日航機墜落事故の真実の追究(その56)ー機密処理された「日航機事故の真実の開示を求めるー 

  • 投稿No.2322
  • 投稿者:8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査分科会 会長 遺族 小田周二 
  • 投稿日:2022-11-02 01:39:11

    ―日航機墜落事故の調査担当は 運輸省、群馬県警で、事故の真実を特定した。然し 墜落事故の真実、結論、真実は 国,運輸省が密かに保有し、(機密保護法)なる法律に登録し、隠蔽した。
   遺族国民へは (嘘の事故原因)で 誤魔化し、事故の真実を 完全に 隠し通す方針である!!―
  
 1.犠牲者の遺族の「心の旅路」と事故調査の経緯と 国の謀略、隠蔽工作による完全隠蔽犯罪
    1985.8.12 日航123便は 上野村御巣鷹の尾根に墜落死して、520名が死亡し、4名が重傷との世界的な墜落事件で、国が国民(日本、世界)を虐殺したのであった。
   愛する肉親を殺された遺族の苦悩と苦しみが始まり、37年間、今も苦しみの中に生きている。
  *それは 国は、遺族に国民に、嘘の事故原因を告白し、公表して、嘘が確定しても 国、航空局、群馬警察は 事故の真実の調査を放棄して、犠牲者は ただ「遭難者」との汚名、侮辱を着せられて、
   慰霊式典で 偽善の慰霊する事態が 37年間も続いている。最近は 2019年から 2022年までは(コロナ禍)を理由として、遺族の慰霊式典への参加を禁止して、遺族間の交流を妨げている。
   それは「事故の真実は、国、自衛隊によるミサイル撃墜による完全犯罪だ」と事態の流布を意図的に妨害しているのだ。そして、且つ 航空局、日航、ボーイング社、群馬県警、司法、前橋検察と殆ど   
   のマスコミも この事実の隠蔽に協力しているのだ。事後共犯行為に相当する犯罪である。
   遺族は 事故に関しての無知のために、又殆どの事故証拠に触れる機会がなく、ただ 国、運輸省、航空局の言うままの内容を信じ込むしかなかったのだ。
  *私:遺族小田は、事故後 2011年の遺族だけを集めての「隔壁破壊説の解説集会」の後、遺族会は 国、日航による洗脳、便宜供与により、事故原因の再調査を放棄した事態を受けて、
   小田は 事故調査を 本格的に参戦して、真実を追求を始めたのだ。遺族会会長:美谷島氏は 小田に航空局、日航との秘密の面談、会議を告白し「ミサイル撃墜事態」の放棄させられたと 
   告白して、以後、美谷島会長は 遺族の悲しみの伝道者の役割に転進して、多くの国民に 『隔壁破壊説』の宣伝、公表に尽力して、「犠牲者の死の真相」を隠すのに、協力していることが 
   明らかになった。
   遺族会会長:美谷島氏は 524名の犠牲者への裏切りであった。
  *小田は 旅客機の機体構造、機能、及び操縦に関して、基本的な調査を行い、又過去の旅客機の墜落事故の調査と事故原因を 世界が認めた調査に実態を納めたTV放映で確認し研究を進めた。
   同時に 運航会社;日航に 機体構造の見学、及び事故原因についての研究会を申し出て、許可を得て、2013年から 2019年まで 日航の技術幹部とパイロットを含めて、日航調査団と
   面談し議論した。この結果、日航は 『事故加害者でない』と『事故原因は 御巣鷹の尾根付近での機体へ攻撃だ』「遺族への金は お見舞金だ」との言質を得たのだ。
  *この結果を 著「日航機墜落事故真実と真相」(2,015年)著「524人の命乞い」(2017年)『永遠に許されざる者』(2019年)を出版して、国民の判断を求めて、多くの賛同を得て来た。
    然し、国、航空局、は一切無視し、2019年以降、日航も 小田との面談、技術会議の開催には 拒否している。それから、航空局、日航、群馬県警、司法(前橋検察、前橋検察審査会)
    及びマスコミも 一切、この結果には 認めず、ただ 無視し 真実な応対も見せず、現在に至っている。
   彼らは 最高権力者:自民党総理の指示に従い、全面協力して 事後共犯の加害者に転落しており、現在も その真実の隠蔽協力は 続いている。
  *事故の真実の隠蔽には、口頭による命令には限界があり、このために 2013年 安倍総理が陰湿な事故隠しに 有効な法律での隠蔽を画策した。
   それが、法津「特定機密保護法」の強行採決による成立であった。その前に 1999年には 航空局は『事故資料の全部廃棄』との犯罪行為を行っている。
   又法律「情報公開法」に基づいて、事故資料の開示を求めたが、拒否されれている。この開示請求の副産物が 問題の「CVR,DFDRは 所有者:日航に 返却した」との回答による、追及は
   遺族吉備氏の東京地裁への「CVRの開示請求」であった。
  *これで、事故原因は 中曽根総理の指示と自衛隊によるミサイル撃墜だと判断して、 2016年、2017年に前橋地検の両者と告訴した。同時に 航空局、日航を事後共犯として、告訴した。
    結論は後述する。
  *この法律による事故の真実の隠蔽を 2019年8月12日の遺族;Sssanne氏と小田との日航赤坂社長との面談で 赤坂氏が告白している。
   (慰霊式典の日、御巣鷹の尾根、スゲノ沢での歴史的な面談)
    この時に 赤坂社長は「事故の真実を話したいが、それには 国、運輸省の許可、了解が要る」と告白したのだ。驚愕の自白であった。
   このことから、国、自衛隊、運輸省は 口頭での命令以外に法律「特定機密保護法」により、日航123便の墜落事故を機密事項に指定して、完全隠蔽を図っていることが 明解になったのだ。
 
  2.多くの国で 戦争での飛行爆弾である「ミサイル」による誤射、計画的な撃墜事件が多発し、多くの政府は ことごとく、嘘の事故原因を公表して、自衛隊、軍隊を擁護し、
     最高責任者の責任回避を行っていることが 明らかになっている。
     その一例として、民主主義国家であるフランスの場合を紹介し、提起する。 
   2.1  フランスの旅客機ミサイル撃墜事件 (AF-1611便墜落事故、1968年)
     *この事例は フランスでの「1968年の AF-1611便ミサイル撃墜事件」でのフランス政府の対応が この日航機事故の隠蔽工作と機密解除の行動が 
      「軍によるミサイル撃墜事態」と同じで、日本政府の対応、処置、隠蔽も全く同じであることを 如実に語っている。
     *フランス軍の幹部が「墜落事故は 軍のミサイル撃墜だ」との告白で マクロン大統領が 劇的な決定で、(軍によるミサイル撃墜)を認め、再調査を命じている。
       一方、日航機墜落事故でも 町田:元運輸相 事務次官が 『日航機がミサイルで撃墜された』との遺族への告白、説明が根拠になり、
       ここに 岸田総理が ミサイル撃墜を認め、事故の真実の開示、公開を命じるべき事態になっている。 早急な実施が 遺族、国民が 求めているのだ。
     @ 日航機墜落事故の事故原因は 国運輸省は特定し、隠している。機密事項として。
        事故の真実を解明、開示は 国、運輸省の決断に掛かっており、それは 内閣総理大臣が、
        自衛隊最高指揮権限者の岸田総理の決断が 緊急に待たれるのである。
    2.2 日航機事故の真実の告白は 日航副社長:町田直であった !!
       このフランスの場合、真実の告白は事故の関係者の「フランス軍の秘書課官」だあった。
       そして、この秘書官は 軍の最高機密に接触出来、知り得る立場にあった。
      これと同じ立場の人物は 日航副社長の町田直で、 彼は 元運輸省の権力者の事務次官であり、日航への天下りで 時期「社長」に内定しての人事であった。
     又 町田氏は あの自衛隊の戦闘機が激突して、乗客乗員 162名が殺害された事件「全日空機雫石戦闘機激突事件」の調査で(自衛隊の責任)と
      (佐藤総理の責任)を回避した功労者であった。そして事故原因は(パイロットの前方視認不良)としたのだ。これはイカサマの事故原因で、佐藤総理の辞職を 妨害したのだ。
       ここで、 角田四郎氏の「疑惑」に於ける町田四郎氏の「墜落事故後、数時間後、羽田の東急ホテルでの町田氏と激昂する遺族の会話について、その驚愕の内容について紹介し、掲載する。
      即ち、角田氏の著「疑惑」(早稲田出版、1993年-このままでは 524柱は 眠れないー114頁より 転載する。角田氏は 某事故犠牲者の遺族の友人である。
   
     {東急ホテルには 既に 多くの人(犠牲者の家族、遺族ら)集まってきていた。午後 9時半か 10時頃だった。彼(友人)は 先ず、搭乗者名簿に目をやった。
      「乗りの遅れて他の便に、乗り換えていてくれ」と、必死に考えるものだ、と聞かせて呉れた。
       カタカナで書かれて、あるせいか、頭が真っ白になっているせいか、なかなか 読み取れないものだー-とも。そうこうしているうちに、見覚えのある名前を見つけてしまった。
      「見つけてしまった」というのが、実感だと言う。それでも何度も別人ではー-と何度も読み返して、やっと「乗ってる」と 血が引く思いが こみ上げてくるもんだと。
       呆然として立ち尽くすうち、部屋の一角で 大声を出す,ひとかたまりの人垣が出来た。
      それは、やっと我を取りもどす、切っ掛けだったと言う。
       引き寄せられるように、その人垣の外側から、首を突っ込んで、見ると、中央に中年の紳士が 半ベソをかいたような顔で、胸板を掴まれて、立っていたと言う。
      「はっきりと言え!」 「一体 飛行機はどうしたんだ」 「どこに 行ったのか “」 紳士は 『申し訳ありません』 そんな言葉の繰り返しをやっていた。
     *紳士は 日航の役職者らしかった。(後に 副社長の町田直と判明した)
       友人は むしろ、その紳士に 同情を感じたと言う。家族(遺族ら)の追及は 執拗であった。
      ところが、「お前ではラチがあかん」とか「社長を出せ」と詰め寄る人が増え始めた時、その紳士は 唐突にとんでもないことを 口走り始めたのである。 
       真っ赤に顔を紅潮させて、「うちの機(日航機)は 北朝鮮のミサイルに撃ち落とされたんだ。今は それしか分からん“」と
      一瞬、家族達、(後の遺族達)も 友人もなんのことやら 意味が分からずにいた。
       紳士は その緩みに乗じて,若い社員が、スーと、抱え出してしまった。家族達(遺族達)は それを黙って、見送っていたのだと言う。}

    この重大な告白事件が 日航、航空局にとって、機密事項の漏洩になると、危機感を持った(日航)(航空局)は、遺族らの記憶から、この異常な、驚愕の告白の内容と消すために
     二つの作業を遺族に要求した。 一つ目は 日航の家族認定作業であり、二つ目は 今だ、確定していない墜落場所へのバスでの家族(遺族)輸送の事態であった。
    これで、多くの家族(遺族)は こんな出来事を忘れてしまったのである。 ⇒ これは、日航、航空局の隠蔽し、騙し、忘れさせるための謀略作戦であった。
     *この重要な告白は、事故原因の証拠として、採用出来ると判断して、2016年 遺族小田は、墜落事故は中曽根総理、自衛隊によるミサイル撃墜だと明記して、前橋地検に告訴したが、
       2018年に 不起訴になった。不起訴の理由は 「嫌疑がない」であった。 所謂、遺族、素人の告訴を「門前払いの判決」したのだ。
      前橋地検は、1年以上も真摯に審査していたが、突然2018年3月に検事正、と担当検事が更迭され 横浜地検からの新任の三席検事:寺尾氏(女性)が
      ―旅客機事故の経験、地検のないー不起訴判断し、且つ短期間の苦しい猛勉強で 4月に判決理由の説明を 小田に行った。
     この町田直の告白証言(ミサイル撃墜)について、寺尾三席検事は、「北朝鮮のミサイル」の文言で、(北朝鮮)の文言で「事故の証拠」との能力、価値はないと説明した。呆れる。
     おかしな論理で、屁理屈である。 検察が真摯に対応するには、検察が、単に否定するだけでなく、自身で 調査、捜査に加入して、その信憑性を確認すれば、良い筈である。
     国は 検察に圧力を掛けて、「不起訴」にしたと判断出来る。
   *後日、日航との質疑、質問-回答の応答において、小田が日航にこのことの信憑性を聞いた時に、日航は 「確認出来ませんでした」との文書回答を出して来た。
     即ち 否定を しなかったのである。この発生事象は 多くの日航社員が知って、証言している。
   *この件は 前橋検察審査会に申請し、庶民の判断に期待したが、これも 検察審査会は前橋裁判所の管轄であり、ここでも、審査結果は 前橋地検の判断を支持して、
    小田の告訴要求を 否定し棄却した。その理由は何と 「証拠ナシ」であった。
   ⇒ これで、群馬県警と前橋地検と、検察審査会は 国の圧力に屈して、司法も 権力者の命令に 正義の判断を下す事態を避けて、事実の隠蔽に協力したのだ。

  3.今後の事故原因の調査捜査特定と 遺族国民が国に対して要求すべき事項
     国の事故原因:『隔壁破壊説』の信憑性を確認するために、遺族として、本格的に日航機墜落事故の調査に参戦した。結果的に、『隔壁破壊はなかった』と分かり、
     その上、真実の「仮説」も 先輩の有識者の調査結果を参考にして、導き出すことが出来た。 
    航空局、日航との真摯な議論で、事故の真実の仮説を提起したが、一切無視され、それ以降、質問状を提出し面談を求めたが、返事はなく、
     国、航空局が 国の事故原因が司法が否定したにも拘わらず、事故調査を中止して、30年間以上も不作為で 国、航空局は 沈黙を守って、且つ 事故調査を 再度開始する気配もない。
    そして、結果的に事故後 37年間 『日航機墜落の事故原因は不明のまま』なのだ。

   *日常生活で、殺人事件が起きると、警察の出番であり、捜査検事の出番です。
     彼らは 捜査権を持ち、捜査し、尋問し、証拠の品を集め、殺害の動機を探し、刑罰を科する。
     ここには、遺族であり、関心のある人であっても、この事件の独自に調査は出来るが 無理なのである。 何しろ、一般人は 調査権、捜査権を持たないし、
     殺害現場にも 見学参加出来ないし、証拠品を探し、見ることも出来ない。
    だから、一般人は殺害事件には 参加し調査、捜査して、殺害の真実と犯人を特定することは 不可能なのだ。
   *同じことが 日航機墜落事故の場合も適用出来、一般人、遺族も 事故原因への調査、捜査は 権利、権限もなく、不可能なのだ。
     この事態、状況と 事故調査の権限は、政府、警察の管轄で 専権業務であることを勘案すれば 事故調査、事件調査は 国、運輸省が行うことは 必然であり、
    彼らが 調査して得た「結論」『墜落の事故原因、真実』を公表して、遺族、国民に設明する責務があることが 決められているのだ。
     更に 同種事故、事件は発生しないための「再発防止策」の提起と実施で、国民の航空安全を図ることも 義務付けられているのだ。
    ⇒ この国の真実の開示、公表は 当然の事態であるが、国、航空局は 無視し、実施せず、ただ 笑って、済ませており、犠牲者を侮辱しているののだ。
       犠牲者は 犬死なのだ。 合掌 合掌 !!

   *遺族、国民、湯指揮者による事故調査は 行われたが、限界がある。然し、国の『隔壁破壊説』の信頼性を確認するために 30年以上の真摯な事故調査で、
     結果的に 『真実の事故原因の仮説」を導き出すことができたのだ。
    即ち この事件の真実は 中曽根総理、自衛隊の蛮行、ミサイル撃墜虐殺事件であることが 明確に、帰結し判断出来たのだ。 
    然し、国が これを認め、了解することは 絶対にないことも 明らかである。
    ここに、自ずから、結論が見えて来る。そして、遺族、国民が 事故の真実を得るためには、国、運輸省に 真実の公表、開示を求めることが 基本的に、原則的に 唯一の方策である。
    ⇒ フランスのAF1611便ミサイル撃墜事件でも、遺族らは 事故調査を行わず、国に対して、事実の公表、開示を求め続けて、51年間も。
      軍の秘書官が ミサイル撃墜を告白して、マクロン大統領が機密解除を行って、且つ再調査を命じて、真実の開示が行われたのだ。
  *即ち、運輸省は その専権事項として、事故調査の管轄部署として、国民への開示責任があることは 明確である。 
    岸田総理大臣が 機密開示を行い、運輸省に 事故の真実の開示を指示することが 必然的な処置であり、且つ責務なのである。
     民主主義国家の日本では 国民が 主権者であり、国は 主権者:国民に 真実を公開し開示して、犠牲者の供養、慰霊を行うことが 責務なのだ。

   @ 掲示板への投稿者、及び読者の皆様に お願い !!  
    掲示板での「真実追及」には 限度があり、又 隠蔽の国、航空局は 嘘の事故原因で 遺族、国民を騙している。
    最近の投稿者は 専門知識の談義で、事故原因の内容ではないし、真実の「仮説」の提起もされないのが 実情だ。
    まして 投稿者が 墜落事故の「仮説」の投稿を要請したが、誰も 応じていない。

   @小田は 重要で信頼のある「証拠」を提示して、国、航空局が 機密処理した『日航123便墜落事故』を開示することが 国、航空局の責務であることを、論理的、技術的に 説明した。
    この趣旨、経過、技術的な結論を理解されて、多くの皆様方の理解と応援と協力を求めます。
    これが、この方法こそが 本来の遺族、国民が 旅客機墜落の真実の追究、解明への道、方法なのである。合唱 合掌 !!

 

        

Re.(10) DFDR解析による航跡

  • 投稿No.2320 元投稿No.2317 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-10-31 17:31:22

鷹富士さまへ

>D,日原に落下物はありません。目撃情報1件と写真撮影1件です。

投稿No.2315にそのようにありましたので、では付図-22の●は何ですか との問いかけでございました。
日原に落下物はない に関するコメントを頂けますでしょうか?
なお、当方には付図-12における●の鍾乳洞入口を落下物位置だとの誤認識はありません。

一応ですが、あざの一原が具体的にどこなのかは地図で確認することはできませんでしたが、バス停としては一原というのがあり、その周辺ではないかとすれば鍾乳洞から見れば東側であろうと推測します。

>A,報道初期は情報が輻輳していた時期で、私は考慮に値しないと思いますが、文系さんがそれに拘ることを止めるつもりはありません。

事故当日から翌朝あたり、テレビおよび新聞で航跡図が報道されましたが、情報の出どころとしては、羽田か所沢か といったところが妥当と言いますか、他からはまず出ないであろうと考えますと、情報の輻輳というのもそうは起こらないように思いますし、それらのいずれから出されたものであっても酷似したものとなるはずだったでしょうから、最初期であればあるほど正しいとは申しませんが、重視するに値するものと捉えております。

>H,河津駅から水平距離が近すぎるのは成立しません。

単純な音の到達だけの話ですと、異常発生が高度7200mであれば、6kmほど離れていれば音の方が約1秒早着で、音を聞いて即見上げれば視認は可能ではないかと考えました。仮に高度が4000mであったならばその距離は3.5kmでも間に合うでしょう。
異常発生後に高度を下げていたのであれば、その分水平距離はより近くなっても通り過ぎる前に見ることはできそうに思いますので、一応は近距離での異常発生も可能性としては残しておこうと思っております。

>I,どの範囲の人が聞いたのか、確認しないと情報としては不完全です。例えば、伊東市や熱海市まで広がるのか、河津町に限定されるのか?

記事を読んでの感覚にはなりますが、河津町の住人という内容で書かれたものであるように推測します。

あとは日原付近での航跡についてですが、報告書の付図-12は事故調によるDFDR解析による航跡、付録P206の2万5千分の一の図はレーダー航跡航跡であり、一致しないというのは止むを得ないと言いますか、寧ろ当然のことであるように思います。
ただ、日原においてはレーダー航跡の方が本仁田山の通過位置が写真撮影時の状況と合致しているようで、寧ろ付図-12の方がズレが大きいように感じます。
鷹富士さまのDFDR航跡との比較においてもP206のレーダー航跡の方が近く、推定2kmほどの違いではないかと思います。
レーダーの精度がどうなのか といった問題があるのでしょうが、その箇所ではですが2km程度であれば結構悪くはないように思いますし、事故調の経路略図程度の縮尺であれば誤差の範疇でしょう。

不思議に思いますのは鷹富士さまのDFDR航跡と事故調経路略図の46分のところまでを重ねた際、ズレが目立つ区間がある反面、要所々々では(日原もですが)ピンポイントでほぼ合致しているというところです。
また、航跡のフォルムも部分部分では似すぎていると言ってよいほどにそっくりになっているというのも腑に落ちないところです。

そうであるのに、大月旋回の箇所に限っては線形が全く異なり、何か不自然さを感じずにはいられません。

> > 報道初期に出されていたレーダー航跡のほうが真相に近く、後に出される報告書のものは何かしらの意図あって西方向にずらされた可能性があるように考えております。

> A,報道初期は情報が輻輳していた時期で、私は考慮に値しないと思いますが、文系さんがそれに拘ることを止めるつもりはありません。

> > その手法につきましてはあれこれ考えている途中という事になりますが、そのうちの一つとしては静岡→五日市あたりで切り取り西にシフトさせその間を繋ぐ というのもあるように思います。

> B,それはありえません。

> > 先に静岡手前で右に回転させる場合の図も貼っておりましたが、それも手法の一つとしてあるのではないか との考察によるものです。

> C,「静岡手前で右に回転させる」は、具体的な根拠はなく、あなた自身の仮説であるとわかりました。

> > 逆にですが、●が鍾乳洞の入り口であると判断できます記載はありますでしょうか?

> D,「入り口」と書いたのは私の独断で、正確には「国土地理院地形図に日原鍾乳洞と記されている地点」です。他の分県地図などには、国土地理院地形図の位置よりはるか北に「日原鍾乳洞」のマークがあるので、それと区別するために「入り口」という表現を使っていました。より正確には「「国土地理院地形図に記載の日原鍾乳洞」と呼んだほうがよいでしょうが、長すぎるので。 私は、位置の特定には極力「国土地理院地形図」を確認しますが、事故調の図もまた、当時の「国土地理院地形図」を基にしています。

> > 附図22の(1)●の位置は、正確な住所(座標)は不明ですので大体あのあたりであると捉えるしかないように考えていますが、字一原となりますと鍾乳洞より東側である可能性もあるように思います。元の図縮尺からしますと、目安の位置 の域を出ないものではあるでしょう。

> E,事故調報告書「本文」ページ158の「付図-22」の落下物の●印と、「別冊」ページ129にある鍾乳洞の●印とは無関係です。「別冊」ページ129にある鍾乳洞の●印は、先にも書きましたように、「国土地理院地形図に記載の日原鍾乳洞」の位置です。

> > 「別冊」ページ129の「付図-12」ですが、飛行経路略図や「別冊」のページ206のレーダー航跡とはやや不一致となっておりますが、本仁田山との位置関係からすれば、付図12の方が南方向にズレてしまっているように思えます。
> > (付図12以外の2つの航跡は鍾乳洞の北を通過)

> F,「別冊」ページ129の「付図-12」は、事故調がDFDRに基づいて計算した図で、その補正条件は「別冊」ページ109の冒頭に記しています。
> 「経路略図」の相模湖北方以降は、これを基にしたはずですが、正しく写したかどうかは不明です。
> 「別冊」のページ206のレーダー航跡とも合致していないことは、当初から私が指摘してきたとおりです。
> こういう矛盾を放置したまま、報告書が作られている、ということです。

> > 三、目撃談ですと静岡での目撃談、当日の報道となりますと、TVニュースでOAされた航跡図となります。これには大月での360度超の旋回の記載はありません。

> G,静岡の目撃談とは、角田著に紹介された以外に、他にもあるのでしょうか?
> 当日の報道は、情報が輻輳し不正確なものが多く、私は評価に値しないと思います。あなたが、それに拘ることを止めはしませんが。

> > 五、投稿No.2309の<実航路推定 2> をご参照下さい。飽くまで考察一例として描いた航跡の一つです。

> H,河津駅から水平距離が近すぎるのは成立しません。音が聞こえて見上げた時点で事故機は頭上を過ぎて北西の方へ飛び去っています。音速と事故機の飛行速度から計算すると、異常発生点は河津駅から水平距離で15km以上ないと、目撃情報に合いません。

> > 六、自分が見ましたのは地方紙夕刊になりますが、相模湾上空の音が録音されていて、その解析結果に関する記事の冒頭に 『~伊豆半島上空を通過した際、多くの住人が「ボーン」という大音響を聞いたが、~』 とありましたので、あのように記載しました。

> I,どの範囲の人が聞いたのか、確認しないと情報としては不完全です。例えば、伊東市や熱海市まで広がるのか、河津町に限定されるのか?

> J,No.2315のD項で説明した、日原付近の経路について補足します。

> 次の3点の図を基にして考察を進めます。

> 1、事故調報告書「本文」ページ81に、「DFDRによる推定飛行経路・・・・・・18時46分ごろからDFDRの記録の最後(18時56分27秒)までの間は主としてDFDRの解読結果より推定を行い・・・・」という説明があるので、事故調の「飛行経路略図」は脇へ置き、事故調報告書「別冊」ページ129の「付図ー12」の経路図を参照。
> 2、事故調報告書「別冊」ページ206の「付図ー6-2」で、日原で撮影された写真の解析結果が載せられているので、これを参照。
> 3、「別冊」ページ206の「付図ー6-2」に使われた地図は、37年前当時の国土地理院25000分の1の地形図なので、最近の国土地理院25000分の1の地形図を参照。

> 「別冊」ページ204に、撮影地点から事故機までの距離を4.1kmと算定しているが、これは正しいものと考えます。
> しかし、ページ206で、撮影位置から事故機を見た仰角を45度として、事故機の高度を2.9kmとしているのは誤りです。
> 国土地理院地形図によれば、撮影地点の海抜高度は620mです。DFDRの中のALTによれば、日原付近を通る時の高さは約8000ft(2400m)ですから、撮影地点からは1780mの高さを事故機は飛んでいたことを示しています。これから計算すると、仰角は25.7度になります。

> 「別冊」ページ204で、模型を使って解析した結果、事故機が水平飛行をしていたと仮定した場合の仰角は41度と記載されています。41-25.7=15.3で、撮影された時点で事故機は15度余右へ傾いていたと推定されます。
> DFDRの中のRLLを見ると、50分2秒前後に-23度のピークを記録していて、これが撮影時刻に近いと推定されます。

> また、「別冊」ページ206では、撮影方向を真北から時計回りに72度(東北東)としていますが、疑わしい。時計回りに45度(東北)の可能性がある。

> そうすると、撮影地点からの水平距離は、4.1×cos25.7度≒3.7km、撮影時刻はDFDRの50分05秒となります。

> 以上を整理した結果を、DFDRに基づき算定した経路のうち日原付近を拡大した図に記し、イメピクの下記アドレスにアップロードしました。

> http://imepic.jp/20221030/625540

Re. 油圧機器の仕組み

  • 投稿No.2319 元投稿No.2313 風のたよりさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-10-30 17:57:02

風のたよりさまへ

>最後に、B747-100はFBY以前の古い機体です。差動油消失後にメカニカルな操作を可能にする構造が厳格に義務付けられています。
>そうしたことを無視する議論はナンセンスだと申し上げます。

このことを明確にするだけでも十分再調査に値するように思います。
事故調側は、操縦不能から止む無く山へ のシナリオに影響が出ることを回避するために事故機の油圧喪失後の操縦性について詳細に調査しなかったのでは?と勘ぐってしまいます。

>駐機中の稼働翼の動きは、作動油が存在しますので、123便のインシデント後と状況が異なります。

ご指摘有難うございます。
私としましても、事故機では異常発生後墜落までのどこかで配管内への空気混入の可能性はあるものと考えておりますが、それがいつなのか が問題となっております。

新聞には18:36 「ハイドロプレッシャー オールロック と油圧系統のバルブを締めるよう指示する声があり」 といったような記事も載っていたようですし、FE氏の「ハイドロクオンティがオールロスしてきちゃった」の発言も気になるところです。

覚えている方はそんなにはいないかとは思いますが、自分の過去の投稿で一時期オーバートラベルメカニズム周りの仕組みの資料を連続して貼っていた時期がありましたが、いよいよエルロンを自由運動させた際にどう動くか を考察する手目のところまでいって、そこで投稿が止まってしまっておりました。
<最後に貼っていたと思われる資料>
http://imepic.jp/20221030/641730

白銀山の検証を終えて後、こちらの考察に戻りたい と考えております。

> 小田様からの呼び掛けの最中申し訳ありません。
> 枝葉末節の話をさせていただきます。
> 123便がインシデント後に羽田に戻るライトターンと発し、自由が効かない状態で機長の意図する航跡を辿っていたのは間違いありません。
> 物理的に消失したラダーは別としてエルロンとエレベータは操作を受け付けつけたと考えます。
> 過去にも書き込みいたしましたが、油圧機器は常時、圧力を発生していません。
> 常時は単に作動油を圧送しており、回路中の圧は1atm以下の背圧しか掛かっていません。
> スプールバルブが作動することで圧力が上昇し最大200atmに達します。
> そうした機器の特性を踏まえて123便に起きたことをお考え下さい。
> 作動油の流れはリザーブタンク→ポンプ→バルブ→アクチュエータ→リザーブタンクヘ戻る。です。
> FEのハイドロ落っこちています。の発言は通常時であれば1atm程度あるはずの背圧が下ったことを指しています。排圧が下った理由は、リザーブタンクが空になったことでポンプが空気を圧送して回路中の作動油がなくなったことを意味します。
> そのまま放置するとポンプの焼き付きでロックするのでFEがポンプのクラッチを切ったと想像します。
> 以前、バルブやアクチュエータ内の作動油が邪魔をして操縦桿は動かないといった議論がされていましたが、回路中の作動油がなくなるので作動油が操作の邪魔はしません。
> 作動油消失後の稼働翼を動かすのを邪魔する力は空気力とバタつき防止のダンピング力の2つです。
> 当然、B747の空気力は大きいので一気に大きな翼作動角を与えることは不可能です。
> しかし、機体の動きに合わせて操作力を加え続けるとかなりの大きさの作動角が得られ姿勢変化を起こせたと考えます。
> これを裏付けるものに機長のそんなにバンク取るな。という発言があります。
> 長い時間大きな力を加え続けて姿勢変化が生じた後、短時間で修整するのが困難な状態だった際に発せられた言葉と想像します。
> そのため、DFDRに見られる小刻みな操作の繰り返しで機体姿勢の変化をさせるようになったと考えます。
> 最後に、B747-100はFBY以前の古い機体です。差動油消失後にメカニカルな操作を可能にする構造が厳格に義務付けられています。
> そうしたことを無視する議論はナンセンスだと申し上げます。
> また、DFDRの加速度情報の積分による航跡計算は精度が悪いのは一般常識です。
> 手間を掛けて計算しても、途中の目撃情報や落下物による位置補正が必要になります。それでは、結局どの目撃情報を取捨選択したかで航路はいくらでも変わることになります。
> 以上です。

> 追伸、文系ちゃん様ヘ
> 駐機中の稼働翼の動きは、作動油が存在しますので、123便のインシデント後と状況が異なります。

Re.(8) DFDR解析による航跡

  • 投稿No.2317 元投稿No.2312 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-10-30 13:56:02

鷹富士さまへ

>B,「切り貼り」という抽象的な表現ではなく、どの部分がどのように間違っているかを指摘してください。

間違っているというのとは違うのではないか との推測をしておりますが、そう申しますのも実際は発表されているものより、もっと東寄りの航跡だったのを意図して書き換えた可能性があるのではないかと疑っているからに他なりません。

報道初期に出されていたレーダー航跡のほうが真相に近く、後に出される報告書のものは何かしらの意図あって西方向にずらされた可能性があるように考えております。
その手法につきましてはあれこれ考えている途中という事になりますが、そのうちの一つとしては静岡→五日市あたりで切り取り西にシフトさせその間を繋ぐ というのもあるように思います。
先に静岡手前で右に回転させる場合の図も貼っておりましたが、それも手法の一つとしてあるのではないか との考察によるものです。

<実航跡推定3>
http://imepic.jp/20221030/498330

D,日原に落下物はありません。目撃情報1件と写真撮影1件です。「別冊」ページ129の「付図-12」に記されている●印は、図中に表示されている経度・緯度から測ると鍾乳洞の入り口です。事故調の「経路略図」は杜撰ですが、「別冊」ページ129の「付図-12」は真面目に描かれています。それゆえに、誤りも具体的に指摘しやすい。

先の投稿にてこちら
<日原航跡比較>
http://imepic.jp/20221028/323540
を貼っておりましたが、こちらの右下、落下部物(1)は、附図22の●を実地図に落とし込んだものになります。
報告書を読む限りではありますが、この(1)というのは落下物の発見場所を示すものとしか捉えることが出来ませんでした。
逆にですが、●が鍾乳洞の入り口であると判断できます記載はありますでしょうか?

附図22の(1)●の位置は、正確な住所(座標)は不明ですので大体あのあたりであると捉えるしかないように考えていますが、字一原となりますと鍾乳洞より東側である可能性もあるように思います。元の図縮尺からしますと、目安の位置 の域を出ないものではあるでしょう。

「別冊」ページ129の「付図-12」ですが、飛行経路略図や「別冊」のページ206のレーダー航跡とはやや不一致となっておりますが、本仁田山との位置関係からすれば、付図12の方が南方向にズレてしまっているように思えます。
(付図12以外の2つの航跡は鍾乳洞の北を通過)

>あなたのイメピクの図は広域に過ぎて必要な精度が得られません。
ごもっともでございまして、私としましても確認しようとする項目に応じて適した縮尺の地図を使っておりますし、時には上の<日原航跡比較>の2段目左よりの図のように拡大された地図を広域の地図に嵌め込むようなこともしております。

>E,先のNo.2310であなたに対して問いかけた、三、五、六、七 の各項目について説明をしてください。

三、目撃談ですと静岡での目撃談、当日の報道となりますと、TVニュースでOAされた航跡図となります。これには大月での360度超の旋回の記載はありません。
五、投稿No.2309の<実航路推定 2> をご参照下さい。飽くまで考察一例として描いた航跡の一つです。
六、自分が見ましたのは地方紙夕刊になりますが、相模湾上空の音が録音されていて、その解析結果に関する記事の冒頭に 『~伊豆半島上空を通過した際、多くの住人が「ボーン」という大音響を聞いたが、~』 とありましたので、あのように記載しました。
七、該当ページ確認しました。チャート図も必要に応じ見ておりましたが、CASの方が意識に残っており、TASの記載があることに気づいておりませんでした。今後必要となった際にはこちらも参照させて頂きます。

> > 実地図を使わない場合でも、鷹富士さまの図の主要位置の記載には間違いはないでしょうから、合わせる際に縦横比を変えないのであればどちらの倍率を調整しても何ら問題とはならないと認識しております。重ねた上でどちらを正しいとして判断するかだけのことかと。

> A,事故調の「経路略図」が杜撰であることを認識され国土地理院の地形図を基本とされているなら細部は問いませんが、あなたのイメピクの図を見て、誤解する人があることを懸念するので、事故調の「経路略図」と私の経路図を重ねないようにと述べたものです。重ねる場合は縮尺を厳密に合わせてください。

> > 切り貼りと称しましたのは、事故調側のことを指しての推測ですが、手法は色々とあるでしょうから、それを考えている最中という事になります。

> B,「切り貼り」という抽象的な表現ではなく、どの部分がどのように間違っているかを指摘してください。
> 私が「杜撰」という場合は、全体的なことを指しますが、「切り貼り」というからには具体的にどの部分のことか説明が求められます。

> 事故調の「経路略図」は、大きな一枚の紙にレーダ情報に基づく位置を点々と記し円定規を使って円弧で結んでいったもので、「切り貼り」はしていないと私は推定しています。

> > 一例としての静岡手前で右に回転させた場合 ※三国山付近は無視してください

> C,静岡手前で右に回転させる理由を説明してください。

> > 日原 大体合ってるのでは?というのは、写真撮影ポイントではなく、落下物発見地点のことをさしてだったのですが、これも落下地点の正確な住所が不明ですので、大体のところという見解となるでしょう。
> > (ざっとした確認ですと、鷹富士さまの航跡と事故調報告書 日原落下物の●印とのズレは500m内外ではないかとみております)

> D,日原に落下物はありません。目撃情報1件と写真撮影1件です。「別冊」ページ129の「付図-12」に記されている●印は、図中に表示されている経度・緯度から測ると鍾乳洞の入り口です。事故調の「経路略図」は杜撰ですが、「別冊」ページ129の「付図-12」は真面目に描かれています。それゆえに、誤りも具体的に指摘しやすい。
> また、あなたのイメピクの図は広域に過ぎて必要な精度が得られません。事故調報告書「別冊」のページ206は、当時の国土地理院地形図25000分の1を使っていますから、あなたも最近の国土地理院の25000分の1地図で確認してください。市販の分県地図などでは、鍾乳洞の位置を入り口より2~3km北に表示しています。こういう点も慎重に見極め必要です。

> 以下、No.2307で述べたことを再掲します。

> 『「経路略図」の日原は全く合致していません。事故調報告書「別冊」のページ129の「付図-12」では日原鍾乳洞の南を通っていますが、DFDRにより正しく算定すると、鍾乳洞の北側約2km付近をとおります。
> ついでに書かせてもらいますが、事故調報告書「別冊」のページ206に、撮影された写真を分析した結果としての飛行経路が載っていますが、これによる経路、およびレーダによる経路、および129の図の3点の径路がそれぞれ食い違ったままです。こういう矛盾を放置したままの状態が事故調の「経路略図」です。』

> さらに書かせて貰いますが、「別冊」のページ206の解析では、撮影地点から水平距離で2.9kmの上空を事故機の経路と推定していますが、これは誤りで、私の計算では、撮影地点から3.7kmないし4kmです。この点は込み入った計算を伴いますので、項を改めて説明します。

> E,先のNo.2310であなたに対して問いかけた、三、五、六、七 の各項目について説明をしてください。

Re. 123便のレーダー機影が消えた時間

  • 投稿No.2316 元投稿No.2314 風のたよりさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-10-29 19:40:36

風のたよりさまへ

先にこちらについて書かせて頂きます。

私の仮説的なものですと、レーダーから消えたのは箱根のレーダー局のみではないかと考えております。

山陰入りしてレーダー照射から外れ得るのはレーダー局の2kmちょっと先の白銀山の存在の影響を受けた場合くらいしかないように思います。

相模湖より東で高度2000mを下回れば可能性がでてきて、場所によっては2500mでも消えるのではないかと考えております。

時間としては40分頃でしょう。
他のレーダー局の航跡の話がこれまで表に出てくることはなかったものと認識しておりますが、私の想像では静岡で右旋回して後、富士山東通過後360度の旋回なしで昭島方面へ といったものではなかったかといったところです。

CVRでは 周波数切替えられますか? アイデントプリーズからの他機への周波数切替え要請のあたりではなかろうかとの見立てです。

これまで出てきているパズルピースの収まりからすれば、割と有力な仮説ではなかろうかと思っております。
ともかく18時台でのテロップは必須項目ですので、こうでなかったとしても他の説は必要になるでしょう。

詳細の確認には箱根のレーダー局のレーダー照射部の標高が必要になりますが、これが不明です。
情報なければ山の高さが908mですので、925mと仮定して確認して見ようと考えております。

> またまた恐縮ですが、枝葉末節ごとを書かせていただきます。
> 文系ちゃん様並びにレーダーに関する情報をお持ちの方に向けた発信です。

> 1985年8月12日の夕刻の何時に123便関係の速報テロップがTV上に表示されたかが話題になっています。
> 123便が墜落以前に日航機レーダーから消えるといったテロップが出たか否かという話題です。
> 事故調査報告書肯定派からはありえないとの大合唱がされいます。
> そこでお伺いしたいのですが、123便の墜落前にレーダーから消えるには、123便を追跡していた複数レーダーの画面から消える必要があります。
> 123便の航路と高度にそのような場所と時間は存在するのでしょうか。
> テロップの表示が出た時間で最も多くの情報が寄せられているのが18:45頃です。実際にレーダーから消えたのはその5分前の18:40〜18:45になると思います。
> 当然、CVRとの整合性チェックも必要だと思いますが、入手できるCVRの信頼性が低いので後回しと考えます。
> 以上、ご意見をお寄せください。

123便のレーダー機影が消えた時間

  • 投稿No.2314
  • 投稿者:風のたより
  • 投稿日:2022-10-29 15:57:23

またまた恐縮ですが、枝葉末節ごとを書かせていただきます。
文系ちゃん様並びにレーダーに関する情報をお持ちの方に向けた発信です。

1985年8月12日の夕刻の何時に123便関係の速報テロップがTV上に表示されたかが話題になっています。
123便が墜落以前に日航機レーダーから消えるといったテロップが出たか否かという話題です。
事故調査報告書肯定派からはありえないとの大合唱がされいます。
そこでお伺いしたいのですが、123便の墜落前にレーダーから消えるには、123便を追跡していた複数レーダーの画面から消える必要があります。
123便の航路と高度にそのような場所と時間は存在するのでしょうか。
テロップの表示が出た時間で最も多くの情報が寄せられているのが18:45頃です。実際にレーダーから消えたのはその5分前の18:40〜18:45になると思います。
当然、CVRとの整合性チェックも必要だと思いますが、入手できるCVRの信頼性が低いので後回しと考えます。
以上、ご意見をお寄せください。

油圧機器の仕組み

  • 投稿No.2313
  • 投稿者:風のたより
  • 投稿日:2022-10-29 05:04:51

小田様からの呼び掛けの最中申し訳ありません。
枝葉末節の話をさせていただきます。
123便がインシデント後に羽田に戻るライトターンと発し、自由が効かない状態で機長の意図する航跡を辿っていたのは間違いありません。
物理的に消失したラダーは別としてエルロンとエレベータは操作を受け付けつけたと考えます。
過去にも書き込みいたしましたが、油圧機器は常時、圧力を発生していません。
常時は単に作動油を圧送しており、回路中の圧は1atm以下の背圧しか掛かっていません。
スプールバルブが作動することで圧力が上昇し最大200atmに達します。
そうした機器の特性を踏まえて123便に起きたことをお考え下さい。
作動油の流れはリザーブタンク→ポンプ→バルブ→アクチュエータ→リザーブタンクヘ戻る。です。
FEのハイドロ落っこちています。の発言は通常時であれば1atm程度あるはずの背圧が下ったことを指しています。排圧が下った理由は、リザーブタンクが空になったことでポンプが空気を圧送して回路中の作動油がなくなったことを意味します。
そのまま放置するとポンプの焼き付きでロックするのでFEがポンプのクラッチを切ったと想像します。
以前、バルブやアクチュエータ内の作動油が邪魔をして操縦桿は動かないといった議論がされていましたが、回路中の作動油がなくなるので作動油が操作の邪魔はしません。
作動油消失後の稼働翼を動かすのを邪魔する力は空気力とバタつき防止のダンピング力の2つです。
当然、B747の空気力は大きいので一気に大きな翼作動角を与えることは不可能です。
しかし、機体の動きに合わせて操作力を加え続けるとかなりの大きさの作動角が得られ姿勢変化を起こせたと考えます。
これを裏付けるものに機長のそんなにバンク取るな。という発言があります。
長い時間大きな力を加え続けて姿勢変化が生じた後、短時間で修整するのが困難な状態だった際に発せられた言葉と想像します。
そのため、DFDRに見られる小刻みな操作の繰り返しで機体姿勢の変化をさせるようになったと考えます。
最後に、B747-100はFBY以前の古い機体です。差動油消失後にメカニカルな操作を可能にする構造が厳格に義務付けられています。
そうしたことを無視する議論はナンセンスだと申し上げます。
また、DFDRの加速度情報の積分による航跡計算は精度が悪いのは一般常識です。
手間を掛けて計算しても、途中の目撃情報や落下物による位置補正が必要になります。それでは、結局どの目撃情報を取捨選択したかで航路はいくらでも変わることになります。
以上です。

追伸、文系ちゃん様ヘ
駐機中の稼働翼の動きは、作動油が存在しますので、123便のインシデント後と状況が異なります。

Re.(6) DFDR解析による航跡

  • 投稿No.2312 元投稿No.2309 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-10-28 09:03:24

鷹富士さまへ

差し当たって航跡関連のみ記載させて頂きます。

地図につきましては概要把握の際には鷹富士さまのデータの図と事故調の図を重ねて見ることもしますが、詳細に確認するときには、国土地理院他の地図の上に先の2枚を重ねることをしております。
実地図を使わない場合でも、鷹富士さまの図の主要位置の記載には間違いはないでしょうから、合わせる際に縦横比を変えないのであればどちらの倍率を調整しても何ら問題とはならないと認識しております。重ねた上でどちらを正しいとして判断するかだけのことかと。

切り貼りと称しましたのは、事故調側のことを指しての推測ですが、手法は色々とあるでしょうから、それを考えている最中という事になります。
一例としての静岡手前で右に回転させた場合 ※三国山付近は無視してください
<実航跡推定2>
http://imepic.jp/20221028/323560

日原 大体合ってるのでは?というのは、写真撮影ポイントではなく、落下物発見地点のことをさしてだったのですが、これも落下地点の正確な住所が不明ですので、大体のところという見解となるでしょう。
(ざっとした確認ですと、鷹富士さまの航跡と事故調報告書 日原落下物の●印とのズレは500m内外ではないかとみております)
<日原航跡比較>
http://imepic.jp/20221028/323540

> > 確か鷹富士さまの見解ですと、点Bが固定でなく移動することを理由として力が伝わらない旨の見解を示されていたものと記憶しております。
> > おっしゃる通りであればそうなのでしょうが、Bの可動範囲に制限が無ければ という条件が成立していればのことでしょう。
> > 力が双方向伝わらないという内容が書かれた文献も提示されておりませんし、Bの動ける範囲に制限がないことも確認できておりませんので、途中2箇所のINPUT STOPの存在によるBの可動範囲制限の可能性についての情報提供として知恵袋の件を書かせて頂きました。

> 一、AもBもCも、それぞれに稼動範囲が制限されるのが当然です。馬鹿げた話はやめてください。先日の、A、B、Cの話は、それぞれが横方向へ動く、というカラクリを説明したものです。
> 「知恵袋」の話は、先般ダウンロードした「747 R/M Report」の「Fig-12,13,14」を見ればわかります。Bの話とは無関係です。そういう誤解は、あなたがメカニズムを理解していない証拠です。
> 油圧が残っている状態と、シリンダーの中の油が抜けた状態とでは、エルロンの動きが変わります。
> エルロンについている「positon transmitter」の信号により変位速度を検出するので、QUADRANTには関係ありません。・

> > 主翼の上下運動に合わせてエルロンが動きたがるだろうことは想像しておりますが、実際動いていくためにはアクチュエーター部で作動油の流入、流出が起こる必要があるのでしょう。ただエルロンに押す力を加えても油路は形成されていないので動かないように思います。(動こうとする方向側の油路の形成が必要)
> > また、CWPはエルロンの変位速度を示すということであれば、エルロンの動きの具合が機体中央にあるQUADRANTに伝わらないといけないような気もします。

> > 悪意なくレーダー航跡図を作成したものの、レーダー精度の悪さ由来のズレが生じたのであればおそらくは あぁそうだろうなと思えるような航跡となるのでしょうが、鷹富士さまのDFDRからの航跡と重ねますとどうもそうではなさそうに感じます。
> > 鷹富士さまがDFDRは改竄できないと散々主張されておりますことは重々承知しておりますが、目撃情報や当日の報道からしますとDFDRからの航跡ではしっくりとこないところもあり、途中切り貼りするなり、HDGに手を加えるなりの手法で航跡に手を加えた可能性もあるのではなかろうかと考えております。

> 二、あなたが、事故調の「経路略図」と私が計算して描いた「経路図」を重ねる際に、重大な誤りをしています。少なくとも、始点の羽田空港と終点の墜落地点が合うように縮尺率を調整してください。先にも書いたように、私の図の目印や経路に疑問があったら、適切な地図と比較してください。事故調の「経路略図」に重ねるということ自体が、あなたは地図というものを理解していない証拠です。最近の国土地理院地形図には、墜落地点に建てられた昇魂碑も記載されていて、それと三国山など周囲の山々との位置関係を確認できます。事故調報告書には墜落地点の緯度・経度も載っています。それらを全て確認した上で、私は計算をしています。杜撰な事故調の「経路略図」に重ねる、などという馬鹿げたことに意味はありません。先にも、書きましたが、信頼できる目撃情報と私が計算した経路は、全て合致しています。

> 三、あなたが、根拠とする「目撃情報や当日の報道」を具体的に示してください。

> 四、「途中切り貼り」とは、私の図のことですか、事故調の「経路略図」ですか? いずれにしろ、どの部分のことか具体的に説明してください。

> 五、「HDGに手を加え」とはどの部分ですか?具体的に説明してください。仮にHDGに手を加えれば、関連してRLLやLNGGにも影響します。そういう点も含めて、どの部分か具体的に説明してください。それができなければ、単なる妄想・空想・幻想に過ぎません。

> > 河津での音の聞こえ、要は異常発生地点ですが、20km程度であればもちろん聞こえはするのでしょうが、大音響となって多くの住人に聞かれたのか となれば疑問には思います。(その時の録音テープがまだ現存すればですが、現代の技術ですと発生時の音量も高精度で推定できるでしょう)CVRとの整合性もありますので、ほぼこれまでの見解通りなのでしょうが、河津の近くだったというのも可能性としてはゼロではないとして一応頭の片隅に留めておこうと思っております。

> 六、「大音響となって多くの住人に聞かれた」とは何を根拠にされていますか?具体的に示してください。私が知るのは、角田著およびどこかの検証番組に出た3人だけです。

> > CASのチャートは目にしておりますが、TASそのものも報告書にありましたでしょうか?

> 七、TASは、「本文」のページ303~304の「DFDR図-5」の中にあります。
> TASを知らずに、経路を論ずるなどは茶番です。

Re.(6) DFDR解析による航跡

  • 投稿No.2311 元投稿No.2309 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:風のたより
  • 投稿日:2022-10-27 21:42:46

鷹富士さんへ
横から失礼します。
貴方様の思い込みにはイロイロ反論したいのですが、ここでは止めておきます。
それよりも、小田様への返信を優先的に行っていただけませんか?
小田様はじめ多くの読者が投稿を控えて待っています。

Re.(4) DFDR解析による航跡

  • 投稿No.2309 元投稿No.2306 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-10-26 01:12:30

鷹富士さまへ

>念のため、私の結論を整理しておきます。
>(1)、操舵輪の動きは直接にはエルロンに伝わらず、エルロンの動きは操舵輪へ伝わらない。
>(2)、油圧が消失した状態ではエルロンは動きやすくなっていて、ダッチロールによる主翼の上下運動に伴いエルロンも動き、それがDFDRの中のCWPの異常波形に現れている。

確か鷹富士さまの見解ですと、点Bが固定でなく移動することを理由として力が伝わらない旨の見解を示されていたものと記憶しております。
おっしゃる通りであればそうなのでしょうが、Bの可動範囲に制限が無ければ という条件が成立していればのことでしょう。
力が双方向伝わらないという内容が書かれた文献も提示されておりませんし、Bの動ける範囲に制限がないことも確認できておりませんので、途中2箇所のINPUT STOPの存在によるBの可動範囲制限の可能性についての情報提供として知恵袋の件を書かせて頂きました。

主翼の上下運動に合わせてエルロンが動きたがるだろうことは想像しておりますが、実際動いていくためにはアクチュエーター部で作動油の流入、流出が起こる必要があるのでしょう。ただエルロンに押す力を加えても油路は形成されていないので動かないように思います。(動こうとする方向側の油路の形成が必要)
また、CWPはエルロンの変位速度を示すということであれば、エルロンの動きの具合が機体中央にあるQUADRANTに伝わらないといけないような気もします。

>事故調の杜撰な「経路略図」の作られ方を、あれこれ想像しても意味がありません。少なくとも、単純に左右あるいは上下へずれることの方がありえません。

悪意なくレーダー航跡図を作成したものの、レーダー精度の悪さ由来のズレが生じたのであればおそらくは あぁそうだろうなと思えるような航跡となるのでしょうが、鷹富士さまのDFDRからの航跡と重ねますとどうもそうではなさそうに感じます。
鷹富士さまがDFDRは改竄できないと散々主張されておりますことは重々承知しておりますが、目撃情報や当日の報道からしますとDFDRからの航跡ではしっくりとこないところもあり、途中切り貼りするなり、HDGに手を加えるなりの手法で航跡に手を加えた可能性もあるのではなかろうかと考えております。

考察一例 静岡手前で旋回角度を変えた場合 <実航路推定 2>
※最終局面部分は再度確認予定
http://imepic.jp/20221026/039460

河津での音の聞こえ、要は異常発生地点ですが、20km程度であればもちろん聞こえはするのでしょうが、大音響となって多くの住人に聞かれたのか となれば疑問には思います。(その時の録音テープがまだ現存すればですが、現代の技術ですと発生時の音量も高精度で推定できるでしょう)CVRとの整合性もありますので、ほぼこれまでの見解通りなのでしょうが、河津の近くだったというのも可能性としてはゼロではないとして一応頭の片隅に留めておこうと思っております。

航跡としましてはその付近に限らず全体的に様変わりしたようですので、事故調の航跡図にもあったように途中途中での通過時刻が追記され、更には区間区間の距離も測定し、対地速度および対気速度の確認までしますと当日の状況がより明確になるものと思います。

>DFDRの中のHDGとTAS

CASのチャートは目にしておりますが、TASそのものも報告書にありましたでしょうか?

少し前にエルロンを自由運動させるとどうなるのが考えてみたい旨表明し、概ね下準備も整ってきていたのですが、DFDRによる航跡図を見てしまいましたので白銀山の存在が気になって仕方ありません。恐縮ですが一旦そちらを先に見させて頂きます。

> > こちらは、そういう想像をした という架空の話として書いたものです。そういった理由で意図して具体的な資料名を避けてアバウトな書き方をいたしました。
> > 実際に鷹富士さまがああいった機構の存在を747のマニュアルに見つけた ということではありません。

> A,私の意図を誤解されていないなら、それで結構です。
> 念のため、私の結論を整理しておきます。

> (1)、操舵輪の動きは直接にはエルロンに伝わらず、エルロンの動きは操舵輪へ伝わらない。
> (2)、油圧が消失した状態ではエルロンは動きやすくなっていて、ダッチロールによる主翼の上下運動に伴いエルロンも動き、それがDFDRの中のCWPの異常波形に現れている。
> (3)、CWPはエルロンの変位速度を示す。
> (4)、上記により、正常時から24分35秒の異常発生時を経てそれ以降のダッチロール運動中も含め、DFDRの中のCWPとRLLの関係を論理的に説明できる。・

> > 話の逸れる内容にはなりますが、Yahoo知恵袋には駐機時のエルロンに関する質問がされておりまして、その中の返答の一つに、真偽の程は判りませんが、
> > 「油圧が 無いと 油圧で動翼を動かす飛行機 747はコントロール ホイールは 重くて ほぼ動かせない。でも全力を加え動かすとLCCAのINPUT STOPに当たりLCCAが動きエルロンPCA,ACTのINPUT STOPに当たりPCUは動きエルロンは ほんの少し動く」
> > との内容のものがありました。

> B.「駐機中に油圧がなければ操縦室の操舵輪を動かすのが重い」ということの真偽は知りません。折角ですから、あなた自身が確かめるべきです。

> > 角田氏の目撃については、私としましては氏は123便の機体は見ていないものとの判断になります。
> > 高度はどうあれエンジンを吹かしながら談合坂サービスエリアの真上を異常飛行していたとなれば、少なからず目撃証言があってもよいように思います。

> C,角田氏が錯覚あるいは偽装した、さもなければ見てない物を見た様に騙る、どちらでも結構です。結論としては、事故機はDFDRに示すように飛行した、ということです。

> > 私としましては、比較することが無意味であるとは考えておりません。
> > 相模湾のところ 内陸寄りを飛行していることだけでも自分が動画サイトへの投稿者であれば1本動画をつくろうかと思うほど大発見でしょう。

> D,単なる比較ではなく、私が例示したように、具体的なテーマを掲げて比較されるなら賛成です。

> > DFDRによる航跡とは違う というのは承知しておりますが、何がどうなってあの航跡となったのかを考える というのは十分意味があると思います。
> > 航跡がズレるとすれば、全体的に左右か上下か、シフトするようなずれ方もあるでしょう。

> E,事故調の杜撰な「経路略図」の作られ方を、あれこれ想像しても意味がありません。少なくとも、単純に左右あるいは上下へずれることの方がありえません。
> 作られ方が杜撰だから、場所あるいは時間によって様々な方向へずれるし、偶然に合致する場合もあるでしょう。

> > また、レーダー局のある箱根から遠ざかるに従って歪むという場合もあるかもしれません。
> > ただ、航跡をみくらべますと、それらのいずれにも該当せず、不思議に感じます。
> > あちこち大きくズレが生じてしるのに、人穴(日原も?)ではピンポイントで一致しているのが妙な感じです。
> > その他では異常発生位置ですが、河津での音の聞こえ具合からすると、箒木山からの等距離でも陸地寄りであった可能性ももしかするとあるかもしれないという事と、最終局面のところ、扇平山手前で右旋回し、三国山の真上へと向かっている点が気になりました。

> F,事故調が「レーダ情報を参照した」という趣旨の説明をしていること自体がウソかもしれません。
> 極めて単純な方法ですが、まず、DFDRの中のHDGとTASで計算した段階では、墜落地点が実際よりも北西に13kmほどずれます。そこから、様々に補正をするのがNo.2025で説明した内容です。ところが、面倒な補正をせずに、全体を88%に縮小すると似たような経路図が出来上がりますから、それを使ったかもしれません。正直にそういう説明はできないから、「レーダ情報を参照した」と言った可能性もあります。
> 「経路略図」の日原は全く合致していません。事故調報告書「別冊」のページ129の「付図-12」では日原鍾乳洞の南を通っていますが、DFDRにより正しく算定すると、鍾乳洞の北側約2km付近をとおります。
> ついでに書かせてもらいますが、事故調報告書「別冊」のページ206に、撮影された写真を分析した結果としての飛行経路が載っていますが、これによる経路、およびレーダによる経路、および129の図の3点の径路がそれぞれ食い違ったままです。こういう矛盾を放置したままの状態が事故調の「経路略図」です。

> 河津での音の聞こえ具合に不自然はありません。秒速220mの高速で飛行中の機体に、1トン近くの物体が当たれば、衝撃音は20km近く離れた地点に届くと思います。地上の事故なら様々に音を減少させる障害物がありますが、空中では障害物無しで音は伝わります。

> 事故機は「三国山の真上」には向かっていません。No.2025で書きましたが、高天原山の西を通りますから、当然に三国山より西へ外れた経路を通ります。
> 先日アップロードした図とは別に、大月旋回以降の北部を拡大した図もできており、そこに三国山と日原の撮影地点も追記したので、下記アドレスにアップロードしました。

> > 鷹富士さまからすれば理解しにくいことかもしれませんが、諸々私なりに思うところはありまして、これまで事故に関連して出てきたピースを余らせることなく完成させるには一見奇想天外とも思えるような推理的な考察もしてみる価値もあるように思っております。

> G,既成観念に捉われない、自由な発想は大切であり、私自身も、N0.1926以来、他の人の発想しない問題を提起してきました。
> しかし、物理学、力学、航空力学などの法則に反することは、単なる妄想や幻想や空想に過ぎません。そこの限界を認識してください。
> もう一つ、DFDRの改竄を前提にした議論は、どこの部分をどのように改竄したのか、具体的説明ができないなら、同様に、妄想や幻想や空想に過ぎません。

> > 議論は大いに結構な事かと思います。
> > 折角ですので新規にタイトルを作成し、私以外のこの掲示板をご覧の方々にも参加して頂き大いに盛り上がり検証が捗ることを期待しております。
> > 人の数だけ考え方の違いというものはあるでしょうから、数が多いほど良い知恵が期待できましょう。

> H,この掲示板の趣旨にある「真相解明」につながるものは、大いにやるべきです。単なる私的な興味を超えて。

> 経路北部の図
> http://imepic.jp/20221025/622910