Re: 読書感想 「永遠に許されざる者」(小田周二さん 著) その4

  • 投稿No.97 元投稿No.94 せきたにさんへの返信
  • 投稿者:無名
  • 投稿日:2021-10-13 18:21:32

せきたに様

>>その根拠はCVRに残された
18:26:30 あー、123便。違います。貴機を呼んでいない。(東京ACC)「貴機を呼んでいない」ということであれば東京ACCが呼ぼうとしていた機体がJAL123便の近くにいた可能性が考えられる)という東京ACCからJAL123便への交信の言葉と〜

せきたに様はこの管制官と123便の交信をどの様に捉えていますか
管制官の他機へ向けた無線に123便が応答してまい「呼んでいない」の流れでしょうか、それとも管制官が間違えて123便を呼んでしまった?
私にはさっぱり理解ができませんのでお考えをお聞かせください

また根拠に挙げている証言についてですが爆音で悪名高いF4が低空で2機追尾となれば123便の機影を目撃した人間が見落とす訳がありません
各地点で報告されている「戦闘機を見ていない」多数証言をどの様に判断するのでしょうか?
せきたに様の証言の扱いに興味がありますこれについてもお答えいただければと思います

Re: Re: Re: 緊急時の無線交信

  • 投稿No.96 元投稿No.95 004さんへの返信
  • 投稿者:無名
  • 投稿日:2021-10-13 17:42:07

> 発光信号はどうでしょうね?
> スコーク77は毎日数回は発信されてるので、特段珍しいことではないのはわかります。

無理でしょう123便に接近する事すら困難かと思われます
参考画像
https://d.kuku.lu/1cf0ac103

Re: Re: 緊急時の無線交信

  • 投稿No.95 元投稿No.92 無名さんへの返信
  • 投稿者:004
  • 投稿日:2021-10-13 11:24:50

発光信号はどうでしょうね?
スコーク77は毎日数回は発信されてるので、特段珍しいことではないのはわかります。

読書感想 「永遠に許されざる者」(小田周二さん 著) その4

  • 投稿No.94
  • 投稿者:せきたに
  • 投稿日:2021-10-12 22:05:31

ファントム機との交信に関して「永遠に許されざる者」75ページ~76ページには次のように記されている。

 「CVRに残された会話の断片からは、この横田基地への着陸を目前にして緊迫した事態が発生したことがわかる。CVRでは、ある時点から高濱機長の奇妙な会話が突然始まる。
 相手の名前もその発言内容も記録されていない、それだけを読んだのでは意味不明な会話だ。

 それはこのようにして始まる。

18:46:16  機長「このままで お願いします」
 この 言葉は、それまでのCVRに記録されている他の高濱機長の語調とは大きく異なる。
高濱機長は元自衛隊パイロットであり、その語調は簡潔で命令調である。
しかし、機長のこの言葉は、上位の地位の人に対する人への懇願調なのだ。
したがって、これが事故機コックピット内の佐々木副操縦士、機関士に対するものでないことは明らかである。
 さらに、これが東京の管制官との交信の言葉でもないことも明白である。もし管制官であれば、その前後に管制官の言葉がなければならないが、それは全然ないからである。
日本語で話されているからその相手は日本人であり、懇願する相手は地位的に格上の存在、機長でさえ下手に出なければいけない怖い相手なのだ。
 その相手はすぐ近くにいる。飛んでいるのだ。」

 書物にはこのように記されているが、残されたCVRとされるものには

 機長の 「このままで お願いします。」

の前後に東京ACCの言葉が存在する。

18:46:09 ジャパンエア123、羽田にコンタクトしますか?(東京ACC)

18:46:16 このままで お願いします。(JAL123)

18:46:20 コンタクトしますか?(東京ACC)

18:46:21 こ、このままで お願いします。(JAL123)

18:46:27 はい、了解しました。スタンバイ、お待ちください。(東京ACC)

 とあるので、機長の「このままで お願いします。」はファントム機と直接交信した言葉ではなく、東京ACCからの問いかけに答えられた言葉であることが明白だ。

 ただ、JAL123便の近くにファントム機がいた可能性は残されている。

その根拠は

CVRに残された
18:26:30 あー、123便。違います。貴機を呼んでいない。(東京ACC)
(「貴機を呼んでいない」ということであれば東京ACCが呼ぼうとしていた機体がJAL123便の近くにいた可能性が考えられる)
という東京ACCからJAL123便への交信の言葉と、

 角田四郎さんの「疑惑 JAL123便墜落事故」に著者自身の大月での目撃情報として以下のように記されているところだ。

 後日、当時刻にこの空域にいた航空機が発表になり、私が二度にわたり見た機影が、日航機以外にあり得ないことも知った。
前述した北西にドンドン飛び去った三つ目の機影もこの発表から全日空小松行きであると判明した。
 ただ、前には書かなかったが、私はこの時さらに二機の航空機を目撃している。
不思議なことに、この二機に関する記述はその発表航空機リストには見あたらない。私の目撃を証言する者もいない。
しかし私は確かに、その二機を木の間に見たのである。
(疑惑 JAL123便墜落事故 P60~P61)

 私はすでに大月付近のキャンプ場で事故機目撃の2~3分後に、自衛隊機2機を目撃したと書き記した。
事故機の目撃18時42分頃~43分頃と推定できるので、自衛隊の戦闘機2機を見たのは45分頃になる。
すると日航123便が大月上空でループ飛行(一回転)した直後ということになる。
 しかもそれは日航機と非常に近い距離を飛行していたことになる。
(疑惑 JAL123便墜落事故 P389)

Re: Re: F4EJの無線

  • 投稿No.93 元投稿No.90 004さんへの返信
  • 投稿者:無名
  • 投稿日:2021-10-12 20:33:29

> 機長は手信号でファントムとやりとりを行った可能性もあります。海軍出身だからね。

123便に接近はできません正確に言えば近距離での追尾もありえません
(後方上空ならば可能)
ダッチロールとフゴイド運動が減退せず続いてしまいとても並走できる状態ではありませんからハンドサイン等のシグナルを送ることも無理でしょう

そもそもの話しですが自衛隊機が123便墜落前にコンタクト自体が妄想です。
スコーク7700で自衛隊機がスクランブル発進する規定などありません

Re: 緊急時の無線交信

  • 投稿No.92 元投稿No.91 憂国人さんへの返信
  • 投稿者:無名
  • 投稿日:2021-10-12 18:21:27

>>「非常時には国際的に使用できる緊急チャンネルが有り、それにより軍用機であれ民間機であれ相互に通話出来る。」ということでした。

知人の元空自整備士は当時のF4EJではVHF無線を搭載しておらず民間機とは直接交信不可能と断言しています交信可能になるのは後の近代改装版F4EJ改からV/UHF無線搭載により可能とのこと。私も同様の認識です

全く異なる周波数帯での相互通信が可能とは初耳ですご友人のパイロットは当時のF4EJの搭載無線をご存知ではないのでしょうUHFVHF毎に緊急周波数が設定されている事と交信可能を勘違いしているのでは?
管制を経由すれば交信は可能ですが当時のファントムでは123便と直接交信は不可能です

緊急時の無線交信

  • 投稿No.91
  • 投稿者:憂国人
  • 投稿日:2021-10-12 13:24:37

最近の投稿でF4EJとボーイング747(JAL123便)は交信出来ないはずだと言う疑問が出されました。
私の友人で元航空自衛隊パイロットを経験し、その後全日空にパイロットとして転職されてボーイング747には
20年も乗務された方に上記の疑問をお聞きしてみました。
彼からの回答は「非常時には国際的に使用できる緊急チャンネルが有り、それにより軍用機であれ民間機であれ
相互に通話出来る。」ということでした。
当時123便と米軍ないし自衛隊のファントムが実際に交信したかはボイスレコーダーが100%公開されていません
ので定かでは有りません。 多分常識的には交信がなされたと解釈するのが妥当でしょう。

Re: F4EJの無線

  • 投稿No.90 元投稿No.89 無名さんへの返信
  • 投稿者:004
  • 投稿日:2021-10-12 10:57:59

機長は手信号でファントムとやりとりを行った可能性もあります。海軍出身だからね。

F4EJの無線

  • 投稿No.89
  • 投稿者:無名
  • 投稿日:2021-10-10 22:32:39

当時のファントムと123便は物理的に直接無線交信できません
軍事に明るいアドバイザーに依頼しもう少し現実味のある推論を立てて下さい素人同然でお話になりませんよ本当に馬鹿馬鹿しい

日航123便墜落事故:事故調査への疑惑と真実の追究 (その8) ― 日航事故機は新規操縦技術で操縦性を確保した。操縦出来れば、飛行場に 着陸出来、乗客らは 全員 命が助かるのだ!! ―

  • 投稿No.88
  • 投稿者:8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査分科会 会長 遺族 小田周二 
  • 投稿日:2021-10-10 15:49:48

 日航123便の墜落事故の真実と真相(その6)で、重要な垂直尾翼と油圧装置を破壊され、操縦不能になり、墜落の危機に陥ったが、機長、佐々木操縦士の奮闘で、エンジン出力の微調整で、機体の制御、コント  
 ロールが出来、操縦出来たことを説明した。そして、旅客機に異常が発生しても、操縦出来れば、飛行場に着陸出来ることは、航空業界では、技術的にも 経験的にも 常識であるのだ。
 ここでは、横田基地への着陸について、議論する。
*操縦技術と飛行場への着陸について
 大型旅客機は百万点以上の部品からなる、精密電気機械製品である。この航空機は高空を高速で飛行し、多数の旅客を乗せて、営業飛行している。故に飛行機の墜落は 多数の旅客の死亡に繋がり、
 大事故になる。今回の日航123便の墜落では 520名が死亡、4名が重傷を負った。
*旅客機は 重力に逆らって、高速で高空を飛行するが、飛行場から、離陸し、飛行場に着陸して、客の安全を確保している。 通常、飛行中の事故より、「離陸」と「着陸」の時の事故が多いのは経験的には、
 実績である。特に、着陸は パイロットが犯す過失が多い。何故なら、離陸は、旅客機を滑走路で、速度を上げて、V1になれば、機体が浮き上がり、推力を最高にして、上昇すれば、殆ど問題はない。
 然し、着陸はV1以上の速度でないと 揚力が重力に負けて墜落事故になるので、相当な高速で V1以上の速度で降下し、ギアで接地せねばならず、この判断は機長の手動操縦で行うために、操縦の過失事故が
 発生しやすいからだ。
*旅客機は、高空を高速で 且つ 一直線に飛行し、チェックポイントで、飛行方向の角度を変えて、目的地を目指す。 そして 目的飛行場の近くで、必ず 旋回し高度を落とす。 
 即ち、旋回飛行と降下飛行を行うことが、必然なのだ。 旋回飛行も降下飛行も、操縦出来れば、簡単である。
*然しだが、滑走路に向かっての、低空飛行時の飛行姿勢が 重要なのだ。
 安全な着陸には不可欠なことは 飛行姿勢を正常に保つことである。具体的には 次の姿勢を取る。

一つは 機体は 左右に傾かないこと。即ち 傾斜した姿勢を取らないことだ。
     これは 傾斜があると、主翼の下に設置された車輪:ギアの 片側に過大な負荷が掛かり、車輪:ギアが破損し、そして片側の主翼が折損して、燃料が流出して、火災が発生する。
且つ片方に傾斜して、回転エネルギーで 機体が回転して、中の乗客らが 機外に弾き出され、死亡し、重傷を負うことになるからだ。この接地時の機体の速度は V1以上、123便では
凡そ 350k/h で降下し、接地しており、その飛行慣性行エネルギーは 膨大だ。
 自動車も 時速 300k/h になると 簡単に 浮き上がり、回転し、空中に飛び上がり、破壊することは 良く知られている。
二つは 飛行姿勢としては、飛行中の姿勢より、若干 機首を上げることである。
着陸の直前には、フラップを出して、抵抗を大きくして揚力を上げて 接地し着陸する。
鳥が 着地する時は大きく羽搏いて、抵抗を強め、速度を落とし、姿勢は 高くなり、強力な足で 接地するのだ。これで、主翼の下にある主車輪に 全重量を掛けて、接地出来ることになる。
後は、逆噴射とか ブレーキを掛けて 徐々に 速度を落とす。 そして前車輪にも 重量を掛けて、滑走する。然し  急激な減速は 乗客乗員に過激な衝撃となり、危険であり、且つ 機体への衝撃を
避けねば 機体の破損に繋がるのだ。
これらの危険な着地墜落事象を避けるために、機長は 大月市で、右旋回を4回 実施し、大きなスパイラル飛行を行い、旋回の連続で飛行高度を大きく下げている。この大月市の旋回降下飛行で、機長は操縦
性の向上と確認と着陸の前準備を実施して、着陸の準備を行ったのだ。この旋回後の機首の方向は、北向きになっており、これは横田基地飛行場の滑走路の方向(南北方向)と一致する。掛かる旋回降下飛行は 
着陸による失敗を少なくして、着陸による犠牲者を少なくしようと考えたのだ。操縦は佐々木副操縦士が、左手で 4つのスロットル(4基のエンジンの出力調整)を微調整し操作して制御している。恐らく、
4つのエンジン出力を操作するのでなく、(第1 エンジン)と(第4エンジン)の出力を微調整し操作を行ったと推測出来る。従って、時々 福田機関士が後方から 両手で、スロットルを操作して協力し   
    たことも CVR記録で確認出来る。

 *この事故機の緊急着陸時の問題を提起したのが、日航123便墜落事故から、4年後に起きた「UA232便の油圧装置破損後の緊急着陸での失敗事故」(1989.7.19)である。
  飛行中のUA232便の後部2番エンジンが爆発して 全ての油圧系統を失った。油圧による操縦が不能になった232便は右側に傾き、右旋回を続けた。たまたま乗り合わせたDC-10の訓練査察機長の応援を得て、    
   エンジン調整での機体の立て直しを図ったがが、修正出来たが右旋回と降下飛行が続いた。
  機長らは、「JAL123便がエンジン出力だけで約30分以上も飛行した事実」を熟知しており、「機体の降下や制御をエンジンの出力だけでコントロール出来る」ことも知っていたからだ。(日航 杉江弘機長)
  一時的にエンジン調整で機体の右傾きは修正できるが、次第に降下しており、緊急に飛行場への着陸が不可欠であった。降下飛行が続き、時間的な余裕がなく、強引にスーゲート空港に着陸を行ったが、接地の  
  直前に機体は横方向に大きく傾斜して、右側車輪に全重量が掛かり、折損し、これで、右主翼が折損し、脱落し、右回転し、4つの部分(機首、胴体、右主翼、後部胴体部)にバラバラに分解した。
  機首は破壊脱落して、土中に埋まり、機長らは 機内座席に閉じ込められた。燃料が流出して火災が発生、3時間も炎上して、多くの乗客が焼け死んだ。乗客らは 計111名が死亡した。
  この事故は生存者が多数おり、機長、乗員、乗客の証言で事故の状況が再現され、放映されている。
 *日航機墜落事故の状況も生存者:落合、川上、吉崎氏らが体験証言しており、如何なる推測、仮説も この証言を覆すことは出来ないのだ。一度、有識者はこの232便の油圧破壊の事象の記録映像を見て、
  真実を確認して下さい。重傷を負った232便機長らは、入院したが、3日間、泣き続けたと言う。
 *一方、運航会社:日航が一切喪に服さず、遺族に「加害者だ」と詐称し、遺族に「補償交渉の提起」との暴虐の行為は、明らかに事故の真実を知っていながら、隠蔽工作の首謀実行者として行動している。
 *日航123便は UA232便と同じく、「操縦不能」に陥ったが、エンジン出力による操縦性回復後は その損傷は はるかに軽微であり、約30分以上も飛行しており、大月市上空での360度スパイラル降下
   旋回、右旋回4回での着陸準備行動は、その操縦性が極めて安定であることが判明している。
    この油圧損傷について、「日航123便」と  「UA232便」 の操縦性、着陸性を 比較すると

                「UA232便」            「日航123便」
油圧装置の破壊原因   第2エンジンのタービンの爆発、     自衛隊標的機の衝突による
              飛散                  油圧配管破壊、
油圧装置の破壊に伴う  垂直尾翼方向舵の異常な固定       垂直尾翼、APUの全壊、脱落    
   部品の損傷状況   水平尾翼昇降舵の異常な固定       水平尾翼の固定部の強度劣化、
                                 水平尾翼と昇降舵:正常に固定
損傷による操縦性状況  操縦不能。                操縦不能。
            機体の右旋回。 右傾斜。
            300m/分の高度降下継続
エンジン出力調整に   右傾斜の修正。然し、右旋回     旋回、上昇、降下飛行出来、長時間
よる効果        降下飛行の継続。操縦不能      飛行の継続が出来た(事故調、ボ社)

操縦と着陸性の実証   スーゲート飛行場に強引に       横田基地への着陸試行
確認          緊急着陸敢行             レタス畑への不時着敢行⇒復航飛行
                               安全な着陸性が 実証された。
飛行場への墜落、    接地時、右傾斜で 右主翼破損     水平尾翼、第4エンジンが外部破壊で
            機体、4つに分解、火災発生      脱落。地面への墜落 等   
            111人 死亡/ 乗客乗員296名     520名死亡、4名 重傷生還
               
 (纏め)「UA232便」
     油圧装置が破壊して操縦不能に陥った旅客機は、エンジン出力の調整で操縦性が若干修正出来たが、UA232便の場合、垂直尾翼方向舵、水平尾翼昇降舵の異常な固定で、左右の水平性は修正出来たが、
    飛行姿勢は回復しなかった。それでも232便機長は飛行場への着陸を敢行したそれは、乗客乗員の命を助ける方策は 飛行場への着陸しかないことを知っており、航空業界の常識、原則である。 
    機長が自ら飛行場への着陸を断念することはあり得ないのだ。  UA232便は飛行場への着陸を強行したが、296名の内、111名が死亡したが、機長らは 操縦不能の機体を着陸させ、多くの乗客の命を  
     救った功績として、「ポラリス賞」を受賞して評価したのだ。
*日航123便機長らは、エンジン出力の調整で、新規操縦技術を開発した功績で、同じく「ポラリス賞」を 事故死後に受賞している。日航123便が操縦出来たが着陸をしなかったのは、それは自衛隊戦闘
  機による着陸禁止の命令があったからだ。 高濱機長は「これはダメかも知れんね」と 悲痛な言葉をCVRに残している。掛かる唯一助かる緊急着陸を禁止することは、乗客乗員524名の命を奪うことで
  あり、これは刑法では「殺人犯行」に相当する。完全な殺人犯罪である。
  「助かる機会があり、生還出来たことを 助かる筈であった」との言論、推論も出せない国、航空局、運輸省の隠蔽謀略に残された遺族は声もないし、心から肉親の供養も出来ない事態だ。
   機長が横田に着陸の申請をして、横田が許可すれば、誰も これを阻止、妨害出来ないことは 世界の航空業界の常識である。掛かる緊急着陸を妨害したのは命が助かる横田基地への着陸を妨害した
   のは、追尾した戦闘機パイロットによる権力と武力での脅迫、禁止しかない。 
  掛かる異常な事態は 1985年8月 日本の中曽根総理、自衛隊幕僚長の共謀でしか、起き得なかった。 歴史上、無辜の乗客乗員虐殺の金字塔を中曽根総理が打ち立てたのだ。 
  その虐殺の動機は 標的機の衝突と言う「自衛隊の不祥事」を隠し、責任回避のための乗客乗員全員の口封じであった。

読書感想 「永遠に許されざる者」(小田周二さん 著) その3

  • 投稿No.87
  • 投稿者:せきたに
  • 投稿日:2021-10-10 13:00:23

 書物中、相模湾上空から始まり、静岡県藤枝市にかけて墜落状態に近い急降下があったとされているところについては異論がある。

 『圧力隔壁説をくつがえす』(青山透子さん著)によると、墜落の主要因は圧力隔壁の損壊ではなく、「異常外力着力点」であったということが記された公文書が見つかったという。

「圧力隔壁説をくつがえす」159ページ
 今回の発見は、異常外力着力点の位置とそこから始まった垂直尾翼の破壊が墜落原因である未解決事件だった、ということである。

その根拠は、
 「客室内与圧空気が噴出したのではなく、異常外力の着力点が垂直尾翼中部にあった、それによって垂直尾翼が破壊された、と事故調査報告書の『別冊』に書いてある。」と記され、(同書137ページ)

更に、
 この「外力」は、飛行機の左側の横、つまり側面から当たっている。(同書93ページ)

 と記されている。これは、垂直尾翼を破壊するほどの外力が垂直尾翼に横方向から衝突したことを意味し、飛翔体はズバリ、爆発物を搭載していないミサイルだったのではないかという。

 つまり、爆発物を搭載していないミサイルが垂直尾翼目がけて横方向から衝突し、それが原因で垂直尾翼の破壊が始まり、墜落の主要因となった。

 ここまでは新しい発見として受け入れれば良い。

 問題なのは、著者は「異常外力着力点」が相模湾上空で起きた事象だとされているところだ。
 「異常外力着力点」が相模湾上空で起きた事象だとすると、元パイロットの杉江弘氏の「陰謀説の真相」に記されている論理主張と相反関係となってしまう。

 「陰謀説の真相」で杉江弘氏は
 「それでは、「謎の飛行物体」は、垂直尾翼に対して、横から当たったということだろうか。もし、横からなんらかの物体が衝突してきたならば、反動で機首は物体が飛んできた方向に向くはずである。」(同書50ページ)

 客室乗務員の「大きな揺れはなかった」という証言によって、相模湾上空でそのようなことが起きていなかったのは明白だ。また、証言によると富士山の東側を通過するまでは雲の上のままであったことがわかる。

 それでは、『事故調査報告書別冊』に『垂直尾翼に対して、横方向から「異常外力着力点」となる物体が衝突し、それによって垂直尾翼の破壊が始まり、墜落の主要因となった。』と記されていることは誤りなのだろうか?

  JAL123便は長野県川上村梓山地区から見て、甲武信ヶ岳の方角から、徐々に高度を下げながら近づいてきた。
 そして、同地区の上空で90度の右旋回をし、今度は高度を上げながら、北東の方向、すなわち、三国山山系悪岩と呼ばれるあたりを目がけて一直線に上昇していった。そのあたりで、左旋回をしたかと思うとガクンと墜落していった。

長野県南佐久郡川上村梓山地区で墜落現場から2~3キロの距離で山あいの畑から目撃された女性は次のように語る。
(「鎮魂JAL123便/池田昌昭著」26ページ~)

 「当日8月12日午後6時52~53分頃、川上村梓山地区の上にある畑に出ていていちご摘みやレタスの収穫作業をしていた時だった。畑でいちご摘みをしていた手元が急に明るくなったので、ふと上空を見上げると真上に窓の明かりが一杯について、エンジン音がほとんどしない大きな飛行機が飛来してきた。上空400メートルくらいで一瞬お化けが出てきたかと思った。

 子供が『あれはジャンボ機だ』とすぐに叫んだくらい見たこともない大きな飛行機で埼玉の方から飛んで来た。電気を一杯つけたジャンボ機の全部の窓に明かりがついていたが乗客の姿は下からは見えなかった。

 飛行はフラフラしていなく一応安定していて垂直尾翼が欠けていたかどうかは分からなく、機体からは煙は出ていなかった。畑の上空で右旋回をして2~3キロ先にあるその昔岩から毒物が出たことから長野群馬県境三国山系通称『悪石』と呼ばれる岩山にぶつかりそうになりそれをスレスレにかわし左旋回をしたかと思うと、飛行機は見えなくなった。

 地元民が最後に目撃された左旋回の要因が、JAL123便が飛んで行った方向の西側から飛来した物体が衝突したことで「異常外力着力点」が生じた可能性があり、そうするとJAL123便の進行方向左側から衝突したことになり、「飛行機は反動で機首は物体が飛んできた方向に向く」と言われる杉江弘さんの説と合致する。「左旋回をしたかと思うとガクンと墜落していった。」というところは、生存者の落合由美さんの次の証言ともぴったりと一致する。

 「安全姿勢をとった座席のなかで、体が大きく揺さぶられるのを感じました。船の揺れなどというものではありません。ものすごい揺れです。しかし、上下の振動はありませんでした。 ・・・そして、すぐに急降下がはじまったのです。」

 航空機が墜落する場合、その主となる要因が墜落から1分以内に発生している場合が多いのが実際だというが、それとも合致する。

 そうすると「圧力隔壁説をくつがえす」75ページに記されている事故調査報告書別冊からの抜粋として引用されている図10の「異常外力着力点」は相模湾上空ではなく三国山上空で生じたものであると思われ、「異常外力着力点」が生じた直後から文字通りの急降下が始まったと考えられる。

Re: 真相を明らかにするために100万人署名運動を!

  • 投稿No.86
  • 投稿者:管理人[ 管理者 ]
  • 投稿日:2021-10-07 21:56:04

>  日航123便墜落事故の真相解明のために、このようなブログを作成された管理者に敬意を表します。
>  以前、御巣鷹山ゲストブックのブログに投稿したことがありますが、この事故は、原因から墜落、現場確定、生存者救助まで謎だらけで、少しでもこの事故に関心がある人は「事故報告書」の内容に疑義をさしはさまれるはずです。

管理人です。

尾宮次夫 様 初めてのご投稿ありがとうございます。

今後とも気が付かれたことを何でもお気軽にご投稿ください。

Re: 真相を明らかにするために100万人署名運動を!

  • 投稿No.85
  • 投稿者:AOSAN
  • 投稿日:2021-10-07 21:06:23

>  以前、御巣鷹山ゲストブックのブログに投稿したことがありますが、この事故は~
> (8)SNSを使った署名活動はもちろん、AOSANが既に実践されている現場でのビラまき、駅頭や公共施設などでの署活動という国民的な大運動を起こすこと、さらにアメリカ国民の関心を喚起し、日米両国民の提携による真相究明の国際的運動を提起したい。署名数は100万を目指す壮大な計画である。

尾宮さま

久しぶりの投稿有難うございます。
(1)~(8)までの見解、私が調査してきた結果と照らし合わせて、ほとんど賛同致します。

ただ、(8)については、署名推進を、現地「上野村」「御巣鷹の尾根」「慰霊の園」でやろうといたしましたが、管理統括する「上野村役場」へその許可を得ようと努力したが、検討の結果、残念な事に否決されてしまったのです。
詳しく言うと、それらの区域で、当初、数回数年にわたり実施しましたが(大々的ではない)、機会ある毎に、通報され、ポリスからも注意された次第であります。
上野村役場の最たる対応としては、なんと、登山口の入口に、これら含む行為への圧力と思える「貼り紙」まで今夏掲示されるに至ったのです!
https://blackriverwing.site/OpenPNE3/web/cache/img/jpg/w_h/979ef5c18b64c5d83f140619899c8592b96e2f37_jpg.jpg

そこで、やり方を、再考して、こちらからの呼掛けを一切やめ、「車載ポスター掲示車の乗入れ」に切替えた次第であります。
https://blackriverwing.site/OpenPNE3/web/cache/img/jpg/w_h/53102e456e73a7e1d9e9f31a80cae0a9f03c5129_jpg.jpg

真相を明らかにするために100万人署名運動を!

  • 投稿No.83
  • 投稿者:尾宮次夫
  • 投稿日:2021-10-07 12:32:36

 日航123便墜落事故の真相解明のために、このようなブログを作成された管理者に敬意を表します。
 以前、御巣鷹山ゲストブックのブログに投稿したことがありますが、この事故は、原因から墜落、現場確定、生存者救助まで謎だらけで、少しでもこの事故に関心がある人は「事故報告書」の内容に疑義をさしはさまれるはずです。以下、ランダムに私見をのべます。
(1)日航もくせい号遭難事故(1952 悪天候のため大島三原山山腹に激突)や大韓航空機撃墜事件(1983 領空侵犯のためソ連軍機のミサイル攻撃により撃墜)と類似性・共通性がある。すなわち、報道陣を現場から遠ざけるためフェイク情報を流してメディアを攪乱し、その隙に乗じて事実を隠蔽するやり方
(2)日米共同正犯である。1995年の退役将校マイケル・アントヌッチ氏の暴露発言に明らかなように、10年間緘口令が布かれていた。8.12連絡会(遺族会)に対する前橋検察庁山口裕介検事の「原因を究明すれば戦争になる」発言は、共同正犯を裏付けるもの。
 より穿った見方をすれば、アメリカ(CIA)による工作(罠)の疑いが強い。あまりにも偶然にしては不自然なつながりが多すぎる。これについては、別途のべる。
(3)ミサイル撃墜説の真実。角田四郎氏のミサイル破片拾得(「疑惑」所載)、当時の日航副社長のミサイル発言(「北朝鮮のミサイルにやられた」(青山透子氏・小田周二氏の著書))、第4エンジン脱落の怪(事故報告書では「一本カラ松との衝突で脱落」)、多数の目撃証言(長野県川上村住民「黒煙を上げて墜落した」、「空がパッパッと光った」、浦和市(現さいたま市)住民「望遠鏡で見たら機体から青と赤の光が出ていた」など(当時の新聞記事))
(4)25年前、安全工学会の「会報」に中村林次郎元横浜国大教授が「修理ミスによる内部隔壁破壊」原因説に疑義を呈し、論文を掲載するについては事故調査委員会の武田委員長と事前に意見交換をしている。要するに、武田委員長も論文掲載を承知している(ネット掲載)。
(5)青山透子氏のベストセラー著書やネット上でのさまざまな疑惑・疑問について、大手メディアは言い合わせたように記事に取り上げず沈黙を守っている。このことは、政府側からのあからさまな緘口令というよりも、陰謀に加担するマスメディア側の忖度の結果ではないか。メディアに対して緘口令を布けば取材・言論の自由を侵害する憲法違反行為になるから。
(6)政権交代した民主党政権下の国会で取り上げられ、真相究明がなされるかと思われたが、これも不発に終わっている。要するに、日本が独自に真相を明らかにすることはできず、同盟関係にあるアメリカの同意を得なければならないということ。
(7)現在、「日航123便墜落の真相を明らかにする会」が組織され、真相究明の本格的な動きがようやく始まったが、生のCVRやDFDRを公開することや相模湾に沈んでいるとみられる尾翼や油圧系統の残骸を引き上げることは容易ではない。
(8)SNSを使った署名活動はもちろん、AOSANが既に実践されている現場でのビラまき、駅頭や公共施設などでの署活動という国民的な大運動を起こすこと、さらにアメリカ国民の関心を喚起し、日米両国民の提携による真相究明の国際的運動を提起したい。署名数は100万を目指す壮大な計画である。

8.12連‐事故調査分科会 会長:小田周二氏による「墜落原因仮説&再調査署名推進ビラ」

  • 投稿No.82
  • 投稿者:AOSAN
  • 投稿日:2021-10-02 22:08:00

サポーターである私も、制作協力したこの資料をここに展開させていただきます。
   (今回2021年8月の夏の陣で、現地上野村・御巣鷹で配布したもの)
https://blackriverwing.site/OpenPNE3/web/cache/img/jpg/w_h/d814966ac76e67e97ed5f148ec47e31d8de3ce00_jpg.jpg
https://blackriverwing.site/OpenPNE3/web/cache/img/jpg/w_h/d7605d505a36f3bf768e8533a15a2a90c868dccc_jpg.jpg

ついに「再調査」を求める署名が2000人を突破!

  • 投稿No.81
  • 投稿者:AOSAN
  • 投稿日:2021-10-02 21:23:47

[NEWS]”ボイスレコーダーに無かった事にされた交信記録”『緊急着陸空港検討中』『マヌーバーが悪い』が当時の新聞から発見されました!
https://www.change.org/JAL123saicyousa

ワタケン動画#36の紹介

  • 投稿No.80
  • 投稿者:AOSAN
  • 投稿日:2021-10-01 20:26:20

100点ではないけども、まあまあ、いい所ついてると思いしたので紹介しておきます。
小田さんの仮説Xとも重なる部分もありますしね。
https://www.youtube.com/watch?v=el_1Ih0s-1Y&t=943s

Re: Re: Re: 「慰霊の園」資料館に展示されている「上野村小学校・中学校の文集」に対する実態調査

  • 投稿No.79 元投稿No.78 AOSANさんへの返信
  • 投稿者:管理人[ 管理者 ]
  • 投稿日:2021-09-27 21:15:04

> p141 父「飛行機が飛んでるそ、来てみろ」と言ったので、外出ると「大きい飛行機と小型のジェット機が2機飛んでいた」のYKさんの文章についてですね。

> たしかに墜落前の時点で永く飛んでたように書かれていますので、この他の「早い時間の目撃文章」と合せて、このYKさんの目撃文章も、偽装機という事になりますかね。

AOSANさんへ

ご意見ありがとうございました。

墜落直前の長野県川上村住民たちが語られる目撃情報にはそれぞれ異なる全く二種類の航跡があることに違和感を持っていましたが、AOSANさんのご意見で腑に落ちるものがありました。

川上村から見て事故機は甲武信ヶ岳のあたりから近づいてきたところまでは同じなのですが、

川上村を通過して西の方(南相木村の方向)に飛んで行ったという目撃情報と

もう一つは川上村上空で90度の右旋回をして北東の方向(群馬県境、三国山の方向)に駈け上がって行ったというもの。

Re: Re: 「慰霊の園」資料館に展示されている「上野村小学校・中学校の文集」に対する実態調査

  • 投稿No.78 元投稿No.77 管理人さんへの返信
  • 投稿者:AOSAN
  • 投稿日:2021-09-26 11:35:35

>  一方、今回の投稿(投稿No.76)で、上野村小学校の文集~「大きい飛行機と小型のジェット機が2機飛んでいた。」「5分以上たっているのにぐるぐる回ってばかりいた。」

>  子供が見たという大きい飛行機について、JAL123便ではなく偽装機であった可能性についてはいかがでしょうか?

管理人さんへ

p141 父「飛行機が飛んでるそ、来てみろ」と言ったので、外出ると「大きい飛行機と小型のジェット機が2機飛んでいた」のYKさんの文章についてですね。

たしかに墜落前の時点で永く飛んでたように書かれていますので、この他の「早い時間の目撃文章」と合せて、このYKさんの目撃文章も、偽装機という事になりますかね。

Re: 「慰霊の園」資料館に展示されている「上野村小学校・中学校の文集」に対する実態調査

  • 投稿No.77 元投稿No.76 AOSANさんへの返信
  • 投稿者:管理人[ 管理者 ]
  • 投稿日:2021-09-26 10:57:50

> 前回報告した本年8/8〜約1週間の現地車中泊での闘いの際、行った本調査(私が入手した原本との比較)の結果をお伝えします。
> (青山透子氏が言っていた上野村展示内容に隠蔽が図られている事の再確認の意味で実態調査)

 管理人です。今回もご自身の取材に基づく貴重な投稿ありがとうございます。

AOSANさんに質問です。

 投稿No.67で、藤枝で藤沢市の女性に目撃された旅客機はもしかしたら偽装機であったかもしれない、という趣旨のことを記されていますね。

 一方、今回の投稿(投稿No.76)で、上野村小学校の文集をご紹介いただきましたが、(ご紹介の意図は文集の内容について隠蔽が計られていることがメインだとは思いますが)子供が記した作文の中に興味深い記載があります。

 「大きい飛行機と小型のジェット機が2機飛んでいた。」「5分以上たっているのにぐるぐる回ってばかりいた。」

 子供が見たという大きい飛行機について、JAL123便ではなく偽装機であった可能性についてはいかがでしょうか?
  

「慰霊の園」資料館に展示されている「上野村小学校・中学校の文集」に対する実態調査

  • 投稿No.76
  • 投稿者:AOSAN
  • 投稿日:2021-09-24 23:27:24

前回報告した本年8/8~約1週間の現地車中泊での闘いの際、行った本調査(私が入手した原本との比較)の結果をお伝えします。
(青山透子氏が言っていた上野村展示内容に隠蔽が図られている事の再確認の意味で実態調査)

本内容はすでに「真相を明らかにする会」準会員への事務局メールにより、準会員のみへ展開された内容でもあります。

2021年8月14日時点 上野村 「慰霊の園」資料館内

[結果]
(1)小さな目は見た(小学校) 
㌻数:原本115㌻に対し42㌻しかない
P.10 「赤く光るもの山に隠れたり出たり気味悪い」
P.68 「飛行機2機が追いかけっこ」
P.69 「6:45南~ジェット機2機と1機大きい飛行機、神社の山の上を何周も、それからジェット機2機は埼玉へ行った」
これらがなく、ここだけ無くすと悟られるので他も巻き沿いで無くしたかもしれません。

(2)神流川(中学校)
㌻数:原本164㌻に対し31㌻しかない
P.71 6:30過ぎに「飛行機の大きな音のあと、外出たら、やっぱり飛行機で空は稲光でピカピカ光っていた」父親「帰宅途中、柳橋の上で大きな飛行機が飛んでいた」
p141 父「飛行機が飛んでるそ、来てみろ」と言ったので、外出ると「大きい飛行機と小型のジェット機が2機飛んでいた」
5分以上たっているのにぐるぐる回ってばかりいた。そしてTV見ていたらキロリンキロリンと音がしてニュース速報で「123便がレーダーから消えた」と。
p151 「一休さん見ていたらニュース速報がピピピ」と出てジャンボ機がレーダーから消えた。外では飛行機の音がゴーゴー聞こえ、TVの音が聞こえないといい、外に出ると、飛行機の光らしいものがぐるぐる飛んでいたので、なんでだろ?」と思った。母「何のためにニュースが出てるんだろう」空をずっと見ていたら騒がしくなった。外に出たら、近所の人達が外に出て空を見ていた。私のうちの上の道も、車の通りが激しくなった…

などを含めて無くしてありましたので、青山さんの言われた通りでした。

以上

ワタナベケンタロウyoutube【日航機墜落事故㉟】の紹介

  • 投稿No.75
  • 投稿者:AOSAN
  • 投稿日:2021-09-24 22:14:40

日航機墜落事故㉟では驚愕の新事実を報告します。誰も指摘しないデータから自己原因を追求する黒田説。
飛行経路が私の調査とは異なるが、横田基地対応はまあまあかと。https://www.youtube.com/watch?v=Mod4-sJSPk4

読書感想 「永遠に許されざる者」(小田周二さん 著) その2

  • 投稿No.74
  • 投稿者:せきたに
  • 投稿日:2021-09-20 21:21:11

 『永遠に許されざる者』を読むと、事故後、しばらくの時間が経過するまでは冷静に事故の分析も出来ず、傍観者の立場であったと言われる。
その後、事故調査委員会が1987年6月に公表された報告書に記載の事故原因に則って、加害者とされる組織「ボーイング社」「日航」「航空局」の三社を相手に告発された前後から、
著者が特に日本航空という会社と長年に渡り、どれだけ妥協を許さず、懐柔されることもなく、真摯に向き合われてきたのかがわかる。

 著者はその結果、結論として「日本航空は実は加害者ではなかった」と言われ、日本航空は加害者ではなく、むしろ被害者に近い存在であったのだが、あえて加害者役に徹してその役割を演じてきた。
あるいは真の加害者からの意図に従って加害者役を演じさせられてきたにすぎないのだと言われる。

 ただ、読書感想としては、小田周二さんの言われる「加害者」というのは必ずしも実行犯という意味ではなく、
「事故原因を知っていながらそれを明かさず、隠し通している存在」即ち、「悪意」である存在のことを仰られているように感じる。

 著者は、日本航空は犠牲者遺族と同様に本当の事故原因を知らされていない存在であるという。
 ところが、自ら「加害者」と称する日本航空が犠牲者に対しては「被害者」あるいは「犠牲者」とは呼ばず、「遭難者」と呼び、あえて加害者役を演じ、「補償金」ではなく、「見舞金」を支払ってきたと言われる。

Re: Re: Re: デコンプがあったんです

  • 投稿No.73 元投稿No.72 九州人さんへの返信
  • 投稿者:管理人[ 管理者 ]
  • 投稿日:2021-09-16 21:11:58

> その後に、フリーであれ大手であれ、「12日の記者会見の文言は何故なくなったのですか?」という質問すらしなかった、統制されたということになります。

管理人です。

九州人さん 重ねての投稿ありがとうございます。

 投稿ナンバー「63」におけるAOSANさんの投稿で
https://blog.goo.ne.jp/adoi/c/b41409f3e320038c1e0c881565862d49
の中で紹介されていましたが、1978年に上映されたという映画 『皇帝のいない八月』 の中で、
 「有事の際など、一国の総理が治安出動が必要と判断した場合に限っては現場に向けて警察に先んじて自衛隊を動かすことが出来る。」
と解説された一コマがあります。

 更に九州人さんが今回投稿いただきました中で「8月12日の夜の時点で既に報道の統制がされていた」ということであれば、総理が、墜落直後の段階においていち早く
有事に匹敵するような大事件であると判断されていた可能性があるということになり、また、そのように判断せざるを得ないような情報を持たれていたのかもしれないということになりますね。

 角田四郎さんが『疑惑 JAL123便墜落事故』の中で事故に不審を持たれ、自ら調査を行なわれた結果、「この事故(JAL123便墜落事故)は単なる墜落事故ではない」
と記されていた箇所が今更ながら思い起こされます。

Re: Re: デコンプがあったんです

  • 投稿No.72 元投稿No.71 管理人さんへの返信
  • 投稿者:九州人
  • 投稿日:2021-09-16 09:13:32

>おそらくはとても衝撃的な内容なのでしょうね。

管理人さん、ありがとうございます。

8月12日の夜から、中間発表くらいまでに出てきたものが、書き起こし段階になり、事故調査報告書の段階までに、次々と削除されたようですね。

ついでに、リークされた音声も削除済みの内容ですから、これは、事故調側から見たら、暴露にはなっておらず、事故調主導のリークに見えます。

また、共同配信を掲載した地方紙以外では、読売、毎日、日経等、朝日は「操縦性が悪い」以外は、全く共同配信を無視した報道であり、既に12日の夜には、情報統制されて、この重要情報を報道していません。

翌朝のテレビニュースでも、今のところ記憶になく、早い段階で「出すな!」の指示が出ていたと考えられます。

共同通信の配信タイミングが、朝刊締め切りギリギリで、そこまで統制ができなかったために、表に出たと考えられます。

読売、朝日、毎日、日経、時事等、全て、この記者会見には記者がいたはずで、この不自然さが際立ちます。

その後に、フリーであれ大手であれ、「12日の記者会見の文言は何故なくなったのですか?」という質問すらしなかった、統制されたということになります。

Re: デコンプがあったんです

  • 投稿No.71 元投稿No.70 九州人さんへの返信
  • 投稿者:管理人[ 管理者 ]
  • 投稿日:2021-09-13 21:14:29

> 参考までに、8月14日のボイスレコーダー回収から3日目に、速報で再生した内容が伝えられています。

九州人さんへ  

管理人です。

はじめての投稿ありがとうございます。

オリジナルのボイス・レコーダーは、ごく一部の人だけは聞いているはず。 おそらくはとても衝撃的な内容なのでしょうね。

続けての投稿を期待しております。

デコンプがあったんです

  • 投稿No.70
  • 投稿者:九州人
  • 投稿日:2021-09-13 08:52:28

参考までに、8月14日のボイスレコーダー回収から3日目に、速報で再生した内容が伝えられています。

特筆すべきは、「デコンプレッション」という減圧を示唆する言葉がコックピットで話されていて、それが、公開されたボイスレコーダーからは消えています。

後に、このボイスレコーダーを最初に聞いた藤原洋調査官は、落合さんからの聞き取りで、「デコンプがあったんです」という証言を得たとしています。

しかし、それ以前に、減圧に関してのやり取りがコックピットであったことを除外して、急減圧の結論を導き出している不自然さがあります。

おそらく、コックピットの減圧の会話の流れで、不必要か不都合な言葉があり、カットするしかなかったと考えられます。

また、27日の中間報告では、「お前いい男だなぁ」と、機長が副操縦士を励ます等の言葉があったとしています。

言葉の発信は、おそらく全て藤原洋調査官、今年94歳。まだ、お元気のようです。

Re: マヌーバーに付いて

  • 投稿No.69 元投稿No.66 憂国人さんへの返信
  • 投稿者:九州人
  • 投稿日:2021-09-12 21:36:12

初めて書き込みします。

憂国人様

私が知っている範囲で、事実関係をお知らせします。

8月12日の夜に、運輸省記者クラブで記者会見がありました。おそらく22時過ぎて、新聞の朝刊に間に合わせるために、各社集まっていたようです。

18時38分マヌーバーが悪いや、18時41分着陸空港検討中、あるいは、18時29分には、「機長から、後から詳しく話します。」等の言葉が、おそらく航空事故安全委員会の方が説明しています。所沢の東京管制や日航オペレーションセンターからの聞き取りで、ボイスレコーダーの回収前に明らかにされています。13日朝刊には、共同通信配信記事として、地方新聞に載り、朝日新聞は、マヌーバーを「操縦性」と訳して、紙面に載せました。

この重要なワードが使われていません。

8月14日にボイスレコーダーは回収されましたから、その前のこと。

場合によっては、共同記者が管制官から、ダイレクトにリークした可能性もあります。

日航123便墜落事故:事故調査への疑惑と真実の追究(その7―(2)) ―墜落事故犠牲者の遺族から、「加害者」で 遺族に「補償金」を支払った運航会社:日航への 36年目の手紙―

  • 投稿No.68
  • 投稿者:8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査分科会 会長 遺族 小田周二 
  • 投稿日:2021-09-10 22:58:27

日本航空(株) 代表取締役 会長 植木  殿 (パイロット、 父:植木千恵蔵)   
  社長 赤坂祐二 殿 (東大 工学部、技術系で初めての社長)
        常務取締役 安全推進本部長 権藤信武喜殿(パイロット) 取締役  堤 正行 殿
          安全推進本部 部長 被災者相談室員 福田 久 殿   山西 聡 殿  被災者相談室 東京相談室長 梅田 貴嗣 殿

 [2019年11月御巣鷹山を襲った「台風水害」での犠牲者:「銘標」の流出事故と再建計画のお願い]
御巣鷹の尾根は、日航123便乗客が墜落死した地獄の終焉の場所であると世間は言う。然しこの墜落死は、険阻な上野村山岳地帯に誘い込んだ、自衛隊が 123便に(止めのミサイルの一撃)を加えて、
エンジン 1基を破壊し、この衝突の衝撃で重要な「水平尾翼」が脱落して、猛烈な垂直降下の墜落事象に落とし込み墜落させた事件であった。この事実の上に このスゲノ沢が発生事象と位置づけるのであり、
是非 墜落事故の、いや 撃墜事件の集約地点であり、遺族、慰霊される人に 残したい場所なのだ。
*自衛隊のミサイルで エンジンを破壊され、その上 水平尾翼まで 脱落された123便には、もはや 操縦機能が喪失して、墜落の危機が迫っていた。
  然し、機長らは必死に機体の急降下の姿勢を水平に戻すとの操縦で回復したが、もはや、操縦不能で墜落は必死であった。それは、エンジン出力の微調整で操縦飛行していたが、右第4エンジン1基が停止した   
   ために、左右の推力差で機体の右側に傾斜し、且つ右旋回飛行し、「一本から松」では 30度の、次の 「U字溝」では 50度の右傾斜となり、最終の御巣鷹の尾根では 地面に墜落した時点で 
  右傾斜 135度となり、(即ち 裏返しの状態 )山頂付近に激突して大破した。然し、右傾斜135度のために、機体に強い(ねじれ)が生じ、機首から激突したが、機体後部で、折れ曲がり、折損し、
  この部分は傾斜角 45度の山肌を滑り落ち、途中の30mもの高さの樹木をなぎ倒し、衝撃を緩和して、スゲノ沢で、墜落が停止した。
   乗客らは 約数十名が、重傷を負いながら、生きて救出を待っていた。然し、出動した自衛隊部隊は上野村で待機して、救出を意図的に放棄し、掛かる重傷者は12時間も救助されず、放置されていた。
  然るに別の殺害部隊の自衛隊が密かに登山して 「証拠の残骸の回収」と「生存者の口封じ」のために、機体残骸の破壊と重傷の生存者を殺害するために、火災が発生していた場所は 火炎放射器で
  火災が起きなかったスゲノ沢では 毒ガス液で、薬殺するとの残虐な殺戮で、息の根を止めたのだ。(長野県人 M 氏の証言)
*旅客機の燃料での火災が起きなかった(スゲノ沢)では 火炎放射器を使えず、薬殺になったのだ。
 スゲノ沢以外に生存者はほぼ発見出来ず、生存重傷の乗客らは 失神した乗客(4-7名)が上野村消防団、長野県警が発見し、救助された。自衛隊は一番早く登山していたが、意図的に生存者の捜索を不作為し
  た。。(事故調は 全員即死との見解であったが、 嫌疑の結論であった !!)
  掛かる自衛隊の殺戮行為にも拘わらず、結局 乗客4名が救出された奇跡の場所が 「スゲノ沢」である。
 スゲノ沢は、日航機墜落場所での奇跡が起きた記念すべき、保存すべき場所である。自衛隊が123便を撃墜し、且つ生存していた乗客らを虐殺した場所であり、又この自衛隊の毒牙から、奇跡的に逃れて4名が
 生還した場所で有り、それこそ永久保存すべき場所なのだ。遺族、慰霊登山の市民が 掛かる場所で、事故の惨殺状況を知るためにも スゲノ沢の慰霊小屋に その詳細を展示して、国民に知らせて、永遠に
 記録に残すべきと考える。 日航も お客505人と日航社員15名のために、この歴史上、惨殺と奇跡の生還、事故機の破壊状況、真実をこの場所に 残すべきと思慮する。日航も被害会社であり当然 賛同すべき 
 では ありませんか。日本の菅総理と日航は「人の命は尊重し、且つ決して殺していけない」と力説し、犠牲者の霊前で、誓約し演説している。  
 然るに、国、航空局、日航は、スゲノ沢の事故当時の状況だけでなく、起きた事象を消し去ろうとしている。

  *その状況は 次の通りで、再建、復興の姿を提起す市、実行を求める。
    (1) スゲノ沢の犠牲者の銘標(慰霊碑)が 殆ど大量の水、土砂で流され、流出して、見つかっていない。
      遺族は それまであった、作成した記念の銘標(慰霊碑)を 34年目に失った。2019.11。
      然るに、日航は、慰霊の園は これを捜索し回収することを意図的に行わなかった。
      ⇒ 乗客乗員は 自らの意志で上野村で来たのでなく、彼らの目的地は大阪空港であった。
        飛行途中、123便は 「垂直尾翼」「水平尾翼」「第4エンジン」「APU」を失ったまま、飛行し墜落した。これは 故障による事故でなく、結論は 外部破壊による撃墜であった。
      この犠牲になった乗客乗員は 「遭難者」でなく、殺された「犠牲者」である。
      真の加害者である「自衛隊、中曽根総理」の味方になり、共犯になった日航が、隠蔽を行った共犯、隠蔽の共謀者であり、且つ「慰霊の園」の支配者であり、ここでも 乗客、乗員の慰霊碑(銘標)の
      管理責任者である。
 *その遺族にとって、このスゲノ沢は最終の終焉の場所であり、ここに建立した慰霊碑(銘標)は大切な墓標でもある。遺族らが 34年以上も大切にして来たのだ。遺族が喪失したた銘標(慰霊碑)は34年間   
  長きにわたり、気持ちを 注いだ慰霊の「印」「心碑」でもある。
  どうか 粗末な銘標で済まさず、きちんと 日航が真摯な気持ちで、銘標を作成し建立するか、又は遺族の気持ちが注いだ銘標を立てるか、再建して頂きたい。日航は犠牲者のために巨額の金を遺族に渡し、
  供養した経緯もあるからだ。このような要求には 簡単に応じることである。
 *銘標の新たな建立場所にも 遺族がその場所で慰霊出来るスパースを設けて頂きたい。
  掛かる道端に 多数の銘標を並べて、遺族は道から、供養するのは あまりにも 粗末であり、犠牲者への慰霊、供養には ほど遠いもので、その上 ただ 杭に板を張り付けて そこに名前を書く、享年を
  書くとの碑の作成作業の結果は、あまりにも粗末であり、日航の意図、気持ちが 犠牲者への侮辱、冒涜でしかないと思う。その銘標の字体も 誰か ボランテイアが書いたと思われる書式は 遺族への侮辱と
  しか考えられない。   再度 作成し直すか 遺族に相談してから、再建作成を求めお願いする。
 (2)スゲノ沢の慰霊小屋の再建をお願いし要求する。
  慰霊小屋が この災害で半壊し、撤去され、且つ、その中に奉納されていた遺族らの寄贈奉納した品物、写真、犠牲者の遺品、千羽鶴などは 日航のボランテイアの休憩小屋に移され、簡単に見れない状況は 
  不当である。再建して、そこに奉納慰霊すべきである。
 (3) スゲノ沢の慰霊小屋の再建とその規模。
   小屋は 参拝人が入れるようにして 線香やロウソクが 献灯,献筆記帳出来ること。
     奉納品など展示は 従来通りだが、一回り 大きく お願いする。(広さは 3倍程度)
     次のような品を 展示奉納する。且つ墜落事故の状況の展示で、事故の遺族、国民に発信して 事故の真実を伝え、教訓として、再発防止に寄与するため。(永久に 保存する)
    *スゲノ沢へ123便後部胴体部が 高い樹木をなぎ倒し、滑り落ちた鬨の残骸、遺体、樹木の散乱状況の写真。現在の状況は 36年前の滑落場所状況とは、大きく 異なるから。
    *一番最初に入山した遺族、美谷島邦子の泣き崩れ、呆然とする現場写真
    *高濱機長、佐々木副操縦士、福田機関士は 墜落の危機を 新規操縦技術で、切り抜け、524人の墜落死を救った。スゲノ沢に滑落して、重傷生存者を生み出したのも 機長らの功績だ。
      世界の「ポラリス賞」を受賞した、三人の映像写真の掲示。英雄だ。
    *落合氏が アントヌッチ中尉の誘導で接近降下した救難ヘリに絶叫し、手を振る姿(想定図)
    *事故から 30年、水害以前のスゲノ沢の映像。         両岸に並ぶ銘標(慰霊碑)と せせらぎ川の全景図。両岸、中央から 数枚の写真。
    *流出以前の主な銘標の写真 (川上慶子氏、増永氏、その他)
    *アントヌッチ中尉の写真。 救助に駆け付けた米軍輸送機C-140、救難ヘリ の写真。
    *日航副社長、元運輸相町田直の映像。「日航機はミサイルで撃墜されたんだ」の告白文も展示、
    *奇跡の生還者:落合氏、川上氏、吉崎氏らの救出の現場写真、その映像写真。
    *川上慶子氏の自衛隊ヘリへの吊り上げ写真。
    *現場写真(事故調の残骸分布図と 飛行経路図 など)⇒ 招魂の碑の前に 石碑に刻む。
    *日航123便の全景系図―墜落場所、U -字溝、一本から松、水平尾翼の落下場所、上野村、川上村を入れた地図と 123便の飛行経路図、⇒ 招魂の碑の前の広場に設置する
    @乗客4名の奇跡の生還した記念碑の建立。スゲノ沢の近くの霊地に。

 (4) 「昇魂の碑」の前広場に 旅客機墜落の状況の解説の絵図、石碑を設置する。
    ⇒ 慰霊登山者に 航空機墜落の状況、残骸分布、飛行経路を分かりやすく説明するため。
   *1 この墜落地点と 飛行経由した 川上村、上野村、スゲノ沢の位置を示す図。及び この招魂の碑から見える{U―字溝}(地面と接地した(一本から松)を記入する。U字溝での第4エンジン、
      U字溝の右上 500mの位置に落下した(水平尾翼)を追記する
   *2  この墜落地点の残骸分布を記した碑の設置。
       右主翼、左主翼、胴体部、第1、2、3エンジン、然し「123便の第4エンジン、水平尾翼は 墜落 45秒前に破壊脱落」「垂直尾翼、APU,油圧操縦装置は、墜落する32分前に破壊脱落した」と
      注記する。
        
 (5) 墜落死した犠牲者の墜落場所の地図の作成(これは 作成されている筈) 
      犠牲者の銘標の位置を記録した地図(旧の位置。 スゲノ沢以外は 変わってない筈)
      銘標の新しい位置は 銘標の再建された後に、作成のこと。
    * これらの資料は 全遺族に配布されたい。及び 関係者に配布されたい。

    *次の施策と実行を日航にお願いする。
     日航は、御客と日航社員 520名を 殺された斬撃の場所を その映像で、永久保存した、後世に伝える責務がある。この基本的な考えで、 誠意を持って、日航は対処されるように 申し入れる。
      これは 犠牲者と遺族の総意である。
   日航は 犠牲者の霊前で「安全運航の堅持」を 30年以上 誓約している。過去をきちんと残して、その上、犠牲者の霊に約束を果たすことが 日航の責務であり、誠意でもある。
             524名の乗客乗員の犠牲者に 合掌。 遺族の願い。    以上

    皆様方の賛同をお願いします。空の安全を向上させるために。

Re: マヌーバーに付いて

  • 投稿No.67 元投稿No.66 憂国人さんへの返信
  • 投稿者:AOSAN
  • 投稿日:2021-09-08 19:02:36

憂国人 様

> 「マヌーバーが悪い」という音声がCVRデーターから消されていたとの情報に付いて調べて見ました。
         ~ 不鮮明なCVR音声を再生した際の聞き間違いではないかと私は思います。
➡ 添付してあるPDFデータを読むと分かりますが、CVR音声ではなく、飛行中の123便ー日航・羽田との交信内容そのものです!(8/13ではCVRは未回収)このほかにも「緊急降下中」など数点もありです。

> 静岡県藤沢市の女性がジャンボ機のお腹の部分に赤い物が張り付いていたように見えたの証言(青山透子さんの著書)
          ~ 従ってこの女性の証言は信憑性が欠落していると思います。 JAL123便では無い飛行機では?
➡ 私の調査では、偽装機と出ました!これ以上公開すると危うくなるので、ここまででSTOPします。

マヌーバーに付いて

  • 投稿No.66
  • 投稿者:憂国人
  • 投稿日:2021-09-08 11:34:47

「マヌーバーが悪い」という音声がCVRデーターから消されていたとの情報に付いて調べて見ました。
私の友人で元ANNパイロットでジャンボ機20年の乗務経験の有る方に上記の件に付いて聞いて見ました。
その方は暫く考えていましたが、「マヌーバー」という単語は聞いたことが無いし思い当たらないと言われました。
不鮮明なCVR音声を再生した際の聞き間違いではないかと私は思います。
静岡県藤沢市の女性がジャンボ機のお腹の部分に赤い物が張り付いていたように見えたの証言(青山透子さんの著書)ですが、
これは飛行高度が1000m以下でないと確認出来ないと思います。
異変が起きた相模湾上空の約7000mから1000mまでの降下は緊急時の降下で操縦系統が正常で有れば出来るでしょうが、
油圧が落ちて操縦不能とパイロットは言っていましたから、この降下も疑問点です。
従ってこの女性の証言は信憑性が欠落していると思います。 JAL123便では無い飛行機では?
前記の元パイロットも操縦系統が効かない状況で無理に急降下させる(エンジン出力を絞る)と失速すると教えて呉れました。

「マヌーバーが悪い」「緊急着陸空港検討中」がボイスレコーダーから消されていた!(更新)

  • 投稿No.65
  • 投稿者:AOSAN
  • 投稿日:2021-09-07 23:09:09

先述の、”新たな事実”当時共同通信の情報を掲載した新聞にあった123便から18時38分「マヌーバーが悪い」、18時41分「緊急着陸空港検討中」という通信文言がCVRから削除されていた事、が分かる新聞を掲載します。
(1985年8月13日上毛新聞:大見出し航空機惨状の下左の部分に掲載あり) 
https://www.jomo-news.co.jp/playback/data/2017/08/0813/archive0813.pdf

以上

AOSANさん 初めての投稿ありがとうございます。

  • 投稿No.64 元投稿No.63 AOSANさんへの返信
  • 投稿者:管理人[ 管理者 ]
  • 投稿日:2021-09-06 22:58:25

> 初めまして、5年位前から様々活動してまいり、関連著書17冊以上、多くの関係者とも繫がり、現在も拡大中です。
> 旧「御巣鷹ゲストブック」時代から拝見させて頂いておりました。

管理人です。

AOSANさん 初めての投稿ありがとうございます。

AOSANさんは活動的な方のようで、またその活動の中から独自に取得された貴重な情報をお持ちのようですね。

続けての投稿を期待しております。

8.12連‐事故調査分科会サポーターとして連日闘争中

  • 投稿No.63
  • 投稿者:AOSAN
  • 投稿日:2021-09-05 21:18:56

初めまして、5年位前から様々活動してまいり、関連著書17冊以上、多くの関係者とも繫がり、現在も拡大中です。
旧「御巣鷹ゲストブック」時代から拝見させて頂いておりました。
〈主な取組み〉
(1)「再調査」署名サイト立上げ&拡大アピール活動 ※もうチョットで2000人!
https://chng.it/84r8H8gNJf
(本署名サイト)
https://www.youtube.com/watch?v=0ickGX-8vPE
(署名 早分かりYoutube)

(2)「御巣鷹の謎」研究会 立上げ&拡大・真相究明前進活動
となります。
ちなみに、今夏は8/8~8/14まで現地上野村で様々な活動をしてきました。(8/11・12はO氏と共闘)
〈トピック〉
登山口での署名アピールでは、現地に行かれた方のブログでも、紹介されました。
https://blog.goo.ne.jp/adoi/c/b41409f3e320038c1e0c881565862d49

〈前進ニュース〉
友人(研究会)のYoutube&調査により、新たな事実として、当時共同通信の情報を掲載した新聞にあった「マヌーバーが悪い」という通信文言が、
CVRから削除されていた事実を発見しました!

また、報道面で、墜落当日18:50に存在していた「日航123便がレーダーから消えた」というTVテロップが、NHK記録から削除されていた事も判明しました!
https://www.youtube.com/watch?v=dS77kijMWTg&t=8s

本日は、ここまでとし、次回私自身の調査により、分かった事(驚愕の可能性)について、お伝えしたいですが、これには身の危険も生じかねないので、熟慮の上と致します。(数年前に感銘した池田昌昭氏の著書のアドレスにお送りしたのですが、返事がいただけませんでした。)

読書感想 「永遠に許されざる者」(小田周二さん 著) その1

  • 投稿No.62
  • 投稿者:せきたに
  • 投稿日:2021-09-05 15:04:59

書物に記載されている事柄は多岐に渡り、焦点がつかみにくいが、著者が一貫して主張されているのは次に記す事柄のようだ。

墜落事故に関しては一般には知られていないが、遺族から見た場合は全く別の見え方があることがわかる。

1987年6月、事故調の調査結果に基づく事故原因が発表された。
あの墜落事故は事故の7年前、大阪空港における着陸の際のしりもち事故の際に圧力隔壁の一部が損傷した。
その際の接合部の補修に致命的なミスがあったのだが、気付かれずに飛行を重ねるうちに劣化し、
事故日の飛行において相模湾上空の伊豆半島手前あたりで突然接合ミスの部分から後部圧力隔壁が破れ、後方に勢いよく吹き出した空気が垂直尾翼を吹き飛ばした。
垂直尾翼の半分以上が欠けたジャンボ機は迷走飛行となってしまい、最後は御巣鷹山に墜落するに至った。

世間一般には今でもあの墜落事故をそのような認識のままでいる人が多いという。

遺族達は事故調が発表したこの事故原因を信じて前橋地検に向けて「ボーイング社」「日航」「航空局」を告訴した。

ところが、1990年7月の前橋地検の判決は事故調の事故原因を否定し、隔壁破壊説を却下。上記三者の異議申し立てもなく、司法的に無罪が確定。

前橋地検が出した無罪判決の事実とその意味するところについては、世間はあまり知らされていない。

事故調の事故原因が否定され、隔壁破壊説が却下された上での無罪判決だとすれば、事故原因に対しての再調査の方向に向かうべきだが、実際はそうはならなかった。
無罪とされた日航がなぜかその後も犠牲者遺族達に向けては依然として「加害者」としての立場で対応してきたという。
そして、墜落事故の被害者であるべき犠牲者は、「犠牲者」ではなく、今もって「遭難者」として取り扱われているという。

日航123便墜落事故:事故調査への疑惑と真実の追究(その7―(1))―墜落事故犠牲者の遺族から、「加害者」で遺族に「補償金」を支払った運航会社:日航への 36年目の手紙―

  • 投稿No.61
  • 投稿者:8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査 分科会 会長 遺族 小田周二 
  • 投稿日:2021-09-04 00:15:41

 日本航空(株) 代表取締役 会長 植木 殿
社長 赤坂祐二 殿
       常務取締役 安全推進本部長 権藤信武喜 殿
       取締役 安全推進本部長 被災者相談室長 堤 正行 殿
         安全推進本部 部長 被災者相談室員 福田 久 殿
         安全推進本部 部長 被災者相談室員 山西 聡 殿
           被災者相談室 東京相談室長 梅田 貴嗣 殿

    日航 新任赤坂社長とは 2018年10月に面談してから、ご無沙汰しており、その後 面談要請したが 無視されております。この面談では赤坂社長は 遺族:小田を卑怯にも,嘘を吐いて騙したからです。
    2017年に 植木社長、権藤常務、福田部長が「日航は 事故の加害者でない」「遺族へ金は 補償金ではなく、お見舞金だ」と告白し、文書で提出したことを 改めて否定した。
2018年4月に就任した新任の赤坂社長は 国からの圧力で、公然と否定して、再度「加害者だ」として、遺族を呼び面談で宣言した。
然し、その後 2020年1月に 赤坂社長、権藤常務から、再び 「日航は加害者でない」「遺族への金は 見舞金だ」との文書を 遺族に提出したのだ。 呆れ果てる傲慢で侮辱する言動であった。
    貴方は 嘘吐き社長です。いや 日航自体が 事故発生後、遺族国民に対し「加害者だ」と詐称し、嘘を吐き、事故の真実の隠蔽に首謀者として、率先して活動し、結局犠牲者を侮辱し冒涜してきました。
これでは 「日航は 命を運ぶ運航会社の資格は全くない」。 これを認め、賛同しますか !!
  *さて 今年は 37回忌で2年ぶりに上野村に「慰霊式典」「灯篭流し」に参加しようとしたが、完全に遺族の願いを踏みにじられた。不当にも 遺族の参加を日航、慰霊の園が拒否したのだ。
遺族が参加しない「灯篭流し」「慰霊式典」は全く何の意味がなく、形骸的な官製祭りでしかない。犠牲者が聞きたいのは、会いたいのは 肉親の声であり、遺族なのだ。
最初から、日航は「墜落事故の加害者だ」と詐称し、そして突然遺族に「補償交渉」を提起して、事件の「一件落着」の奇策を実行した。卑劣な謀略で、多くの遺族、国民は この見事な「身代わり加害者」
と「犠牲者の命を金に変えての謀略」に騙されたのだ。
然し、事故直後に「日航は加害者でない」「日航機はミサイルで撃墜されたんや」と 当時の町田直:日航副社長が遺族に自供し告白しており、日航の言動は完全に矛盾する行為なのだ。 
それも、この補償交渉は、事故後 5年に前橋地検が三者(ボーイング社、日航、航空局)を無罪にしたが、日航だけが遺族との補償交渉を続けたのだ。完全に「司法の判断」を無視しての違法行動であった。
勿論掛かる謀略違法行為は日航の独断によるものでなく、全て、国、運輸省の指示で行われたと推測出来る。日航は、掛かる事故の真実を知っているのに、掛かる遺族、国民を騙して真実を隠蔽しているのだ。
 *日航は更に 「上野村、慰霊の園」を牛耳り、完全に支配下に置いての遺族への蛮行である。日航は現在まで、36年間も国の下僕で、部下であり続けており、遺族、国民を騙して来た。
日航は、国、航空局の支配下にあり、国の航空会社であることは 毅然としている。認めますか?
慰霊の園には、合掌形状の「巨大な慰霊塔」があり、この後側に、犠牲者 520人の遺灰、遺骨が 520の骨壺に納められ、奉納されている。即ち、遺族は この「慰霊の園」と「自宅の寺」の2か所に慰霊の
墓地があるのだ。従って、毎年8月12日に必ず 遺族が訪れて、供養することになっている。
慰霊式典は遺族が出席し、弔辞を述べ、そして、墓碑に刻まれた犠牲者の名前を手で押し付けて、そして 520の「ローソク」に点灯して 送る儀式なのだが、然し、遺族が亡き肉親に弔辞を述べる機会は
最初から、与えられず、遺族は慰霊式典では、36年間 単に「観客」でしかなかったのである。
慰霊式典とは ほど遠い形骸の儀式であり、日航が主役の官製の「偽りの儀式」であった。
更に、慰霊する犠牲者520人への名称は 「犠牲者」でなく、「遭難者」と正式に命名され、36年間変更されず、現在に至っている。 国、日航は遺族からの名称、呼称の変更要求に理由もなく無視し、
520名の犠牲者を「遭難者」と名付ける行為には そこに犠牲者への哀悼の気持ちはなく、「遭難者」との呼称の目的は事故の「真の加害者」が存在しないと強調したいからなのだ。
事故後 5年 1990.7 前橋地検は ボーイング社、日航を無罪にして、国の事故原因である「隔壁破壊説」を否定したが、その後も、30年間以上も依然として、「加害者だ」と自ら詐称し、慰霊式典では
「加害者だ」として主張し、必要もないのに、日航は「安全運航の堅持」なる主張を遺族に約束し、遺族、国民だけでなく、この慰霊の園の墓地に眠る犠牲者の前で、嘘を吐く卑劣な会社である。
⇒ 日航は「真の加害者の代理」を公然と努め、慰霊式典でも「加害者」の演技する卑劣な会社なのだ。
*更に、被害者の日航は 嘘の宣伝活動に執念を燃やしており、「慰霊の園」「日航羽田工場の安全啓発センター」にて、間違った事故原因である『隔壁破壊説』を展示し、国民を騙し、洗脳している。
2011年7月には 遺族だけを集めて、成立しない『隔壁破壊説』の解説集会を開催し、遺族を洗脳し、遺族会の「事故原因の再調査」と「操縦出来た123便の横田基地への着陸行動」の声明を放棄させ、
遺族会を無力化に成功し、以後遺族会は 事故原因への取り組みを放棄し、ただ「慰霊行事―灯篭流し」に専念することになり、現在に至っている。 
慰霊式典では日航社長には発言の機会が与えられ、必ず「加害者だ」「再発防止策」「安全運航の堅持」を叫び続けた。日航は全くの虚構の慰霊式典を挙行し、遺族、国民への騙しと隠蔽の虚言であった。

  *現在、遺族吉備氏、市原氏による日航が保有する「CVR,DFDR」の公表請求訴訟が大きな話題になっている。既に小田が説明したように、公表されたCVR,DFDRの内容は、目撃証言、告白発言、体験者証言
などと大きく乖離しており、成立しないのだ。原本のCVR,DFDRが修正され、削除され、捏造されていることが導かれるのだ。これに対し、被告訴人の日航は「公的な目的以外の使用は禁じられている」と
拒否しているが、これは奇妙な回答である。日航は被害者であって、航空局の立場でないのだ。既に、航空局、日航は 2017年に 前橋地検が「修理ミスの隔壁が破壊した」との事故原因が否定されたとの判
決が確定しており、国の隔壁破壊説は否定されている。日航も 墜落事故の原因は「水平尾翼、第4エンジン」の破壊脱落であると回答している。まして、日航は乗客乗員520名が殺され、加害者でなく、
被害会社なのである。
日航はお客、乗員,社員に対し、墜落の事故原因を特定し、これを犠牲者の霊前に供えて、報告することが責務であり最大の供養であることを認識し実行せねばならない立場にある筈だ。日航が航空行政の航空
局の立場のような発言は、これは、真の加害者を擁護し隠蔽する言動は、筋違いであって、運航会社として その資格が疑われる事態である。
日航が、遺族が要求するCVR,DFDRの公表、公開請求に反対出来る立場でないことは明らかなのだ。 日航は、真摯に事故原因の再調査に協力すべきではないのか。
それが、墜落死した乗客,社員の犠牲者への供養ではないのか。如何?

  注{訴訟と言えば、遺族小田も2016年に「中曽根総理、自衛隊幕僚長」を123便の撃墜墜落死させた事態で告訴し、又2017年には 「航空局、日航」を 撃墜墜落事件の隠蔽を行ったとして、同じく、
前橋地検に告訴している。この件について、別途、その経緯と結果について、投稿する予定である)

日航への手紙は 次回 この続きを投稿する。

日航123便墜落事故:事故調査への疑惑と真実の追究(その 6) ―123便は垂直尾翼と油圧装置を失ったが、操縦出来た謎を解く。そして操縦出来れば、横田基地に 着陸出来、乗客ら524名の尊い命が助かる事態になる筈であったが ―何故 !!―

  • 投稿No.60
  • 投稿者:8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査 分科会 会長 遺族 小田周二 
  • 投稿日:2021-09-01 21:46:19

123便墜落の事故調査とは、墜落の事故原因を特定して、真実を明らかにして、再発防止策を実行して、空の安全性を高めて、犠牲者の霊前に真実の花束を供えて慰霊することにある。
「墜落とは 機体に異常が発生し、操縦が不能になり、地面に激突する事象だ」と日航の聡明な技術部長が定義した。 墜落とは、正常な飛行とは 全くの正反対の事象である。
 正常な飛行を知らないと 墜落を語る資格がない。「飛行の継続が出来るとは操縦が出来た」ことの裏返しである。 巨大な旅客機が飛行するには、その重要な部品の機能が正常に作動することである。
 旅客機の飛行性と それを支える操縦性について、検証し、事故原因を究明する。

1 航空機の飛行性と操縦性
   旅客機は 高空を高速で飛行出来る精密電気物体で、次の重要な備品で構成される
      *巨大な主翼と 強力なエンジン  ⇒ 「推進力」と「揚力」を生み出す
        (重力に打ち勝つ揚力で 浮き上がり、飛行する) 最低の速度:350k/時以上
        速度は 350k/時まで滑走路を走るために 3.000m級の飛行場が必要になる。
      *機体の飛行の制御、コントロール、操縦機能
後部の「垂直尾翼」と「水平尾翼」 ⇒ 機体の縦、横方向の安定の維持、旋回飛行
         @垂直尾翼の方向舵 ⇒ 左、右への方向展開、旋回飛行(油圧による制御)
         @水平尾翼の昇降舵 ⇒ 水平姿勢の維持と上昇、降下飛行(油圧による制御)
         @水平尾翼の機能    ⇒ 本体自身は 迎角を変えて 姿勢を安定させる
    1.1 機体の制御の手段、方法 (許されざる者:5.1 事故機の操縦性  58頁 参照)
       *旅客機B-747機 以前の旅客機  ⇒ 全て 手動、個別操作.機械的機構。
       *B-747旅客機の操縦性 ⇒ 油圧による操縦桿操作での操縦 (自動操縦)
    1.2 18:24 自衛隊標的機衝突により、「垂直尾翼」「油圧装置」「APU」が破壊、脱落
        *油圧のよる自動操縦が不可能。  ⇒ 操縦桿:使えず

* 横方向の安定、維持が不可能。
⇒ 操縦不能で、機体は急降下し、墜落事象に
   ⇒ ⇒ この事態を 事故調は 「操縦に難発生」と結論。⇒ 嘘の記述
 2 日航123便事故機の飛行性と操縦性
事故機は 離陸後 12分、「垂直尾翼」「APU」「油圧配管」の破壊で 操縦が不可能になった。
    事故報告書では、「操縦に難が発生」との記述があるが、基本的な誤謬で これは間違いである。
      ⇒ それは、墜落の事故原因を誤魔化すための謀略、隠蔽であったのだ。
    「垂直尾翼」「油圧装置」が破壊された日航事故機は、伊豆半島の河津町の運転手が目撃しており、そのまま 「河津町方向に慣性で飛行し、河津町上空で、右旋回した」と言う。
     この時、高濱機長は「油圧 ゼロ」とのの報告で、「操縦出来なかった」と推測出来る。この地上からの目撃での右旋回は、垂直尾翼の破壊で横方向の制御が出来ず、右に傾き、そのまま、急降下し、
これが 地上からでは 右旋回に見えたと推測出来る。その後、伊豆半島での目撃では、左旋回したとの証言があり、ここから、機長らはエンジン出力の調整で、機体の右傾きの姿勢を 立て直そうと
奮闘し、これが左旋回に移ったことと推測出来る。
2.1 藤枝市小林氏の目撃証言による、事故機の操縦性
「垂直尾翼」「油圧装置」破壊後、18:30頃 123便は静岡の藤枝市の小林氏が「低空飛行から、急上昇し、北方向に飛行していった」と証言している。この飛行高度は数百mで、伊豆の河津町での高度
7,000mから、5分間で 6,000mも高度を下げている(墜落事象).河津町から、藤枝市まで距離は約80kmだが、恐らく S字状の飛行航跡を何度も描きながら、墜落せずに 藤枝市まで到達している。
垂直尾翼だけでも脱落すれば、墜落する筈が、その上「油圧配管」も断絶しており、操縦不能での墜落は必定であった。この間の機長と佐々木副操縦士の間の会話は、恐らく想像を絶する緊迫したものと
推測出来るが、然し、この間のCVRには緊迫した会話が記録されていない。航空局が意図的に削除したのだ。
現在、遺族吉備氏が日航を告訴し、CVR,DFDRの公表を求めており、この時の機長らの会話が公表されれば、明快に 操縦操作の真実が明らかになると推察出来る。
勿論、公表されたCVRの内容からも、機長と佐々木氏との会話でも、エンジン出力の調整による操縦の一端が十分に伺われる。
この墜落事象における機長と佐々木、福田氏の間も会話は、18:56頃 最後の墜落事象での機長と佐々木、福田氏の間の会話と 全く同じと推測出来るからだ。
掛かる会話がないのは、記録されたCVRの会話が削除されているとしか、考えられない。
 2.2 ボーイング社による「新規操縦技術の検証と世界的な開発技術の評価による「ポラリス賞」の授与
 この123便が墜落せずに飛行出来たことは、機長らの必死の操縦性の回復への奮闘があった筈で、その後、「高濱機長が新規な操縦技術を開発した」からと導かれ、これがエンジン出力の微調整による
左右の推力差による操縦技術だと出来る。これは画期的な技術であり、ボーイング社は、最も早く、認めたと推測出来る。
何故なら、ボーイング社は、この大型B-747 旅客機を世界で初めて、油圧機能による操縦技術を開発したが、この油圧装置故障で操縦不能になった場合の「二重安全設計」は準備用意していなかったからだ。
とても強固な配管で内部の油圧が保持される設計であるが、これが破壊されると、即、墜落する事態に陥ることが心配であったが、そのような想定準備をしなかったのが、事実かも知れない。
ボーイング社は、横田基地の管制官、アントヌッチ中尉らの証言で、この墜落は故障でなく、日本の国、自衛隊が深く関与していると確信しており、且つ事故機の操縦について、CVRの解析で、機長らのエン
ジン出力の微調整で操縦出来たことを調査研究し、油圧機能を失った旅客機のエンジン出力調整による技術研究で、科学的に、論理的に、且つ操縦技術的に飛行出来ることを確信して、その新規技術の「ソフ
ト」を作成して、且つ実機での実証飛行を行い、検証して、又CVRの解析とも検証して、高濱機長、佐々木副操縦士、福田機関士の功績として、
1987年に世界の操縦士の功績を讃える「ポラリス賞」を授与して、表彰している。
この技術は世界のパイロットに周知徹底され、1989.7の UA-232便の油圧喪失事故で、生かされ、殆ど操縦不能であったが、機長と副操縦士の二人が、エンジン出力調整で、何とか飛行場に着陸させて、
乗客乗員ら296名中、185名が生還した。(生還率 62.5 %)この結果、殆ど墜落死の乗客乗員の命を救ったのは、この日航機123便の機長、佐々木操縦士の「新規操縦技術」による成果であった。
以後、多くの油圧機能喪失の旅客機が、このエンジン出力調整による新規操縦技術で多くの乗客らの命を救うことに貢献したのだ。高濱機長らの偉大な開発であった。

  2.3 日航:杉江パイロットによる「エンジン出力調整による新規操縦技術」の認識と評価
    日航のパイロットの神様と称される「杉江久」は その著「JAL123便墜落事故」(2017.12 宝島社)の中で 
{UA-232便機長らは 123便がエンジン出力調整だけで、約30分間も飛行した事実を熟知しており、機体の降下や制御をエンジン出力のみでコントロール出来ることを知っていた}と記述している。
即ち、それまで、日航は 嘘の「隔壁破壊説」を信奉し、日航123便の操縦性について、一切認めていなかったが、2017年には 「事故機が操縦出来た」ことを認めている。

3 日航123便事故機の操縦性を、世界は新規エンジン出力の調整で操縦出来たことを認めたのだ!!
日航123便が油圧機能喪失後、新規操縦技術で操縦出来たことは、事故機は 横田基地に着陸出来たることに繋がり、ここに、国、運輸省の墜落の事故原因である「修理ミスの隔壁破壊」だとの結論が
否定され崩壊したことになった。2017年には 日航は遺族に「隔壁破壊説は否定され崩壊した」ことを文書で通達した。
且つ遺族小田は、日航との技術会議で、世界的な新規操縦技術を開発した高濱機長、佐々木副操縦士、福田機関士を 日航が その功績を評価して、表彰することを具申したが、見事に無視されている。
今後、航空局にもこの事態を説明して、国土交通省として、123便の3人の操縦士の表彰を行うことの進言を考えており、機長らの名誉挽回になればと予定している。

日航の真の加害者(国、自衛隊)への絶対的な献身、奉仕の精神は 逆に遺族、犠牲者への侮辱冒涜行為に繋がり、犠牲になった520名の乗客、日航社員の命への軽視に繋がり、且つ遺族、国民への侮辱を
公然と行った事態であると判断出来る。

[操縦出来れば、最寄りの飛行場に着陸出来る]。 [そして、乗客、乗員の命が助かるのだ。]
--この件は 次回に記述する--。

 日航123便墜落事故:事故調査への疑惑と真実の追究(その 4)― 国の墜落の事故原因:「隔壁破壊説」は殺害事件を 故障による墜落事故と捏造した国家的謀略であり 複数の隠蔽事件から構成される ―

  • 投稿No.59
  • 投稿者:8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査 分科会 会長 遺族 小田周二 
  • 投稿日:2021-08-27 22:32:36

植草一秀氏の名著「国家は いつも嘘をつく」は 権力者、権力政権が行っている国民への嘘の事態を明解に説明している。この中に4章『日航ジャンボ機123便の嘘』(祥伝社、2018.12)が 記載されている。
 国の報告書は 全て、嘘の塊であるが、ここでは 悪名高い「修理ミスの隔壁破壊説」について、論破する。
 事故報告書の全てが 嘘の塊であるが、ここでは 国の事故原因「修理ミスの隔壁破壊説」について論破する。
*日航123便は、操縦し飛行出来、横田基地に着陸しておれば、全員助かっていたと 8.12連絡会の美谷島邦子が、2006.8 「旅路」に「真実を求めて、20年」と言う声明を出している。 
 これが遺族の総意であり、且つ「事実である」ことが判明した。 事故機が操縦出来飛行出来れば、その前に起きた「垂直尾翼、油圧装置」の破壊は墜落の事故原因でないことは (その3)で説明し
記述した通りである。
*然し、この結論は、事故後、32年後にやっと 国、航空局が「1990.7.前橋地検の不起訴判断で確定している」と告白自供したからだ。
 この乗客乗員 520名の撃墜殺害事件は 中曽根総理が私兵である(自衛隊)に命じて行った犯罪であり、墜落後に 中曽根、自衛隊、運輸省が 事故として、遺族国民を騙しこむことに腐心したのだ。
何故なら、通常 2年間も事故調査を行えば、国の殺害犯罪として明らかになることは 必定で、何らかの隠蔽謀略作戦を行うことが不可欠であった。
 既に、マスコミ、目撃者、有識者らが、「自衛隊の関与がある」と報道していたからだ。
*掛かる殺人犯罪を機器の故障での墜落事故とすることは、事故機の状況を検証すれば、簡単なことではない。然し、掛かる誤魔化し、真実の隠蔽については特に 自衛隊は得意の分野で、戦争で、敵を欺き、
奇襲する策戦は 日本軍の得意の作戦で、真珠湾攻撃は その一例である、然し、これは 事前に米軍が知ることになり、「戦争反対の米国民」に復讐の気持ちに転換させて、日本軍部の賭けは 失敗に終わった
との結果になり、日本は 国民300万人余の犠牲を生み出し、国家は破綻したのである。更に、高級公務員は優秀な成績で 一流大学を卒業し、国家に奉仕して、日本のために尽そうと 国家行政に参加したが、
  一度権力組織に入ると 殆どの人は 命令に忠実な、忖度の人に成り下がる。
*事故発生時、CVRでは「操縦不能だ」との判断は出来たが、垂直尾翼の破壊は 少し後でないと分からなかったと推測出来る。自衛隊戦闘機が追尾して、静岡で追いついた時には 明確に「垂直尾翼の全破壊」が
 確認されたのだ。この後、最終的には 自衛隊はミサイルで日航機を撃墜している。
 この後、方針をほぼ決めた自衛隊、総理官邸、運輸省は 日航に「日航機はミサイルで撃墜された」との極秘情報を流し、自衛隊の殺害証拠の「機体に付着した標的機残骸―吹き流し部の標的物、ミサイル残骸」
  の回収のために、日航の整備員の緊急派遣と証拠残骸の選別行動を命令している。
*事件を事故にするポイントは、機体の故障を捏造することである。これについて、ボーイング社は7年前の着陸失敗の時に、ボ社が行った隔壁部の修理の時に、「修理ミスがあった」との情報を提起していると
 推察出来る。
 ボ゙社は、隔壁破壊は発生せず、まして、機内空気の流出で、垂直尾翼が全壊するとの事象は起きてないと確信していた。
 何故、掛かる不可解な提起をしたのか、恐らく日本側に「助け船」を出したと推測出来る。
 日本政府側は日航機墜落事故の原因を この「修理ミスの隔壁部破壊」にすることに決めたのである。
*殺人事件をどのようにして、「故障事故」に転換するのか。驚愕の謀略隠蔽の工作が 巧妙に企画されたのだ。それも 一つの策略でなく、複数の言動を、且つ運航会社に命じたのだ。やはり、隠蔽、謀略、
 騙しの国の専門家には 感心出来る。これが国家権力者の犯罪責任の回避に利用され、真実を捻じ曲げて、一件落着にしたのだ。
  これで、524名の乗客乗員は事故死で、国は「遭難者」として、慰霊儀式を行い、遺族は 嘘の事故原因:「修理ミスの隔壁破壊説」を 信じ込ませられたのだ。

*旅行に行って、突然に事故で墜落死して、遺族は愛する人の喪失感で苛まされて、通常、3年は慰霊供養に全身を犠牲者に捧げて生活する。全ての遺族は 同じ行動を行う筈であった。国民も基本的には、
  墜落死の犠牲者には 哀悼の気持ちで接するが、これも時間的には、長く維持出来ないことでもある。
  加害者側の隠蔽工作者は、ここで、決断する。 短期決戦での勝負であった。
  遺族、国民に流石と思わせる行動を 日航に取らせることであった。日航は、長らく優美で、男らしい機長の姿で国民が、親近感を感じている存在である。
  この日航が、加害責任を感じて、遺族に詫びて、補償金を直ぐに 遺族に申し出る驚愕の行動は、悲しみと怒り心頭の遺族にとって、却って、抵抗はあるものの受け入れられるものと
  考えての政府、権力者の思惑であった。
  8月14日から、各遺族に「世話役」なる老齢の窓際の社員が付けられ、低姿勢で、「加害者だ」との言動で、遺族の心情を和らげる行動を行ったのだ。 彼らは、遺族の世話を焼くが、絶えず、「加害者だ」と 
  詫び続けた。
  遺族は、身の周り品を持っておらず、何でも 買ってきてくれた。然し ある怒り心頭の遺族が バラバラの家族の遺体の入った棺桶に世話役の頭を押し付けられても、黙って抵抗しなかった。 
  世話役は 老齢の窓際族で、この日航の社長らが「加害者」と 宣言したので、世話役も同じく「加害者」の演技を続ける必要があり、遺族の罵声を直接に浴びながら、黙って従った、ある意味では、
  忠実な日航社員で 彼らも被害者でもあった。 
  事故から、31年後2016年10月に「国土交通省 航空局は、先ず「航空局は加害者でない」と自供し、且つこの決め手は「1990.7の前橋地検の 被疑者三者の不起訴判断、無罪判決であった」と自供し文書で
  遺族に提出した。これに続いて、32年後2017年、日航は「加害者でない」と宣言したから、これら世話役の「加害者だ」との演技は 勿論「嘘」であったのだ。
  更に 日航は 「遺族に支払った金は 補償金でなく、お見舞金だ」との説明と遺族への文書による告白を行ったのである。
 *国、航空局が策定した事件の隠蔽のカラクリは、実に見事であった。また奇策でもあったが、遺族、国民を見事に騙し、墜落の事実を隠蔽したのだ。事故報告書では、「修理ミスの隔壁が破壊し、
  垂直尾翼が吹き飛び、123便は操縦不能になり墜落した」とのストーリーは、三者(ボーイング社、日航、航空局)を 被疑者(加害者)に仕立てて、遺族に告訴させたが、実は、三者は 冤罪になる筋書きでの
  カラクリで、事故後 5年 1990.7 前橋地検は 三者を不起訴にして、無罪にしたのだ。
  若し、有罪になれば、ボーイング社は 公然と、真実を公開して、反抗することは必死であった。(墜落は 自衛隊によるミサイル撃墜だとの暴露)恐らく、日米の間の秘密の取り組み、
   交渉で事前に決められていた筋書きであると推測出来る。
  この筋書きと 日航とボーイング社の連携による「加害者だ」との詐称、「遺族への補償交渉」の策略陰謀は、傷心の遺族への大博打に等しい奇策であったが、愛する肉親家族を失った遺族は、
  日航、国を信じて、犠牲になった肉親を金に換えて、多くの遺族は 一件落着としたのだ。
  国民も同じく国、日航を信頼して「隔壁破壊説を信じたので、趨勢は 事故原因として『隔壁破壊説』が国民に浸透していったのだ。
  科学的、技術的には、隔壁破壊による垂直尾翼の破壊は成立せず、また 生還した落合由美氏の体験証言で、否定されたのである。 
  前橋地検は 勿論 この落合由美の証言を採用しての無罪判決であった。

*最後は、航空局の「加害者でない」との自供で、掛かるカラクリが崩壊し、下僕の日航も同じく、「加害者でない」と 自供し、ここに『日航の遺族への補償金支払い』のカラクリは崩壊したのだ。
 然し、掛かる謀略で遺族、国民を 30年以上も騙しておりながら、航空局、日航は 一切の謝罪も 説明も行っていない。日航は お客 505名が殺され、機長ら社員15名が殺されるとの被害があり、
 安全な運航責任を持ちながら、平然として、何の詫びもせずの対応は 常識もなく、人命への尊厳を無視するに等しい対応は命を運ぶ会社として その資格はない。人命を運ぶ資格がない。 廃業すべきである。
 まして、掛かる自供で、墜落の事故原因は 不明になり、加害者の代理(影武者)を努めた日航は、その真の加害者を知っているにも拘わらず、依然口を閉ざし、公表しないのだ。
  何故 掛かる隠蔽を続けるのか。

 日航は 真の加害者(中曽根、自衛隊幕僚長)を告発出来る立場であることを 放棄しての隠蔽犯罪を続ける「隠蔽犯罪事件」の首謀者であると 明解に断定できる。
 更に 日航は 上野村の慰霊式典で、30年以上 公然と 「加害者だ」と宣言し、「安全運航の堅持」を世間国民、遺族に誓った。慰霊の園には、犠牲になった520名の遺灰、遺骨が奉納されており、
  その前での日航社長の公言は とても 許されることではない。
 掛かる姿勢は、その後 遺族吉備氏らが 日航の保持するCVR,DFDRの公開を求めたが、何と 公然と否定し、対抗して 拒否することは 被害会社で 且つ乗客乗員を失った会社:日航としての態度は 
 理解不能であり、更に 真の加害者を擁護する姿勢は 遺族、国民を侮辱することであり、安全運航を維持することと 全く反対の施策、気持ちをもっており、矛盾しており、現在も 同じ真の加害者を守るとの 
 立場であることに 違和感を抱き、日航は 人を乗せて運航する会社として 被害会社:日航として運航する資格がないのだ。

*これで、遺族小田は 前後の状況から、123便の墜落は 内部の故障でなく、外部破壊であり、事故機は操縦出来、横田基地に着陸出来、川上村レタス畑への不時着行動から、
  事故機が 横田に着陸出来たことが導かれる。最後の上野村の山岳地帯での外部からの攻撃で 「水平尾翼」「第4エンジン」の破壊、脱落で 墜落したと帰結出来た。
  ここで、前橋地検に 2016.12 中曽根総理、自衛隊、そして 2017:12 航空局、日航の隠蔽事件を告訴したのだ。
  これらの告訴は 2018年4月に 前橋地検は 不当にも「不起訴判断」そして その理由は「嫌疑ナシ」との根拠理由で 通達して来た。⇒ この件は 次回以降に説明する。

Re: Re: Re: Re: Re: Re: Re: 事実真相とは?

  • 投稿No.58 元投稿No.57 宇佐木さんへの返信
  • 投稿者:管理人[ 管理者 ]
  • 投稿日:2021-08-22 22:27:29

> また墜落の直接原因を有耶無耶にせず考えを何故書かないのか理解できませんね

宇佐木さんへ
 「掲示板設立の趣旨」のところで記していますが、あの墜落事故には「事故調査報告書」通りの結末だとするにはあまりにも腑に落ちない箇所が多くあるように感じられますので、関心を持たれている人たちにディスカッションをしていただくことによって事故の真相に近づけることを目的にこの掲示板を立ち上げたわけです。

 一応墜落事故は事故調査委員会の報告通りであったというのも尊重しなければいけない一つの意見ではありますが、それなりの根拠を上げてそれは違っていたのではないかと別説を立てて書物等で世間に問われている人たちがいるわけです。

 ここは掲示板です。掲示板の管理人の立場は上記の趣旨に則って、いろんな方がそれぞれご自分の考えられるところをざっくばらんに投稿できるようなムードを整えることがその役割であると考えており、管理人自身が考える事故原因あるいは墜落の主要因を語ってしまいますと管理人が自己満足するためのものとなりがちで、第三者から見ていただいたときに投稿を控えたくなるような、しらけた掲示板になってしまいますので、掲示板の運営者の立場では事故原因に関して個人的な意見を具体的に述べることは差し控えたいと考えております。ご理解いただけるでしょうか。

 ただ、画面右上に配置の「掲示板設立の趣旨」の箇所で過去の掲示板や出版された書物から、あの墜落事故に関して議論の対象となってきた箇所をある程度記しております。
 重複する箇所があるかもしれませんが、今回は議論されてきた事柄に関して管理人の知る範囲で追加補足をさせていただくに止めたいと思います。

・相模湾上空において垂直尾翼が吹き飛ぶほどの急減圧が生じて圧力隔壁が勢いよく破れたのなら、どうして客室内は静謐であったのか?(犠牲者:小川哲さんが撮影された写真から)

・墜落までのどの時点においても急減圧が生じていなかったのなら、どうして墜落現場において圧力隔壁が後ろ側にめくれるような状態が確認されたのか?

・垂直尾翼が吹き飛んだとされる状態で本当に32分間も飛行できたのか?(機体にある程度以上の異変が生じるとどんなに優れたパイロットでも1分以内の墜落を免れないと思われるが、垂直尾翼が吹き飛ぶというのはそういった事象ではないのか?)

・原因は何であれ、相模湾上空で垂直尾翼が吹き飛ぶほどの衝撃があったのなら、客室内では大きな揺れが感じられたはずが、落合由美さんの証言ではその時点では揺れは感じられなかったと証言されている。

・落合由美さんの証言によると、異変発生後、酸素マスクの装着を完了したあたりで富士山が左下に見えた箇所があるという。(DFDRと一致しないではないか)

・事故調査報告書の中で1秒間だけ鳴って消えている客室高度警報音とされている警報音は実は離陸警報音ではなかったのか?

・CVRは公開されていると言うが、世間に出回っているのは32分間のうち明らかにところどころ消去されていたり、切って繋いであるとしか思えない18分ぐらいの分しか収録されていない。(遺族たちは32分間分収録された実際の生テープを聴かせてもらいたいという声が根強くある)
 
・墜落事故による生存者と犠牲者の割合は名古屋空港における中華航空機墜落事故の場合と似ているが、JAL123便の墜落は高高度からの垂直落下ではないのに、どうして機体前~中部ではあまりにも悲惨な離断遺体となってしまったのか?

・墜落現場において火炎放射器を使って二度焼きされたような遺体があり、そのような遺体は地面に接する側も完全に焼けていたとされるが、どうしてあちこちに散らばった遺体に対してわざわざ完全な遺体をひっくり返してまで火炎放射器を使って裏側まで焼く必要があるのか?また、離断遺体に関しては空から降ってきて木の枝にボロ布のような状態でひっかかっていたものがあるが、それらはどのようにして出来たのか?(火炎放射器が使用されたというのではなく、例えば墜落直前の段階でミサイルによる撃墜などもっと別の要因があったのではないか)

・墜落時、墜落現場付近からどうしてキノコ雲が目撃されているのか? (飛行機が墜落するとキノコ雲が発生するのか?)

・墜落現場の検証はまずは警察が着手すべきだが、どうしてこの事故の場合は自衛隊が先だったのか?

 ※まだまだほかにもたくさんあったかと思いますが、このような事故又は事故調査報告書に関する疑問点を合理的に説明できる説を模索することが真相に近づく方向であると考えます。
 事故の真相に近づくにはまだしばらく時間がかかるかもしれないと考えますが、暗中模索の期間は突拍子もない説も提起されるものだと思います。

  自分と異なる意見にはお互いが相手方に対して拒絶反応を示してしまうのが人間の性でございますが、拒絶反応を示すのではなく、一旦はしっかりとその意見を聞いて、それでもやはり違和感が残ると言われる場合には柔らかく反論してみてください。
 最後は平行線になってしまうかもしれませんが、嫌になったらいつでも退出できるのも掲示板の気軽さではありませんか。    
以上で失礼致します。

Re: Re: Re: Re: Re: Re: 事実真相とは?

  • 投稿No.57 元投稿No.56 管理人さんへの返信
  • 投稿者:宇佐木
  • 投稿日:2021-08-21 20:43:44

>ほとんどの墜落事故はその原因となる決定的な事柄は墜落1分以内に起きている

管理人様

123便とは条件が違いますから一概には言えませんよ
実際に数分〜数十分飛行した例も多々あります
離着陸直後、テロ等の事例も混ぜるのは大変ナンセンスですし、何故、飛行機が墜落するのか飛行機の特性理解していますか?
外部衝突説が本当に馬鹿馬鹿しいのはその特性をも無視しているからですよ
相模湾上で何かがあったが墜落一分前まで操縦できた?
事故調査報告書を読みDFDRデータ見てCVRの会話聞き機体制御が可能と考えているのですか
また墜落の直接原因を有耶無耶にせず考えを何故書かないのか理解できませんね

>  「自衛隊悪玉説」という表現ですが、犠牲者遺族に方に対しては少しだけご寛容になってあげてください。

個別の遺族感情に関しては残念な事故であり哀悼の意を表します

ですが許容限度があるでしょう
表現思想は個人の自由ですが
「火炎放射器で○○された」
「毒ガスを使い最後は○○された」
この表現を管理人様はどの様に受け止めますか
私は文字に起こすだけでも嫌気が差します
一体「誰に向けて」公表しているのか甚だ疑問ですね

Re: Re: Re: Re: Re: 事実真相とは?

  • 投稿No.56 元投稿No.55 宇佐木さんへの返信
  • 投稿者:管理人[ 管理者 ]
  • 投稿日:2021-08-21 11:44:57

> 管理人様は123便の墜落原因をどの様に推測していますか?

宇佐木 さんへ

 JAL123便墜落事故 この事故については前から不思議に思っていることがあります。

 事故原因という話になるとどうして相模湾上空で起きたことばかりに焦点が当たるのかということです。

 JAL123便墜落事故の場合、相模湾上空で何らかの異変が起きて後、確かに操作性は悪かったかと思われるのですが、その後墜落まで32分間も飛び続けているわけです。

 犠牲者遺族の小田周二さんが過去に起きた墜落事故を調査された結果としてご指摘になられるように、ほとんどの墜落事故はその原因となる決定的な事柄は墜落1分以内に起きているというのです。

 墜落1分以内というと長野県川上村~群馬県に向けて飛行しているあたりであり、墜落の決定的原因はそのあたりで生じたのではないかと考えています。

 もしかしたら、生存者で客室乗務員の落合由美さんが、ものすごい揺れを感じ、その直後急降下が始まったと記されている箇所がそれに該当するかもしれません。

 まずは相模湾上空から離れて、墜落1分以内であると考えられる上記の地点はどこであったのかということに焦点を当てて事故全体を考え直してみるべきかもしれないですね。

 ※追記

 「自衛隊悪玉説」という表現ですが、犠牲者遺族に方に対しては少しだけご寛容になってあげてください。
 犠牲者遺族の方が記される書物には小田周二様に限らず、必ず遺族感情というものがつきまとっているという印象がございます。
 犠牲者遺族にとってはそもそも事故が起こらなければ自衛隊に対する悪感情もなかったはずです。

 飛行機が山深い山間部に墜落して、自分の息子、娘がその飛行機に乗っていたら、いち早く現場に踏み込んで救助してもらいたい、という一心になるはずです犠牲者遺族にとっては墜落の一報を知らされてから、翌朝、救助活動が始まるまでの一刻一刻の時間の刻みがものすごく長く感じられていたことが知られます。

 小田周二さんが調査された結果の見方は、自衛隊は墜落後すぐにでも救助活動を展開できていたはずだということ。そして、そうしてくれていれば、結果自分の息子、娘はもしかしたら助かっていたかもしれない。しかし、実際はそれをしてくれなかった(ので息子や娘は亡くなってしまった)というどこにも持って行くことの出来ない、やりきれない感情を持ち続けて来られたように感じられます。

 もちろん自衛隊にもそれなりの事情があったのでしょう。
 しかしながら、話を変えて、例えば街の中で火災が起き、炎上するビルの中に逃げ道を塞がれた生存者が複数いて、助けを求める声も聞こえるという場合、駆けつけた消防団がビルが崩壊する可能性があるとして、類焼を防ぐための放水だけはするものの、炎上中のビルには近寄らず、自然に鎮火するまで待つべきだとして放水活動を全くしなかったとすれば確かに消防関係者に犠牲者は一人も出ないでしょうが、炎上中のビルの中で逃げ道を塞がれた人たちはどうなるのでしょうか。確かに炎上の状態によっては放水をしても中の人は結果として誰も助からないかもしれないでしょうが、消防のあり方としてはそれで良いのでしょうか?

 小田周二さんの自衛隊に対する悪感情は、そういった緊急を要する臨時の局面における初動のあり方を問いかけるところから生じているように推察致します。

Re: Re: Re: Re: 事実真相とは?

  • 投稿No.55 元投稿No.54 管理人さんへの返信
  • 投稿者:宇佐木
  • 投稿日:2021-08-20 23:42:19

> 生存者の証言や地上からの目撃情報は「事実」とは一線を画するものなのでしょうか?
> 生存者のうち、特に客室乗務員の証言には信憑性の高さを感じるのですが、如何でしょうか。

管理人様

証言を裏付けるデータや同地点での複数証言が合致すれば信憑性の高い証言と言えるでしょう
生存者証言については重視していますよ
(ここから予測できるお決まりの室温、低酸素症への疑問は今はなしで)

管理人様は123便の墜落原因をどの様に推測していますか?

Re: Re: Re: 事実真相とは?

  • 投稿No.54 元投稿No.53 宇佐木さんへの返信
  • 投稿者:管理人[ 管理者 ]
  • 投稿日:2021-08-20 21:34:10

> 自衛隊悪玉説のお方へは反論の資格が無いとの事ですから他の方から123便墜落原因について考察いただければ「事実」のみ積み上げ反論いたします
> 但し、DFDRCVR改竄が前提の考察でしたら議論しても無意味でしょうね結局はそこへ逃げ込めるわけですから

宇佐木 さんへ

管理人です。 回答ありがとうございます。

生存者の証言や地上からの目撃情報は「事実」とは一線を画するものなのでしょうか?

生存者のうち、特に客室乗務員の証言には信憑性の高さを感じるのですが、如何でしょうか。

Re: Re: 事実真相とは?

  • 投稿No.53 元投稿No.52 管理人さんへの返信
  • 投稿者:宇佐木
  • 投稿日:2021-08-20 21:15:13

> 具体的にどういったことを仰っていただいているのでしょうか?
> もう少し具体的にわかりやすく仰っていただけるとうれしく存じます。

自衛隊悪玉説のお方へは反論の資格が無いとの事ですから他の方から123便墜落原因について考察いただければ「事実」のみ積み上げ反論いたします
但し、DFDRCVR改竄が前提の考察でしたら議論しても無意味でしょうね結局はそこへ逃げ込めるわけですから

Re: 事実真相とは?

  • 投稿No.52 元投稿No.51 宇佐木さんへの返信
  • 投稿者:管理人[ 管理者 ]
  • 投稿日:2021-08-20 20:47:38

> 真相真実ですか
> 「事実」を無視する人間がそこに辿り着く事は不可能でしょうね

宇佐木 さんへ

「事実」を無視する

というのは意味深な言葉でございますが、

具体的にどういったことを仰っていただいているのでしょうか?

もう少し具体的にわかりやすく仰っていただけるとうれしく存じます。

事実真相とは?

  • 投稿No.51
  • 投稿者:宇佐木
  • 投稿日:2021-08-20 18:06:41

真相真実ですか
「事実」を無視する人間がそこに辿り着く事は不可能でしょうね

感情的にならずに建設的に・・・

  • 投稿No.50
  • 投稿者:管理人[ 管理者 ]
  • 投稿日:2021-08-16 23:10:40

 管理人です。 横から失礼いたします。

 議論が感情的になってしまうと議論から真相を解明して行こうとする建設的な側面が失われてしまうような気がします。

 小田周二さんが著された近著『永遠に許されざる者』はB5で416ページもある大部の書物であり、少し読み進めるだけで犠牲者遺族の感情が滲み出ている書物であることが伝わってくるので、正直言って一般のものが好奇心だけで一気に読んでしまうにはたいへん重たい書物のようです。

 また、一般的な話として、読み進めるうちにある個所に疑問点が生じた場合、読み進めることによってその疑問点が解消する場合もありますが、逆に疑問が更に深まり、確信的なものとなる場合もあるかと思います。

 その場合は最後まで読まないと最初のあたりで感じた疑問点についてものが言えないというのでは行き詰ってしまいますので、ある程度読者にとって疑問点が明らかになった時点でそのことを作者に向けて気軽に聞いてみるぐらいの気持ちで掲示板に書き込んでいただけると良いのではないでしょうか?

 もしかしたらそのことは案外多くの人が同じような疑問を持たれる箇所であるかもしれず、質問された側もすぐに答えることによって、その回答が妥当なものであれば、お互いにもやもやとした空気感が解消されて、そのあと議論は建設的な方向に向かうことが出来るというものではないでしょうか。

無題

  • 投稿No.49
  • 投稿者:宇佐木
  • 投稿日:2021-08-16 14:29:56

小田様の投稿拝見致しました
出版著書を読了しなければ議論に応じないとの事ですが一向に構いません
私個人としては小田様の著書には全く興味もありませんし最新刊の帯の内容から強烈な違和感を感じており身銭を切ってまで読む価値はないと判断しております
その様なハードルを越えてまで小田様との議論は望みません。
私のような素人は無視していただきどうぞ今後も自説を投稿してください

日航123便墜落事故:事故調査への疑惑と真実の追究 (その 5)―犠牲者遺族を侮辱し冒涜し、嘘で騙した慰霊の園、日航の「遺族を排除しての噓式」を開催した事態 の虚構とカラクリの真相―

  • 投稿No.48
  • 投稿者:8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査 分科会 会長 遺族 小田周二 
  • 投稿日:2021-08-16 13:47:06

 今年8月12日 遺族として慰霊登山、慰霊式典の見学を行った。この奇妙な日航、慰霊の園:理事長の言動を報告し,噓式典開催の目的を類推推察して、両者の言動の目的を分析して、真相を明解にする。
 *日航、慰霊の園からの遺族への通知は 愕然とする内容であった。(2012.4)
    基本的に、遺族の「灯篭流し」と「慰霊式典」への参加を制限し、又は禁止するものであった。その根拠は コロナ禍の感染防止のためと説明した。
然し、慰霊の園は 「灯篭流しは 慰霊の園が代行する」とし、
{慰霊登山は 遺族だけ}との制限を付け
「慰霊式典」は 遺族の参加は認めず、慰霊の園:理事長、日航社長、国土交通省、及び 群馬県の部局の代表 約 23名の出席で行うとのことであった。
     何故か 報道関係、マスコミの出席を認めたのだ。コロナの感染防止の目的から、見れば 完全に矛盾する事態で、コロナの感染防止とは 口実であって、遺族を排除して、
マスコミに[灯篭流し][慰霊登山、慰霊式典]の報道をさせて、国民に 慰霊の園は 厳粛に慰霊行事を行ったとの実績を見せつけたのだ。
*「灯篭流しは 犠牲者の霊を送る行事であって、それは 犠牲者の肉親である遺族が送ってこそ、犠牲者の霊は満足して、西方浄土に帰っていくのだ。
「慰霊式典」は、犠牲者の遺灰、遺骨が奉納されている納骨堂の前で、慰霊行事が挙行される。遺族が 肉親犠牲者に言葉を掛けて、花を捧げ、供養し、ロウソクで同じく、送る行事であり、
   一般的な慰霊の場所には 遺灰と遺骨は 埋葬されていないが、上野村の慰霊の園には 520名の未確認遺体の遺骨、遺灰が奉納、埋葬されているのだ。
  故に 遺族は 自宅近くの寺と この上野村の慰霊の園に 2か所に墓地があることになる。
  勿論、終焉の地は 御巣鷹の尾根であり、遺族は 毎年、身体が許す限り、この上野村を訪問し慰霊登山し、慰霊式典で 犠牲者の霊を慰めるのである。

  *この三つの内、「灯篭流し」と「慰霊式典」が 慰霊の園、日航の目指す(遺族を排除することが)目標であった。この両方の儀式は 遺族が主賓であり、遺族が主役なのだ。
だから、遺族が出席しない行事は、実のない、形骸的な行事にある。例えば、オリンピックの主役は 競技選手である。この時に、コロナの感染防止策として、競技選手の代わりに、
   主催者、事務局が 選手の代行として、競技を行うのと同じであり、それはオリンピック競技を台無しにすると同じなのだ。全く 意味がないのだ。

@掛かる上野村での虚構の慰霊式は、本来行われたものか 途中で飛行の継続を妨害して 上野村まで 飛行したのか この123便の飛行の継続と突然の何かの圧力で、経路の変更について、考察する。
   ―絶対に儀式が開催される筈がなかった上野村で、墜落事故の真実を知り、隠蔽の首謀者である(航空局)、航空局の下僕である運航会社(日航)、日航の経済的政治的な支配下に
    置かれた(上野村)が遺族を排除した根拠、理由が 真の墜落事故に関係して来るからだ。これが慰霊噓式を強行開催した虚構の真相なのだ―
   日航事故機は その重要な垂直尾翼と油圧装置が破壊されて、伊豆半島を縦断して、静岡県に飛行している。然し、巨大な旅客機が垂直尾翼と操縦の根源である油圧装置が破壊されれば、
    1分以内に墜落することは、科学的に、技術的に、操縦的に証明出来る。
 * 業界のトップのボーイング社も世界で初めてB-747旅客機を開発した時に、油圧配管が破壊された時には、墜落することを知っていた。旅客機は多数の乗客を運航するので、一旦操縦不能で墜落すれば、
    死者数は驚異の墜落死者数になる。通常、旅客機は 二重安全設計を織り込む。  然し、油圧装置が破壊された時には、これを阻止する手段は 織り込めなかったので、
     ボーイング社の頭痛の種であった。
      123便は墜落の危機に陥ったが、ここで、機長、佐々木パイロットは奇跡を起こしたのだ。事故機は最初に右旋回急降下に入り、そして、機長らは エンジン出力の調整で、なんとか、
     左旋回急降下に機首を向けて、飛行出来、約数分間で、エンジン出力の微調整で、操縦のヒントを習得出来、この間 5分間で 飛行の高度を6,000mも下げていたのだ。
       (静岡藤枝市小林氏による目撃証言)―青山透子著
       この時には、当然のことながら、CVRには 機長と佐々木氏との緊迫した会話が録音されている筈だが、何故か 記録が削除されている。123便が最後に18:56:00 水平尾翼が破壊され、
       急降下した時の会話と同じことが起きた筈である。(類推推測アプローチ)意図的な削除と言える。 
   この斬新な新規操縦技術で高濱機長ら3人は 1987年に世界の操縦士協会から、名誉な「ポラリス賞を受賞している。―航空局、日航は 極秘処理して、遺族に隠していた。ー
 *日航事故機がエンジン出力の微調整で操縦出来たことは、事故報告書、及びボーイング社も認めている。
  123便が操縦出来れば、飛行場に楽に安全に着陸出来る。(科学的、技術的、世界の操縦技術的にも認めている。)この事故機が操縦出来ることは、横田基地に着陸出来、そして、
   日航123便の墜落の事故原因は 事故調、国の「垂直尾翼」「油圧操縦装置」の破壊でないことが 導き出される。
 *この横田基地への着陸の関しては、十分過ぎる証拠、証言が存在し、米軍横田基地のアントヌッチ中尉の米軍機関紙への投稿書は、圧巻であり、自衛隊、事故調、航空局の反論は一切なく、
   逆に説明出来なくて、中尉の告白者を認めたと言える。(小田の著「「許されざる者」に詳細に記載」
 *異常事態が発生した旅客機は 多数の乗客を乗せている以上、機長は機体の安全性操縦性を確認して迅速に最寄りの飛行場への緊急着陸が乗客、乗員の命を助ける唯一の方策なのだ。
   機長が横田に着陸を申請し、横田が許可しているにも拘わらず、123便が着陸行動を起こさずに、断念したことは、何らかの妨害、禁止が命令されたと判断出来る。
  (科学的、航空機緊急着陸、人道的アプローチなど)常識的に緊急着陸しておれば、ハドソン川の奇跡のように 全員助かっており、全員が歓喜の渦のなかで 抱き合っていた筈。
   その後 定期的に 乗客乗員、機長が 集まって、喜びの集会が行われていた筈。日航123便が 横田への着陸の失敗があっても、数名の怪我で済み、記念の集会になっていた筈。 
   高濱機長の専権事項での横田基地への緊急着陸の判断が正当であり、本来、着陸は横田基地しか あり得ないのだ。これが、上野村に変更になったことが 国、自衛隊が関与したことの証明なのだ。
   このような強権による墜落、着陸場所の変更は、日本の最高権力者の命令でしかなし得ないことが、日本の総理大臣であった中曽根総理の指示、命令である証拠なのだ。(この項は 後述する)

 @遺族調査員小田の投稿に対し、ただ一方的に批判して、自衛隊謀略説の撤回を求める(宇佐木氏)への回答を ここに提起する。
    小田は子供2人、親戚3名が殺され、36年間、真実を求めて調査し、その成果を『日航機墜落事故真実と真相』「524人の命乞い」「『永遠に許されざる者』(文芸社)の3冊の著書を出版している。
    小田の結論は、航空局、日航も反論も回答出来ない事態になっております。即ち、彼らは認めております。貴方は この本の内容を良く読んだ上で、
    貴方も「科学的なアプローチ」に基づく事故原因について、数回の投稿を行い主張されることが 議論の出発、端緒になります。
   これなくして、数行の文章で、小田の主張内容を一方的に批判し誹謗することは、真摯な議論ではなく、卑劣な投稿は単に、国の嘘の事故原因を擁護し、真実の仮説を誹謗するだけなのだ。
   尚、国の事故報告書は1990.7前橋地検が否定し、航空局は この「判決は司法で確定している」と文書で 2016年に遺族に「航空局、日航は加害者でない」と回答し自供している。
  更に、前橋地検の山口検事正は「報告書には 事故原因が書かれておらず、理解出来ない」と直接に 遺族数十名に説明している。貴方の言う「科学的アプローチによる事故原因」について、
  数回にわたり、詳細な文書を投稿されてから、遺族調査員小田は 貴方と議論したい。貴方の真摯な主張文の投稿を待つ。(2021.8.12 上野村慰霊の園にて)
  尚、「目撃証言の資料価値について、貴方は否定し、証拠でない」との主張は 10年間議論した『嘘つき日航幹部』の説明と同じである。事故調査は発生した事象、関係者の証言など、物証を含めて事故原因を  
  類推して(仮説)を作成し、その後発生事象と検証して、事実になるとの進め方が基本であることを知って頂きたい。国の事故原因:『隔壁破壊説』は 仮説を立てず、結論として、
  且つ発生事象との検証も行わない愚劣な原因であることを教えておきます。だから 事件なのに、事故としても、連鎖的な出来事の結果として、成立しないのである。

DFDRデータは客室乗務員の証言と一致しないのでは・・・

  • 投稿No.47
  • 投稿者:せきたに
  • 投稿日:2021-08-15 21:04:51

非番の客室乗務員であった落合由美さんの証言として

「そのとき、窓の外のやや下方に富士山が見えたのです。とても近くでした。このルートを飛ぶときに、もっとも近くに見えるときと同じくらいの近くでした。
夕方の黒い山肌に、白い雲がかかっていました。
左の窓の少し前方に見えた富士山は、すうっと後方に移動していきます。富士山が窓のちょうど真横にきたとき、私は安全姿勢をとって、頭を下げたのです。」
(「墜落の夏」吉岡忍著からの引用)

という内容が残っている。

上記の証言は体験したままを語っておられるという印象を受け、記憶のあいまいさは感じられない。また、ことさら誇張されている箇所もないと思われる。

証言からわかることは、
・そのとき、富士山よりも少し上を飛行していた。
・そのとき、富士山はとても近くに見えていた。
・そのとき、富士山は機体の進行方向に対して左側に見えていた。

JAL123便の場合においても公開されたDFDRデータが改竄されていないというのならば、実際の飛行経路と一致しているということを意味するはずだが、DFDRデータと上記落合由美さんの証言とが一致する箇所が異変発生から墜落までのどこにも見当たらないのではないだろうか?