Re. 当日21時のニュース

  • 投稿No.2019 元投稿No.2002 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-08-17 17:58:51

> 事故調報告書 152ページでしょうか、付図-16として「残骸分布図―水平・垂直尾翼」というのがありまして、そちらを見ておりました。

> 水平尾翼関連部品の散乱、分布具合として、大きく2つのグループに分けられるように感じられます。
> 一つはU字溝から北西方向墜落地点を結ぶ線上に落下している一群。もう一つはU字溝から見て北に位置しており、水平尾翼を含む一群。それらとは別にそれらの真ん中あたりに左外のエレベータだけがぽつんと落下しています。
> 注目しておりますのは後者の水平尾翼を含む一群。一つの見立てとしましてU字溝接触時に水平尾翼が外れ、そこまで飛んで行った というのがあるようです。しかしながら水平尾翼以外の部品の発見された位置を見ますと、ある一定の方向性があるように思えます。南東方向から飛んできた水平尾翼が山肌に接触、破損し部品を飛散させながら発見された位置でようやく停止したようにも見えます。部品の分布具合やU字溝との間には部品が落下していない様子からもその可能性は十分あるものと考えてはいますが、そうだとの見方を強めるには墜落地点方向に散らばったその他の部品がどうしてそうなったのかを明確にする必要がありそうです。

先日水平尾翼の落下状況について書いておりましたが、文字だけだとやはりわかりづらいので、図に示しました。

水平尾翼がなぜあの位置に行き着いたのか、落下部品の分布状況からするとU字溝を穿った際に尾翼が外れあそこまで飛んだというのは少々信じにくい感があります。
自分には南東方向、少し離れた位置ですでに尾翼が外れていた可能性もあるのではないかと思えます。

<残骸分布図>
http://imepic.jp/20220817/645250

Re.(9) DFDRの信用性

  • 投稿No.2018 元投稿No.2017 管理人さんへの返信
  • 投稿者:鷹富士
  • 投稿日:2022-08-17 17:10:47

> 123からは「ポジションレポート(現在位置通報)。今しがた何かとコリジョン(衝突)した。羽田に帰る。」旨の報告がありました。私達は最初に鳥と当たったと受け取りましたが、その後の管制と123の交信モニターやC/Rで交信するうちに、危険飛来物が直撃したと分かりました。123は駿河湾の上では3000FT(900m)ほどに降りていました。

> その後123は自衛隊機と山梨上空でコンタクトし、横田に降りることになりましたが、傍まで行きそれを諦めて長野群馬方面に向かい、畑に不時着を試みていました。その間Fuel dump(燃料放出)を行った後、一回目の後の再進入中に危険飛来物がまた第4エンジンに当たりそれを落下させ、出力と水平のバランスを失ったことで、方向と上下が180度変わる急速右転回から背面状態に入った状態で(FDR:飛行記録計より)数秒後に完全に消息を絶ちました。

> 即ちこれが事実です。圧力隔壁は全く関係ありません。米軍も出てきません。これからして現在CVR(操縦席録音)とされて巷に出ている物は、断片化され殆ど削除された上にノイズでマスキングされ編集加工されたいい加減な物です。手元に残る各通信の録音媒体とは内容が異なります。

>   日航の現在の対応や、会長以下、秘書部や広報部が中心に行っているのであろう誤魔化しと隠蔽工作は人として間違いであり、一人で良い恰好をすると言われようが、多くの失うものがあろうが、新旧の日航社員は「過ちを改めるに何時も遅いことは無い」という覚悟を以って真実に対峙する決断をするべきと考えます。」

管理人さんへ

「DFDRを無視したら何でもあり」の事例です。

記事の後半にあるストーリーは、誰かの著作にあった説の引き写しで、検証不可能です。
原投稿者はDFDRの仕組みを理解していません。
墜落現場の残骸散乱状況や目撃証言や生存者証言とも食い違う点があります。
ただし、「危険飛来物が直撃した」や「圧力隔壁は全く関係ありません」は、私もすで説明しているように正しいと思います。

また、責任追及するべき相手は日航の幹部ではなく、事故調および政府でしょう。その点から見ても的外れです。

こういう記事が投稿されることは、私の本意に反しますので、
「DFDRの信用性」というタイトルでの私の投稿は打ち切り、これまでの投稿も順次削除していきます。

Re.(8) DFDRの信用性

  • 投稿No.2017 元投稿No.2015 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:管理人[ 管理者 ]
  • 投稿日:2022-08-16 13:37:56

> youtubeのワタナベケンタロウ氏の動画 日航機墜落事故80のコメント欄に気になる書き込みがされたようですね。(コメント一番上に固定されています)
> 内容の信憑性については慎重に検討されなければならないでしょうが、仮にもこれが本当のことであれば、これまで発表されているもの、DFDRに限らずほとんどのものは一体何なのだろう という事になりそうです。
> 横田もそうですし、レタス畑へのアプローチは操縦不能であればあり得ない事で、これまでの見解は覆さざるを得ません。
> 誰か愉快犯的な人の書き込みなのかどうか、また内容は真実なのかどうか、注目が集まりそうに思います。

文系ちゃん様へ

管理人です。

貴重な情報ありがとうございます。

提供いただいたコメント記事がどのような人によって投稿され、その内容がどのような意味をもっているのかについてはしっかりと読み込んでみる必要がありそうですね。

Youtube ワタナベケンタロウ動画80(訴えを起こしたご遺族、吉備素子さんが語る。)
https://www.youtube.com/watch?v=t7gOyj1dEw0
に書き込まれた一番上のコメント記事

「元日航社員です。1985年当時は航務での勤務で、係る事態をよく記憶しています。

  当日のあの時間帯は123便の出発後、次に出る札幌523便のRC(ランプコーディネーター)から急遽、可搬(トランシーバー)で少々ディレイとの連絡がありました。KT(旅客課)がG/Show(予約無しや後便からの変更客)を取るためチェックインをリオープンしましたが、747SRのバランス許容は13人のため、W&B(ウエイトバランス)が変わると考えて、ジャルダックス(コンピューター)のカラー画面を注意していました。この日はこれの調子が悪く、都合なら手書きもあるかと準備していました。

523出発後、突然の管制からの連絡で「123が帰って来る」とのこと。スピーカーに音を出して担当が123をC/R(カンパニーラジオ)で呼ぶと、暫くして繋がりました。交信レコーダーの状態を確認して、念のため個人で持っていた英会話用のパールコーダーもオンにしました。

123からは「ポジションレポート(現在位置通報)。今しがた何かとコリジョン(衝突)した。羽田に帰る。」旨の報告がありました。私達は最初に鳥と当たったと受け取りましたが、その後の管制と123の交信モニターやC/Rで交信するうちに、危険飛来物が直撃したと分かりました。123は駿河湾の上では3000FT(900m)ほどに降りていました。

JA8119にはその日伊丹から外変してサイパンまで先のフライトがあるので、シップ繰りのために直ぐに大阪やWFZ(スケジュール統制部)、運航本部など関係部署に123HNDリターンの連絡を入れました。インチャージやチーフがKKZ(空港支店長)等に連絡しましたが、通常は使用するTTY(SITA回線テレタイプ)使用は止められたようです。

その後123は自衛隊機と山梨上空でコンタクトし、横田に降りることになりましたが、傍まで行きそれを諦めて長野群馬方面に向かい、畑に不時着を試みていました。その間Fuel dump(燃料放出)を行った後、一回目の後の再進入中に危険飛来物がまた第4エンジンに当たりそれを落下させ、出力と水平のバランスを失ったことで、方向と上下が180度変わる急速右転回から背面状態に入った状態で(FDR:飛行記録計より)数秒後に完全に消息を絶ちました。

即ちこれが事実です。圧力隔壁は全く関係ありません。米軍も出てきません。これからして現在CVR(操縦席録音)とされて巷に出ている物は、断片化され殆ど削除された上にノイズでマスキングされ編集加工されたいい加減な物です。手元に残る各通信の録音媒体とは内容が異なります。

  日航の現在の対応や、会長以下、秘書部や広報部が中心に行っているのであろう誤魔化しと隠蔽工作は人として間違いであり、一人で良い恰好をすると言われようが、多くの失うものがあろうが、新旧の日航社員は「過ちを改めるに何時も遅いことは無い」という覚悟を以って真実に対峙する決断をするべきと考えます。」

 「日航機墜落事故の真実」の追究 (その44)-ー事故の真実の公開を求める

  • 投稿No.2016
  • 投稿者:8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査分科会 会長 遺族 小田周二 
  • 投稿日:2022-08-16 10:59:09

   ― 墜落事故、犠牲者の慰霊では ただ語り継ぐとの遺族の談話を マスコミが報じた。 本当の真実を語り継ぐことが、必要ではないのか?   
     墜落事故の真実は、唯一 国、航空局が知っており、「国家機密」として 隠し、その開示が 国の責任である!!

 1.  (遺族抜き、排除の慰霊式典)の目的は、その(遺族抜き)の理由は ?
   上野村の慰霊式典は 2019年、2020年 続けて式典が 遺族を排除して 挙行された。
   問題の「コロナ禍」の 第6波も終息に向けて、感染者数も減少し、遺族は 慰霊式典の開催を持ち続けていた。然し、6月になって、「慰霊の園」は今年も『遺族排除』しての慰霊式典開催を決めた。
   この排除の理由は 「コロナ禍」の密集回避であった。
   ところが、慰霊の園は 上野村、群馬県の幹部、衆議院議員、航空局、日航の赤坂社長らを 昨年と同じく、出席して 慰霊式典は 開催すると 決めて、発表した。
   その後、第7波が発生して、世界最大のコロナ禍の被害が出ても、日本政府は 国民に「行動制限」―出席者の制限を行なわず、経済活動の持続を決めた。
   掛かる慰霊の園の「遺族排除」は 明らかに、国の方針にも 違反し、且つ『遺族抜きで 慰霊の園の関係者、航空局、日航の幹部』だけが 出席しての開催は 大きな矛盾であり、
   遺族抜き、排除は 慰霊式典の主役を引き下ろしても開催は 慰霊儀式としての趣旨に反するとして、上野村、慰霊の園:理事長に書簡を送り再検討を要請したが、
   反論もなく、ただ 「理事会で決まったから」との 回答は出されたのである。
  *慰霊の園の設立とその理事長の役割は 明確である。犠牲者の霊を 国の依頼を受けて 供養し、遺族に寄り添って、慰霊の行事を主導することになる。
    然し、この黒沢八郎氏は 三代目であり、上野村の 名門 黒沢一族である。
    従来から、本来 慰霊式典の開催では、遺族が主役、喪主である。
    過去の慰霊式典では、遺族の弔辞を禁止し、発言させないこと、及び、日航、航空局の慰霊式典への参加について、多くの遺族は疑問を呈し、
    何故 日航は加害者として 詐称して、長年 遺族を騙して、苦しめて来た行為を、及び 事故原因『隔壁破壊説』が否定されても 依然として、慰霊の園:管理棟で、
   嘘の事故原因をDVDで放映して、嘘を宣伝させている行為は、事故原因を隠蔽する行為を 30年以上も続ける行為を 書簡と本を送り、理事の資格がないことを証明したが、
   何故か 回答せず、説明もない事態が 続いている。
   以上の通り、(慰霊の園)は 設立当初から、犠牲者の供養、遺族への応援の業務を行っていないのである。
   その上、2019年からの『遺族排除』の慰霊式典の開催など、 慰霊の園は、国、航空局、日航の下僕であり、国の言いなりであって、
   本来の慰霊行事を行っていないことは明白で、特に:黒沢理事長は 遺族の信頼が薄く、疑惑のひとで、慰霊の園:理事長の資格がないことは 明白である。
  *掛かる慰霊の園の奇怪で奇妙な慰霊行事の遺族いじめの行為は、その裏に、墜落事故の真実と、真実を隠蔽しようとの国の意図があることは 確かである。
    現在でも遺族の墜落の事故原因についての疑惑が 根強いもので、最近 遺族吉備氏の東京地裁へのCVRの公開開示請求が 世間、遺族の注目を集め、
    国側が、この流れを阻止するべく、遺族間の意見交流、結束を邪魔しようとの画策が(遺族排除の慰霊式典)の開催の目的であり、本当の理由なのだ
 
 2.  遺族は、多くの事故原因追及賛同者が 慰霊登山し、慰霊式典に参加する理由は ?
   今年は、遺族の慰霊登山は、慰霊の園の『遺族排除の慰霊式典』の開催の決定から、史上最低の水準の人数になった。毎年、遺族は 如何なる思いで、慰霊登山し、犠牲者に何を語っているのか。
  *遺族は、肉親が死亡し、嘆きに苦しむ時間もなく、遺族らは 前を向いて生きていかねばなりません。
    墜落の事故原因は、遺族らは関心も少なく、例え、興味があっても、具体的に事故調査するにしても、能力も航空技術などの知識もなく、
    まして 事故調査の権限、捜査の権限はなく、又墜落場所へは 立ち入りは 出来なったのであり、遺族、市民の事故調査は それは無理なのであった。
    補償金を貰って、遺族は 一件落着だと考えざるを得ないのである。故に、『隔壁破壊説』は崩壊し、国が 『隔壁破壊説』を撤回し、日航の遺族への補償金は 嘘で、
    実は「お見舞金」「経済的な支援」で あることも知りません。日航機は 飛行出来、操縦出来たことも、又横田基地への着陸態勢であったこと、
    上野村で、自衛隊のミサイルで撃墜されたこと、自衛隊、群馬県警が 生存者の救出を不作為したことな ど、殆ど知りません。
    まして、墜落の事故原因は 事故後 37年後も 「不明のまま」であることも 知らされていません。
    こんな状況で 遺族は 犠牲になった肉親に 事故の真実、死亡の原因を犠牲者に語ることは出来ない事態であります。
    犠牲者は、死亡した乗客、肉親は 犬や猫と同じく、犬死であり、「ムダ死」の状況にある
    ことも 認識出来ないのである。 恐ろしい国の遺族への嘘の捏造であり洗脳による結果なのである。
   *国民が その肉親を殺されて、事故原因について、国から 説明を受けず、ただ慰霊式典が挙行され、2019年からは、遺族排除での慰霊式典の開催は 
      「墜落の事故原因」と深く関係していると推察出来る。
     人間であれば、愛する肉親が殺され、37年間も事故原因が不明のままで 慰霊を行なえるのか とても 理解出来ないし 奇妙で、奇怪だ。
     遺族は 心の中で、犠牲になった肉親に、本当のこと(真実)を報告して、供養し慰霊するのが、遺族の務めであり、このため 事故原因、真実追及を諦めることは ないのだ。
   *「墜落事故の真実」は ただ一つであり、それを 知って隠しているのは 国、航空局、日航である。!!
     日本国は、民主主義国家で、国民は主権者であり、国の主人である。これを国民が選んだ権力者と これを支える公務員からなる。
      従って、国民の生死は国にとって最大の重要課題であり、重要な施策になっている。

     国民が生まれ、増加した時、国は国民を保護、擁護し成長させ、これを支える官庁組織が充実させて おり、一方国民が命を失い、死亡した時は 国の重大な損失であり、
     その死の真実を調査し捜査し、その真実を特定するために、運輸省、事故調査委員会、警察庁、軍隊組織が設置され、真実を調査捜査することになっている。
     旅客による数百名の市民の死亡では、税金で設立した調査機関を設置し 常時待機させ、専任の調査員で死亡の事故、事件の原因(真実)と特定し、
     掛かる重大な事故、事件が再発しないように、対策を立案して、講じて、空の安全を回復させ、危険と国の損失の再発生を防ぐことに繋がるのだ。
     即ち、墜落事故の事故原因など(真実)を知っているのは 国しかないのだ。
     そして、真実を知っている国には 事故の真実を遺族、国民に報告する責務があるのだ。
     故に 遺族、国民は 国に事故の真実の公開、開示を求めればよいのである。

  3.  毎年 8月は 犠牲になった、国民の死者の鎮魂、供養、慰霊の月になっている。
     7月には 沖縄が破壊させ占領され、8月6日 広島、9日 長崎への原爆投下で壊滅し、12日は 日航123便が 自衛隊により撃墜された。
     そして 8月15日 無条件降伏で 日本は敗戦となり、非占領国となり、以後 77年間 米国の属国となった。 
     そして 日本全国は 先祖の霊への供養の(お盆)の時期に当たり、重なる。 更に 重要なことは 現在まで 77年間 日本は 独立国ではない。
     日本は 1941、12.8 米国、ハワイ軍事基地を奇襲し、戦果を挙げたが、それから 2年 戦局が逆転し、米国の復讐の戦いに 日本は 猛攻、戦火で灰燼となり、原発 2発で、屈服した。
     日本が 米国軍によって、守られ、政治、経済、外交面で 米国の支配を受けて、日本の権力者は 毎年 米国政権の承認で 米国の51番目の知事として
     形式的に日本の総理、権力者が米国の代理知事として日本国民を統括している。
    然し、米国の属国の日本の軍隊が、外国の重要基地を攻撃するための軍事力の増強向上を進めと約束し、米国から、賞賛され、褒められており、
    日本国は またもや、北朝鮮、中国、ソ連と戦争を仕掛けるとの勇ましい、宣言を出し、国民も賛同する事態が またもや、奇襲による外敵基地の攻撃を 再度行おうとしており、
    掛かる事態は 無謀で危険である。
   *財政的にも、多額借金で、且つ国民は中間階級が消滅し、貧富の差が拡大し、国民は 生きていくにも 青息吐息で、自衛隊は戦力も戦意も少なく、
    更に米国は米兵を投入して 日本を守るとの姿勢も後退している。
    掛かる背景の中、自衛隊による旅客撃墜は、1971年の全日空機の墜落、1985年の日航機墜落で 約 700名の国民が 殺され、
    その真実が 公開されていない現実は 国の真実隠蔽謀略行為の実態が、明らかで、属国の状況での自衛隊による国民虐殺が隠蔽されている。
    ウクライナのような国民の必死のソ連への抵抗が 日本でも 同じく 起こり得るのか 疑問である。

Re.(7) DFDRの信用性

  • 投稿No.2015 元投稿No.2013 九州人さんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-08-16 02:38:36

九州人さまへ

> DFDRの信用性について。これは関係者に配られたものが紙ベースになるのでしょうか?フロッピーディスクのコピー?あのグラフがいくつかあるやつ。

youtubeのワタナベケンタロウ氏の動画 日航機墜落事故80のコメント欄に気になる書き込みがされたようですね。(コメント一番上に固定されています)

内容の信憑性については慎重に検討されなければならないでしょうが、仮にもこれが本当のことであれば、これまで発表されているもの、DFDRに限らずほとんどのものは一体何なのだろう という事になりそうです。

横田もそうですし、レタス畑へのアプローチは操縦不能であればあり得ない事で、これまでの見解は覆さざるを得ません。

誰か愉快犯的な人の書き込みなのかどうか、また内容は真実なのかどうか、注目が集まりそうに思います。

Re.(6) DFDRの信用性

  • 投稿No.2014 元投稿No.2012 せきたにさんへの返信
  • 投稿者:鷹富士
  • 投稿日:2022-08-15 19:48:03

せきたにさんへ

4、(1)、先に記したように、目撃情報の中には、錯覚・誤認・誇張・作り話が含まれている可能性があり、それは、DFDRの改竄よりもはるかに生ずる可能性が高いと思います。
角田著ページ396から397にかけて、「事故発生地点は伊豆半島直前よりさらに東側」と推測していますが、それだと、角田著ページ21にある、河津町の目撃情報、「海側の北東上空で雷のような音がした。・・・・・・・・」と矛盾します。

  (2)、角田氏が目撃情報を大切にされることは結構ですが、それに基ずく仮説が、飛行機の飛行原理に沿っていなければ空想のレベルに過ぎません。

  (3)、文系さんとの議論の中で、私は繰り返し「事故調の経路略図は杜撰である」と述べてきました。五日市町・日の出町付近を通る経路は、事故調報告書「別冊」のページ129に「付録6、付図12、DFDRによる飛行経路」として載っていますが、これ自体も杜撰です。文系さんとの議論を打ち切った後、計算資料は散逸しましたが、私の試算では、47分から48分にかけての経路は、事故調の経路図より南東へ数kmずれます。私が言いたいことは、DFDR自体に問題はなく、(事故調による)DFDRの解析が誤っているということです。ページ109に彼らの考え方が述べられていますが、これだと、五日市町・日の出町付近で実際よりも西へずれている可能性があります。

5、角田著のページ325に次のように記されています。
「『東京新聞』だけは私の問い合わせに「ニュースソースはNHK]と答えたが、ほかは不明である。」
結局、NHKから東京新聞に情報が伝わり、これをさらに毎日新聞が後追い取材をして情報を付け加えたということで、その過程のどこかで、座間から大月に至る情報が飛んだと推定します。いずれにして、大月旋回の高度24000~22000ftが確認されていることが肝心で、大月旋回以前の情報の輻輳は瑣末な問題です。

6、飛行機に限らず、物体は物理法則・力学法則で運動します。
物理法則・力学法則を無視してよいのはVR・ファンタジーの世界です。VR・ファンタジーの発想で目撃情報を解釈したら、真相の解明からはますます遠ざかります。
物理法則・力学法則に反する目撃証言があれば、それは錯覚・誤認・誇張・作り話です。

Re.(6) DFDRの信用性

  • 投稿No.2013 元投稿No.2012 せきたにさんへの返信
  • 投稿者:九州人
  • 投稿日:2022-08-15 16:36:03

DFDRの信用性について。これは関係者に配られたものが紙ベースになるのでしょうか?フロッピーディスクのコピー?あのグラフがいくつかあるやつ。

ボイスレコーダーのように速報時、中間報告、最終報告で漏れたものがあるように、DFDRのデータも変更があり渡されたのでしょうか?同じものが使い回されていたなら、分析に関して違う見解は出ないはずです。仮に中間報告ではエラー箇所の修正により大幅に変わりました等のデータ修正があると、見解は変わってきますね。

事故調査委員会や運輸省、科学技術庁の専門家は皆が同じ分析をしているのでしょうか?異論はなかったのか?

この事故に関しては、最初は○○と言っていたが、後からは○○の見解に集約されていく例が多々あります。

Re.(5) DFDRの信用性

  • 投稿No.2012 元投稿No.2010 鷹富士さんへの返信
  • 投稿者:せきたに
  • 投稿日:2022-08-14 23:00:30

鷹富士さんへ

> No.2005に関し、以下、補足します。
> 4、角田著のページ396から397にかけての仮説は、伊豆半島上空から大月旋回までの約20分、高度が低かったということです。
> その仮説に従ってDFDRのデータを変えるなら、ALTを変えるだけでは済みません。高度が下がると空気密度が上がるから速度(CASとTAS)も変わります。速度が変わると飛行距離が変わり経路も変わります。それによりHDGとRLLにも影響します。高度が下がるとフゴイド運動とダッチロールの周期と振幅が変わりますし、細かく言えばもっと多くの項目が影響します。
> 事故調のDFDR図では、1秒おきのデータを表示していますが、DFDR拡大図を見ると、項目によっては8分の1秒、あるいは4分の1秒間隔のデータが記録されています。
> これらの膨大かつ複雑ななデータを相互に矛盾の生じないように変えることは現実的には不可能と思います。
> 従って、角田著のページ396から397にかけての仮説は、文章にすれば10行程度ですみますが、DFDRの膨大なデータの改竄は不可能で、根拠の無い空想に過ぎないと思います。

『疑惑 JAL123便墜落事故』は角田四郎さんの推測は、目撃者情報や証言等を根拠に記されている。
『疑惑』に記されている目撃情報だけでもDFDRと大きく異なるものが多い。
JAL123便墜落事故に関して私が感じる不可解さはこの墜落事故には多くの目撃情報があるのだが、事故調発表の航跡はそれら目撃情報との乖離が大きすぎるということだが、そのことに違和感を持たれない方がいるということにも違和感を感じるようになってきている。

・『疑惑』21ページ 東伊豆の河津駅の北西の山側で畑仕事をしていた同町役場職員渡辺穣さん(45歳)の証言は「午後6時半前、ボーンという音で上空を見た。雲の切れ間からジャンボ機がふだんの二倍近い大きさで見えた。大きく右旋回したので不思議に感じた」という。
※「ふだんの二倍近い大きさで見えた」ということは鷹富士さんの数理計算の常識ではふだんよりもかなり低空飛行であったということにならないか?

・『疑惑』91ページ
東京都西多摩郡五日市町入野750-1 南澤輝明さん(35) 会社役員の証言
 あの日は私の誕生日なので、よく憶えています。町の南側にある今熊山(八王子市美山町)の方向から、大きな飛行機が現われ、北北東の方向へ水平にゆっくり飛んでいた。秋川や町の上空を横切って日の出町方向の山へ消えました。五日市高校の上空あたりを飛んでいる様子でした。横田米軍基地に降りると思いましたが、普段米軍機は低空でこんな所を飛ばないので墜ちるのでは・・・・・・と感じました。時間は午後6時45分頃の20~30秒間です。
※DFDRによるとこの地点には来ていないことになっている。

> 5、大月上空の旋回は、DFDRの解析以前にレーダー情報により得られたものですから、この位置は大筋で正しいでしょう。
> 毎日新聞記事の「座間の東9キロの上空で同高度に達し」と「管制から『緊急機の視認ができるか』・・・」の間に、
> 東京新聞記事の「同ポイントの東9キロ地点で」と「前方のやや右上部に123便の機影を視認・・・」の間に、
> 本来は、それぞれ1,2行の文章があり、時間も5,6分経過していたのに、何らかの理由で編集の段階で飛ばされたと推測されます。
> このように推測すれば、全てが矛盾なく説明できます。
> その当時の編集者にとって、小松便の機長が日航機の旋回を視認したことで充分であり、時刻・場所を厳密に記す必要を感じていなかったと思います。

最初の報道(8月16日の東京新聞朝刊)では明確に午後6時半すぎに123便の機影を視認した、と記されているじゃないか。(『疑惑』322ページ)
「8月16日の「東京新聞」朝刊」
「12日夕、羽田発の定期便で、ザマ・ポイントに向けて飛行中、ACCに24000フィートへの上昇許可を求めたところ『18000フィートを維持せよ。緊急通報を発している期待がある』と通報され、初めて近くに123便のジャンボ機がいることを知ったという。
 このため前方を注視していたところ、午後6時半すぎ、同ポイントの東9キロ地点で、前方のやや右上部に123便の機影を視認した。

※この記事が8月23日朝刊の毎日新聞では「午後6時30分、羽田を離陸。」と内容が変えられてしまっている。また、JAL123便が大月上空で高度6000メートルであったとすれば角田四郎さんの目撃情報を否定することにもなる。(角田四郎さんは大月上空を飛ぶ旅客機の窓がくっきりと見えたと言われており、旅客機の窓は機体を横から見たときに真ん中やや上に配置されているので、窓がくっきりと見えるためにはジャンボ機の飛行高度が地上からの角度的に窓が見える程度に低くなくては物理的に無理で、高度が6000メートルでは下から上を見上げる角度となってしまうので目が良くても窓の位置を目視することは出来ない。更に全日空小松便同様の高度だっととするには両方を目撃された角田四郎さんの見え方が大きく相違している)

> 6、次に、せきたにさんとの議論の発端になった、川上村から先の飛行経路について説明します。
> まず、日航機が川上村から北上して、55分30秒時点のDFDRのデータを解析します。
> TAS(真大気速度)は250kt(秒速128.5m)を示しています。
> HDG(機首方位)から、変化率(dH/dt)を計算すると、毎秒0.0488ラジアンとなります。(2πラジアン=360度)
> 旋回半径を計算すると、128,5÷0.0488≒2633m が得られます。
> 旋回による遠心力を計算すると、機体質量をMとして、f1=M×128.5×128.5÷2633≒6.27M(N)が得られます。
> RLL(ロール角=機体の傾き)は、ダッチロール運動のために細かい波動があるので、その中間点を読むと約40度を示しています。
> 向心力としては、f2=M×9.8×sin40°≒M×9.8×0.643≒6.3M(N) が得られます。 (9.8は重力の加速度)
> 上記のように、若干の読み取り誤差を認めると、遠心力と向心力はつりあっていることが確認できます。
> 大月上空の旋回についても、同様の確認ができます。
> 次に急旋回した場合を解析します。
> 仮に、速度を上記に保ったまま、旋回半径を2000mにすると、遠心力は
> f3=M×128.5×128.5÷2000≒8.26M(N) となります。
> これにつりあう向心力を生ずるRLLは、約57.5度になります。
> f4=M×9.8×sin57.5°≒M×9.8×0.843≒8.26M(N)
> cos57.5°≒0.537 ですから、主翼の揚力が機体を垂直方向に持ち上げる力としては半減し、墜落していきます。
> つまり、半径2000m以下の急旋回をしたら、数百メートルも飛行できずにジャンボ機は墜落するということです。
> 油圧を失い操縦性を失った日航機は、急旋回はもちろん、右旋回から左旋回へ、さらに左旋回から右旋回、というようなアクロバット飛行は不可能です。
> 川上村の目撃情報の一部は、錯覚か誤解か誇張に過ぎないということです。

・『疑惑』97ページ
石川さんらは、12日午後、長野県南佐久郡川上村梓山の実家近くにある畑で、レタスの葉の消毒作業をしていた。墜落現場の南約6キロの地点だ。あたりが薄暗くなり始めた午後7時ごろ、東南にある甲武信ヶ岳(2475メートル)の北側の尾根から、突然、大きなジェット機が姿を現した。飛行機は石川さんら数人が働いていた畑のほぼ真上を西方向へ通過。「まるで石を投げたら当たるような超低空飛行だった。真上に来た時は空が真っ黒になるように感じた」と石川さん。
飛行機は千曲川にそって西に進んだが、正面には扇平山(1700メートル)が迫っていた。右翼を下げて飛行機は約90度右旋回した。が、進行方向には三国山(1818メートル)がある。
「もう、ぶつかるかと思ったが、機首をぐっと持ち上げて、山の斜面をはうように上昇していった。機首の上部が後ろからでも見えるほどの急角度のまま、やっと尾根を越えた。
※鷹富士さんの指摘されるところの、飛行速度に応じて旋回する場合の限界最小半径は計算によって算出されるだろうが、目撃情報が語る高度と方向はDFDRとはまるで異なるが、川上村における目撃情報の多くは石川さんらの目撃情報と酷似している。

※DFDRを改竄することが難しいのは理解できている。余談だが、自分がシステムエンジニアだとして、他人が1000時間ぐらいかけて作成されたプログラムにバグが時々出てきて、どこに原因があるかわからないという場合、そのプログラムの全体を理解してからバグを修正するよりも、同様のことが出来るシステムを自分のやり方で一から作るほうが楽だと言われている。そして、どのようなプログラムも実用化される前にはシュミレーションを重ねる時期があるはずだ。DFDRというシステムがはじめて導入されたとき、まさか実験を経ずしていきなり実際のフライトで使用されたわけではないだろう。

Re.(3) 犠牲者遺族:吉備素子さんの念い

  • 投稿No.2011 元投稿No.2009 管理人さんへの返信
  • 投稿者:鷹富士
  • 投稿日:2022-08-13 17:39:28

ご紹介のyoutubeを視ました。
吉備素子さんの、真相を解明したい、という気持ちは理解できます。
結局、No.1998で述べた私の意見全体を、そのまま繰り返すだけです。

Re.(4) DFDRの信用性

  • 投稿No.2010 元投稿No.2003 せきたにさんへの返信
  • 投稿者:鷹富士
  • 投稿日:2022-08-13 17:36:59

No.2005に関し、以下、補足します。

4、角田著のページ396から397にかけての仮説は、伊豆半島上空から大月旋回までの約20分、高度が低かったということです。
その仮説に従ってDFDRのデータを変えるなら、ALTを変えるだけでは済みません。高度が下がると空気密度が上がるから速度(CASとTAS)も変わります。速度が変わると飛行距離が変わり経路も変わります。それによりHDGとRLLにも影響します。高度が下がるとフゴイド運動とダッチロールの周期と振幅が変わりますし、細かく言えばもっと多くの項目が影響します。
事故調のDFDR図では、1秒おきのデータを表示していますが、DFDR拡大図を見ると、項目によっては8分の1秒、あるいは4分の1秒間隔のデータが記録されています。
これらの膨大かつ複雑ななデータを相互に矛盾の生じないように変えることは現実的には不可能と思います。
従って、角田著のページ396から397にかけての仮説は、文章にすれば10行程度ですみますが、DFDRの膨大なデータの改竄は不可能で、根拠の無い空想に過ぎないと思います。

5、大月上空の旋回は、DFDRの解析以前にレーダー情報により得られたものですから、この位置は大筋で正しいでしょう。
毎日新聞記事の「座間の東9キロの上空で同高度に達し」と「管制から『緊急機の視認ができるか』・・・」の間に、
東京新聞記事の「同ポイントの東9キロ地点で」と「前方のやや右上部に123便の機影を視認・・・」の間に、
本来は、それぞれ1,2行の文章があり、時間も5,6分経過していたのに、何らかの理由で編集の段階で飛ばされたと推測されます。
このように推測すれば、全てが矛盾なく説明できます。
その当時の編集者にとって、小松便の機長が日航機の旋回を視認したことで充分であり、時刻・場所を厳密に記す必要を感じていなかったと思います。

6、次に、せきたにさんとの議論の発端になった、川上村から先の飛行経路について説明します。

まず、日航機が川上村から北上して、55分30秒時点のDFDRのデータを解析します。

TAS(真大気速度)は250kt(秒速128.5m)を示しています。
HDG(機首方位)から、変化率(dH/dt)を計算すると、毎秒0.0488ラジアンとなります。(2πラジアン=360度)
旋回半径を計算すると、128,5÷0.0488≒2633m が得られます。
旋回による遠心力を計算すると、機体質量をMとして、f1=M×128.5×128.5÷2633≒6.27M(N)が得られます。

RLL(ロール角=機体の傾き)は、ダッチロール運動のために細かい波動があるので、その中間点を読むと約40度を示しています。
向心力としては、f2=M×9.8×sin40°≒M×9.8×0.643≒6.3M(N) が得られます。 (9.8は重力の加速度)

上記のように、若干の読み取り誤差を認めると、遠心力と向心力はつりあっていることが確認できます。

大月上空の旋回についても、同様の確認ができます。

次に急旋回した場合を解析します。

仮に、速度を上記に保ったまま、旋回半径を2000mにすると、遠心力は
f3=M×128.5×128.5÷2000≒8.26M(N) となります。
これにつりあう向心力を生ずるRLLは、約57.5度になります。
f4=M×9.8×sin57.5°≒M×9.8×0.843≒8.26M(N)
cos57.5°≒0.537 ですから、主翼の揚力が機体を垂直方向に持ち上げる力としては半減し、墜落していきます。

つまり、半径2000m以下の急旋回をしたら、数百メートルも飛行できずにジャンボ機は墜落するということです。

日航123便の場合、DFDRの56分付近からの急降下落下中の旋回半径を計算すると約1.8kmです。
「一本から松」と「U字溝」と「墜落地点」の3点を結ぶと、半径1.8km円弧の円弧が描け、立ち木の折損状態から右翼を下げていたことが確認されます。
これも、DFDRの記録と合致します。

油圧を失い操縦性を失った日航機は、急旋回はもちろん、右旋回から左旋回へ、さらに左旋回から右旋回、というようなアクロバット飛行は不可能です。

川上村の目撃情報の一部は、錯覚か誤解か誇張に過ぎないということです。