DFDRの分析をした結果、8月15日に発表された航跡図はその後また修正されたのか教えてほしい。

また、レーダーは最後まで実線だったということだが、周囲の山の頂よりも低い場所を飛行しているところは機影がレーダーから消えるものではないのか?

更に、動画では大月上空の360度旋回のわっかが着いたことに絞って説明されているが、新聞社によっては富士山の東側を通ってから大月上空に向かった航跡図が一時的に発表されていたじゃないか。

レーダー解析の結果ならありえないことだと思う。落合証言と一致させるなら東側通過の航跡図をやめにせずに採用すればよかったのに・・・

※落合証言
「そして、そのとき、窓の外のやや下方に富士山が見えたのです。とても近くでした。このルートを飛ぶときに、もっとも近くに見えるときと同じくらいの近くでした。夕方の黒い山肌に、白い雲がかかっていました。左の窓の少し前方に見えた富士山は、すうっと後方に移動していきます。富士山が窓のちょうど真横にきたとき、私は安全姿勢をとって、頭を下げたのです。」

Re.(33) 事故機における旋回

  • 投稿No.1895 元投稿No.1888 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:鷹富士
  • 投稿日:2022-07-01 18:22:40

1、「矛盾を許容したり、考慮しないということではない」という事なら安心しました。しかし、「『改竄等が無ければ』という前置きがあります」とか、「比べる対象があれば比較もしますが、それがなければ比べようもない」と言われる意味が理解できません。具体的に説明してください。

2、3、5、期限付きのチャートをこの掲示板に引用するのは不適切だし、毎日2000人余の訪問者が閲覧するのに、当事者だけにしか通じない投稿文は無意味です。過去の投稿番号を表記されてもよいから、当事者以外の人にも通じるように説明してください。一般のメールのやり取りとは違います。閲覧者が自発的に一週間以上も前に遡って探してくれることは期待できません。

6、事故調の「経路略図」が雑になった理由は私にはわかりません。かなり前の投稿で「大学生のアルバイトにでも描かせたのだろう」と記しましたが、そういう代物です。
文系さんにはわからないかもしれませんが、製図は、現在ならほぼ全てCADを使っていますが、35年前なら、曲線は円定規を使って手で描いていました。事故調の「経路略図」は、円定規を各所に使った痕跡が歴然としています。しかも、雑な使い方で。

7、「伊豆半島東岸上空でおきた異常事態の原因」についての私の意見は、No.1765 と、それに続く3件の投稿に記したとおりですが、No.1768-3に記したように、何が当たったかを判断する情報を私は持ちません。重量と大きさに適合する飛翔体の情報は、角田四郎氏と小田周二氏の著書に載っていますが、日航機の事故当日に飛んだのかどうか、具体的な記述はなかったと思います。

8、DFFDRの解読以前の推定図は、そういう経過があった、というだけで、それらの推定図をこの掲示板の目的である「真相追求」に持ち出す必要はないと思います。
落合さんの証言のうち、最初に日航の幹部が不法に行ったインタビューは虚偽であると確認されていますが、それ以降の、本人の確認を得ている情報は参照してよいと思います。私は読んでいませんが、月日を経て、手記として整理されたものが一番信頼性が高いと思います。新聞や週刊誌の記事は、記者による修飾が入りますから。

Re.(6) 最終局面目撃情報まとめ

  • 投稿No.1894 元投稿No.1893 せきたにさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-07-01 17:45:10

せきたにさまへ

>文系ちゃんに一つ質問だが、以前レーダーのことをテーマにしていた時期があったかと思うが結局のところレーダーから機影が消えたの時刻は何時何分頃に落ち着いたのかを教えてほしい。

この件ですが、正直自分もよくわかりません、ただ、自分の認識としまして 飛行経路図は

・管制官らの記憶および画面に直接印をつけていくことで作成されたもの
・レーダー記録を解析することにより作成されたもの
・DRDR回収後、それのに録されたデータとレーダー記録の両方を参照することで作成されたもの

の3段階のものがあるとの認識です。
以前のやりとりは、レーダーはの物理反射は起こるから、大月で機影は消えることはない→そうだとすると初期航跡の段階から大月旋回の輪があるべきでは といった内容のものでした。

興味深いのは、中間の段階のものだと、消失時間が56とか57分となっており、途中では点線となっている箇所がないのです。
それらをみると、ごく最後まで映ってたのかな ですとか、図によっては最後の所、点線で豚のしっぽのような推定をしていて、何を根拠に書いたのかな 等いろいろ思うことはあります。

最後の段階は報告書のものですので、限りなく実際の航跡と近くあるべきだとは思いますが、レタス畑の所を含め、疑いを持つ人もいるというのが実際の所でしょう。

途中、報道されたものの変遷については、こちらの動画を見るのが一番早いと思われます。
日本航空123便墜落事故㉘】 初期航跡図の秘密
https://www.youtube.com/watch?v=-8k67wYNH-Q

Re.(5) 最終局面目撃情報まとめ

  • 投稿No.1893 元投稿No.1892 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:せきたに
  • 投稿日:2022-07-01 15:35:56

文系ちゃんへ

紹介いただいた動画 
https://www.youtube.com/watch?v=kx422xRMOYU を見せてもらった。
目撃者から聞いた内容を全く意味の異なる内容に変えてしまうのは新聞記事にする段階での要約者の責任だと思う。これだけ多くの目撃談が一致した航跡を示しているのなら、目撃談の通りに飛んだと判断すべきだと考える。(なぜそのように飛べたかの理屈は後で考えたらいいことだ)

 ただ、DFDRがいいかげんなものだとは言わない。それを解析した者がいて更に発表した者がいたのなら上記目撃談が3行記事になる段階で内容が変わってしまったのと同様にDFDRを解析し、発表するプロセスの中でDFDRに記述されているのとは異なったものになってしまったものが報道された可能性があると見るべきだ。

 文系ちゃんに一つ質問だが、以前レーダーのことをテーマにしていた時期があったかと思うが結局のところレーダーから機影が消えたの時刻は何時何分頃に落ち着いたのかを教えてほしい。

> 飛行中に炎が出る様を直接見たのか につきましては、参照元の動画コメント欄でも議論となっておりました。
> この件ですが、とある方の書き込みによりますと、

> 『中嶋初女さんの第一通報の内容は、次のとおり。
> 「18時55分頃、埼玉県方面から低空で飛んできたセスナ機より大きな飛行機が、大きく旋回しながら、南相木村と群馬県との県境付近に落ちたらしく、赤い閃光がして、その後、黒い煙が上がった」』

> とのことらしいのです。

> 13日の新聞掲載時の内容は前回参照しました動画
> https://www.youtube.com/watch?v=kx422xRMOYU
> の冒頭でも確認できますが、

> 午後七時五分ごろ、長野県南佐久郡川上村の住民から「約十分前に、埼玉方向から低空で飛んできた飛行機が北相木村のぶどう峠南方の群馬県との県境付近に落ちた。赤い火の手が上がり黒煙が上がった。飛行機はセスナ機よりずっと大きい」と届け出があり、墜落が確認された。

> これが元々の内容で、新聞記事とする際に3行強の文字数に要約した結果が、
> 「埼玉方面から飛んできた飛行機が赤い炎をあげ、やがて黒い煙を残して南相木村の群馬県境に消えた」
> であり、この文章では本来の内容がきちんと反映されていないような文章に変えられてしまったようにも思えます。

> なお、動画作成者様のコメントに

> <赤旗新聞の証言者>
> ・長野県南佐久郡川上村梓山の井上カオルさんは「午後6時40分ごろ、自宅にいたら飛行機の大きな音がし、甲武信岳から低空で飛んできて西の三国山の方へ飛んで行き、山陰に消えたと思ったら、ドーンと言う大きな音がし、突然明るくなり、キノコ雲が立ったと話しています」

> ・墜落を目撃した長野の夫人は「すごい飛行機のエンジン音がして、山梨側から左肩を傾けた感じで群馬県と埼玉県と川上村の梓山との県境のところを山向こうへ消えた。消えたと同時に真っ赤に炎が山1ついっぱいになるぐらい上がった。そのあと真っ白な煙になって、その後真っ黒なキノコ雲、そんな感じになり、もう驚いた」と語っています。

> との情報もありました。
> ※西の三国山の方は、方角の記載間違いの可能性が考えられます

Re.(4) 最終局面目撃情報まとめ

  • 投稿No.1892 元投稿No.1891 せきたにさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-07-01 12:06:10

せきたにさまへ

>「埼玉方面から飛んできた飛行機が赤い炎をあげ、やがて黒い煙を残して南相木村の群馬県境に消えた」
>を文字通り解釈すると埼玉方面から飛んできた段階で赤い炎をあげていたことになる。

この証言ですが、私も最初に見た際、「南相木村の群馬県境に消えた」とあり、航跡としても他の証言とは随分違うような印象を受けました。
しかしながら貼っておりました図、
<お名前確認>※再掲載
http://imepic.jp/20220630/561100
の一番上(航跡)と一番下(墜落地点、目撃者位置)を交互に見まして、仮にも航跡がこのようであれば「南相木村の群馬県境」と表現するのもあながち間違いでないどころかむしろ適切な表現のように思えてきました。

埼玉方面から飛んできた段階で赤い炎をあげていたことになるかどうかですが、こちらは、自分としては埼玉から飛んできた段階ではまだ炎はあげていないものと読みました。
飛行中に炎が出る様を直接見たのか につきましては、参照元の動画コメント欄でも議論となっておりました。
この件ですが、とある方の書き込みによりますと、

『中嶋初女さんの第一通報の内容は、次のとおり。 「18時55分頃、埼玉県方面から低空で飛んできたセスナ機より大きな飛行機が、大きく旋回しながら、南相木村と群馬県との県境付近に落ちたらしく、赤い閃光がして、その後、黒い煙が上がった」』

とのことらしいのです。これが元々の内容で、上のイメピク画像中段で確認できます新聞記事とする際に3行強の文字数に要約した結果が、
「埼玉方面から飛んできた飛行機が赤い炎をあげ、やがて黒い煙を残して南相木村の群馬県境に消えた」
であり、この文章では本来の内容がきちんと反映されていないような文章に変えられてしまったようにも思えます。

13日の新聞掲載時の内容は前回参照しました動画
https://www.youtube.com/watch?v=kx422xRMOYU
の冒頭でも確認できますが、

午後七時五分ごろ、長野県南佐久郡川上村の住民から「約十分前に、埼玉方向から低空で飛んできた飛行機が北相木村のぶどう峠南方の群馬県との県境付近に落ちた。赤い火の手が上がり黒煙が上がった。飛行機はセスナ機よりずっと大きい」と届け出があり、墜落が確認された。

ですので、省略版ではなく、元の文となるこちらに差し替えての検証が適切かと思います。
なお、動画作成者様のコメントに

<赤旗新聞の証言者>
・長野県南佐久郡川上村梓山の井上カオルさんは「午後6時40分ごろ、自宅にいたら飛行機の大きな音がし、甲武信岳から低空で飛んできて西の三国山の方へ飛んで行き、山陰に消えたと思ったら、ドーンと言う大きな音がし、突然明るくなり、キノコ雲が立ったと話しています」

・墜落を目撃した長野の夫人は「すごい飛行機のエンジン音がして、山梨側から左肩を傾けた感じで群馬県と埼玉県と川上村の梓山との県境のところを山向こうへ消えた。消えたと同時に真っ赤に炎が山1ついっぱいになるぐらい上がった。そのあと真っ白な煙になって、その後真っ黒なキノコ雲、そんな感じになり、もう驚いた」と語っています。

との情報もありました。
※西の三国山の方 は、方角の記載間違いの可能性が考えられます