Re: Re: Re: Re: 緊急時の無線交信

  • 投稿No.129 元投稿No.114 無名さんへの返信
  • 投稿者:AOSAN
  • 投稿日:2021-11-01 18:30:25

> AOSANさま
> 私も知人の空自整備士から7空団の元ファントムライダーへ確認してもらいましたが改修前のファントムでそれはできないよと一笑されていましたよ
> 何度も言いますが85年当時のF4EJ戦闘機にVHF無線機は搭載していませんから123便の無線はカバーできません。物理的に無理ですVHF無線機を搭載したのは89年に始まる近代改修されたF4EJ改からです > AOSANさんの知人パイロットの方は当時の軍用機搭載無線をご存知ないだけでしょう近代の戦闘機の話ではありません事故当時85年のF4EJの話です
> 恐らくこれだけでは信用していただけないと思いますから実例を紹介します > 123便墜落から2年後の87年12月9日のソ連軍領空侵犯機警告射撃事件をお調べください
> スクランブル発進のF4EJと与座岳レーダーサイトの発した警告無線が何故別々か理解していただけると思います > 直接交信のひとつとして管制をリレーする方法で123便とスクランブル機が交信する事は可能ですが管制側に記録も残っていない。またオープンな無線であることから隠蔽は無理です > また123便に並走出来ない以上、世界共通の機体信号で伝える事は厳しいです

無名さま

当時の自衛隊機F4EJがVHF無線機の搭載以前のため(4年後1989年~搭載)直接交信できなかったらしい事はわかりました。
ただ、”123便と並走出来ない”というのはおかしいとJALパイロットは言われてました。「離着陸時の飛行速度まで落とすか、追越しざまに合図するなどできたはず」とも言われています。
それに、米軍ファントム機であった可能性もありVHF搭載がなされ、通常の英語交信もあったかもしれないです。目撃された戦闘機が日本製とも限らないので。

あと、私の独自調査では、123便は直接交信により上野村方向に行ったのでなく、予め御巣鷹山上空を飛ぶよう指示されていた事や、遠隔操作がなされたという結果も得ていますので、
直接交信できなくても不都合はないです。(遠隔操作可能にした作業等は、当時の新聞に掲載されていた前夜長時間の整備でされたもようだが、事故調査報告書には無掲載)

 日航123便墜落事故:墜落事故の真実と真相、真実の追究(その13)--日航123便墜落の事件捜査を担当した群馬県警への「墜落事件の再調査」を要求する!!―        ⇒ 墜落の事故原因への解明と追及への姿勢を問う

  • 投稿No.128
  • 投稿者:8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査分科会 会長 遺族 小田周二 
  • 投稿日:2021-11-01 11:35:44

 日航123便墜落事故に関して、捜査当局の群馬県警に対して、遺族として、事故と捜査の真実を知りたく、要請と質問をしますので、真摯に回答を求める。
  *遺族小田は、123便で 子供二人、親戚3人が殺された事件であったことが 最初は、隔壁破壊での墜落事故との説明であったが、それが、次々と嘘だと分かり、2006年に遺族会は、
墜落事故の「再調査」の実施を声明を出し、宣言した。 最も 1983年 角田四郎氏は その著「疑惑」で自衛隊による撃墜との提起を行っており、これは当初から自衛隊の関与は 
新聞などで報道されているのが 真相で 真実なのであった。
事故発生時点では 遺族は愛する家族の死に 為すすべなく、ただ悲嘆の中で過ごしたのが実情であった。事故発生後、数年間は多くの複雑怪奇、疑惑、嫌疑の事態が行われたが、
それが明らかに何らかの謀略だと解ったのは 自身が墜落事故の調査をして、多数の文献などの分析、そして、多数の証言、事故例の調査、遺族としての体験等から導かれたのである。
単純だが、事故発生後、(航空局、事故調)(群馬県警)が事故調査、捜査に投入されたことが理解出来なかったが、その謎を教えて呉れたのが、米国の事故調査のやり方であった。
それは、墜落事故は航空局、事故調査委員会の業務範囲であり、墜落事件は警察の業務範囲で責務だと言うことであった。 
尤も、両者は別行動でなく、お互いに連絡し協力しての作業行為が前提であったが。実質 警察は遺体検視作業が主体であった。

 1 群馬県警の事故捜査などの行動の謎、疑惑、嫌疑
当時の群馬県警本部長は 河村一男氏であった。それはその後、事故捜査に関して、著書を出版して、自己自賛の報告を語っているのだ。何の功績もなかったが、その後中国地方の高官に
昇進しているのだ。明らかに真実を隠した行動で、その不当な言動が認められ、論功行賞の人事であったのだ。
 *事故発生後、一番早く上野村に入った群馬県警部隊は、そこで、休憩に入り、動かなったのだ。そこで、何故 長野県御座山だとの自衛隊の報道にも拘わらず、群馬県上野村に入ったのか 
説明不可能だ。自衛隊も 群馬県上野村山岳地帯だと 救助に駆け付けたアントヌッチ中尉からの連絡で知っていたが、何と自衛隊、NHK,日航は 13日04時まで、墜落場所は 御座山だと
報道していたのだ。 何故、群馬 県警は 何処から、12日 午後10時頃に上野村に入ることを指示されたのか この墜落場所の疑惑の焦点になる。そして、群馬県警は、上野村消防団、猟友会の
救出を急ぐ村人の行動規制を掛けたのだ。
群馬県警は 警察部隊であり、人命救助が 至上命題の筈だが、乗客乗員の生存者の見殺し犯罪を実行した犯罪警察部隊であったのだ。その後到着した「自衛隊救出部隊」も 全く同じ行動を取って、
村人の救出行動を阻害し、生存者を見殺しにしたのだ。恐るべき殺人行為である。両者は共謀していた。
*群馬県警は、墜落場所への道路を検問所を設置して、捜索救出する人の足止めを図り、事実上、重傷生存者のも殺しを実行した。長野県警が、御座山の捜索で墜落場所でないつぃ、墜落場所は
上野村山岳地帯と判断して、急遽上野村に入り、登山しようとしたが、群馬県警はこれを阻止した。長野県警は、又長野県に戻り 長野県側からの登山をして、スゲノ沢に入り、上野村消防団と
協力して、落合氏ら、4名の生存者を捜索し救助した。先に入った自衛隊は、捜索せず、全員死亡と宣言して、救助活動をしなかったのだ。卑劣だ。
*事故直後に、群馬県警は墜落場所の管轄の警察として、河村本部長は「群馬県警特捜本部」を立ち上げ、その規模は警察員 50名からなる群馬県警の史上最大組織であった。然し、この県警部隊は 
事故捜査のためだが、墜落場所の管轄権は 何故か 「自衛隊」が握り、これで、事故事件の捜査は出来ないことは明らかで事実上、捜査は出来なかったことは明らかだ。ただ 付近の機体の捜索を行い、
重要な水平尾翼を発見したと報告されている。 この墜落前の重要な水平尾翼の破壊脱落に、疑念を抱いて、捜査したことはなく、ミサイルによる撃墜などまで、及ばなかったのは 当然であった。
 この巨大な特捜部隊が行った「墜落事故捜査報告書」が多分作成されていると推察出来るが 今だに発表はない。事故遺族とした、迅速な開示を要求する。
*群馬県警としての最大の業務は どうも 遺体の検視作業であった。検視作業に関わった医師の著書が発行されたが、群馬県警の公式な報告書は 公表されてない。早く 公表を求める。
  中でも、最大の疑惑は 遺体の「二度焼き現象」であり、数十年後、青山透子氏が科学的な分析して、多数の黒い塊状物資の解析で これは「航空機燃料の燃え滓」でなく、
「自衛隊の火炎放射器の燃料だ」と突きとめている。 この遺体の「二度焼き現象」についての群馬県警の検視作業の総括としての見解、結論の公表を求める。
 *1987年7月、航空局、事故調は123便の墜落の事故原因は「修理ミスの隔壁が破壊した」こととして、
   公式に報告書を纏めた。この事故原因について、群馬県警は賛同したと推察出来る。群馬県警は、賛成した理由は何だったのか 教えて頂きたい。

 2 航空局の墜落の事故原因『隔壁破壊説』の司法の否定と事実上の崩壊
  2.1 日航123便の墜落事故と調査結果『隔壁破壊説』と 前橋地検の不起訴判断
   2.1.1 123便墜落事故の概要  1985.8.12 相模湾上空で垂直尾翼と油圧装置も破壊された「123便は操縦に難が発生したが、機長らの必死の操縦技術の開発で その後30分以上も飛行出来、
横田基地への着陸の敢行模索と川上村レタス畑への不時着敢行の後、上野村山岳地帯で 自衛隊によりミサイルなどの武器で撃墜され、520名が死亡し、4名が重傷との大事故が発生した。
  2.1.2 前橋地検の審査結果:」「墜落の事故原因」と容疑者三者は 不起訴となった。運輸省航空局は事故調査の結果、2年後 1987.7 に「ボ社の修理ミスの隔壁が劣化し破壊し、機内空気の流出で、
垂直尾翼が破壊した」との結果を公表し、この事故の加害容疑者として「ボーイング社」「日航」「航空局」が提起され、これで、群馬県警、遺族が前橋地検に告訴して、墜落事故から 
5年後1990.7 前橋地検は(隔壁は破壊しなかった)として、不起訴判断して、三者を無罪にした。 この不起訴判断で、山口検事正は 30数名の遺族と弁護士に不起訴についての理由、根拠として、
次のように説明しております。(議事録あり)即ち、不起訴にした理由は 次の通りである。
  (1) 修理ミスの隔壁部は破壊されていない。(落合由美の体験証言による)
 (2) 墜落の事故原因は解らない。(不明だ) ⇒ 事故報告書には 墜落の事故原因は 明確に特定されていない。 ⇒ 公式事故報告書として 失格の国の公式報告書である。

  その後、調査した結果、「垂直尾翼」「油圧装置」が破壊された後、事故報告書には「事故機は飛行の継続が出来た」と明確に認めており、更に世界の操縦のトッププロであるボーイング社が
「事故機は、旋回、上昇、降下飛行して長い時間飛行した」と証言しており、「事故機は操縦出来た」ことを 告白している。
操縦出来れば、正常な旅客機と同じく、「飛行場に着陸出来る」筈で乗客は全員助かる筈である。
この点からも、「墜落の事故原因は 修理ミスの隔壁の破壊でない」ことが明白になったである。
 *即ち、墜落の事故原因が発生すると、旅客機は 1分以内に墜落する」との経験的な格言があります。とすれば、上野村山岳:御巣鷹の尾根での123便の墜落した原因は 1分前の「水平尾翼」
「第4エンジン」が破壊し脱落したことと帰結出来、その破壊事象は 時間:18:55:45 頃と推測出来る。
墜落直前に起きた『第4エンジン』「水平尾翼」の破壊脱落が墜落の事故原因との特定が合理的に成立し、説明出来、特に「水平尾翼」の破壊は墜落に至る直接的な事故原因であり、
「再調査,捜査」の核心の課題だとして、調査すべきである。この事象は奇跡の生還者:落合由美氏の体験証言であり、町田副社長:元運輸相事務次官の告白内容と合理的に成立するのだ。
  真の墜落の事故原因として、「再調査」を行うべき課題だと最も真実に近い真実として、注目して再調査を行うべきである。
 *町田直;元運輸相事務次官の遺族への告白:「日航機はミサイルで撃墜されたんだ。今はそれしか分からん」は重要な告白で、明確な証拠発言である。

 @ここに、日航123便の墜落事故の原因は、国の結論である『修理ミスの隔壁破壊説』は司法の判断及び 技術的に且つ航空常識で否定され、崩壊した。
   即ち、1990.7 以降は 日航123便の墜落で 乗客乗員520名が死亡した事故の原因は不明になっていることと、「航空局、群馬県警が墜落の事故原因を再度、調査した事実はない」ことを認めている。

 2.2 日航123便墜落の事故原因:「隔壁破壊説」が崩壊し、群馬県警による「再捜査」が 必要不可欠となった!! これは 群馬県警の不可分の業務目的である!!
   乗客乗員520名が墜落死した「日航123便墜落の事故原因」が 36年間も不明となっていることは 航空局、群馬県警として、最大の恥辱で有り、早急に是正することが緊急の課題である。
   何故なら、旅客機墜落の事故原因を特定し明らかにすることが、国土交通省、運輸省の航空局、及び管轄の警察である群馬県警の必然の責務で有り、業務目的であるからだ。

   然し、航空局、群馬県警が調査捜査した結論である「事故原因」:隔壁破壊説)が司法で否定されたことを認め、且つその後 30年以上も放置し、意図的な不作為を遺族、国民に謝罪すること、
   そして、過ちを引き起こした理由を説明することが不可欠であるのだ。
 *然るに 墜落の事故原因が否定され、且つ技術的に崩壊しているにも拘わらず、航空局と群馬県警は意図的に再調査、捜査を不作為しており、520名の犠牲者、遺族が36年間も無視され、
   侮辱されてきたことは 甚大な業務放棄であり、重大な違法行為であると断定 出来 従って、遺族として、国民として、航空局、群馬県警に対し、「再調査、捜査」を行うことを催促し、
   要求することとする。

   これは、国の公務員としての業務であるし、国民の死亡に対して、その尊厳を満たすための責務であり、又最高の必然的な責務でもあります。
   国民の悲惨な死の真相を明らかに出来ないのであれば、それは 国としての責務の放棄に相当する冷酷な、卑劣な犯行、犯罪でしかない。
    
  墜落事故は、完全に墜落事件であり、群馬県警の管轄になる。然し、この捜査は、国、自衛隊の関与を明らかにする捜査になり、群馬県警だけでは、困難であると推察出来、検察庁の特捜部と
   協力して行う必要も考えられる。

  2.2.3 航空局の間違った調査方法とその瑕疵
    このような間違った結論を引き出したのは、航空局。群馬県警の調査手法、方法が意図的に間違っているからだ。墜落事故の基本的な調査手順は 事故原因として可能性の高いことを
    「仮説」として、設定することである。そして、発生事象、証言、告白などと検証して、成立しない場合は 次の「仮説」に移ることが、原則で この手法は、科学の分野でも行われている。
     例えば湯川博士の仮説は、実証されて、初めて認められ、世界の「ノーベル賞」で評価されたのである。
    然し、運輸省、航空局は最初の「仮説」を立てたが、その検証が実施されず、その「仮説」を結論として、事故原因とした経緯が、3年後、「隔壁破壊説が 成立しない」と前橋地検が 
    不起訴判断したので あって、当然の結果であったのだ。
    従って、この調査段階の手順を、司法の判断後に、それも36年後に、行うことが 必然であって、再調査、捜査は 掛かる意図的な間違いを訂正するための正しい手段である。
    最初の不正な,非科学的、技術的な瑕疵を 今 36年後に行うとの不合理な、恥ずかしい修正手段であって、特別なことではなく、間違いを正す方策なのだ。
 2.2.4  123便が 「自衛隊ミサイルによる撃墜事件」の調査と結論 ― フランスの「AF1611便のミサイル誤射による撃墜事件」との対比、関連―
   「隔壁破壊説」は機体の老化による故障であり、これが技術的にも否定され、崩壊した以上、あの頑丈な「垂直尾翼」は外部からの攻撃での壊滅的な破壊脱落は外部からの破壊としか、考えられない。
   それも自衛隊の戦闘機が最初から、事故機を奇怪な追尾飛行で監視しており、自衛隊による撃墜が現実味を帯び、角田氏の「疑惑」でもあるように、自衛隊ミサイルによる撃墜しか、
   考えられないし、又CVRの記録、落合証言、送劇証言から、このミサイルによる撃墜は間違いないのだ。 国民は あの民主的な自衛隊が その暴虐行為を行う筈がないと擁護するが、
    掛かるミサイルによる撃墜は 世界で多発しており、政権、権力者が必死に隠蔽していることが知られている。 その実際の事故例を示す。
 *軍隊が旅客機を撃墜すると、必死に事実を隠し、別の事故原因で国民に「嘘に事故原因」を捏造して誤魔化すのだ。    その事例「AF-1611便墜落事故」を示す。
   このエールフランス1611便火災墜落事故は 1968.9.11に墜落して、それは「火災による墜落だ」と長年国が国民を騙してきたが、50年後 2011年 元フランス軍秘書官ラテイ氏が 
  「あの事故は フランス軍が誤って、ミサイルで撃墜したんだ」と証言した。事故発生から、50年後であった。この告白を認めたフランスでは即時 事故の機密解除を行い、再調査が行われている。
 *日航123便の場合、事故直後に、日航副社長(運輸書元事務次官)が 激怒する遺族に対し『日航機はミサイルで撃墜されたんだ。今はそれしか分からん』と激白して、遺族を驚愕させている。
  権力者の政治的な位置づけから、見ても、町田直はフランスの秘書官より、絶対的な高度な地位で、又 技術的な解析からも証明されている。
 2.2.5 日航事故機は操縦出来、横田に着陸出来たが、自衛隊が禁止して、全員殺害された!!
  操縦出来れば、飛行場に着陸出来る事は、航空常識であり、これが、乗客乗員の命が助かる唯一の方策である。事故機高濱機長が 「横田基地に着陸の申請」を行っており、「横田が許可した」と、
  横田基地の将校:アントヌッチ中尉が飛行中に「機長と横田基地間の無線を傍受している。即ち、「事故機は操縦出来た」事態を証言している。
  然るに、日航123便は横田基地への着陸行動を起こしていないことは、この操縦出来た123便の着陸行動がないことは 最大の謎であり、疑惑である。解明が不可欠である。
  この解明が不可欠である。 ⇒ 自衛隊戦闘機の関与の疑いがある!!  ⇒戦闘機が高濱
  機長を脅迫して、着陸を禁止して、着陸を中止させた。この脅迫による横田基地への着陸が禁止されたことは、法的に「殺人罪」に相当する。

 3 「纏め、結論」 ー 群馬県警として、未だ事故原因が不明のままにされていることは、犯人隠蔽と重大な人権蹂躙の犯罪である。
     ―群馬県警に 123便墜落事件の「再捜査」を行うように要求する。―
   この墜落事故は 520名の国民の墜落死であり、前橋地検の「山口検事正」は 時効がないことを公式に認めており、群馬県警は この言い訳は通用しない。
  3.1 日航123便墜落事故の「再調査」を要求する。実施されますか。
    この件は 群馬県警の本来の責務であり、自ら実施するのが当然なことだが、30年以上、意図的に不作為している。  この実施についての見解を明らかにされたい。
   若し 実施しない場合は その理由、根拠を具体的に示せ。
  3.2 群馬県警が 航空局の『隔壁破壊説』に賛同した理由、根拠を具体的に示せ。
  3.3 「水平尾翼」の発見は、群馬県警であったと 報道されている。墜落の寸前に この重要な操縦の部品が脱落したことは、墜落の常識から「外部からの破壊だ」と推察出来るが、
    何故 この事態について 言及されなかったのか 明確に説明を求める。
  3.4 群馬県警は 50名からなる「特捜対策本部?」を立ち上げている。 その県警の捜査報告書の公表を求める。
  3.5 群馬県警の検視作業報告書の報告書の開示を求める。特に 墜落場所の機体と遺体の付近に散乱した、多数の黒い塊状物質は「青山透子氏の自衛隊火炎放射器の燃料だ」との結論について
    の結果と、群馬県警の見解、分析結果について その真実を公表されたい。
  3.6 123便墜落事故の前橋地検の不起訴判断の理由は 2.1.2 の通りだが、群馬県警の「前橋地検の不起訴判断」についての見解を示して下さい。 「三者は 無罪だ」とか
     「隔壁の破壊がなかった」とか 「事故原因が特定されていない」とか、明確に説明を求める。
  3.7 123便事故機は その後、機長の必死の操縦技術の開発で操縦出来たと判断できるが、事実 事故調は「飛行の継続が出来た」と言い、ボイング社は「事故機は旋回、降下、上昇して
     長い時間 飛行出来た」と 告白している。群馬県警の「事故機の操縦性」に見解を求める。
  3.8 アントヌッチ中尉は 事故機と横田基地との無線傍受で「事故機機長が着陸を申請し、横田基地は許可した」と報告告白している。 群馬県警は この告白証言を 認めるか。
  3.9 日航副社長:町田直は 遺族に「日航機は ミサイルで撃墜された」と告白しているが、群馬県警は この件を知っていますか。 認めますか。
  3.10 1990.7 前橋地検は 不起訴判断して、三者は無罪となり、隔壁破壊説は 崩壊し、これで、墜落の事故原因は 不明になった。これ以後、群馬県警は 事故原因の捜査の継続を
     行っていますか。 継続しておれば、その結果を、 又捜査を中止したなら、その理由の説明を求める。
    * 現実には 群馬県警が その後 捜査を不作為しており、これを認め、遺族、国民に対し、説明し謝罪を 行うべきと考えるが 群馬県警の見解を求める。
  3.11 フランスのAF-1611便のミサイル撃墜の告白が 軍の幹部が告白したが、その事実と内容を知っていますか。  知っているなら、対応として、 どんな再捜査を行いましたか。
  3.12 123便は 墜落寸前に 重要な「第4エンジン」と「水平尾翼」が破壊され、脱落し、墜落している。これは 重要な墜落の事故原因だと帰結され、判断出来るが 群馬県警の見解を求める。
  3.13 群馬県警 河村本部長は 角田四郎「疑惑」―自衛隊による撃墜事件―の出版と言動に  更に 日航の藤田日出夫氏の著「隠された証言」の出版に激怒して、「その出版社と本人を脅迫して、
     謝罪文を書かせた」と 自著で 自賛し告白している。掛かる告白は 間違いない事実と判断出来るが、県警の説明を求める。
  3.14 上記の件についての 群馬県警の現在の見解、説明を求める。
      個人の出版に対する攻撃、脅迫は 憲法に決められた「発言、言論の自由」への攻撃であり、まして、国民の生命と財産を守ることの 警察の業務に反する行為であると考えるが、
     群馬県警現執行部の説明を求める。
 
 *以上の事故遺族からの要請と質問に対し、群馬県警は捜査担当者として、真摯に説明し、回答を求める
   期限は この文書受理後、10日以内に 小田まで文書を 提出することをお願いします。

 @墜落事故から 36年経過し、群馬県警幹部、警官らが当然正確な引き継ぎを受けていると推察するが、遺族小田が 2015年『日航機墜落事故 真実と真相』を、2017年に「524人の命乞い」を、
   更に 2021年 『永遠に許されざる者」と出版している。 この内、「524人の命乞い」は女性,中学生向けに平易に、書き直したものであるので、ここに謹んで謹呈します。
  受け取って下さい。尚 受領した旨の文書を頂きたい。残りの2冊は 県警で、必要であれば、ご購入されたい。

 

Re: Re: 投稿№83「真相究明のために100万人の署名運動を!」が消えています

  • 投稿No.127 元投稿No.120 管理人さんへの返信
  • 投稿者:尾宮次夫
  • 投稿日:2021-11-01 11:29:13

管理者 様
復旧しておきました。ご確認下さい。(キーワード検索の箇所に83と入力して検索を実行してください。)
ご指摘ありがとうございました。

 早速、復旧していただきありがとうございました。お手数をかけました。

Re: Re: Re: ワタナベケンタロウ動画(40) 犠牲者遺族 池田知加恵さんの著された2冊の書物には不自然な相違点がある

  • 投稿No.126 元投稿No.125 尾宮次夫さんへの返信
  • 投稿者:九州人
  • 投稿日:2021-11-01 08:53:57

尾宮次夫様

おっしゃられることは理解できます。

これは、この問題が御自身にとって重要かどうかであり、重要でないなら、そこまで追及されないでしょうし、重要ならば、私のようにNHK関係者に確認をとり、「抹消された」という証言を得ることでしょう。

他人があれこれ調べたり証言したことを信じる信じないというレベルでしか興味のない方が論じることではないと感じております。

私としては、「抹消された」という確認をしたわけですから、それを信じない人とやり取りをすることに意味はありません。

その「抹消された」という証言を語ってくれたNHKの方が、それでも、「ビデオ映像がない限り、NHKは公式には認めない」というのはその通りであり、あとは個人個人の認識の問題になりますね。

Re: Re: ワタナベケンタロウ動画(40) 犠牲者遺族 池田知加恵さんの著された2冊の書物には不自然な相違点がある

  • 投稿No.125 元投稿No.123 九州人さんへの返信
  • 投稿者:尾宮次夫
  • 投稿日:2021-11-01 00:09:14

九州人 様
 ワタケン動画㊵を拝聴しました。わたしとしては、事故当日19時前に最初のテロップが流れたことを承知したいのですが、まだ、事故調報告書が真実であると思っている人々が多い現在の状況をみますと、次のような強弁ともとられる疑問が出てくるように思います。
(1)Sさんは、テロップを見ていないではないか→テロップが出た証拠にはならない
(2)父親が乗っている可能性の高い事故なのに、塾に行くことなどありえない→中一生くらいならどんな状況かわかるはず
(3)塾に行ったとしても、平静に授業を受けられたのか→途中で授業を止める選択肢はなかったのか
(4)塾に行った後で、自宅の方から帰るように連絡はなかったのか→事の重大さを考えるとSさんに指示があって当然
などなど。
 以上の疑問から、本当にSさんの言っていることが事実なのか怪しい→19時前に本当にテロップが流れた証拠にはならない

 わたしの結論は隠蔽者側に立つものではありませんが、Sさんの証言では立証は難しいと思います。客観的なテロップが流れた証拠が是非欲しいのです。隠蔽者側に足をさらわれたくないのです。
 九州人様、折角細かな情報を教えていただきながら申し訳ありません。

Re: Re: ワタナベケンタロウ動画(40) 犠牲者遺族 池田知加恵さんの著された2冊の書物には不自然な相違点がある

  • 投稿No.124 元投稿No.123 九州人さんへの返信
  • 投稿者:せきたに
  • 投稿日:2021-10-31 22:27:28

> > 同一の著者によるものだとすれば不自然な相違点だ。

> 私から説明しましょう。池田さんと、18時50分の記述の方は別人です。

> 26ある家族のうちの、名前は出しませんが、二階からご主人を見送られた方が18時50分と書いています。

> また、26の家族の記述は、アバウト19時というものが多く、中には19時04分という正確なものもあります。

> 複数からの確認により、NHKでは18時50分、18時58分、19時04分、19時10分台の4回字幕が出ています。そして、19時26分に松平アナが初めて喋ってニュースを流します。

> 不自然なことはありません。

九州人さんへ

ご指摘ありがとうございます。私の早合点でした。

『なにか云って』の著者池田知加恵さんと、18時50分の記述の方は別人ということで納得です。

Re: ワタナベケンタロウ動画(40) 犠牲者遺族 池田知加恵さんの著された2冊の書物には不自然な相違点がある

  • 投稿No.123 元投稿No.122 せきたにさんへの返信
  • 投稿者:九州人
  • 投稿日:2021-10-31 21:46:32

> 同一の著者によるものだとすれば不自然な相違点だ。

私から説明しましょう。池田さんと、18時50分の記述の方は別人です。

26ある家族のうちの、名前は出しませんが、二階からご主人を見送られた方が18時50分と書いています。

また、26の家族の記述は、アバウト19時というものが多く、中には19時04分という正確なものもあります。

複数からの確認により、NHKでは18時50分、18時58分、19時04分、19時10分台の4回字幕が出ています。そして、19時26分に松平アナが初めて喋ってニュースを流します。

不自然なことはありません。

ワタナベケンタロウ動画(40) 犠牲者遺族 池田知加恵さんの著された2冊の書物には不自然な相違点がある

  • 投稿No.122
  • 投稿者:せきたに
  • 投稿日:2021-10-31 20:29:43

墜落事故によって家族を失った池田知加恵さんが
事故から11年経って
『雪解けの尾根』
という書物を著されている。
同書物の13ページには、次のような記述がある。
 「午後7時過ぎ、私はソファーに横になってテレビをつけた。とたんに事故を知らせるテロップが目についた。
 夫の帰る時間帯に似ている。
 びっくりして大声を出した。
 すぐに勤務先の会社に連絡、夫の乗った便名を確かめた。
 折り返しかかってきた返事は、『123便に間違いありません。』ということであった。」

ところが、ワタナベケンタロウ動画(40)
https://www.youtube.com/watch?v=ZzWc-klvH0Y
によると、同じ池田知加恵さんが上記の書物とは別に
『なにか云って』
という書物を著されているという。
ご自身の体験と共に直接コンタクトを取り合った26のご遺族の記録を収めたこの本は
一般には流通していないが、この本にかかわったご遺族にだけ配られたという。

この本の中には次のような話が記載されているという。

「夕方6時50分頃、会社の人から電話がきた。
テレビを見てますか、と聞く。
NHKはテロップで機影の消えたことを伝えていた。」

同一の著者によるものだとすれば不自然な相違点だ。

日航123便墜落事故:墜落事故の真実と真相、真実の追究 (その12) ―日航123便墜落場所の再建、整備についての日航への要請と 日航の回答内容と意図についてー   ⇒ 墜落の事故原因への解明と追及への姿勢が判明する

  • 投稿No.121
  • 投稿者:8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査分科会 会長 遺族 小田周二 
  • 投稿日:2021-10-28 21:34:05

 この御巣鷹の尾根の台風による「銘標」の流出事故と御巣鷹の尾根の墜落事故の証拠、諸事象の展示などの整備、再建について、「慰霊の園」の実質上の管理者である『日航』に申し入れたのが
(その7-(2))であり、9月10日に日航に申しいれた件の回答がきたので、ここで 紹介し披露して、日航の事故に対しでどのような意図、方針見識があるかを 議論する。 
且つ 不当な回答であり、ここに再度請求する。

1 慰霊の園の実質上の管理責任者:日航への申し入れ事項、内容
   日航123便が墜落した、最終の場所が「御巣鷹の尾根」である。機体が散乱して、主翼、エンジン、胴体、尾翼などが、発見された。然も火災が発生し、機体も遺体も真っ黒になって、
多数の黒い塊状の物質が、集積し、後に検視の医師が「二度焼き」の事象が話題になった。墜落時には、スゲノ沢へ後部胴体が滑り落ち、スゲノ沢では多数の乗客の遺体と生存者が存在したと
奇跡の生還者らが証言した。
山の頂上、付近は自衛隊がヘリで遺体を収容した平坦な場所があり、ここに「昇魂の碑」が立ち、その他、多くの銘碑が建立され、犠牲者の名前が刻まれている。この頂上の招魂の碑の上部に
慰霊の祭壇があり、犠牲者の遺品、遺族の供養品が祭られている。 この場所は、520名の銘標:墓碑を遺族が持ち込み、祭られている。 最も多くの銘標は スゲノ沢に集中して、
建立され供養されている。
スゲノ沢の両岸に建立され、スゲノ沢の道の脇に、慰霊の祭壇が建立さり、遺品とか、遺族が持ち込んだ犠牲者の遺品、遺族の供養の品が納められていた。
ここは、犠牲者の銘標が 満載の犠牲者の慰霊供養の象徴的な場所であった。
当初は 墜落事故であって、このような状況に怪訝な気持ちがなかったが、時間経過して、真相は殺害事件だと判明して、この御巣鷹の尾根の位置、意味が事故原因と深く関わっており、
それを整備し、保管することの重要性が浮かんできたのだ。   即ち、
  *垂直尾翼、油圧装置が破壊された事故機は、墜落せずに、機長らが新規操縦技術を開発し、飛行出来た。然も事故機は 横田基地にも着陸が出来たが、自衛隊戦闘機が禁止し、着陸出来ず、
止む無くレタス畑へ不時着を敢行したが、農民への二次災害の回避のために、不時着を断念し、川上村の上空を経由して、上野村山岳地帯に入って、待ち構えていた自衛隊戦闘機からの
ミサイルで撃墜された。これで、水平尾翼と第4エンジンを失い、急降下したが、機長らの必死のエンジン出力の調整で、墜落を免れ、水平飛行の姿勢を取り戻して、上野村市街地の上空を飛行し、
御巣鷹の尾根に向かって飛行した。右側第4エンジンが破壊停止しており、右旋回で機体が傾き、「一本から松」で接触し、エンジンの部品を落下させ、次の「U字溝」で地面と接触して、
エンジンの外枠を落下し、右旋回と傾斜で裏返しとなり、御巣鷹の尾根に 激突し、機体は飛散した。 然し、後部胴体は、折れ曲がり、折損して、そのまま、山の樹木をなぎ倒して、
スゲノ沢に墜落して機体は止まったのだ。このために多数の乗客は 重傷のまま生きて救助を待っていた。
  *墜落事故から、10年以上経過して、初めて、事故の真実が明らかになり、前記の発生事象が明確になって来た。この内容は、国、航空局が秘密にして来た事故の真実を隠してきた言動経緯から、
見ると 政権側が 絶対に知られてはいけないことであった。
このために、国、航空局は 川上村から上野村に飛行し、「水平尾翼」と「第4エンジン」の外部破壊の事態:「ミサイル攻撃による墜落」の事態を遺族、国民に隠蔽するために、事故報告書には
 一切記載されず、又逆に、嘘の事象を書き、遺族、国民を騙したのだ。 そのためには、墜落場所には、根拠となる状況。証拠などの展示を排除し省略したのだ。御巣鷹の尾根には、慰霊碑と銘標以外、
展示されていないのが実情であった。即ち、国、航空局の 事故原因の隠蔽するための謀略行為であった。
事故でなく、事件であると判明した以上、それを、35年目に 事件の事態の展示、整備、再建を「慰霊の園」の実質上の「運航会社:嘘つき日航」に申請した次第である。
今回は その担当の日航の回答が出されたので、それを紹介して事故原因の隠蔽を議論する。

 2 国、航空局による墜落の事故原因の嘘の「報告と供述」の内容
    この「修理ミスの隔壁の破壊」が事故原因だとする報告書は、前橋地検の不起訴判断で、且つ技術的な究明で、崩壊した。この隔壁破壊説は 墜落の事故原因は、発生すると1分以内に 
墜落すると の格言に矛盾し反する、偽説である。従って、国の報告書は 最後の上野村での「水平尾翼、第4エンジンの破壊、脱落」について、その関与、寄与を記載せず、事故の真実の隠蔽で 
遺族、国民を騙して来たし、且つ日航が「補償金」を強引に渡すことで、「一件落着」の始末で 遺族、国民を騙したことが効果があったのだ。
国、航空局は下僕の運航会社:日航を引き入れることで、36年間も遺族、国民を騙しことに、ほぼ成功したのである。然し、32年後に航空局、日航が「加害者でない」又「隔壁が破壊していない」とか 
又「事故報告書には墜落の事故原因が特定されていない」ことを自供したので、国、運輸省、航空局、日航の共謀隠蔽行為が明快に暴露され、ここに 三者が共謀したことが明らかになったのである。
この事態は、掲示板の「日航機墜落事故 真実と真相」の投稿で、(その3)に記載した通りである。即ち、墜落した上野村の山岳地帯での事故機の「水平尾翼」「第4エンジン」の外部破壊が
焦点として、論議すべきところ、国は相模湾での18:24の垂直尾翼、油圧装置の破壊に関心を集中して 遺族、国民を騙した経緯であった。
最後は、上野村山岳地帯での「自衛隊によるミサイル攻撃」での撃墜であった。然しこの隠蔽は当然として、その前に、日航123便が垂直尾翼、油圧装置が破壊されても、機長らの開発での操縦性が
回復したことであり、それを事故調は「事故機は飛行の継続が出来た」と結論したが、操縦出来たとは 書かなかった。技術的に矛盾で有り、成立しない結論だ。これは横田基地への着陸が可能との
結論だが、国は、「着陸は不可能であった」と嘘を言って、遺族国民を騙した。生還出来た乗客乗員を着陸させない行為、事態は権力による明確な殺人行為であった。
川上村レタス畑への不時着行動を飛行経路から隠蔽し、上野村への事故機の越境経路を隠蔽した。
この123便が川上村から、上野村に入って、墜落するまでの飛行航路が、事故機の操縦性、着陸性、そして、最後のミサイルによる攻撃と墜落の状況の真実を如実に証明することになる重要な段階で
あり、それは 123便の墜落の真の事故原因を示す事態であるのだ。この事態を後世に残すことが、犠牲者の死の真相を国民に知らせて、そして、これが 参拝する人には最高の贈り物となるのである。
ここに、御巣鷹の尾根にその証拠を残し展示して、墜落事故の真実を国民に知らしめる上で、重要で不可欠なことであり、国の下僕の日航(実は被害会社)に整備、再建を申し入れた次第である。

3.御巣鷹の尾根の土砂災害と再建、修繕、整備の慰霊の園の管理者:日航への提起申請内容
  3.1 スゲノ沢の再建整備計画の日航への提起内容
     (1) スゲノ沢の犠牲者の銘標(慰霊碑)が 殆ど大量の水、土砂で流され、流出して、見つかっていない。 遺族はそれまで建立した幾多の供養の銘標(慰霊碑)を 34年目に完全に失った。
(2019.11。)然るに、日航は、慰霊の園はこれを捜索し回収することを意図的に行わなかった。
       ⇒ 乗客乗員は 自らの意志で上野村で来たのでなく、彼らの目的地は大阪空港であった。飛行途中、123便は 「垂直尾翼」「水平尾翼」「第4エンジン」「APU」を失ったまま、
飛行し墜落した。これは 故障による事故でなく、結論は 外部破壊による撃墜であった。
この犠牲になった乗客乗員は 「遭難者」でなく、殺された「犠牲者」である。
      真の加害者である「自衛隊、中曽根総理」の味方になり、共犯になった日航が、隠蔽を行った共犯、隠蔽の共謀者であり、且つ「慰霊の園」の支配者であり、ここでも 
乗客、乗員の慰霊碑(銘標)の管理責任者である。
     *その遺族にとって、このスゲノ沢は犠牲者の終焉の場所であり、ここに建立した慰霊碑(銘標)は大切な墓標でもある。遺族らが 34年以上も大切にして来たのだ。
遺族が喪失した銘標(慰霊碑)は34年間 長きにわたり、気持ちを 注いだ慰霊の「印」「心碑」でもある。
どうか 粗末な銘標で済まさず、きちんと 日航が真摯な気持ちで、銘標を作成し建立するか、又は遺族の気持ちが注いだ銘標を立てるか、再建して頂きたい。
日航は犠牲者のために巨額の金を遺族に渡し、供養した経緯もあるからだ。 このような要求には 簡単に応じることである。
*銘標の新たな建立場所にも 遺族がその場所で慰霊出来るスパースを設けて頂きたい。
掛かる道端に 多数の銘標を並べて、遺族は道から、供養するのは あまりにも 粗末であり、犠牲者への慰霊、供養には ほど遠いもので、その上 ただ 杭に板を張り付けて 
そこに名前を書く、享年、を書くとの碑の作成作業の結果は、あまりにも粗末であり、日航の意図、気持ちが 犠牲者への侮辱、冒涜でしかないと思う。その銘標の字体も 
誰か ボランテイアが書いたと思われる書式は 遺族への侮辱としか考えられない。   再度 作成し直すか 遺族に相談してから、再建作成を求めお願いする。
   (2)スゲノ沢の慰霊祭壇の再建をお願いし要求する。
慰霊小屋が この災害で半壊し、撤去され、且つ、その中に奉納されていた遺族らの寄贈奉納した品物、写真、犠牲者の遺品、千羽鶴などは 日航のボランテイアの休憩小屋に移され、
簡単に見れない状況は 不当である。再建して、そこに奉納慰霊すべきである。
  (3) スゲノ沢の慰霊祭壇の再建とその規模。
小屋は 参拝人が入れるようにして 線香やロウソクが 献灯,献筆記帳出来ること。
     奉納品など展示は 従来通りだが、一回り 大きく お願いする。(広さは 3倍程度)
     次のような品を 展示奉納する。 且つ墜落事故の状況の展示で、事故の遺族、国民に発信して
     事故の真実を伝え、教訓として、再発防止に寄与するため。(永久に 保存する)
    *スゲノ沢へ123便後部胴体部が 高い樹木をなぎ倒し、滑り落ちた鬨の残骸、遺体、樹木の散乱状況の写真。現在の状況は 36年前の滑落場所状況とは、大きく 異なるから。
    *一番 最初に入山した遺族、美谷島邦子の泣き崩れ、呆然とする現場写真
    *高濱機長、佐々木副操縦士、福田機関士は 墜落の危機を 新規操縦技術で、切り抜け、524人の墜落死を救った。スゲノ沢に滑落して、重傷生存者を生み出したのも 機長らの功績だ。
       世界の「ポラリス賞」を受賞した、三人の映像写真の掲示。奇跡の生還者を救った英雄だ。
    *落合氏が アントヌッチ中尉の誘導で接近降下した救難ヘリに絶叫し、手を振る姿(想定図)
    *事故から 30年、水害以前のスゲノ沢の映像。        両岸に並ぶ銘標(慰霊碑)と せせらぎ川の全景図。両岸、中央から 数枚の写真。
    *流出以前の主な銘標の写真 (川上慶子氏、増永氏、その他)
    *アントヌッチ中尉の写真。 救助に駆け付けた米軍輸送機C-140、救難ヘリ の写真。
    *日航副社長、元運輸相町田直の映像。「日航機はミサイルで撃墜されたんだ」の告白文展示、
    *奇跡の生還者:落合氏、川上氏、吉崎氏らの救出の現場写真、その映像写真。
    *川上慶子氏の自衛隊ヘリへの吊り上げ写真。
    *現場写真(事故調の残骸分布図と 飛行経路図 など)⇒ 招魂の碑の前に 石碑に刻む。
    *日航123便の全飛行経路図―墜落場所、U -字溝、一本から松、水平尾翼の落下場所、上野村、川上村を入れた地図と 123便の飛行経路図、⇒ 招魂の碑の前の広場に「設置する
    @乗客4名の奇跡の生還した記念碑の建立。スゲノ沢の近くの霊地に。

3.2 招魂の碑付近の改善、再建計画の提起
     「昇魂の碑」の前広場に 旅客機墜落の状況の解説の絵図、石碑を設置する。
⇒ 慰霊登山者に 航空機墜落の状況、残骸分布、飛行経路を分かりやすく説明するため。
*1 この墜落地点と 飛行経由した 川上村、上野村、スゲノ沢の位置を示す図。及び この招魂の碑から見える{U―字溝}(地面と接地した(一本から松)を記入する。
U字溝での第4エンジン、 U字溝の右上 500mの位置に落下した(水平尾翼)を追記する
   *2  この墜落地点の残骸分布を記した碑の設置。
        右主翼、左主翼、胴体部、第1、2、3エンジン、「123便の第4エンジン、水平尾翼は 墜落 45秒前に破壊脱落」「垂直尾翼、APU,油圧操縦装置は、
墜落する32分前に破壊脱落した」と注記する。
        
    (5) 墜落死した犠牲者の墜落場所の地図の作成(これは 作成されている筈) 
      犠牲者の銘標の位置を記録した地図(旧の位置。 スゲノ沢以外は 変わってない筈)
      銘標の新しい位置は 銘標の再建された後に、作成のこと。
   * これらの資料は 全遺族に配布されたい。及び 関係者に配布されたい。

  4 慰霊の園、日航の回答書の内容 (9月28日、日航 ご被災者相談室 安部 淳)
    その要旨は 次の通り。
    「スゲノ沢の祭壇の再建について、遺族からの要望として、又 その他の件についても、遺族からの要望として、慰霊の園に伝えた」 との内容である。⇒ 全く回答になっていない。無視の内容

  * 日航は 実質上、慰霊の園を管轄しており、それは 事故直後に 10億円を上野村、慰霊の園に拠出している。その後の運営に於いても、日航は事実上の担当部署、管轄として活動しており、
これは責任回避の回答である。日航は、社員 15名の犠牲者を出し、且つお客様 505名を殺された被害会社であり、事故直後には、遺族に補償金を拠出するとの違法行為を行った経歴。
然も 現在まで、多額の慰霊行事の関連費用を負担している。実質上の慰霊の園の 担当部署。
上野村は 傀儡組織となった。慰霊の園は、ただ 慰霊儀式しか出来ない存在で、事故原因、調査などは 良く知らないのが現状だ。 担当者もおらず、又対応出来る能力もないし、経済的にも 
運営能力から、不可能なのだ。これを処理出来るのは 航空局の下僕の日航だけなのだ。
*然も、この回答には 日航の見解が 皆目 書かれていない。 日航社員が殺され、お客さま 505名も殺されているにも 拘わらず、「加害者だ」と「真の加害者」を庇い、隠蔽する行為は
犯人隠避の犯罪を 実に36年間も実行してきた。

  *この責任回避の言動は、真の加害者(中曽根総理、自衛隊幕僚長)を隠蔽した、航空局は得意な官庁なのだ。 例えば 遺族小田が航空局に質問したところ、「事故調査は 航空局でなく、
    事故調査委員会が担当だから、事故調に面談して聞いてくれ」と回答した。
    然し、事故調に面談を要求したところ、何と「航空局は加害者でない」と公式に宣言し、且つ「隔壁破壊が無かった」と 認めているにも拘わらず、運輸安全委員会は 
    「事故調の報告の通り(隔壁破壊説の通り)との回答文書で済ませて来る事態であった。
  *日航は、嘘の加害者宣言、補償金で遺族を騙し、26年間も加害者だと言い続けた。
   そして、事故から 32年後に 平然と「加害者でない」と宣言し、「遺族への金は お見舞金だ」と自供したが、一切謝罪すらしない卑劣で、良心もない会社である。
   犠牲者、遺族へ  命を運ぶ使命の会社としての責任感のない会社で ある。人命を運ぶ資格のない会社:日航なのだ。
   *再度 この請求を行う。日航は 犠牲者の声を聞き、その本心を 曝け出し、正規な見解を出すべきであるし、それを要求する。日航は反省して、御巣鷹の尾根の遺跡を 事故原因を提示する責務が
     ある筈だ。日航だけでなく、上野村も責任はある筈。 
   *美谷島邦子氏も 遺族会事務局長として、墜落場所の遺跡、事故原因関連の展示内容に積極的に取り組むべきである。

    この書簡は 日航、航空局、上野村慰霊の園、そして 8.12連絡会事務局長に 捧げ、事故の犠牲者への供養とし、事故原因の永久の保存に 寄与して 行きたい。

Re: 投稿№83「真相究明のために100万人の署名運動を!」が消えています

  • 投稿No.120 元投稿No.117 尾宮次夫さんへの返信
  • 投稿者:管理人[ 管理者 ]
  • 投稿日:2021-10-28 20:33:59

> 管理者 様
>  標記の件についてお調べ願います。
>  スレッドリストをクリックしていただければお分かりいただけると思いますが、№82から№85へ跳んでいます。№84は私のミスで削除しましたが、№83はわたしの方で削除はしていません。何か不都合があったのか、あるいは、何かのミスで消えたのか、ご面倒をおかけしますがよろしくお願いいたします。

尾宮次夫 様へ

管理人です。

投稿№83「真相究明のために100万人の署名運動を!」は削除されていました。

原因はわかりませんが、復旧しておきました。ご確認下さい。(キーワード検索の箇所に83と入力して検索を実行してください。)

ご指摘ありがとうございました。