Re.(16) DFDR解析による航跡

  • 投稿No.2329 元投稿No.2325 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-11-09 17:49:22

鷹富士さまへ

>A、運輸省などによる公式の発表ではないことがわかりました。

当日夜から翌朝にかけて、各種マスコミにより事故の様子が報道されましたが、運輸省の会見内容を一切反映させることがなかった報道機関は存在しなかったものと想像しております。

>レーダー情報による墜落地点の推定位置は、近いもので数キロメートル、遠いものでは10キロメートル、実際の墜落地点より外れていました。

これはどこのレーダーだと数キロメートルで、どこのだと10キロメートルだったのでしょうか?

>B、具体的な根拠はなく、単なるあなたの主観的印象であるとわかりました。
河津町の目撃情報は、角田著が紹介した新聞報道以上のものはないと思います。

角田氏の「疑惑」を確認しましたが、機体の状況を後部が下がっていた感じですとか、傾きは90度近くとあります。別の方は普段の2倍近い大きさ と証言しているようです。
7km先の機体でそこまで見えるものなのか と疑問に思うと同時に、書かれた文字情報のみでは7000m程度と数字を出す根拠となるものを見つけることはできませんでした。
なお、当方は高度が低かった可能性(および異常発生地点が河津寄りであった可能性)を排除しない という考えです。そのようであったであろうと声高に主張しているということではありません。
もう一文書き加えますと、角田氏の本には「駅の上まで水平飛行」とありますので、鷹富士さまのDFDRからの航跡と合わない部分もあるということもあろうかと思います。

>機長の意図と、操縦可能性とは別の問題です。何らかの意図を持って操作をしても、機体は反応していません。できたのは電動によるエンジン出力調整のみ。

鷹富士さまは先にNo.2324の書き込みにて >油圧が失われ操縦不能な事故機 と書かれておりましたが、エンジン出力調整自体はすることはできても、それによっての意図した操縦は不可能 という見解となりますでしょうか?
健全機であれば油圧そうしてもなお着陸が可能な程度の操縦性はあるのでしょうが、123便では6割近くは垂直尾翼の面積を喪失していただろうことから、その分安定性は低下していたはずで、同列に語ることはできないにしても、手段はともかくある程度、一定の操縦関与はあったものと私は考えております。
全くの操縦不能状態で木更津へのレーダー誘導要請は合理性が認められません。

>E、「シミュレータに掛けた」には何か根拠がありますか? そのようなことをした根拠はないし、当時の事故調にその能力もなかったと思います。

かけた際には (中略) ではないかとの推測  ということで、仮定の話になります。実施されたことを断定するかまたはそれに類するような書き方はしておりません。

>D、DFDRの改竄を想定するなら、漠然とした想像ではなく、どの部分をどのようにしたかを、具体的・合理的に推測してから行ってください。
>F、先にも述べたように、DFDRに疑問符をつけるなら、どの部分をどのようにして変えた、と具体的に指摘できてから行ってください。

どの部分をどう となりますと、先に画像を数枚貼らせて頂きましたが、それにありますような変更が為されたのではないかと考えており、さらにもっと具体的な部分につきましてはこれまで得た情報を参考にしつつ考えている最中であります。
批判をしているという意識はありませんが、自身の体験として、18時台に機影がレーダーから消えるというテロップを目にしている ということもありますので、そちらとの整合性も考慮しつつ、実際のところというものを推察しているというところです。

事故調の発表をなぞるだけであれば、何もそれをここの掲示板でしなくてもいいようにも思います。また、自分一人では思いつくことにも限りはありますし、知恵の数は多いほどよいとも考えておりますので、推測を進めるにしても、誤りを修正するにしても途中経過を示すというのも悪いことではないように思います。
全て詰め切ってからでないと推測を書き込んではならない といった決まり事はないように捉えております。

> > 注目すべき点は航跡として西方向へとシフトしていったような可能性が考えられる点と、(13日の段階になってもなお)大月での360度超の旋回の形跡が現れていないというところでしょう。

> A、運輸省などによる公式の発表ではないことがわかりました。
> 当時のレーダーではラフにしか確認できないから、大月上空の旋回もレーダーでは確認できていません。
> 墜落地点の確認でさえ、翌日明るくなってから、ヘリコプターの確認によるもので、レーダー情報では確認できていません。
> レーダー情報による墜落地点の推定位置は、近いもので数キロメートル、遠いものでは10キロメートル、実際の墜落地点より外れていました。

> > 可能性として異常発生時の高度がすでに低かった可能性と、異常発生後に高度を下げた もしくはその両方が一応あり得るという考えですが、それはインタビューに答えておられたタクシー運転手お二人のご様子からですね。 
> > 右翼下げ、左翼上げの様子を腕を使ってジェスチャーで表しておりましたが、その表現でのバンク角が40度はあろうかといったように感じられ、高度が7000mほどはあったように思えなかったからです。

> B、具体的な根拠はなく、単なるあなたの主観的印象であるとわかりました。
> 河津町の目撃情報は、角田著が紹介した新聞報道以上のものはないと思います。
> 「右翼下げ、左翼上げ」はDFDRで明らかなように。河津町上空で右旋回しているから当然です。この時、DFDRのRLLはピーク40度を記録しています。
> タクシー運転手の話からは、河津駅上空を通る高さが7000m程度はあったことが確認できます。

> > 途中機長は、木更津へのレーダーベクターを要請しているようですので、クルーによる何かしらの操縦関与はあったであろうと捉えております。実際のところどの程度の操縦性があったものか、特に事故調はその部分しっかりと調査するべきであったように思います。

> C、事故調の解析不充分については同感です。
> ただし、「経路略図」に描かれたような急旋回を忠実に行うなら、旋回半径が4km以下になり、物理的にも操作的にも不可能です。
> 仮に、「経路略図」に描かれたような急旋回をしていたら、事故機は大月で墜落しています。
> 機長の意図と、操縦可能性とは別の問題です。何らかの意図を持って操作をしても、機体は反応していません。できたのは電動によるエンジン出力調整のみ。

> > 鷹富士さまの考えとは合わない話にはなりますが、私としましてはCVRの編集、航跡改竄はあったのではないかと疑っておりまして、そうしますと当然DFDRの記録もそれに合わせませんと辻褄がおかしなことになります。

> D、DFDRの改竄を想定するなら、漠然とした想像ではなく、どの部分をどのようにしたかを、具体的・合理的に推測してから行ってください。
> 事故調の「経路略図」は極めて杜撰であり、「経路略図」の担当者は、大月上空の旋回をレーダーでは確認できないので、DFDRのHDGの変化を見て漸く旋回を確認できただけで、その上で円定規を使って作図しています。

> > 手を加えはしたものの、シミュレータに掛けた際には、ちゃんと(概ね)航跡図の通りに飛行し、墜落地点へと向かうような結果を示すようには体裁を整えていたのではないかとの推測で、それが大きく違う結果となるようであればそれが「お粗末」ということで、流石にそのようにはならないようにしていたのだろう という話です。

> E、「シミュレータに掛けた」には何か根拠がありますか? そのようなことをした根拠はないし、当時の事故調にその能力もなかったと思います。
> 「お粗末」は「経路略図」の作られ方であって、DFDR自体には手を加える余地はないし、そんな能力も当時の事故調にはありません。

> > ただですが、その計算に用いましたDFDRのデータが絶対のものであるかとなりますと、私としては疑問符をつけており、実際の航跡の推測として受け入れられるかはまた別の話 ということになります。

> F、先にも述べたように、DFDRに疑問符をつけるなら、どの部分をどのようにして変えた、と具体的に指摘できてから行ってください。
> 批判あるいは批評するからには、漠然とした印象ではなく、対象物を具体的に理解することが前提です。
> あなたの議論は、地動説を理解しない人が、毎日の太陽・月・星の動きをみて、「やっぱり地球は動いていない」と言うことと同じです。
> 現実に、あなたはDFDRの中のHDGやTASなどの意味を理解していないし、物理法則も理解していないのだから、旋回や経路について論ずること自体が無茶です。

Re. レーダー局からの見通し

  • 投稿No.2328 元投稿No.2326 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-11-09 08:01:06

箱根のレーダー局から北北東方向を見た際の見通し状況の見当資料 追加分

<箱根~ 北北東方向見通し>
http://imepic.jp/20221109/287190

<箱根~ 60km付近>
http://imepic.jp/20221109/287200

> 箱根のレーダー局から北北東方向を見た際の見通し状況の見当資料
> ※おかしなところがあれば修正します

> <箱根レーダー局>
> http://imepic.jp/20221106/380160

> <白銀山等高線>
> http://imepic.jp/20221106/380170

> <白銀山方向見通し>
> http://imepic.jp/20221106/380180

レーダー局からの見通し

  • 投稿No.2326
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-11-06 10:38:19

箱根のレーダー局から北北東方向を見た際の見通し状況の見当資料
※おかしなところがあれば修正します

<箱根レーダー局>
http://imepic.jp/20221106/380160

<白銀山等高線>
http://imepic.jp/20221106/380170

<白銀山方向見通し>
http://imepic.jp/20221106/380180

Re.(14) DFDR解析による航跡

  • 投稿No.2325 元投稿No.2323 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-11-05 15:03:08

鷹富士さまへ

>1、 出所が羽田か所沢で運輸省の会見によるものと新聞社が確認し、かつ運輸省も確認しているなら結構ですが、私の知る限り、新聞社は後追い報道をしていないと思います。流しっぱなしです。個々に、確認が必要です。

報道各社も独自のネットワークをもっていたでしょうから、ダイレクトにレーダー情報の聴きだしはしたであろうことは否定しませんし、そうであろうとも思いますが、運輸省の会見時には主要新聞社はその場にいたでしょうし、地方紙では時事か共同からか、そこでの情報を得た上で紙面を構成した事でしょう。
注目すべき点は航跡として西方向へとシフトしていったような可能性が考えられる点と、(13日の段階になってもなお)大月での360度超の旋回の形跡が現れていないというところでしょう。

>2、 河津町上空のの飛行高度について、異なる見解を持たれているようですが、その内容と根拠を説明してください。

可能性として異常発生時の高度がすでに低かった可能性と、異常発生後に高度を下げた もしくはその両方が一応あり得るという考えですが、それはインタビューに答えておられたタクシー運転手お二人のご様子からですね。 
右翼下げ、左翼上げの様子を腕を使ってジェスチャーで表しておりましたが、その表現でのバンク角が40度はあろうかといったように感じられ、高度が7000mほどはあったように思えなかったからです。

4、事故調の「経路略図」に描かれたような、大月上空の逆三角形の経路は、油圧が失われ操縦不能な事故機には不可能です。このような、急激な旋回半径の変化はできません。

途中機長は、木更津へのレーダーベクターを要請しているようですので、クルーによる何かしらの操縦関与はあったであろうと捉えております。実際のところどの程度の操縦性があったものか、特に事故調はその部分しっかりと調査するべきであったように思います。

鷹富士さまの考えとは合わない話にはなりますが、私としましてはCVRの編集、航跡改竄はあったのではないかと疑っておりまして、そうしますと当然DFDRの記録もそれに合わせませんと辻褄がおかしなことになります。
手を加えはしたものの、シミュレータに掛けた際には、ちゃんと(概ね)航跡図の通りに飛行し、墜落地点へと向かうような結果を示すようには体裁を整えていたのではないかとの推測で、それが大きく違う結果となるようであればそれが「お粗末」ということで、流石にそのようにはならないようにしていたのだろう という話です。

鷹富士さまのDFDRのデータからの航跡推測の手法は、不可避的な風の要素による変動幅のことは考慮が必要なのでしょうが、非常によくできているもので、計算結果として素晴らしいものであると思っております。

ただですが、その計算に用いましたDFDRのデータが絶対のものであるかとなりますと、私としては疑問符をつけており、実際の航跡の推測として受け入れられるかはまた別の話 ということになります。

> > 最初期の航跡の新聞報道となりますと出所は羽田か所沢からで運輸省の会見が情報源かと思われますが、それが出所不明と判断されるのなら一体何であれば信頼に足るものなのか想像できませんね。

> 1、 出所が羽田か所沢で運輸省の会見によるものと新聞社が確認し、かつ運輸省も確認しているなら結構ですが、私の知る限り、新聞社は後追い報道をしていないと思います。流しっぱなしです。個々に、確認が必要です。
> 角田著に紹介されている3件の例では、運輸省の会見によるものでなく、新聞社がそれぞれにレーダ情報を得て自ら作成した図、という印象です。

> > 異常発生時の飛行速度を210m/sで検討しましたが、6km離れれば通過前の視認が可能と考えましたが、高度の状況により更に近距離でも成立しますので、可能性として排除はしません。

> 2、 河津町上空のの飛行高度について、異なる見解を持たれているようですが、その内容と根拠を説明してください。

> > 墜落地点一致でお見事というようなことを書きはしましたが、事故調としてはシミュレータに掛けて墜落地点に至らないようなデータを出すようではお粗末に過ぎるというもので、流石にそれはあり得ないでしょう。

> 3、 現在はEXCELという便利な道具が誰にでも使えますが、37年前でもパソコンは使われており事故調の担当者も計算のプログラムを組めたはずです。
> 現実に、「別冊」ページ129の「付図ー12」はそのようにして描いたと思われます。
> 私は単純に、「別冊」ページ129の「付図ー12」を描いた担当者と、「本文」のページ137の「付図 1、経路略図」を描いた担当者は異なる、と思っています。
> 「経路略図」が杜撰であることはこれまでも繰り返し述べてきましたが、あなたもおっしゃるとおり、「極めてお粗末」なのが事故調の大勢でした。
> 「経路図」に関する問題だけでなく、「内圧による圧力隔壁破壊」や「内圧による垂直尾翼破壊」の解析についても、事故調はお粗末で、明らかにウソと解ります。

> 以前から述べてきた事の繰り返しですが、各種テストデータ、回収された残骸の記録、DFDRなどに誤りはないが、それらに対する事故調の解析・分析・説明は誤りだらけで、信用に値しないと考えています。上からの指示による「圧力隔壁破壊説」を成立させるために無理を重ねています。もう一つの理由は、彼らの能力が低かったことです。ただし、担当者のうち何人かは真相を解っていたと思われ、それを暗示する記述が所々に現れています。

> > ただ、大月旋回部では本来逆三角形の航跡となるデータとしたかったところ、技量及ばず楕円の航跡になってしまったのではなかろうかと想像しております。

> 4、事故調の「経路略図」に描かれたような、大月上空の逆三角形の経路は、油圧が失われ操縦不能な事故機には不可能です。このような、急激な旋回半径の変化はできません。

> 5、以下、参考までに、パソコンで経路図を作る方法を説明します。

> 事故調報告書のDFDR図から、HDGとTASを読み取り、パソコンのEXCELに入力していきます。
> 離陸から18時40分までは30秒毎に、以降、18時55分までは10秒毎に、以降、墜落までは2秒毎にデータを入れます。HDGとTASを合わせておよそ400項目あります。
> 読み取り開始から入力完了まで、およそ5~6時間。

> 次に、HDGとTASから各時刻の南北方向および東西方向の単位時間あたりの飛行距離を算定する計算式を入力し、時間を掛けて積算すると、各時刻の羽田空港をを起点とした飛行位置が算定できます。
> このステップに要する時間は数時間。この段階では、墜落地点の位置が実際よりも北西に10数キロずれています。

> 次に、補正条件として偏角と上空の風を入力し、飛行位置を修正していきます。大雑把に、偏角を6.5度、6000m上空に毎秒8mの西風として計算すると、墜落地点が実際よりも1km程度のずれに収まります。
> 理科年表によると、偏角は東京付近では6.5度ですが、事故機の経路に沿って、最小6度弱、最大7度強の変化がありますから、この範囲で適宜、調整をします。
> 上空の風は、つくば市の高層気象観測所のデータによると8月の平均値として毎秒8mの西風ですが、当日の経路上の各地点のデータは存在しませんから、常識的に7~9mの範囲で経路に沿って調整し、墜落地点の位置が実際の位置に合うようにします。
> チェックポイントとして、河津町役場、焼津市役所、五日市町役場の3箇所を選び、それぞれの近くの目撃情報に合うようにさらに補正条件の微調整を行います。
> この段階で、各地点の位置のズレは0.3km程度に収まっています。この段階は試行錯誤の繰り返しなので数時間を要します。

> EXCELでグラフを作成するコマンドの中の散布図を選んで描画させます。これは1~2分でできます。

> 地図から目印として市町や山の位置を読み取り、EXCELに入力すると、経路と併せて描画できます。
> 地図情報の読み取りと入力も面倒で、数時間を要します。

> 出来上がったEXCELのデータの情報量は、膨大な数字の羅列なので130KB ありますが、描画した経路図の情報量はわずか10KBしかありません。
> 図に表示された情報量は極めてわずかしかないが、DFDRに基づいてEXCELで計算した経路は、それだけの裏づけがあるということです。
> 仮にパソコンの中の「ペイント」を使って線を描くなら、やはり10KB程度でできるでしょう。

Re.(12) DFDR解析による航跡

  • 投稿No.2323 元投稿No.2320 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-11-02 02:18:17

鷹富士さまへ

>A,「日原に落下物はない」は私の誤解でした。撤回します。

承知いたしました。

>B,出所不明の初期の報道は信頼できません。私は考慮に値しないと思います。

最初期の航跡の新聞報道となりますと出所は羽田か所沢からで運輸省の会見が情報源かと思われますが、それが出所不明と判断されるのなら一体何であれば信頼に足るものなのか想像できませんね。

>C,音速と飛行速度から計算すると、近距離過ぎると河津町の目撃情報と合いません。あなたが別の計算をされるならご自由です。

異常発生時の飛行速度を210m/sで検討しましたが、6km離れれば通過前の視認が可能と考えましたが、高度の状況により更に近距離でも成立しますので、可能性として排除はしません。

>D,河津町の住人というのは、あなたの推測で、記事自体にそのように書かれていたのではない、と了解しました。
結局、角田著に紹介されている3人の目撃情報を超えるものではない、ということです。

新聞の記事自体が河津の住人であの時の音を録音していた人がいて~ というものですので、目撃証言として信頼性があるものの一つとして加えて差支えないように思われます。

>E,「別冊」ページ129の「付図-12」に示す経路、「別冊」ページ206の「「付図-6-2」に示すレーダ経路および影像分析による経路、これら三つの経路の違いに、あなたが違和感を感じないなら、それで結構です。「付図-12」には経度・緯度が、「付図-6-2」には経度・緯度および国土地理院地形図として道路や山も描かれていますから、相互に厳密な対照は可能です。
結局、TASを知らず、従って、HDGとTASから旋回半径と飛行経路を計算できることを知らなかったあなたが、旋回や経路について論ずること自体が無茶です。

風速の設定や目撃証言等による補正の具合で結果に違いが出るDFDRからの航跡推定のごく細かい部分にこだわっても仕方がない と判断しております。更に申しますと風速設定は止む無いものとしても目撃証言による補正はチート的なもので、純粋な出発地点からの計算のみで墜落地点が一致するようであればそれはお見事と申しあげます。

>結局、TASを知らず と言われてしまっておりますが、当方としては報告書(特DFDRチャート部)にTASの項目もあることに気づいておらず、CASしか載っていないものと思い込んでいたということでお尋ねさせて頂きました。航跡の出し方については、シミュレータに各種データを入力し、幾つかパラメータを設定することで行っているものと捉えておりましたので、表計算ソフトで簡単に計算できるような単純なものだとの考えには至ることはありませんでした。
墜落地点一致でお見事というようなことを書きはしましたが、事故調としてはシミュレータに掛けて墜落地点に至らないようなデータを出すようではお粗末に過ぎるというもので、流石にそれはあり得ないでしょう。
ただ、大月旋回部では本来逆三角形の航跡となるデータとしたかったところ、技量及ばず楕円の航跡になってしまったのではなかろうかと想像しております。

> > 日原に落下物はない に関するコメントを頂けますでしょうか?

> A,「日原に落下物はない」は私の誤解でした。撤回します。

> >>ものとなるはずだったでしょうから、最初期であればあるほど正しいとは申しませんが、重視するに値するものと捉えております。

> B,出所不明の初期の報道は信頼できません。私は考慮に値しないと思います。何らかの理由で取り上げるなら、その信頼性を吟味することが前提です。

> > 異常発生後に高度を下げていたのであれば、その分水平距離はより近くなっても通り過ぎる前に見ることはできそうに思いますので、一応は近距離での異常発生も可能性としては残しておこうと思っております。

> C,音速と飛行速度から計算すると、近距離過ぎると河津町の目撃情報と合いません。あなたが別の計算をされるならご自由です。

> > 記事を読んでの感覚にはなりますが、河津町の住人という内容で書かれたものであるように推測します。

> D,河津町の住人というのは、あなたの推測で、記事自体にそのように書かれていたのではない、と了解しました。
> 結局、角田著に紹介されている3人の目撃情報を超えるものではない、ということです。

> > あとは日原付近での航跡についてですが、報告書の付図-12は事故調によるDFDR解析による航跡、付録P206の2万5千分の一の図はレーダー航跡航跡であり、一致しないというのは止むを得ないと言いますか、寧ろ当然のことであるように思います。
> > ただ、日原においてはレーダー航跡の方が本仁田山の通過位置が写真撮影時の状況と合致しているようで、寧ろ付図-12の方がズレが大きいように感じます。
> > 鷹富士さまのDFDR航跡との比較においてもP206のレーダー航跡の方が近く、推定2kmほどの違いではないかと思います。
> > レーダーの精度がどうなのか といった問題があるのでしょうが、その箇所ではですが2km程度であれば結構悪くはないように思いますし、事故調の経路略図程度の縮尺であれば誤差の範疇でしょう。

> E,「別冊」ページ129の「付図-12」に示す経路、「別冊」ページ206の「「付図-6-2」に示すレーダ経路および影像分析による経路、これら三つの経路の違いに、あなたが違和感を感じないなら、それで結構です。「付図-12」には経度・緯度が、「付図-6-2」には経度・緯度および国土地理院地形図として道路や山も描かれていますから、相互に厳密な対照は可能です。
> 結局、TASを知らず、従って、HDGとTASから旋回半径と飛行経路を計算できることを知らなかったあなたが、旋回や経路について論ずること自体が無茶です。

> > 不思議に思いますのは鷹富士さまのDFDR航跡と事故調経路略図の46分のところまでを重ねた際、ズレが目立つ区間がある反面、要所々々では(日原もですが)ピンポイントでほぼ合致しているというところです。

> F,私は「経路略図」と重ねることは無意味だと繰り返し述べてきたので、あなたがどのように重ねたのか知りませんから、コメントのしようがありません。
> 双方の縮尺と要所の位置を合わせることは極めて困難ゆえ、重ねることは無意味です。

> > また、航跡のフォルムも部分部分では似すぎていると言ってよいほどにそっくりになっているというのも腑に落ちないところです。

> G, ページ129の「付図ー12」は、図に記載されているように、DFDRから10秒毎にデータを取って真面目に計算していますから、形としては私の算定結果と同じになるのが当然です。 「付図ー12」が、私の図と異なるのは補正条件です。事故調報告書に記載されている補正条件を確認してください。

> > そうであるのに、大月旋回の箇所に限っては線形が全く異なり、何か不自然さを感じずにはいられません。

> H,「経路略図」の大月旋回部分については、事故調がどのようにDFGDRのデータを参照したのか、全く不明です。
> 以前に述べたことを繰り返しますが、大月旋回部分は円定規を使っていい加減に描画したと思います。実質的にDFDRを参照していないと思います。

日航機墜落事故の真実の追究(その56)ー機密処理された「日航機事故の真実の開示を求めるー 

  • 投稿No.2322
  • 投稿者:8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査分科会 会長 遺族 小田周二 
  • 投稿日:2022-11-02 01:39:11

    ―日航機墜落事故の調査担当は 運輸省、群馬県警で、事故の真実を特定した。然し 墜落事故の真実、結論、真実は 国,運輸省が密かに保有し、(機密保護法)なる法律に登録し、隠蔽した。
   遺族国民へは (嘘の事故原因)で 誤魔化し、事故の真実を 完全に 隠し通す方針である!!―
  
 1.犠牲者の遺族の「心の旅路」と事故調査の経緯と 国の謀略、隠蔽工作による完全隠蔽犯罪
    1985.8.12 日航123便は 上野村御巣鷹の尾根に墜落死して、520名が死亡し、4名が重傷との世界的な墜落事件で、国が国民(日本、世界)を虐殺したのであった。
   愛する肉親を殺された遺族の苦悩と苦しみが始まり、37年間、今も苦しみの中に生きている。
  *それは 国は、遺族に国民に、嘘の事故原因を告白し、公表して、嘘が確定しても 国、航空局、群馬警察は 事故の真実の調査を放棄して、犠牲者は ただ「遭難者」との汚名、侮辱を着せられて、
   慰霊式典で 偽善の慰霊する事態が 37年間も続いている。最近は 2019年から 2022年までは(コロナ禍)を理由として、遺族の慰霊式典への参加を禁止して、遺族間の交流を妨げている。
   それは「事故の真実は、国、自衛隊によるミサイル撃墜による完全犯罪だ」と事態の流布を意図的に妨害しているのだ。そして、且つ 航空局、日航、ボーイング社、群馬県警、司法、前橋検察と殆ど   
   のマスコミも この事実の隠蔽に協力しているのだ。事後共犯行為に相当する犯罪である。
   遺族は 事故に関しての無知のために、又殆どの事故証拠に触れる機会がなく、ただ 国、運輸省、航空局の言うままの内容を信じ込むしかなかったのだ。
  *私:遺族小田は、事故後 2011年の遺族だけを集めての「隔壁破壊説の解説集会」の後、遺族会は 国、日航による洗脳、便宜供与により、事故原因の再調査を放棄した事態を受けて、
   小田は 事故調査を 本格的に参戦して、真実を追求を始めたのだ。遺族会会長:美谷島氏は 小田に航空局、日航との秘密の面談、会議を告白し「ミサイル撃墜事態」の放棄させられたと 
   告白して、以後、美谷島会長は 遺族の悲しみの伝道者の役割に転進して、多くの国民に 『隔壁破壊説』の宣伝、公表に尽力して、「犠牲者の死の真相」を隠すのに、協力していることが 
   明らかになった。
   遺族会会長:美谷島氏は 524名の犠牲者への裏切りであった。
  *小田は 旅客機の機体構造、機能、及び操縦に関して、基本的な調査を行い、又過去の旅客機の墜落事故の調査と事故原因を 世界が認めた調査に実態を納めたTV放映で確認し研究を進めた。
   同時に 運航会社;日航に 機体構造の見学、及び事故原因についての研究会を申し出て、許可を得て、2013年から 2019年まで 日航の技術幹部とパイロットを含めて、日航調査団と
   面談し議論した。この結果、日航は 『事故加害者でない』と『事故原因は 御巣鷹の尾根付近での機体へ攻撃だ』「遺族への金は お見舞金だ」との言質を得たのだ。
  *この結果を 著「日航機墜落事故真実と真相」(2,015年)著「524人の命乞い」(2017年)『永遠に許されざる者』(2019年)を出版して、国民の判断を求めて、多くの賛同を得て来た。
    然し、国、航空局、は一切無視し、2019年以降、日航も 小田との面談、技術会議の開催には 拒否している。それから、航空局、日航、群馬県警、司法(前橋検察、前橋検察審査会)
    及びマスコミも 一切、この結果には 認めず、ただ 無視し 真実な応対も見せず、現在に至っている。
   彼らは 最高権力者:自民党総理の指示に従い、全面協力して 事後共犯の加害者に転落しており、現在も その真実の隠蔽協力は 続いている。
  *事故の真実の隠蔽には、口頭による命令には限界があり、このために 2013年 安倍総理が陰湿な事故隠しに 有効な法律での隠蔽を画策した。
   それが、法津「特定機密保護法」の強行採決による成立であった。その前に 1999年には 航空局は『事故資料の全部廃棄』との犯罪行為を行っている。
   又法律「情報公開法」に基づいて、事故資料の開示を求めたが、拒否されれている。この開示請求の副産物が 問題の「CVR,DFDRは 所有者:日航に 返却した」との回答による、追及は
   遺族吉備氏の東京地裁への「CVRの開示請求」であった。
  *これで、事故原因は 中曽根総理の指示と自衛隊によるミサイル撃墜だと判断して、 2016年、2017年に前橋地検の両者と告訴した。同時に 航空局、日航を事後共犯として、告訴した。
    結論は後述する。
  *この法律による事故の真実の隠蔽を 2019年8月12日の遺族;Sssanne氏と小田との日航赤坂社長との面談で 赤坂氏が告白している。
   (慰霊式典の日、御巣鷹の尾根、スゲノ沢での歴史的な面談)
    この時に 赤坂社長は「事故の真実を話したいが、それには 国、運輸省の許可、了解が要る」と告白したのだ。驚愕の自白であった。
   このことから、国、自衛隊、運輸省は 口頭での命令以外に法律「特定機密保護法」により、日航123便の墜落事故を機密事項に指定して、完全隠蔽を図っていることが 明解になったのだ。
 
  2.多くの国で 戦争での飛行爆弾である「ミサイル」による誤射、計画的な撃墜事件が多発し、多くの政府は ことごとく、嘘の事故原因を公表して、自衛隊、軍隊を擁護し、
     最高責任者の責任回避を行っていることが 明らかになっている。
     その一例として、民主主義国家であるフランスの場合を紹介し、提起する。 
   2.1  フランスの旅客機ミサイル撃墜事件 (AF-1611便墜落事故、1968年)
     *この事例は フランスでの「1968年の AF-1611便ミサイル撃墜事件」でのフランス政府の対応が この日航機事故の隠蔽工作と機密解除の行動が 
      「軍によるミサイル撃墜事態」と同じで、日本政府の対応、処置、隠蔽も全く同じであることを 如実に語っている。
     *フランス軍の幹部が「墜落事故は 軍のミサイル撃墜だ」との告白で マクロン大統領が 劇的な決定で、(軍によるミサイル撃墜)を認め、再調査を命じている。
       一方、日航機墜落事故でも 町田:元運輸相 事務次官が 『日航機がミサイルで撃墜された』との遺族への告白、説明が根拠になり、
       ここに 岸田総理が ミサイル撃墜を認め、事故の真実の開示、公開を命じるべき事態になっている。 早急な実施が 遺族、国民が 求めているのだ。
     @ 日航機墜落事故の事故原因は 国運輸省は特定し、隠している。機密事項として。
        事故の真実を解明、開示は 国、運輸省の決断に掛かっており、それは 内閣総理大臣が、
        自衛隊最高指揮権限者の岸田総理の決断が 緊急に待たれるのである。
    2.2 日航機事故の真実の告白は 日航副社長:町田直であった !!
       このフランスの場合、真実の告白は事故の関係者の「フランス軍の秘書課官」だあった。
       そして、この秘書官は 軍の最高機密に接触出来、知り得る立場にあった。
      これと同じ立場の人物は 日航副社長の町田直で、 彼は 元運輸省の権力者の事務次官であり、日航への天下りで 時期「社長」に内定しての人事であった。
     又 町田氏は あの自衛隊の戦闘機が激突して、乗客乗員 162名が殺害された事件「全日空機雫石戦闘機激突事件」の調査で(自衛隊の責任)と
      (佐藤総理の責任)を回避した功労者であった。そして事故原因は(パイロットの前方視認不良)としたのだ。これはイカサマの事故原因で、佐藤総理の辞職を 妨害したのだ。
       ここで、 角田四郎氏の「疑惑」に於ける町田四郎氏の「墜落事故後、数時間後、羽田の東急ホテルでの町田氏と激昂する遺族の会話について、その驚愕の内容について紹介し、掲載する。
      即ち、角田氏の著「疑惑」(早稲田出版、1993年-このままでは 524柱は 眠れないー114頁より 転載する。角田氏は 某事故犠牲者の遺族の友人である。
   
     {東急ホテルには 既に 多くの人(犠牲者の家族、遺族ら)集まってきていた。午後 9時半か 10時頃だった。彼(友人)は 先ず、搭乗者名簿に目をやった。
      「乗りの遅れて他の便に、乗り換えていてくれ」と、必死に考えるものだ、と聞かせて呉れた。
       カタカナで書かれて、あるせいか、頭が真っ白になっているせいか、なかなか 読み取れないものだー-とも。そうこうしているうちに、見覚えのある名前を見つけてしまった。
      「見つけてしまった」というのが、実感だと言う。それでも何度も別人ではー-と何度も読み返して、やっと「乗ってる」と 血が引く思いが こみ上げてくるもんだと。
       呆然として立ち尽くすうち、部屋の一角で 大声を出す,ひとかたまりの人垣が出来た。
      それは、やっと我を取りもどす、切っ掛けだったと言う。
       引き寄せられるように、その人垣の外側から、首を突っ込んで、見ると、中央に中年の紳士が 半ベソをかいたような顔で、胸板を掴まれて、立っていたと言う。
      「はっきりと言え!」 「一体 飛行機はどうしたんだ」 「どこに 行ったのか “」 紳士は 『申し訳ありません』 そんな言葉の繰り返しをやっていた。
     *紳士は 日航の役職者らしかった。(後に 副社長の町田直と判明した)
       友人は むしろ、その紳士に 同情を感じたと言う。家族(遺族ら)の追及は 執拗であった。
      ところが、「お前ではラチがあかん」とか「社長を出せ」と詰め寄る人が増え始めた時、その紳士は 唐突にとんでもないことを 口走り始めたのである。 
       真っ赤に顔を紅潮させて、「うちの機(日航機)は 北朝鮮のミサイルに撃ち落とされたんだ。今は それしか分からん“」と
      一瞬、家族達、(後の遺族達)も 友人もなんのことやら 意味が分からずにいた。
       紳士は その緩みに乗じて,若い社員が、スーと、抱え出してしまった。家族達(遺族達)は それを黙って、見送っていたのだと言う。}

    この重大な告白事件が 日航、航空局にとって、機密事項の漏洩になると、危機感を持った(日航)(航空局)は、遺族らの記憶から、この異常な、驚愕の告白の内容と消すために
     二つの作業を遺族に要求した。 一つ目は 日航の家族認定作業であり、二つ目は 今だ、確定していない墜落場所へのバスでの家族(遺族)輸送の事態であった。
    これで、多くの家族(遺族)は こんな出来事を忘れてしまったのである。 ⇒ これは、日航、航空局の隠蔽し、騙し、忘れさせるための謀略作戦であった。
     *この重要な告白は、事故原因の証拠として、採用出来ると判断して、2016年 遺族小田は、墜落事故は中曽根総理、自衛隊によるミサイル撃墜だと明記して、前橋地検に告訴したが、
       2018年に 不起訴になった。不起訴の理由は 「嫌疑がない」であった。 所謂、遺族、素人の告訴を「門前払いの判決」したのだ。
      前橋地検は、1年以上も真摯に審査していたが、突然2018年3月に検事正、と担当検事が更迭され 横浜地検からの新任の三席検事:寺尾氏(女性)が
      ―旅客機事故の経験、地検のないー不起訴判断し、且つ短期間の苦しい猛勉強で 4月に判決理由の説明を 小田に行った。
     この町田直の告白証言(ミサイル撃墜)について、寺尾三席検事は、「北朝鮮のミサイル」の文言で、(北朝鮮)の文言で「事故の証拠」との能力、価値はないと説明した。呆れる。
     おかしな論理で、屁理屈である。 検察が真摯に対応するには、検察が、単に否定するだけでなく、自身で 調査、捜査に加入して、その信憑性を確認すれば、良い筈である。
     国は 検察に圧力を掛けて、「不起訴」にしたと判断出来る。
   *後日、日航との質疑、質問-回答の応答において、小田が日航にこのことの信憑性を聞いた時に、日航は 「確認出来ませんでした」との文書回答を出して来た。
     即ち 否定を しなかったのである。この発生事象は 多くの日航社員が知って、証言している。
   *この件は 前橋検察審査会に申請し、庶民の判断に期待したが、これも 検察審査会は前橋裁判所の管轄であり、ここでも、審査結果は 前橋地検の判断を支持して、
    小田の告訴要求を 否定し棄却した。その理由は何と 「証拠ナシ」であった。
   ⇒ これで、群馬県警と前橋地検と、検察審査会は 国の圧力に屈して、司法も 権力者の命令に 正義の判断を下す事態を避けて、事実の隠蔽に協力したのだ。

  3.今後の事故原因の調査捜査特定と 遺族国民が国に対して要求すべき事項
     国の事故原因:『隔壁破壊説』の信憑性を確認するために、遺族として、本格的に日航機墜落事故の調査に参戦した。結果的に、『隔壁破壊はなかった』と分かり、
     その上、真実の「仮説」も 先輩の有識者の調査結果を参考にして、導き出すことが出来た。 
    航空局、日航との真摯な議論で、事故の真実の仮説を提起したが、一切無視され、それ以降、質問状を提出し面談を求めたが、返事はなく、
     国、航空局が 国の事故原因が司法が否定したにも拘わらず、事故調査を中止して、30年間以上も不作為で 国、航空局は 沈黙を守って、且つ 事故調査を 再度開始する気配もない。
    そして、結果的に事故後 37年間 『日航機墜落の事故原因は不明のまま』なのだ。

   *日常生活で、殺人事件が起きると、警察の出番であり、捜査検事の出番です。
     彼らは 捜査権を持ち、捜査し、尋問し、証拠の品を集め、殺害の動機を探し、刑罰を科する。
     ここには、遺族であり、関心のある人であっても、この事件の独自に調査は出来るが 無理なのである。 何しろ、一般人は 調査権、捜査権を持たないし、
     殺害現場にも 見学参加出来ないし、証拠品を探し、見ることも出来ない。
    だから、一般人は殺害事件には 参加し調査、捜査して、殺害の真実と犯人を特定することは 不可能なのだ。
   *同じことが 日航機墜落事故の場合も適用出来、一般人、遺族も 事故原因への調査、捜査は 権利、権限もなく、不可能なのだ。
     この事態、状況と 事故調査の権限は、政府、警察の管轄で 専権業務であることを勘案すれば 事故調査、事件調査は 国、運輸省が行うことは 必然であり、
    彼らが 調査して得た「結論」『墜落の事故原因、真実』を公表して、遺族、国民に設明する責務があることが 決められているのだ。
     更に 同種事故、事件は発生しないための「再発防止策」の提起と実施で、国民の航空安全を図ることも 義務付けられているのだ。
    ⇒ この国の真実の開示、公表は 当然の事態であるが、国、航空局は 無視し、実施せず、ただ 笑って、済ませており、犠牲者を侮辱しているののだ。
       犠牲者は 犬死なのだ。 合掌 合掌 !!

   *遺族、国民、湯指揮者による事故調査は 行われたが、限界がある。然し、国の『隔壁破壊説』の信頼性を確認するために 30年以上の真摯な事故調査で、
     結果的に 『真実の事故原因の仮説」を導き出すことができたのだ。
    即ち この事件の真実は 中曽根総理、自衛隊の蛮行、ミサイル撃墜虐殺事件であることが 明確に、帰結し判断出来たのだ。 
    然し、国が これを認め、了解することは 絶対にないことも 明らかである。
    ここに、自ずから、結論が見えて来る。そして、遺族、国民が 事故の真実を得るためには、国、運輸省に 真実の公表、開示を求めることが 基本的に、原則的に 唯一の方策である。
    ⇒ フランスのAF1611便ミサイル撃墜事件でも、遺族らは 事故調査を行わず、国に対して、事実の公表、開示を求め続けて、51年間も。
      軍の秘書官が ミサイル撃墜を告白して、マクロン大統領が機密解除を行って、且つ再調査を命じて、真実の開示が行われたのだ。
  *即ち、運輸省は その専権事項として、事故調査の管轄部署として、国民への開示責任があることは 明確である。 
    岸田総理大臣が 機密開示を行い、運輸省に 事故の真実の開示を指示することが 必然的な処置であり、且つ責務なのである。
     民主主義国家の日本では 国民が 主権者であり、国は 主権者:国民に 真実を公開し開示して、犠牲者の供養、慰霊を行うことが 責務なのだ。

   @ 掲示板への投稿者、及び読者の皆様に お願い !!  
    掲示板での「真実追及」には 限度があり、又 隠蔽の国、航空局は 嘘の事故原因で 遺族、国民を騙している。
    最近の投稿者は 専門知識の談義で、事故原因の内容ではないし、真実の「仮説」の提起もされないのが 実情だ。
    まして 投稿者が 墜落事故の「仮説」の投稿を要請したが、誰も 応じていない。

   @小田は 重要で信頼のある「証拠」を提示して、国、航空局が 機密処理した『日航123便墜落事故』を開示することが 国、航空局の責務であることを、論理的、技術的に 説明した。
    この趣旨、経過、技術的な結論を理解されて、多くの皆様方の理解と応援と協力を求めます。
    これが、この方法こそが 本来の遺族、国民が 旅客機墜落の真実の追究、解明への道、方法なのである。合唱 合掌 !!

 

        

Re.(10) DFDR解析による航跡

  • 投稿No.2320 元投稿No.2317 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-10-31 17:31:22

鷹富士さまへ

>D,日原に落下物はありません。目撃情報1件と写真撮影1件です。

投稿No.2315にそのようにありましたので、では付図-22の●は何ですか との問いかけでございました。
日原に落下物はない に関するコメントを頂けますでしょうか?
なお、当方には付図-12における●の鍾乳洞入口を落下物位置だとの誤認識はありません。

一応ですが、あざの一原が具体的にどこなのかは地図で確認することはできませんでしたが、バス停としては一原というのがあり、その周辺ではないかとすれば鍾乳洞から見れば東側であろうと推測します。

>A,報道初期は情報が輻輳していた時期で、私は考慮に値しないと思いますが、文系さんがそれに拘ることを止めるつもりはありません。

事故当日から翌朝あたり、テレビおよび新聞で航跡図が報道されましたが、情報の出どころとしては、羽田か所沢か といったところが妥当と言いますか、他からはまず出ないであろうと考えますと、情報の輻輳というのもそうは起こらないように思いますし、それらのいずれから出されたものであっても酷似したものとなるはずだったでしょうから、最初期であればあるほど正しいとは申しませんが、重視するに値するものと捉えております。

>H,河津駅から水平距離が近すぎるのは成立しません。

単純な音の到達だけの話ですと、異常発生が高度7200mであれば、6kmほど離れていれば音の方が約1秒早着で、音を聞いて即見上げれば視認は可能ではないかと考えました。仮に高度が4000mであったならばその距離は3.5kmでも間に合うでしょう。
異常発生後に高度を下げていたのであれば、その分水平距離はより近くなっても通り過ぎる前に見ることはできそうに思いますので、一応は近距離での異常発生も可能性としては残しておこうと思っております。

>I,どの範囲の人が聞いたのか、確認しないと情報としては不完全です。例えば、伊東市や熱海市まで広がるのか、河津町に限定されるのか?

記事を読んでの感覚にはなりますが、河津町の住人という内容で書かれたものであるように推測します。

あとは日原付近での航跡についてですが、報告書の付図-12は事故調によるDFDR解析による航跡、付録P206の2万5千分の一の図はレーダー航跡航跡であり、一致しないというのは止むを得ないと言いますか、寧ろ当然のことであるように思います。
ただ、日原においてはレーダー航跡の方が本仁田山の通過位置が写真撮影時の状況と合致しているようで、寧ろ付図-12の方がズレが大きいように感じます。
鷹富士さまのDFDR航跡との比較においてもP206のレーダー航跡の方が近く、推定2kmほどの違いではないかと思います。
レーダーの精度がどうなのか といった問題があるのでしょうが、その箇所ではですが2km程度であれば結構悪くはないように思いますし、事故調の経路略図程度の縮尺であれば誤差の範疇でしょう。

不思議に思いますのは鷹富士さまのDFDR航跡と事故調経路略図の46分のところまでを重ねた際、ズレが目立つ区間がある反面、要所々々では(日原もですが)ピンポイントでほぼ合致しているというところです。
また、航跡のフォルムも部分部分では似すぎていると言ってよいほどにそっくりになっているというのも腑に落ちないところです。

そうであるのに、大月旋回の箇所に限っては線形が全く異なり、何か不自然さを感じずにはいられません。

> > 報道初期に出されていたレーダー航跡のほうが真相に近く、後に出される報告書のものは何かしらの意図あって西方向にずらされた可能性があるように考えております。

> A,報道初期は情報が輻輳していた時期で、私は考慮に値しないと思いますが、文系さんがそれに拘ることを止めるつもりはありません。

> > その手法につきましてはあれこれ考えている途中という事になりますが、そのうちの一つとしては静岡→五日市あたりで切り取り西にシフトさせその間を繋ぐ というのもあるように思います。

> B,それはありえません。

> > 先に静岡手前で右に回転させる場合の図も貼っておりましたが、それも手法の一つとしてあるのではないか との考察によるものです。

> C,「静岡手前で右に回転させる」は、具体的な根拠はなく、あなた自身の仮説であるとわかりました。

> > 逆にですが、●が鍾乳洞の入り口であると判断できます記載はありますでしょうか?

> D,「入り口」と書いたのは私の独断で、正確には「国土地理院地形図に日原鍾乳洞と記されている地点」です。他の分県地図などには、国土地理院地形図の位置よりはるか北に「日原鍾乳洞」のマークがあるので、それと区別するために「入り口」という表現を使っていました。より正確には「「国土地理院地形図に記載の日原鍾乳洞」と呼んだほうがよいでしょうが、長すぎるので。 私は、位置の特定には極力「国土地理院地形図」を確認しますが、事故調の図もまた、当時の「国土地理院地形図」を基にしています。

> > 附図22の(1)●の位置は、正確な住所(座標)は不明ですので大体あのあたりであると捉えるしかないように考えていますが、字一原となりますと鍾乳洞より東側である可能性もあるように思います。元の図縮尺からしますと、目安の位置 の域を出ないものではあるでしょう。

> E,事故調報告書「本文」ページ158の「付図-22」の落下物の●印と、「別冊」ページ129にある鍾乳洞の●印とは無関係です。「別冊」ページ129にある鍾乳洞の●印は、先にも書きましたように、「国土地理院地形図に記載の日原鍾乳洞」の位置です。

> > 「別冊」ページ129の「付図-12」ですが、飛行経路略図や「別冊」のページ206のレーダー航跡とはやや不一致となっておりますが、本仁田山との位置関係からすれば、付図12の方が南方向にズレてしまっているように思えます。
> > (付図12以外の2つの航跡は鍾乳洞の北を通過)

> F,「別冊」ページ129の「付図-12」は、事故調がDFDRに基づいて計算した図で、その補正条件は「別冊」ページ109の冒頭に記しています。
> 「経路略図」の相模湖北方以降は、これを基にしたはずですが、正しく写したかどうかは不明です。
> 「別冊」のページ206のレーダー航跡とも合致していないことは、当初から私が指摘してきたとおりです。
> こういう矛盾を放置したまま、報告書が作られている、ということです。

> > 三、目撃談ですと静岡での目撃談、当日の報道となりますと、TVニュースでOAされた航跡図となります。これには大月での360度超の旋回の記載はありません。

> G,静岡の目撃談とは、角田著に紹介された以外に、他にもあるのでしょうか?
> 当日の報道は、情報が輻輳し不正確なものが多く、私は評価に値しないと思います。あなたが、それに拘ることを止めはしませんが。

> > 五、投稿No.2309の<実航路推定 2> をご参照下さい。飽くまで考察一例として描いた航跡の一つです。

> H,河津駅から水平距離が近すぎるのは成立しません。音が聞こえて見上げた時点で事故機は頭上を過ぎて北西の方へ飛び去っています。音速と事故機の飛行速度から計算すると、異常発生点は河津駅から水平距離で15km以上ないと、目撃情報に合いません。

> > 六、自分が見ましたのは地方紙夕刊になりますが、相模湾上空の音が録音されていて、その解析結果に関する記事の冒頭に 『~伊豆半島上空を通過した際、多くの住人が「ボーン」という大音響を聞いたが、~』 とありましたので、あのように記載しました。

> I,どの範囲の人が聞いたのか、確認しないと情報としては不完全です。例えば、伊東市や熱海市まで広がるのか、河津町に限定されるのか?

> J,No.2315のD項で説明した、日原付近の経路について補足します。

> 次の3点の図を基にして考察を進めます。

> 1、事故調報告書「本文」ページ81に、「DFDRによる推定飛行経路・・・・・・18時46分ごろからDFDRの記録の最後(18時56分27秒)までの間は主としてDFDRの解読結果より推定を行い・・・・」という説明があるので、事故調の「飛行経路略図」は脇へ置き、事故調報告書「別冊」ページ129の「付図ー12」の経路図を参照。
> 2、事故調報告書「別冊」ページ206の「付図ー6-2」で、日原で撮影された写真の解析結果が載せられているので、これを参照。
> 3、「別冊」ページ206の「付図ー6-2」に使われた地図は、37年前当時の国土地理院25000分の1の地形図なので、最近の国土地理院25000分の1の地形図を参照。

> 「別冊」ページ204に、撮影地点から事故機までの距離を4.1kmと算定しているが、これは正しいものと考えます。
> しかし、ページ206で、撮影位置から事故機を見た仰角を45度として、事故機の高度を2.9kmとしているのは誤りです。
> 国土地理院地形図によれば、撮影地点の海抜高度は620mです。DFDRの中のALTによれば、日原付近を通る時の高さは約8000ft(2400m)ですから、撮影地点からは1780mの高さを事故機は飛んでいたことを示しています。これから計算すると、仰角は25.7度になります。

> 「別冊」ページ204で、模型を使って解析した結果、事故機が水平飛行をしていたと仮定した場合の仰角は41度と記載されています。41-25.7=15.3で、撮影された時点で事故機は15度余右へ傾いていたと推定されます。
> DFDRの中のRLLを見ると、50分2秒前後に-23度のピークを記録していて、これが撮影時刻に近いと推定されます。

> また、「別冊」ページ206では、撮影方向を真北から時計回りに72度(東北東)としていますが、疑わしい。時計回りに45度(東北)の可能性がある。

> そうすると、撮影地点からの水平距離は、4.1×cos25.7度≒3.7km、撮影時刻はDFDRの50分05秒となります。

> 以上を整理した結果を、DFDRに基づき算定した経路のうち日原付近を拡大した図に記し、イメピクの下記アドレスにアップロードしました。

> http://imepic.jp/20221030/625540

Re. 油圧機器の仕組み

  • 投稿No.2319 元投稿No.2313 風のたよりさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-10-30 17:57:02

風のたよりさまへ

>最後に、B747-100はFBY以前の古い機体です。差動油消失後にメカニカルな操作を可能にする構造が厳格に義務付けられています。
>そうしたことを無視する議論はナンセンスだと申し上げます。

このことを明確にするだけでも十分再調査に値するように思います。
事故調側は、操縦不能から止む無く山へ のシナリオに影響が出ることを回避するために事故機の油圧喪失後の操縦性について詳細に調査しなかったのでは?と勘ぐってしまいます。

>駐機中の稼働翼の動きは、作動油が存在しますので、123便のインシデント後と状況が異なります。

ご指摘有難うございます。
私としましても、事故機では異常発生後墜落までのどこかで配管内への空気混入の可能性はあるものと考えておりますが、それがいつなのか が問題となっております。

新聞には18:36 「ハイドロプレッシャー オールロック と油圧系統のバルブを締めるよう指示する声があり」 といったような記事も載っていたようですし、FE氏の「ハイドロクオンティがオールロスしてきちゃった」の発言も気になるところです。

覚えている方はそんなにはいないかとは思いますが、自分の過去の投稿で一時期オーバートラベルメカニズム周りの仕組みの資料を連続して貼っていた時期がありましたが、いよいよエルロンを自由運動させた際にどう動くか を考察する手目のところまでいって、そこで投稿が止まってしまっておりました。
<最後に貼っていたと思われる資料>
http://imepic.jp/20221030/641730

白銀山の検証を終えて後、こちらの考察に戻りたい と考えております。

> 小田様からの呼び掛けの最中申し訳ありません。
> 枝葉末節の話をさせていただきます。
> 123便がインシデント後に羽田に戻るライトターンと発し、自由が効かない状態で機長の意図する航跡を辿っていたのは間違いありません。
> 物理的に消失したラダーは別としてエルロンとエレベータは操作を受け付けつけたと考えます。
> 過去にも書き込みいたしましたが、油圧機器は常時、圧力を発生していません。
> 常時は単に作動油を圧送しており、回路中の圧は1atm以下の背圧しか掛かっていません。
> スプールバルブが作動することで圧力が上昇し最大200atmに達します。
> そうした機器の特性を踏まえて123便に起きたことをお考え下さい。
> 作動油の流れはリザーブタンク→ポンプ→バルブ→アクチュエータ→リザーブタンクヘ戻る。です。
> FEのハイドロ落っこちています。の発言は通常時であれば1atm程度あるはずの背圧が下ったことを指しています。排圧が下った理由は、リザーブタンクが空になったことでポンプが空気を圧送して回路中の作動油がなくなったことを意味します。
> そのまま放置するとポンプの焼き付きでロックするのでFEがポンプのクラッチを切ったと想像します。
> 以前、バルブやアクチュエータ内の作動油が邪魔をして操縦桿は動かないといった議論がされていましたが、回路中の作動油がなくなるので作動油が操作の邪魔はしません。
> 作動油消失後の稼働翼を動かすのを邪魔する力は空気力とバタつき防止のダンピング力の2つです。
> 当然、B747の空気力は大きいので一気に大きな翼作動角を与えることは不可能です。
> しかし、機体の動きに合わせて操作力を加え続けるとかなりの大きさの作動角が得られ姿勢変化を起こせたと考えます。
> これを裏付けるものに機長のそんなにバンク取るな。という発言があります。
> 長い時間大きな力を加え続けて姿勢変化が生じた後、短時間で修整するのが困難な状態だった際に発せられた言葉と想像します。
> そのため、DFDRに見られる小刻みな操作の繰り返しで機体姿勢の変化をさせるようになったと考えます。
> 最後に、B747-100はFBY以前の古い機体です。差動油消失後にメカニカルな操作を可能にする構造が厳格に義務付けられています。
> そうしたことを無視する議論はナンセンスだと申し上げます。
> また、DFDRの加速度情報の積分による航跡計算は精度が悪いのは一般常識です。
> 手間を掛けて計算しても、途中の目撃情報や落下物による位置補正が必要になります。それでは、結局どの目撃情報を取捨選択したかで航路はいくらでも変わることになります。
> 以上です。

> 追伸、文系ちゃん様ヘ
> 駐機中の稼働翼の動きは、作動油が存在しますので、123便のインシデント後と状況が異なります。

Re.(8) DFDR解析による航跡

  • 投稿No.2317 元投稿No.2312 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-10-30 13:56:02

鷹富士さまへ

>B,「切り貼り」という抽象的な表現ではなく、どの部分がどのように間違っているかを指摘してください。

間違っているというのとは違うのではないか との推測をしておりますが、そう申しますのも実際は発表されているものより、もっと東寄りの航跡だったのを意図して書き換えた可能性があるのではないかと疑っているからに他なりません。

報道初期に出されていたレーダー航跡のほうが真相に近く、後に出される報告書のものは何かしらの意図あって西方向にずらされた可能性があるように考えております。
その手法につきましてはあれこれ考えている途中という事になりますが、そのうちの一つとしては静岡→五日市あたりで切り取り西にシフトさせその間を繋ぐ というのもあるように思います。
先に静岡手前で右に回転させる場合の図も貼っておりましたが、それも手法の一つとしてあるのではないか との考察によるものです。

<実航跡推定3>
http://imepic.jp/20221030/498330

D,日原に落下物はありません。目撃情報1件と写真撮影1件です。「別冊」ページ129の「付図-12」に記されている●印は、図中に表示されている経度・緯度から測ると鍾乳洞の入り口です。事故調の「経路略図」は杜撰ですが、「別冊」ページ129の「付図-12」は真面目に描かれています。それゆえに、誤りも具体的に指摘しやすい。

先の投稿にてこちら
<日原航跡比較>
http://imepic.jp/20221028/323540
を貼っておりましたが、こちらの右下、落下部物(1)は、附図22の●を実地図に落とし込んだものになります。
報告書を読む限りではありますが、この(1)というのは落下物の発見場所を示すものとしか捉えることが出来ませんでした。
逆にですが、●が鍾乳洞の入り口であると判断できます記載はありますでしょうか?

附図22の(1)●の位置は、正確な住所(座標)は不明ですので大体あのあたりであると捉えるしかないように考えていますが、字一原となりますと鍾乳洞より東側である可能性もあるように思います。元の図縮尺からしますと、目安の位置 の域を出ないものではあるでしょう。

「別冊」ページ129の「付図-12」ですが、飛行経路略図や「別冊」のページ206のレーダー航跡とはやや不一致となっておりますが、本仁田山との位置関係からすれば、付図12の方が南方向にズレてしまっているように思えます。
(付図12以外の2つの航跡は鍾乳洞の北を通過)

>あなたのイメピクの図は広域に過ぎて必要な精度が得られません。
ごもっともでございまして、私としましても確認しようとする項目に応じて適した縮尺の地図を使っておりますし、時には上の<日原航跡比較>の2段目左よりの図のように拡大された地図を広域の地図に嵌め込むようなこともしております。

>E,先のNo.2310であなたに対して問いかけた、三、五、六、七 の各項目について説明をしてください。

三、目撃談ですと静岡での目撃談、当日の報道となりますと、TVニュースでOAされた航跡図となります。これには大月での360度超の旋回の記載はありません。
五、投稿No.2309の<実航路推定 2> をご参照下さい。飽くまで考察一例として描いた航跡の一つです。
六、自分が見ましたのは地方紙夕刊になりますが、相模湾上空の音が録音されていて、その解析結果に関する記事の冒頭に 『~伊豆半島上空を通過した際、多くの住人が「ボーン」という大音響を聞いたが、~』 とありましたので、あのように記載しました。
七、該当ページ確認しました。チャート図も必要に応じ見ておりましたが、CASの方が意識に残っており、TASの記載があることに気づいておりませんでした。今後必要となった際にはこちらも参照させて頂きます。

> > 実地図を使わない場合でも、鷹富士さまの図の主要位置の記載には間違いはないでしょうから、合わせる際に縦横比を変えないのであればどちらの倍率を調整しても何ら問題とはならないと認識しております。重ねた上でどちらを正しいとして判断するかだけのことかと。

> A,事故調の「経路略図」が杜撰であることを認識され国土地理院の地形図を基本とされているなら細部は問いませんが、あなたのイメピクの図を見て、誤解する人があることを懸念するので、事故調の「経路略図」と私の経路図を重ねないようにと述べたものです。重ねる場合は縮尺を厳密に合わせてください。

> > 切り貼りと称しましたのは、事故調側のことを指しての推測ですが、手法は色々とあるでしょうから、それを考えている最中という事になります。

> B,「切り貼り」という抽象的な表現ではなく、どの部分がどのように間違っているかを指摘してください。
> 私が「杜撰」という場合は、全体的なことを指しますが、「切り貼り」というからには具体的にどの部分のことか説明が求められます。

> 事故調の「経路略図」は、大きな一枚の紙にレーダ情報に基づく位置を点々と記し円定規を使って円弧で結んでいったもので、「切り貼り」はしていないと私は推定しています。

> > 一例としての静岡手前で右に回転させた場合 ※三国山付近は無視してください

> C,静岡手前で右に回転させる理由を説明してください。

> > 日原 大体合ってるのでは?というのは、写真撮影ポイントではなく、落下物発見地点のことをさしてだったのですが、これも落下地点の正確な住所が不明ですので、大体のところという見解となるでしょう。
> > (ざっとした確認ですと、鷹富士さまの航跡と事故調報告書 日原落下物の●印とのズレは500m内外ではないかとみております)

> D,日原に落下物はありません。目撃情報1件と写真撮影1件です。「別冊」ページ129の「付図-12」に記されている●印は、図中に表示されている経度・緯度から測ると鍾乳洞の入り口です。事故調の「経路略図」は杜撰ですが、「別冊」ページ129の「付図-12」は真面目に描かれています。それゆえに、誤りも具体的に指摘しやすい。
> また、あなたのイメピクの図は広域に過ぎて必要な精度が得られません。事故調報告書「別冊」のページ206は、当時の国土地理院地形図25000分の1を使っていますから、あなたも最近の国土地理院の25000分の1地図で確認してください。市販の分県地図などでは、鍾乳洞の位置を入り口より2~3km北に表示しています。こういう点も慎重に見極め必要です。

> 以下、No.2307で述べたことを再掲します。

> 『「経路略図」の日原は全く合致していません。事故調報告書「別冊」のページ129の「付図-12」では日原鍾乳洞の南を通っていますが、DFDRにより正しく算定すると、鍾乳洞の北側約2km付近をとおります。
> ついでに書かせてもらいますが、事故調報告書「別冊」のページ206に、撮影された写真を分析した結果としての飛行経路が載っていますが、これによる経路、およびレーダによる経路、および129の図の3点の径路がそれぞれ食い違ったままです。こういう矛盾を放置したままの状態が事故調の「経路略図」です。』

> さらに書かせて貰いますが、「別冊」のページ206の解析では、撮影地点から水平距離で2.9kmの上空を事故機の経路と推定していますが、これは誤りで、私の計算では、撮影地点から3.7kmないし4kmです。この点は込み入った計算を伴いますので、項を改めて説明します。

> E,先のNo.2310であなたに対して問いかけた、三、五、六、七 の各項目について説明をしてください。

Re. 123便のレーダー機影が消えた時間

  • 投稿No.2316 元投稿No.2314 風のたよりさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-10-29 19:40:36

風のたよりさまへ

先にこちらについて書かせて頂きます。

私の仮説的なものですと、レーダーから消えたのは箱根のレーダー局のみではないかと考えております。

山陰入りしてレーダー照射から外れ得るのはレーダー局の2kmちょっと先の白銀山の存在の影響を受けた場合くらいしかないように思います。

相模湖より東で高度2000mを下回れば可能性がでてきて、場所によっては2500mでも消えるのではないかと考えております。

時間としては40分頃でしょう。
他のレーダー局の航跡の話がこれまで表に出てくることはなかったものと認識しておりますが、私の想像では静岡で右旋回して後、富士山東通過後360度の旋回なしで昭島方面へ といったものではなかったかといったところです。

CVRでは 周波数切替えられますか? アイデントプリーズからの他機への周波数切替え要請のあたりではなかろうかとの見立てです。

これまで出てきているパズルピースの収まりからすれば、割と有力な仮説ではなかろうかと思っております。
ともかく18時台でのテロップは必須項目ですので、こうでなかったとしても他の説は必要になるでしょう。

詳細の確認には箱根のレーダー局のレーダー照射部の標高が必要になりますが、これが不明です。
情報なければ山の高さが908mですので、925mと仮定して確認して見ようと考えております。

> またまた恐縮ですが、枝葉末節ごとを書かせていただきます。
> 文系ちゃん様並びにレーダーに関する情報をお持ちの方に向けた発信です。

> 1985年8月12日の夕刻の何時に123便関係の速報テロップがTV上に表示されたかが話題になっています。
> 123便が墜落以前に日航機レーダーから消えるといったテロップが出たか否かという話題です。
> 事故調査報告書肯定派からはありえないとの大合唱がされいます。
> そこでお伺いしたいのですが、123便の墜落前にレーダーから消えるには、123便を追跡していた複数レーダーの画面から消える必要があります。
> 123便の航路と高度にそのような場所と時間は存在するのでしょうか。
> テロップの表示が出た時間で最も多くの情報が寄せられているのが18:45頃です。実際にレーダーから消えたのはその5分前の18:40〜18:45になると思います。
> 当然、CVRとの整合性チェックも必要だと思いますが、入手できるCVRの信頼性が低いので後回しと考えます。
> 以上、ご意見をお寄せください。