日航機墜落事故の真実追究(その53)乗客らは 猛烈な恐怖の連続で、墜落死した !!
- 投稿No.2264
- 投稿者:8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査分科会 会長 遺族 小田周二
- 投稿日:2022-10-12 01:00:27
―墜落死した乗客の恐怖の事象と頻度から 外部からの墜落事件を導き出すことが出来る!!ー
墜落死した乗客は どのような恐怖、恐れを感じて、死亡したか、又どのような残酷な遺体の状況であったのか 考え推測すると、あまりにも 酷い事態に 遺族には 言葉にはならない。
この連続した乗客、乗員の極限の恐怖の体験は、事故の本質、真実を導く事象である。⇒ (格言) 発生事象には 必ず理由がある。仮説が導かれて、仮説の実証で 真実になる。
1.奇跡の生還者:落合由美氏らの体験証言 「乗客らの恐怖の体験 (5) 」
日航123便が 上野村の山岳地帯に入った段階で、日航事故機は、エンジン 1基と水平尾翼が破壊され、右旋回し、その後 急降下し墜落している筈。
CVR,DFDRの記録から、この最初の横揺れの衝撃を受けた時間は、18:55:45秒となっている。
この時に 後部の座席に座っていた:落合由美氏は、強烈な体験をしての体験証言をしている。
川上村から、急上昇して、三国山を 左旋回して、上野村に入り、3,000mの高度に達した時、機体に大きな衝撃を感じた。
「奇跡の生還者:落合由美氏の証言」
{安全姿勢をとった座席のなかで、身体が大きく揺さぶれるのを感じました。船の揺れなどと いうものではありません。物凄い揺れでした。
然し、上下の振動はありませんでした。 (即ち 横揺れ)
前の席のほうで、いくつくらいかは はっきりしませんが、女の子が「キャーツ」と叫ぶのが 聞こえました。聞こえたのは それだけです。(エンジン破壊火災)
そして、直ぐに 急降下が はじまったのです。 全くの急降下です。
髪の毛が 逆立つくらいの感じです。頭の両わきの毛が、後ろに引っ張られるような感じ。
本当は そんな ふうには なっていないでしょうが。 そうなっていると 感じるほどでした。
怖いです。怖かったです。思い出させないでください。もう、思い出したくない恐怖です。
お客様は もう声も出なかった。私も これはもう死ぬ、と思った。まっすぐ落ちていきました。振動はありません。
窓なんか とても見る余裕はありません。いつぶっつかるか 分からない。
安全姿勢を取り続けるしかない。}と。
2.乗客らが体験して衝撃、恐怖、異常事態。(上記以外の)
日航機乗客らは、上記以外に、30分以内に、驚愕の飛行異常事態に遭遇し、乗客らは、異常飛行での恐怖と恐れに、声もなく、ただ 安全姿勢を取り続けることしかなかった。
2.1 垂直尾翼、油圧装置破壊後の数分間での異常急降下、墜落事象 「恐怖の体験 (1)」
(18:24―18:30の間)
日航機は 18:24 に突然、垂直尾翼と油圧装置が 破壊され、操縦不能に陥った。
事故機は、伊豆半島の河津町の上で、「右旋回した」と タクシー運転手が目撃している。
これは、垂直尾翼、油圧機能の喪失で、機体の姿勢が、横方向に傾き、そして 急降下した事態であった。
その後 機長らの緊急対応で、次は 左に傾き、急降下して、地上から見ると 左旋回したと、目撃されている。
それ以降の目撃もなく、又CVR,DFDRの記録も修正削除されおり、18:30 頃、静岡県の藤枝市で、小林氏が
「事故機は 低空飛行で旋回して、北方向に飛行して行って、その後を小型の戦闘機が追尾して行ったと証言している。
この事故機は、急降下して墜落事象になったと推測出来る。然し、「日航事故機は墜落せず、飛行出来た」と報告書には 記載されている。
掛かる飛行は 航空常識では 考えられない事態で、「報告書は 事故機は 飛行、操縦出来たとの嘘の報告をしている。
この事象は 嘘の報告で 事実、事故機は 高度を、6000m以上 急降下しており、実際は 急降下で、何回も 墜落事象を行っている。
即ち、事故機は 最後の墜落時と同じ事象であり、乗客らは急降下の恐怖を感じているのだ。
国、航空局は この事象を誤魔化して、CVRも DFDRも 修正し、この間も事故機は 飛行高度を7,000㎥のままで飛行したと、公表している。
真のCVR,DFDRを開示すれば、この嘘は 簡単に暴露される筈だ。事故機の河津町から、藤枝市までの急降下、墜落事象が 真実であった。
@何故 墜落しなかったのか。 ⇒ 機長らのエンジン出力調整という新規操縦技術の開発は 墜落を回避出来たのだ。
@ 生還した川上慶子、吉崎博子氏も「ほぼ、垂直に思えるような急降下」だと証言している。
@ 墜落の事故原因は 水平尾翼と第4エンジンの破壊、脱落である。
2.2 大月市上空での360度旋回(4回の急角度の旋回での5000mの飛行高度の降下)
これは、横田基地への緊急着陸を前提とした着陸の準備であった。 「恐怖の体験 (2)」
このために 初めての着陸なので、高度を 4,000mも下げたいが、エンジン操作にょる操縦で あるので、速度を下げるのは 墜落の危険性があり、
高速での旋回と降下飛行を行ったのだ。
この高速で360度の旋回は、 90度以上の角度で、旋回を繰り返しており、乗客らは 恐らく、強い恐怖を感じた筈だ。
エンジン出力による新規操縦であるからだ、機長らを責めることは出来ないのだ。
2.3 横田基地の傍を飛行する事故機への自衛隊戦闘機による「威嚇―異常接近威嚇」
「 恐怖の体験 (3) 」
横田基地への着陸のために接近した事故機に、自衛隊は着陸を禁止して、西方向に飛行するょうに命令を出している。
然し、事故機は ゆっくりと基地から離れずに飛行して着陸の機会を狙っていた。このために 自衛隊戦闘機は 着陸を諦めない事故機への威嚇攻撃』での事故機の前後を
急接近し急上昇、降下による威嚇飛行で 事故機は 接触を避けるべく事故機は 急上昇、急降下を行ったために
乗客らは、旋回、上昇、降下飛行で 強い恐怖感を体験いた。(CVRとDFDRに記録されている)
2.4 川上村レタス畑への不時着から、上野村の領域までの飛行状況。「恐怖の体験 (4)」
横田基地への着陸を禁止された事故機は、唯一着陸出来る広大な平坦な農地が レタス畑で あった。
事故機は ほぼ不時着に成功出来る事態であったが、畑に多数の農民を視認して、機長は、不時着を中止している。 この緊急“復航” 上昇も危険な判断であった。
畑の高度が、 1,300mで、あったが、上昇飛行能力の関係で、前に聳える「扇平山」を避けるのも 限界であり、何とか 右旋回、急上昇で回避したが、
次は 前面に に高い山:三国山(1818m)が、立ちはだかり、これを 左旋回、急上昇で、回避して、上野村に入っている。
この間、事故機は 畑での急上昇飛行、そして、扇平山の手前での右旋回と急上昇飛行 そして、更に高い三国山の手前での左旋回、急上昇飛行は、
機体の飛行能力の限界に近い飛行であり、この間、乗客らは 相当な強い恐怖を感じたことは 間違いない。
(川上村の高い山を避けるための急旋回、急上昇飛行は 山との激突を避けるための異常な飛行であった)
2.5 機長、佐々木パイロットの急降下、墜落飛行の時の「エンジン出力 max」の操作の時 の物凄い恐怖の体験。 恐怖の体験、勇気ある行動 (6) }
日航事故機は 2回、垂直降下、墜落事象に陥っている。機体が垂直になることは、操縦席は 機体の前部、上部に位置し、機長らは、地面に垂直に視認しており、
エンジン出力の調整で、機体の機首を持ち上げるために、「エンジン フル,max」の操作を行っている。
垂直降下している時、機長、佐々木パイロットは 地獄への突き進むと同じ恐怖と向きあっている。
幾ら、経験豊富なパイロットでも 掛かる体験は 殆ど皆無の筈。
掛かる緊急降下墜落の中、更に 「エンジンをフル,max」にする操作は、降下速度を増すことであり、通常は 速度を落としたくなるのが 人情、気持ちで有るが、
逆に 速度を最高、極限に上げることは、恐怖との闘いであり、とても勇気が要ることだと思う。
機長、佐々木パイロットの(乗客らを助けようとの勇気ある行動)に 感謝の誠を、誠意を 捧げ、表明したい
機長らは 必死に乗客を助けるために 高度の操縦技術で 回避しようとしたのあり、
一方 事故報告書には、「機長らは酸欠で意識が朦朧として 操縦出来なかった」との意図的な作為なる記述、記載は 真っ赤な嘘であった。
3. 乗客,パイロットら 520名は、掛かる究極の恐怖のなかで、貴重な命を奪われたのだ。
彼らには 何の罪もなく、旅を楽しむ人間、市民であった。然るに、彼らは 罪を犯した罪人の死刑より、厳しい「恐怖、恐れ、慄き」を感じながら、
32分間も 狭い座席に 閉じ込まれ、更に 安全ベルトで固定され、安全姿勢を取る中で、命を奪われ、バラバラに粉砕され、破壊された。
検視でも 判別が付かない遺体、部分遺体として、且つ 更に 死体は 再度(ガソリン)で、いや 「火炎放射器」で 自衛隊により 焼き払われ、焼き殺されたのだ。
生き残った乗客らは 更に 「毒ガス液」で 殺される との残酷な死刑が 実行されたのだ。
このように、524名は 究極の恐怖を長い時間、受け、最後は、地面に激突し、激しい衝撃で殆ど、分解し粉砕され、即死した。
⇒ 「恐怖の体験 (1)(2)(3)(4)(5) 」「パイロット、機長らの恐怖の体験 (6) 」
私の愛する子供も、ただ恐怖の中で、怯え、恐怖の中で、人生を奪われた、いや殺されたのである。
たった、12歳、15歳の子供たちの人生は あまりにも残酷であり、可哀そうで 掛ける言葉もない。
今も37年後 自宅の食卓の上の写真は、二人仲良く、笑っているが、苦痛と恐怖の中で、37年前に どんな様子で、恐怖に堪えた長い時間であったのか。
且つ 返された遺体は、包帯で人間の形をしているが、身体の一部しか、見られなかった。
これが、航空機墜落での人間の残酷な姿なのだ。
3.1 通常、乗客らが 墜落時に 恐怖を感じるには、1回であるが、日航機墜落では、このように 32分間も 5回も 恐ろしい恐怖を感じ、苦しんでいる。
従って この特異な奇妙な体験事象は、5回(恐怖の体験 (1)(2)(3)(4)(5))も、外部から、攻撃を受けていたことを示唆しており、
外部の攻撃者は 空を飛ぶ軍隊で、且つ国と関係が深い組織:日本の自衛隊であるこが 導かれる。
又 自衛隊は 日航機の垂直尾翼が破壊されて、直後には 自衛隊は 垂直尾翼の破壊を 知り得る筈がないにも拘わらず、戦闘機 2基の緊急出動を行い、
更に墜落まで、追尾し並走している。多くの目撃証言が これを証明している。
即ち、自衛隊の戦闘機の存在が推測出来、且つその存在は 国の従順な部下であり、強い庇護を受けていることが、重なり、極めて、残酷な事件であると推測出来る。
掛かる墜落事象は 自衛隊以外の軍隊が 行えることは 不可能であるのだ。
@然し、国は、航空局は自衛隊を捜査し事情聴取を行った経緯、形跡は見られない。
更に報告もない。 奇怪で疑惑なことだ。調査し捜査しないのは 意図的な隠蔽工作の一環であり、事故の真実を隠すためと推測出来る。
@ 運鵜省の事務次官を務めた最高幹部の「町田直」(当時の日航副社長が羽田に集まり、激昂し日航に詰めする遺族に語った真実、事故原因は
「日航機は北朝鮮のミサイルで撃墜された。今はそれしか わからん」であった。
⇒ これも 国、航空局は 意図的に無視し、重要な証拠発言を隠蔽した。
この件は。 一番重要な告白書証言であった。然し、この告白内容について、航空局、事故調は、何の調査、捜査を行わず、他の多くの目撃証言、告白も 一切無視して、
事故調査報告書にも記載がないのは、意図的な無視で隠蔽の疑惑が出て来る。
掛かる発言、告白内容は 当然理由があるし、又仮説が出て来る。
この仮説を実証することが、真実に導く道の筈。(事故調査の基本だ)
3.2 遺族らの悲しみと国民の弔意だけでは 犠牲者の人間性、人格は回復されることはない。
それは、この墜落死の乗客らへの遺族、国、国民の責務は ⇒{真摯に 事故調査を行うことしかないのだ}
即ち
(1) 墜落の「真の墜落の事故原因を特定する」こと
(2) 事故原因の再発の危険を 防ぐために 再発防止策などを確実に実行し、(空の安全)の向上を図り、国民の安全を確保すること
(1) は 犠牲者の霊前への(真実)と言う供養、慰霊の行為であり、「国、航空局が実施すること」 である
(2) は 事故後の国民への安全に寄与するための、事故原因からの教訓として 安全対策に生かし、安全性の向上に役立てること である。
然るに 37年間も 現在も 国、航空局は 日航機墜落の事故原因を特定せず、真実の特定する行為を 不作為し 且つ 放棄している。
⇒ 国、航空局、群馬県警は (1)(2)の業務を意図的に不作為し、平然と 見過ごしており、完全な業務放棄であり、市民の命の尊厳を 軽視している。
⇒ 国、運輸省、航空局、群馬県警は これでは 無用の存在となり、国民の税金の 『ムダ使い」になる。
@ 国、運輸省、群馬県警は 総理の責任の回避のために 真実の解明、特定に 不作為しており、且つ 調査し曽佐した真実を 機密事項として、法律的に 封鎖している。
これは 「自衛隊、中曽根総理」の犯罪を隠蔽していることを示唆している。この発生事象は 憲法に違犯し、且つ 刑法に違犯する(重罪)なのだ。
⇒ 国、運輸省、群馬県警は 速やかに 真実を開示することを 求める。
@某著者による纏めの言葉
*自衛隊関与発覚阻止するため徹底妨害横田着陸
*横田基地着陸OK 戦闘機が間に入り着陸阻止
*自衛隊の関与はまずいと 日本政府 雫石事故の前例あるので
*不都合な部分は削除編集しCVRを公開するとは ⇒ 遺族の東京地裁への告訴 (10月13日の結論は 又もや 国が邪魔するのか)
国松春紀著 「硝子戸の外」 (2022.8.12 )
合掌 祈る 犠牲者のために。再発防止とは 今後の国民の命を 守るために 真実を明らかにするのだ。