Re. 日航機墜落事故の真実追究(その53)乗客らは 猛烈な恐怖の連続で、墜落死した !!
- 投稿No.2269 元投稿No.2264 8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査分科会 会長 遺族 小田周二 さんへの返信
- 投稿者:せきたに
- 投稿日:2022-10-12 13:08:18
「墜落事象 恐怖の体験」 (1) (18:24―18:30の間)
日航機は 18:24 に突然、垂直尾翼と油圧装置が破壊され、操縦不能に陥った。 事故機は(18:24―18:30の間に)高度を、6000m以上急降下しており、実際は急降下で何回も墜落事象を行っている。即ち、事故機は最後の墜落時と同じ事象であり、乗客らは急降下の恐怖を感じているのだ。
「墜落事象 恐怖の体験」 (2)
大月市上空での360度旋回(4回の急角度の旋回での5000mの飛行高度の降下)
これは横田基地への緊急着陸を前提とした着陸の準備であった。
このために 初めての着陸なので、高度を4,000mも下げたいが、エンジン操作による操縦であるので速度を下げるのは墜落の危険性があり、高速での旋回と降下飛行を行ったのだ。この高速で360度の旋回は、90度以上の角度で旋回を繰り返しており、乗客らは恐らく強い恐怖を感じた筈だ。
「墜落事象 恐怖の体験」は以下(3)~(5)まで記されているが、上記(1)と(2)についてコメントさせていただく。
★「墜落事象 恐怖の体験」 (1) (18:24―18:30の間)に関して
相模湾上空で異変発生後の落合証言を時系列順に要点だけ取り出して記すと
「ゆっくりと左右に大きく旋回しているような動きがはじまったのは、酸素マスクをして、しばらくしてからです。」
「私の席に近い左の窓から見えたのは、まっ白な雲だけでした。かなり厚い雲で、地上は見えませんでした。
お客様は窓の外を眺めたり、なかにはスチュワーデスに「大丈夫か」とたずねる方もいました。機内の様子は、あわただしい雰囲気とかパニックなどということではなく、この段階では、まだ何とかなるんじゃないか、という気持ちがあったように思います。」
「私は羽田にもどれればいいな、と感じていました。しかし、まだ雲の上で、高度も高いし、ちょっと無理なんじゃないかな、とだんだん不安になってきました。しかし、ライフ・ベストが座席の下にあることがわからないお客様や、わかっても、ひっぱって取りだすことがわからないお客様も少なくありませんでした。私の近くにも、ベストの場所がわからなくて、取り乱している若い女性の人たちがいました。そのときになって私は、席を立って、お客様のお手伝いをはじめたのです。お客様はこのときはじめて、座席ポケットのなかの『安全のしおり』を取りだしました。」
落合証言によると、事故機は(18:24―18:30の間に)一貫して雲の上にあり、高度をほとんど下げていない。鷹富士さんが投稿№2180で記されるように私も藤枝市(焼津市の西隣)の目撃証言は作り話ではないかと考えている。
★「墜落事象 恐怖の体験」 (2) 大月市上空での360度旋回(4回の急角度の旋回での5000mの飛行高度の降下)について
大月上空での日航機は『疑惑』の著者角田四郎さんに目撃されているが、目撃されたときには既に低空飛行になっていたという。
そうすると、急降下はいつ行われたのか?
犠牲者の村上良平氏の遺書によると、「18・30急に降下中」とある。離陸後はじめての急降下は18:30~18:40までの間に行われたと考える。そして、犠牲者の大半の遺書はその10分間の間に記されたものと考える。具体的には落合証言で富士山を左下に見てから後の航跡は不明ながら大月上空に至るまでの約10分間であったと考える。
また、大月上空における4回の右旋回は90度以上のものであったと記されるが、行く手に山があってぶつかる危機があった川上村における飛行とは違って、行く手に障害物がないのなら90度以上の急旋回を行う必要がないので、大月上空の実際の旋回はなめらかな円軌道であったと考える。
なお、文系ちゃんにここで答えておきたいが、角田四郎氏が大月上空で目撃された低空で右旋回中の飛行機がJAL123便でなかったのならば、あの墜落事故は単なる事故ではなかったことはもちろんだが、突発的に起きた事件でもなくなり、計画性があったという匂いを感じざるを得なくなってしまう。
墜落寸前の姿勢とか
- 投稿No.2268
- 投稿者:PA
- 投稿日:2022-10-12 08:43:48
横からすみません。
気まぐれ投稿お許しください
墜落時の姿勢
私は以下の動きで大体こんなものと思ってます
最後の衝突音は入っていないんですよね。
https://youtu.be/tQh1TYMl7rM
既にご覧になっていたらすみません
ちなみに落合さんは2回富士山をみられてます
Re.(38) 墜落状況に関する情報
- 投稿No.2267 元投稿No.2254 文系ちゃんさんへの返信
- 投稿者:文系ちゃん
- 投稿日:2022-10-12 08:11:16
鷹富士さまへ
B747の情報提供有難うございます。厚くお礼申しあげます。
こちらの掲示板をご覧の方々の多くにおいて参考となる部分の多い素晴らしいものかと思います。
この文は鷹富士さまの No.2261 への返信ですが、書き込みがうまくいきませんので引用は省略させて頂きます。ご了承下さい。
リンケージ関連ですが、上下方向への動きは各部がリンケージロッド1本で繋がっているという構造上そうなってしまうというだけで本質部分ではないように思います。
重要なのは点Bの横方向への動く範囲でしょう。
過去こちらの掲示板でも油圧喪失時の操縦輪の回せる範囲についての議論がありましたが、操縦性の面からも操縦輪の中立位置でのいわゆるアソビもホイールの外周位置で指1本分程度まで、そこを過ぎるとタンデムバルブが開き始め、中立から回し始めて8度内外も回せばバルブ全開となり、それ以上は回せなくなるのではなかろうか という話となったように覚えております。
この件については実機で確認できれば申し分ないのですが、要はBの動ける距離はバルブを開くのに必要最低限しかなく、ほぼ固定に近いと言ってしまってよい程度しか動かないのではなかろうかと推測しております。
そうすることで事実上 操縦輪位置=エルロン舵角 となり双方の位置関係において乖離は生じず、違和感なく操縦できるように設計されているのではなかろうかと想像しています。
トランスミッタあたりの話ですが、4pieces は元図つぶれで見にくくなっておりますが、4places で4箇所 との記載ではなかろうかと思います。
図中トランスミッタを示す■(塗りつぶし黒四角)は外側のエルロン2箇所とスポイラ2箇所となっておりまして、内側エルロンにはついておりません。
高速飛行時はCWPが取れなくなってしまうように思いますので、私としましてはそこの信号でもって というのは違うのではないかとの考えですが、この件は引き続き調査 という事で宜しいかと思います。
Re.(7) 『疑惑JAL123便墜落事故』(角田四郎著) 真相究明の姿勢
- 投稿No.2265 元投稿No.2252 文系ちゃんさんへの返信
- 投稿者:文系ちゃん
- 投稿日:2022-10-12 03:08:32
鷹富士さまへ
いい加減では済まされないような重大な話のように思います。
報告書に大月旋回においてDFDFを補正目的で参考とした旨の記載さえなければレーダー精度の問題として片付けることもできたのでしょうが、報告書に記載してしまった以上は事故調にはこの件について説明責任があるように思います。
箱根のレーダー解析による航跡、同じく羽田のそれおよびDFDRの3つの航跡を示しどこをどう補正したものなのか説明の上、再度作成し直した事故調見解としての航跡が作成されてしかるべきと考えます。
航跡としましてはHDGチャートを見ますと42分が旋回ピークとなる右斜め下を向いたプラム型の楕円でしょうか?そうしますとこれまで見てきた逆三角の航跡は一体何だったのか という感があります。
以下、角田氏の目撃関連につきましては、投稿No.2259 のせきたにさまの書き込みへの返信も兼ねての書き込みとさせて頂きます。
DFDRのRLLとEPRを信用しますと、事故機は大月旋回時5秒毎に大きくロール⇔水平近くまで戻す を繰り返す飛行となっております。「右に少し傾いた」では氏の見たものとは合いません。
また、音についても川のせせらぎが… といったことも書かれていたように記憶しておりますが、旋回前半は離陸時に匹敵するほどに大きくスロットルが開かれる状態が1分超継続きますのでエンジン音についての証言がそのような表現となることはないように思います。
さらにですが、鷹富士さまの解析での大月旋回のサイズ感が不明ですので断言はできませんが、検証番組の航跡と同程度の旋回半径、航跡だとすれば倉岳山の裏に入って見えなくなるという現象も起きなくなるような気がします。
以上のことから角田氏が見た機体は123便とは別の機体ではなかろうかと推測します。
『富士山が見えた時は「羽田に戻るだろう」っていう安心感がちょっとありました』と思うような飛行状態は大月旋回中では考えにくいのと、当初出されたものとロングインタビュー版での落合さんの証言の食い違うような部分ですとか、雲に関する表現からも私としましては一つの可能性として静岡→道志村→相模湖 と言ったような感じの飛行コースをとった可能性もあるのではないかと考えています。
> 了解しました。私の読み落としでした。
> なおさらに、事故調の解析はいい加減だということです。
> 本当に、DFDRによる推定を行ったのなら、おむすび型はありえません。
> DFDRを正確に解析して大月市役所を基点に経路を描くと、旋回の中心は事故調の経路略図よりも5~6km東になり、旋回の前半の北から南へ向かう経路は、梁川駅の東を通り、角田氏の証言(「疑惑」のページ54)にある、「南を向いて立っていた私の左手に、北から南へ向かって、少し右に傾いた民間飛行機・・・・・・」と適合します。
日航機墜落事故の真実追究(その53)乗客らは 猛烈な恐怖の連続で、墜落死した !!
- 投稿No.2264
- 投稿者:8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査分科会 会長 遺族 小田周二
- 投稿日:2022-10-12 01:00:27
―墜落死した乗客の恐怖の事象と頻度から 外部からの墜落事件を導き出すことが出来る!!ー
墜落死した乗客は どのような恐怖、恐れを感じて、死亡したか、又どのような残酷な遺体の状況であったのか 考え推測すると、あまりにも 酷い事態に 遺族には 言葉にはならない。
この連続した乗客、乗員の極限の恐怖の体験は、事故の本質、真実を導く事象である。⇒ (格言) 発生事象には 必ず理由がある。仮説が導かれて、仮説の実証で 真実になる。
1.奇跡の生還者:落合由美氏らの体験証言 「乗客らの恐怖の体験 (5) 」
日航123便が 上野村の山岳地帯に入った段階で、日航事故機は、エンジン 1基と水平尾翼が破壊され、右旋回し、その後 急降下し墜落している筈。
CVR,DFDRの記録から、この最初の横揺れの衝撃を受けた時間は、18:55:45秒となっている。
この時に 後部の座席に座っていた:落合由美氏は、強烈な体験をしての体験証言をしている。
川上村から、急上昇して、三国山を 左旋回して、上野村に入り、3,000mの高度に達した時、機体に大きな衝撃を感じた。
「奇跡の生還者:落合由美氏の証言」
{安全姿勢をとった座席のなかで、身体が大きく揺さぶれるのを感じました。船の揺れなどと いうものではありません。物凄い揺れでした。
然し、上下の振動はありませんでした。 (即ち 横揺れ)
前の席のほうで、いくつくらいかは はっきりしませんが、女の子が「キャーツ」と叫ぶのが 聞こえました。聞こえたのは それだけです。(エンジン破壊火災)
そして、直ぐに 急降下が はじまったのです。 全くの急降下です。
髪の毛が 逆立つくらいの感じです。頭の両わきの毛が、後ろに引っ張られるような感じ。
本当は そんな ふうには なっていないでしょうが。 そうなっていると 感じるほどでした。
怖いです。怖かったです。思い出させないでください。もう、思い出したくない恐怖です。
お客様は もう声も出なかった。私も これはもう死ぬ、と思った。まっすぐ落ちていきました。振動はありません。
窓なんか とても見る余裕はありません。いつぶっつかるか 分からない。
安全姿勢を取り続けるしかない。}と。
2.乗客らが体験して衝撃、恐怖、異常事態。(上記以外の)
日航機乗客らは、上記以外に、30分以内に、驚愕の飛行異常事態に遭遇し、乗客らは、異常飛行での恐怖と恐れに、声もなく、ただ 安全姿勢を取り続けることしかなかった。
2.1 垂直尾翼、油圧装置破壊後の数分間での異常急降下、墜落事象 「恐怖の体験 (1)」
(18:24―18:30の間)
日航機は 18:24 に突然、垂直尾翼と油圧装置が 破壊され、操縦不能に陥った。
事故機は、伊豆半島の河津町の上で、「右旋回した」と タクシー運転手が目撃している。
これは、垂直尾翼、油圧機能の喪失で、機体の姿勢が、横方向に傾き、そして 急降下した事態であった。
その後 機長らの緊急対応で、次は 左に傾き、急降下して、地上から見ると 左旋回したと、目撃されている。
それ以降の目撃もなく、又CVR,DFDRの記録も修正削除されおり、18:30 頃、静岡県の藤枝市で、小林氏が
「事故機は 低空飛行で旋回して、北方向に飛行して行って、その後を小型の戦闘機が追尾して行ったと証言している。
この事故機は、急降下して墜落事象になったと推測出来る。然し、「日航事故機は墜落せず、飛行出来た」と報告書には 記載されている。
掛かる飛行は 航空常識では 考えられない事態で、「報告書は 事故機は 飛行、操縦出来たとの嘘の報告をしている。
この事象は 嘘の報告で 事実、事故機は 高度を、6000m以上 急降下しており、実際は 急降下で、何回も 墜落事象を行っている。
即ち、事故機は 最後の墜落時と同じ事象であり、乗客らは急降下の恐怖を感じているのだ。
国、航空局は この事象を誤魔化して、CVRも DFDRも 修正し、この間も事故機は 飛行高度を7,000㎥のままで飛行したと、公表している。
真のCVR,DFDRを開示すれば、この嘘は 簡単に暴露される筈だ。事故機の河津町から、藤枝市までの急降下、墜落事象が 真実であった。
@何故 墜落しなかったのか。 ⇒ 機長らのエンジン出力調整という新規操縦技術の開発は 墜落を回避出来たのだ。
@ 生還した川上慶子、吉崎博子氏も「ほぼ、垂直に思えるような急降下」だと証言している。
@ 墜落の事故原因は 水平尾翼と第4エンジンの破壊、脱落である。
2.2 大月市上空での360度旋回(4回の急角度の旋回での5000mの飛行高度の降下)
これは、横田基地への緊急着陸を前提とした着陸の準備であった。 「恐怖の体験 (2)」
このために 初めての着陸なので、高度を 4,000mも下げたいが、エンジン操作にょる操縦で あるので、速度を下げるのは 墜落の危険性があり、
高速での旋回と降下飛行を行ったのだ。
この高速で360度の旋回は、 90度以上の角度で、旋回を繰り返しており、乗客らは 恐らく、強い恐怖を感じた筈だ。
エンジン出力による新規操縦であるからだ、機長らを責めることは出来ないのだ。
2.3 横田基地の傍を飛行する事故機への自衛隊戦闘機による「威嚇―異常接近威嚇」
「 恐怖の体験 (3) 」
横田基地への着陸のために接近した事故機に、自衛隊は着陸を禁止して、西方向に飛行するょうに命令を出している。
然し、事故機は ゆっくりと基地から離れずに飛行して着陸の機会を狙っていた。このために 自衛隊戦闘機は 着陸を諦めない事故機への威嚇攻撃』での事故機の前後を
急接近し急上昇、降下による威嚇飛行で 事故機は 接触を避けるべく事故機は 急上昇、急降下を行ったために
乗客らは、旋回、上昇、降下飛行で 強い恐怖感を体験いた。(CVRとDFDRに記録されている)
2.4 川上村レタス畑への不時着から、上野村の領域までの飛行状況。「恐怖の体験 (4)」
横田基地への着陸を禁止された事故機は、唯一着陸出来る広大な平坦な農地が レタス畑で あった。
事故機は ほぼ不時着に成功出来る事態であったが、畑に多数の農民を視認して、機長は、不時着を中止している。 この緊急“復航” 上昇も危険な判断であった。
畑の高度が、 1,300mで、あったが、上昇飛行能力の関係で、前に聳える「扇平山」を避けるのも 限界であり、何とか 右旋回、急上昇で回避したが、
次は 前面に に高い山:三国山(1818m)が、立ちはだかり、これを 左旋回、急上昇で、回避して、上野村に入っている。
この間、事故機は 畑での急上昇飛行、そして、扇平山の手前での右旋回と急上昇飛行 そして、更に高い三国山の手前での左旋回、急上昇飛行は、
機体の飛行能力の限界に近い飛行であり、この間、乗客らは 相当な強い恐怖を感じたことは 間違いない。
(川上村の高い山を避けるための急旋回、急上昇飛行は 山との激突を避けるための異常な飛行であった)
2.5 機長、佐々木パイロットの急降下、墜落飛行の時の「エンジン出力 max」の操作の時 の物凄い恐怖の体験。 恐怖の体験、勇気ある行動 (6) }
日航事故機は 2回、垂直降下、墜落事象に陥っている。機体が垂直になることは、操縦席は 機体の前部、上部に位置し、機長らは、地面に垂直に視認しており、
エンジン出力の調整で、機体の機首を持ち上げるために、「エンジン フル,max」の操作を行っている。
垂直降下している時、機長、佐々木パイロットは 地獄への突き進むと同じ恐怖と向きあっている。
幾ら、経験豊富なパイロットでも 掛かる体験は 殆ど皆無の筈。
掛かる緊急降下墜落の中、更に 「エンジンをフル,max」にする操作は、降下速度を増すことであり、通常は 速度を落としたくなるのが 人情、気持ちで有るが、
逆に 速度を最高、極限に上げることは、恐怖との闘いであり、とても勇気が要ることだと思う。
機長、佐々木パイロットの(乗客らを助けようとの勇気ある行動)に 感謝の誠を、誠意を 捧げ、表明したい
機長らは 必死に乗客を助けるために 高度の操縦技術で 回避しようとしたのあり、
一方 事故報告書には、「機長らは酸欠で意識が朦朧として 操縦出来なかった」との意図的な作為なる記述、記載は 真っ赤な嘘であった。
3. 乗客,パイロットら 520名は、掛かる究極の恐怖のなかで、貴重な命を奪われたのだ。
彼らには 何の罪もなく、旅を楽しむ人間、市民であった。然るに、彼らは 罪を犯した罪人の死刑より、厳しい「恐怖、恐れ、慄き」を感じながら、
32分間も 狭い座席に 閉じ込まれ、更に 安全ベルトで固定され、安全姿勢を取る中で、命を奪われ、バラバラに粉砕され、破壊された。
検視でも 判別が付かない遺体、部分遺体として、且つ 更に 死体は 再度(ガソリン)で、いや 「火炎放射器」で 自衛隊により 焼き払われ、焼き殺されたのだ。
生き残った乗客らは 更に 「毒ガス液」で 殺される との残酷な死刑が 実行されたのだ。
このように、524名は 究極の恐怖を長い時間、受け、最後は、地面に激突し、激しい衝撃で殆ど、分解し粉砕され、即死した。
⇒ 「恐怖の体験 (1)(2)(3)(4)(5) 」「パイロット、機長らの恐怖の体験 (6) 」
私の愛する子供も、ただ恐怖の中で、怯え、恐怖の中で、人生を奪われた、いや殺されたのである。
たった、12歳、15歳の子供たちの人生は あまりにも残酷であり、可哀そうで 掛ける言葉もない。
今も37年後 自宅の食卓の上の写真は、二人仲良く、笑っているが、苦痛と恐怖の中で、37年前に どんな様子で、恐怖に堪えた長い時間であったのか。
且つ 返された遺体は、包帯で人間の形をしているが、身体の一部しか、見られなかった。
これが、航空機墜落での人間の残酷な姿なのだ。
3.1 通常、乗客らが 墜落時に 恐怖を感じるには、1回であるが、日航機墜落では、このように 32分間も 5回も 恐ろしい恐怖を感じ、苦しんでいる。
従って この特異な奇妙な体験事象は、5回(恐怖の体験 (1)(2)(3)(4)(5))も、外部から、攻撃を受けていたことを示唆しており、
外部の攻撃者は 空を飛ぶ軍隊で、且つ国と関係が深い組織:日本の自衛隊であるこが 導かれる。
又 自衛隊は 日航機の垂直尾翼が破壊されて、直後には 自衛隊は 垂直尾翼の破壊を 知り得る筈がないにも拘わらず、戦闘機 2基の緊急出動を行い、
更に墜落まで、追尾し並走している。多くの目撃証言が これを証明している。
即ち、自衛隊の戦闘機の存在が推測出来、且つその存在は 国の従順な部下であり、強い庇護を受けていることが、重なり、極めて、残酷な事件であると推測出来る。
掛かる墜落事象は 自衛隊以外の軍隊が 行えることは 不可能であるのだ。
@然し、国は、航空局は自衛隊を捜査し事情聴取を行った経緯、形跡は見られない。
更に報告もない。 奇怪で疑惑なことだ。調査し捜査しないのは 意図的な隠蔽工作の一環であり、事故の真実を隠すためと推測出来る。
@ 運鵜省の事務次官を務めた最高幹部の「町田直」(当時の日航副社長が羽田に集まり、激昂し日航に詰めする遺族に語った真実、事故原因は
「日航機は北朝鮮のミサイルで撃墜された。今はそれしか わからん」であった。
⇒ これも 国、航空局は 意図的に無視し、重要な証拠発言を隠蔽した。
この件は。 一番重要な告白書証言であった。然し、この告白内容について、航空局、事故調は、何の調査、捜査を行わず、他の多くの目撃証言、告白も 一切無視して、
事故調査報告書にも記載がないのは、意図的な無視で隠蔽の疑惑が出て来る。
掛かる発言、告白内容は 当然理由があるし、又仮説が出て来る。
この仮説を実証することが、真実に導く道の筈。(事故調査の基本だ)
3.2 遺族らの悲しみと国民の弔意だけでは 犠牲者の人間性、人格は回復されることはない。
それは、この墜落死の乗客らへの遺族、国、国民の責務は ⇒{真摯に 事故調査を行うことしかないのだ}
即ち
(1) 墜落の「真の墜落の事故原因を特定する」こと
(2) 事故原因の再発の危険を 防ぐために 再発防止策などを確実に実行し、(空の安全)の向上を図り、国民の安全を確保すること
(1) は 犠牲者の霊前への(真実)と言う供養、慰霊の行為であり、「国、航空局が実施すること」 である
(2) は 事故後の国民への安全に寄与するための、事故原因からの教訓として 安全対策に生かし、安全性の向上に役立てること である。
然るに 37年間も 現在も 国、航空局は 日航機墜落の事故原因を特定せず、真実の特定する行為を 不作為し 且つ 放棄している。
⇒ 国、航空局、群馬県警は (1)(2)の業務を意図的に不作為し、平然と 見過ごしており、完全な業務放棄であり、市民の命の尊厳を 軽視している。
⇒ 国、運輸省、航空局、群馬県警は これでは 無用の存在となり、国民の税金の 『ムダ使い」になる。
@ 国、運輸省、群馬県警は 総理の責任の回避のために 真実の解明、特定に 不作為しており、且つ 調査し曽佐した真実を 機密事項として、法律的に 封鎖している。
これは 「自衛隊、中曽根総理」の犯罪を隠蔽していることを示唆している。この発生事象は 憲法に違犯し、且つ 刑法に違犯する(重罪)なのだ。
⇒ 国、運輸省、群馬県警は 速やかに 真実を開示することを 求める。
@某著者による纏めの言葉
*自衛隊関与発覚阻止するため徹底妨害横田着陸
*横田基地着陸OK 戦闘機が間に入り着陸阻止
*自衛隊の関与はまずいと 日本政府 雫石事故の前例あるので
*不都合な部分は削除編集しCVRを公開するとは ⇒ 遺族の東京地裁への告訴 (10月13日の結論は 又もや 国が邪魔するのか)
国松春紀著 「硝子戸の外」 (2022.8.12 )
合掌 祈る 犠牲者のために。再発防止とは 今後の国民の命を 守るために 真実を明らかにするのだ。
Re.(3) 角田氏の無人標的機説
- 投稿No.2263 元投稿No.2253 せきたにさんへの返信
- 投稿者:せきたに
- 投稿日:2022-10-11 22:19:28
> せきたにさんへ
> 「誤解」とは角田氏が誤解しているという意味でしょうか、あるいは、私が誤解しているという意味でしょうか?
> いずれにせよ、私の説明の足りない点を補足していただき、ありがとうございました。
鷹富士さんへ
「誤解」という言葉で惑わせてしまったようだ。
「角田氏の無人標的機説」というタイトルで投稿されたので鷹富士さんに向けて返信させてもらったが、今回私の言いたかったことは以下のようなことだ。
前橋地検の判断の中で、「空気の流れはほとんどなかった」という落合証言を根拠に急減圧はなかったと判断されたのはある種理にかなっていると考える。
しかしながらそれを言われる同じ方が、無人標的機が衝突したのですぐに墜落事象に陥ったと主張されるのには疑問を感じる。
冷静に考えてみれば急降下以上の墜落事象が起きている中で酸素マスクやライフベストの装着は出来ないと考えるが、落合証言では相模湾上空で異変が起きた後、しばらくは酸素マスクやライフベストの装着をしていたとある。村上良平氏の遺書との整合性を考えるなら、異変が起きた後、18時30分頃までだと考えられる。
角田四郎氏はニアミスの場合なら直接衝突しなくても衝撃波の影響でバランスを崩して墜落してしまうと記されている。1トンもある無人標的機の本体が衝突したならやはり同じことになると考えるが、落合証言はそのとき「振動はまったく感じませんでした。機体も揺れなかった」と記されている。
そういうことなので、1トンもある無人標的機の本体が衝突し、垂直尾翼の半分以上が吹き飛んだので、すぐに墜落事象に陥ったがそれをパイロットたちが驚異的な操縦技術で立て直したのだという論理展開については落合証言との整合性が取れていないと感じてしまう。
急減圧の有無の根拠を落合証言に置くのならば、相模湾上空で垂直尾翼の半分以上が吹き飛んだことによって墜落事象に陥ったかどうかについても落合証言との一貫性を持たせて主張されるべきだ。
Re.(6) 『疑惑JAL123便墜落事故』(角田四郎著) 真相究明の姿勢
- 投稿No.2259 元投稿No.2255 文系ちゃんさんへの返信
- 投稿者:せきたに
- 投稿日:2022-10-10 15:24:52
> せきたにさまへ
> 吉岡氏は、富士山を見たのは大月旋回時と判断されたようであるが、色々と違和感があります。
> <吉岡忍氏の記事>
> http://imepic.jp/20221010/293960
文系ちゃんへ
吉岡忍さんは大月上空で旋回していたときの高度を6270mであったと記されているが、それだと確かに色々と違和感がある。
富士山を見たのが大月上空だと判断するのなら、角田四郎氏が『疑惑』に大月上空を旋回中の日航機を見たと記されているので、その目撃情報と一致しなければ整合性が取れないのではないかと感じる。
角田四郎さんは窓がくっきりと見えるほどの低空飛行で右旋回中の日航機を目撃したと記されているが、重ねて同時刻に北西に遠ざかっていく小松便を目撃したと記されていることから、上空に分厚い雲が出ていたわけではないことがわかる。
一方で落合証言の文脈からは機体が分厚い雲の上にあったときに富士山が左下に見えたように記されているので、落合由美さんが富士山を左下に見られたときの機体の位置と角田四郎氏が日航機を目撃された位置とは大きく離れていた可能性があると考えられる。
Re.(5) 小田周二様の仮説を支持します
- 投稿No.2258 元投稿No.2257 尾宮次夫さんへの返信
- 投稿者:舘野洋一郎
- 投稿日:2022-10-10 14:52:13
尾宮さん、
お手数をおかけしました。有難うございました。
この点に関する、他の方の投稿も含め、よく読んでみます。
> > (2)の青山本にある藤枝市の小林さんの目撃証言については承知しておりますが、(1)の角田四郎著「疑惑 JL123便墜落事故」の365ページについては知りませんでした。本を買って読めばいいのでしょうが、もしできましたら、簡単に、ご説明いただければと思います。
> 館野洋一郎様
> 返信が遅れて申し訳ありません。こうした争論の場では、どうしても自説に固執し独断的論理に陥りやすいので、出来ればあなた様にも角田(つのだ)氏の著書をご覧になるようお勧めいたします。
> 既に、当該ページについては、何人もの方が取り上げていますから、別の箇所の「無人標的機説」とみられる有力な 記述を取り上げます。
> 以下、当該著書311~318ページ。
> 「吉原公一郎氏は「週刊ポスト」誌’85年9月5日号で、重大な証拠写真を出して」いる。それは「墜落現場で早い時間に撮影されたビデオテープの内容」から複写した2枚の写真であるが、「このビデオテープに、日航B747型機とは明らかに違うオレンジ色の金属片が写っているのを発見した」。その金属片には「機体の部分を示す番号の入った荷札が見当たらず」、その物は「搬出先でも確認されていない。」
> 吉原氏の推定では、その「オレンジ色の金属片」は「航空自衛隊が保有している「ファイアビー」の主翼だと思われる」とあり、かれの想定では、その「ファイアビー」は「事故発生地点の南西100キロの遠州灘沖「R144」訓練空域からの飛来もありえる」とあったので、角田氏は次号を期待していたが、次号では「空幕広報によると「ファイアビー」は遠州灘沖の訓練空域「R141」でのみ使用され、(略)8月12日には使われていない」と簡単に記述されているだけで、角田氏の期待は裏切られた。
> 「この頃、私は(略)自分なりの仮説をすでに抱きつつあった。それだけに吉原氏の「標的機説」を大変センセーショナルなものと受け止め興奮したのである。正直に言わせていただくが、私はこのとき吉原氏は何か大きな力に屈したのではあるまいか、と感じがしたものである。」
> 「私はこの2枚の写真について検証を繰り返した。」「この写真には機動隊の腕章と機動隊特有の白いマフラーを首に下げた人物が鮮明に映っている。」さらに「この機動隊員の後方に、もう一人の人物がむこう向きで映っている。その姿は上下白い服装なのである。(略)上下白い服装は日航整備員しかいない。」
> 写真にある「二人の人物(尾宮注 それぞれ機動隊員、日航整備員と思われる人物)はますますおかしい。というのも13日の早い時点では、まだこの接触点(尾宮注 U字溝痕)は手つかずだったからである。そう報道されているにもかかわらず、すでにそこに人がいて何やらオレンジ色の物体を運び出しているのだ。」「13日の早い時間には機動隊も日航関係者も垂直尾翼の残骸付近にはいないはずである。いない人がビデオテープには映っている。」
> 「13日の早い時間は生存者の捜索と救助だけが活動の目的であった。機体搬出も移動も行っていない。いや、行ってはいけない。しかし、このビデオではその作業を行っている。」「吉原氏が何故このことに言及せず、ビデオの検証を終えてしまったのか不可解である。」
> 以上、私見を交えず、極力角田氏の記述通りに「無人標的機説」の根拠となる部分を記述しました。ご判読ください。
> 以上
Re.(4) 小田周二様の仮説を支持します
- 投稿No.2257 元投稿No.2216 舘野洋一郎さんへの返信
- 投稿者:尾宮次夫
- 投稿日:2022-10-10 12:28:59
> (2)の青山本にある藤枝市の小林さんの目撃証言については承知しておりますが、(1)の角田四郎著「疑惑 JL123便墜落事故」の365ページについては知りませんでした。本を買って読めばいいのでしょうが、もしできましたら、簡単に、ご説明いただければと思います。
館野洋一郎様
返信が遅れて申し訳ありません。こうした争論の場では、どうしても自説に固執し独断的論理に陥りやすいので、出来ればあなた様にも角田(つのだ)氏の著書をご覧になるようお勧めいたします。
既に、当該ページについては、何人もの方が取り上げていますから、別の箇所の「無人標的機説」とみられる有力な 記述を取り上げます。
以下、当該著書311~318ページ。
「吉原公一郎氏は「週刊ポスト」誌’85年9月5日号で、重大な証拠写真を出して」いる。それは「墜落現場で早い時間に撮影されたビデオテープの内容」から複写した2枚の写真であるが、「このビデオテープに、日航B747型機とは明らかに違うオレンジ色の金属片が写っているのを発見した」。その金属片には「機体の部分を示す番号の入った荷札が見当たらず」、その物は「搬出先でも確認されていない。」
吉原氏の推定では、その「オレンジ色の金属片」は「航空自衛隊が保有している「ファイアビー」の主翼だと思われる」とあり、かれの想定では、その「ファイアビー」は「事故発生地点の南西100キロの遠州灘沖「R144」訓練空域からの飛来もありえる」とあったので、角田氏は次号を期待していたが、次号では「空幕広報によると「ファイアビー」は遠州灘沖の訓練空域「R141」でのみ使用され、(略)8月12日には使われていない」と簡単に記述されているだけで、角田氏の期待は裏切られた。
「この頃、私は(略)自分なりの仮説をすでに抱きつつあった。それだけに吉原氏の「標的機説」を大変センセーショナルなものと受け止め興奮したのである。正直に言わせていただくが、私はこのとき吉原氏は何か大きな力に屈したのではあるまいか、と感じがしたものである。」
「私はこの2枚の写真について検証を繰り返した。」「この写真には機動隊の腕章と機動隊特有の白いマフラーを首に下げた人物が鮮明に映っている。」さらに「この機動隊員の後方に、もう一人の人物がむこう向きで映っている。その姿は上下白い服装なのである。(略)上下白い服装は日航整備員しかいない。」
写真にある「二人の人物(尾宮注 それぞれ機動隊員、日航整備員と思われる人物)はますますおかしい。というのも13日の早い時点では、まだこの接触点(尾宮注 U字溝痕)は手つかずだったからである。そう報道されているにもかかわらず、すでにそこに人がいて何やらオレンジ色の物体を運び出しているのだ。」「13日の早い時間には機動隊も日航関係者も垂直尾翼の残骸付近にはいないはずである。いない人がビデオテープには映っている。」
「13日の早い時間は生存者の捜索と救助だけが活動の目的であった。機体搬出も移動も行っていない。いや、行ってはいけない。しかし、このビデオではその作業を行っている。」「吉原氏が何故このことに言及せず、ビデオの検証を終えてしまったのか不可解である。」
以上、私見を交えず、極力角田氏の記述通りに「無人標的機説」の根拠となる部分を記述しました。ご判読ください。
以上
Re.(5) 『疑惑JAL123便墜落事故』(角田四郎著) 真相究明の姿勢
- 投稿No.2255 元投稿No.2248 せきたにさんへの返信
- 投稿者:文系ちゃん
- 投稿日:2022-10-10 08:13:55
せきたにさまへ
吉岡氏は、富士山を見たのは大月旋回時と判断されたようであるが、色々と違和感があります。
<吉岡忍氏の記事>
http://imepic.jp/20221010/293960
> 落合証言によると富士山が左下に見えたとき、機体は左右に大きく揺れていたことがわかる。
> ところで、上記の落合証言は犠牲者の村上良平氏が残された遺書と符号を感じる箇所がある。
> 村上良平氏が残された遺書には
> 「機体が大きく左右にゆれている」
> と記されているが、この表現は落合証言の
> 「機体は左右に大きく揺れていた」
> という言葉と符合すると考えて良いのではないか。
> 続けて、村上良平氏は
> 「18・30急に降下中」
> と記されている。
> 落合証言によると、富士山が左下に見えたとき、安全姿勢を取ったとされているが、それ以前に機体の急降下については述べられていない。
> そうすると、富士山が左下に見えたのは18:30の直前だった可能性が浮かび上がってくる。
> また、上記村上良平氏の遺書には
> 「18時45分 機体は水平で安定して」
> と記されているので、上記の急降下は三国山上空における墜落直前の急降下とは別のものであったことが知られる。