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御巣鷹山の悲劇
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「墜落事象 恐怖の体験」 (1) (18:24―18:30の間) 日航機は 18:24 に突然、垂直尾翼と油圧装置が破壊され、操縦不能に陥った。 事故機は(18:24―18:30の間に)高度を、6000m以上急降下しており、実際は急降下で何回も墜落事象を行っている。即ち、事故機は最後の墜落時と同じ事象であり、乗客らは急降下の恐怖を感じているのだ。 「墜落事象 恐怖の体験」 (2) 大月市上空での360度旋回(4回の急角度の旋回での5000mの飛行高度の降下) これは横田基地への緊急着陸を前提とした着陸の準備であった。 このために 初めての着陸なので、高度を4,000mも下げたいが、エンジン操作による操縦であるので速度を下げるのは墜落の危険性があり、高速での旋回と降下飛行を行ったのだ。この高速で360度の旋回は、90度以上の角度で旋回を繰り返しており、乗客らは恐らく強い恐怖を感じた筈だ。 「墜落事象 恐怖の体験」は以下(3)~(5)まで記されているが、上記(1)と(2)についてコメントさせていただく。 ★「墜落事象 恐怖の体験」 (1) (18:24―18:30の間)に関して 相模湾上空で異変発生後の落合証言を時系列順に要点だけ取り出して記すと 「ゆっくりと左右に大きく旋回しているような動きがはじまったのは、酸素マスクをして、しばらくしてからです。」 「私の席に近い左の窓から見えたのは、まっ白な雲だけでした。かなり厚い雲で、地上は見えませんでした。 お客様は窓の外を眺めたり、なかにはスチュワーデスに「大丈夫か」とたずねる方もいました。機内の様子は、あわただしい雰囲気とかパニックなどということではなく、この段階では、まだ何とかなるんじゃないか、という気持ちがあったように思います。」 「私は羽田にもどれればいいな、と感じていました。しかし、まだ雲の上で、高度も高いし、ちょっと無理なんじゃないかな、とだんだん不安になってきました。しかし、ライフ・ベストが座席の下にあることがわからないお客様や、わかっても、ひっぱって取りだすことがわからないお客様も少なくありませんでした。私の近くにも、ベストの場所がわからなくて、取り乱している若い女性の人たちがいました。そのときになって私は、席を立って、お客様のお手伝いをはじめたのです。お客様はこのときはじめて、座席ポケットのなかの『安全のしおり』を取りだしました。」 落合証言によると、事故機は(18:24―18:30の間に)一貫して雲の上にあり、高度をほとんど下げていない。鷹富士さんが投稿№2180で記されるように私も藤枝市(焼津市の西隣)の目撃証言は作り話ではないかと考えている。 ★「墜落事象 恐怖の体験」 (2) 大月市上空での360度旋回(4回の急角度の旋回での5000mの飛行高度の降下)について 大月上空での日航機は『疑惑』の著者角田四郎さんに目撃されているが、目撃されたときには既に低空飛行になっていたという。 そうすると、急降下はいつ行われたのか? 犠牲者の村上良平氏の遺書によると、「18・30急に降下中」とある。離陸後はじめての急降下は18:30~18:40までの間に行われたと考える。そして、犠牲者の大半の遺書はその10分間の間に記されたものと考える。具体的には落合証言で富士山を左下に見てから後の航跡は不明ながら大月上空に至るまでの約10分間であったと考える。 また、大月上空における4回の右旋回は90度以上のものであったと記されるが、行く手に山があってぶつかる危機があった川上村における飛行とは違って、行く手に障害物がないのなら90度以上の急旋回を行う必要がないので、大月上空の実際の旋回はなめらかな円軌道であったと考える。 なお、文系ちゃんにここで答えておきたいが、角田四郎氏が大月上空で目撃された低空で右旋回中の飛行機がJAL123便でなかったのならば、あの墜落事故は単なる事故ではなかったことはもちろんだが、突発的に起きた事件でもなくなり、計画性があったという匂いを感じざるを得なくなってしまう。
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