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御巣鷹山の悲劇
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8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査分科会 会長 遺族 小田周二 さんへの返信です。 > この御巣鷹の尾根の台風による「銘標」の流出事故と御巣鷹の尾根の墜落事故の証拠、諸事象の展示などの整備、再建について、「慰霊の園」の実質上の管理者である『日航』に申し入れたのが > (その7-(2))であり、9月10日に日航に申しいれた件の回答がきたので、ここで 紹介し披露して、日航の事故に対しでどのような意図、方針見識があるかを 議論する。 > 且つ 不当な回答であり、ここに再度請求する。 > 1 慰霊の園の実質上の管理責任者:日航への申し入れ事項、内容 > 日航123便が墜落した、最終の場所が「御巣鷹の尾根」である。機体が散乱して、主翼、エンジン、胴体、尾翼などが、発見された。然も火災が発生し、機体も遺体も真っ黒になって、 > 多数の黒い塊状の物質が、集積し、後に検視の医師が「二度焼き」の事象が話題になった。墜落時には、スゲノ沢へ後部胴体が滑り落ち、スゲノ沢では多数の乗客の遺体と生存者が存在したと > 奇跡の生還者らが証言した。 > 山の頂上、付近は自衛隊がヘリで遺体を収容した平坦な場所があり、ここに「昇魂の碑」が立ち、その他、多くの銘碑が建立され、犠牲者の名前が刻まれている。この頂上の招魂の碑の上部に > 慰霊の祭壇があり、犠牲者の遺品、遺族の供養品が祭られている。 この場所は、520名の銘標:墓碑を遺族が持ち込み、祭られている。 最も多くの銘標は スゲノ沢に集中して、 > 建立され供養されている。 > スゲノ沢の両岸に建立され、スゲノ沢の道の脇に、慰霊の祭壇が建立さり、遺品とか、遺族が持ち込んだ犠牲者の遺品、遺族の供養の品が納められていた。 > ここは、犠牲者の銘標が 満載の犠牲者の慰霊供養の象徴的な場所であった。 > 当初は 墜落事故であって、このような状況に怪訝な気持ちがなかったが、時間経過して、真相は殺害事件だと判明して、この御巣鷹の尾根の位置、意味が事故原因と深く関わっており、 > それを整備し、保管することの重要性が浮かんできたのだ。 即ち、 > *垂直尾翼、油圧装置が破壊された事故機は、墜落せずに、機長らが新規操縦技術を開発し、飛行出来た。然も事故機は 横田基地にも着陸が出来たが、自衛隊戦闘機が禁止し、着陸出来ず、 > 止む無くレタス畑へ不時着を敢行したが、農民への二次災害の回避のために、不時着を断念し、川上村の上空を経由して、上野村山岳地帯に入って、待ち構えていた自衛隊戦闘機からの > ミサイルで撃墜された。これで、水平尾翼と第4エンジンを失い、急降下したが、機長らの必死のエンジン出力の調整で、墜落を免れ、水平飛行の姿勢を取り戻して、上野村市街地の上空を飛行し、 > 御巣鷹の尾根に向かって飛行した。右側第4エンジンが破壊停止しており、右旋回で機体が傾き、「一本から松」で接触し、エンジンの部品を落下させ、次の「U字溝」で地面と接触して、 > エンジンの外枠を落下し、右旋回と傾斜で裏返しとなり、御巣鷹の尾根に 激突し、機体は飛散した。 然し、後部胴体は、折れ曲がり、折損して、そのまま、山の樹木をなぎ倒して、 > スゲノ沢に墜落して機体は止まったのだ。このために多数の乗客は 重傷のまま生きて救助を待っていた。 > *墜落事故から、10年以上経過して、初めて、事故の真実が明らかになり、前記の発生事象が明確になって来た。この内容は、国、航空局が秘密にして来た事故の真実を隠してきた言動経緯から、 > 見ると 政権側が 絶対に知られてはいけないことであった。 > このために、国、航空局は 川上村から上野村に飛行し、「水平尾翼」と「第4エンジン」の外部破壊の事態:「ミサイル攻撃による墜落」の事態を遺族、国民に隠蔽するために、事故報告書には > 一切記載されず、又逆に、嘘の事象を書き、遺族、国民を騙したのだ。 そのためには、墜落場所には、根拠となる状況。証拠などの展示を排除し省略したのだ。御巣鷹の尾根には、慰霊碑と銘標以外、 > 展示されていないのが実情であった。即ち、国、航空局の 事故原因の隠蔽するための謀略行為であった。 > 事故でなく、事件であると判明した以上、それを、35年目に 事件の事態の展示、整備、再建を「慰霊の園」の実質上の「運航会社:嘘つき日航」に申請した次第である。 > 今回は その担当の日航の回答が出されたので、それを紹介して事故原因の隠蔽を議論する。 > 2 国、航空局による墜落の事故原因の嘘の「報告と供述」の内容 > この「修理ミスの隔壁の破壊」が事故原因だとする報告書は、前橋地検の不起訴判断で、且つ技術的な究明で、崩壊した。この隔壁破壊説は 墜落の事故原因は、発生すると1分以内に > 墜落すると の格言に矛盾し反する、偽説である。従って、国の報告書は 最後の上野村での「水平尾翼、第4エンジンの破壊、脱落」について、その関与、寄与を記載せず、事故の真実の隠蔽で > 遺族、国民を騙して来たし、且つ日航が「補償金」を強引に渡すことで、「一件落着」の始末で 遺族、国民を騙したことが効果があったのだ。 > 国、航空局は下僕の運航会社:日航を引き入れることで、36年間も遺族、国民を騙しことに、ほぼ成功したのである。然し、32年後に航空局、日航が「加害者でない」又「隔壁が破壊していない」とか > 又「事故報告書には墜落の事故原因が特定されていない」ことを自供したので、国、運輸省、航空局、日航の共謀隠蔽行為が明快に暴露され、ここに 三者が共謀したことが明らかになったのである。 > この事態は、掲示板の「日航機墜落事故 真実と真相」の投稿で、(その3)に記載した通りである。即ち、墜落した上野村の山岳地帯での事故機の「水平尾翼」「第4エンジン」の外部破壊が > 焦点として、論議すべきところ、国は相模湾での18:24の垂直尾翼、油圧装置の破壊に関心を集中して 遺族、国民を騙した経緯であった。 > 最後は、上野村山岳地帯での「自衛隊によるミサイル攻撃」での撃墜であった。然しこの隠蔽は当然として、その前に、日航123便が垂直尾翼、油圧装置が破壊されても、機長らの開発での操縦性が > 回復したことであり、それを事故調は「事故機は飛行の継続が出来た」と結論したが、操縦出来たとは 書かなかった。技術的に矛盾で有り、成立しない結論だ。これは横田基地への着陸が可能との > 結論だが、国は、「着陸は不可能であった」と嘘を言って、遺族国民を騙した。生還出来た乗客乗員を着陸させない行為、事態は権力による明確な殺人行為であった。 > 川上村レタス畑への不時着行動を飛行経路から隠蔽し、上野村への事故機の越境経路を隠蔽した。 > この123便が川上村から、上野村に入って、墜落するまでの飛行航路が、事故機の操縦性、着陸性、そして、最後のミサイルによる攻撃と墜落の状況の真実を如実に証明することになる重要な段階で > あり、それは 123便の墜落の真の事故原因を示す事態であるのだ。この事態を後世に残すことが、犠牲者の死の真相を国民に知らせて、そして、これが 参拝する人には最高の贈り物となるのである。 > ここに、御巣鷹の尾根にその証拠を残し展示して、墜落事故の真実を国民に知らしめる上で、重要で不可欠なことであり、国の下僕の日航(実は被害会社)に整備、再建を申し入れた次第である。 > 3.御巣鷹の尾根の土砂災害と再建、修繕、整備の慰霊の園の管理者:日航への提起申請内容 > 3.1 スゲノ沢の再建整備計画の日航への提起内容 > (1) スゲノ沢の犠牲者の銘標(慰霊碑)が 殆ど大量の水、土砂で流され、流出して、見つかっていない。 遺族はそれまで建立した幾多の供養の銘標(慰霊碑)を 34年目に完全に失った。 > (2019.11。)然るに、日航は、慰霊の園はこれを捜索し回収することを意図的に行わなかった。 > ⇒ 乗客乗員は 自らの意志で上野村で来たのでなく、彼らの目的地は大阪空港であった。飛行途中、123便は 「垂直尾翼」「水平尾翼」「第4エンジン」「APU」を失ったまま、 > 飛行し墜落した。これは 故障による事故でなく、結論は 外部破壊による撃墜であった。 > この犠牲になった乗客乗員は 「遭難者」でなく、殺された「犠牲者」である。 > 真の加害者である「自衛隊、中曽根総理」の味方になり、共犯になった日航が、隠蔽を行った共犯、隠蔽の共謀者であり、且つ「慰霊の園」の支配者であり、ここでも > 乗客、乗員の慰霊碑(銘標)の管理責任者である。 > *その遺族にとって、このスゲノ沢は犠牲者の終焉の場所であり、ここに建立した慰霊碑(銘標)は大切な墓標でもある。遺族らが 34年以上も大切にして来たのだ。 > 遺族が喪失した銘標(慰霊碑)は34年間 長きにわたり、気持ちを 注いだ慰霊の「印」「心碑」でもある。 > どうか 粗末な銘標で済まさず、きちんと 日航が真摯な気持ちで、銘標を作成し建立するか、又は遺族の気持ちが注いだ銘標を立てるか、再建して頂きたい。 > 日航は犠牲者のために巨額の金を遺族に渡し、供養した経緯もあるからだ。 このような要求には 簡単に応じることである。 > *銘標の新たな建立場所にも 遺族がその場所で慰霊出来るスパースを設けて頂きたい。 > 掛かる道端に 多数の銘標を並べて、遺族は道から、供養するのは あまりにも 粗末であり、犠牲者への慰霊、供養には ほど遠いもので、その上 ただ 杭に板を張り付けて > そこに名前を書く、享年、を書くとの碑の作成作業の結果は、あまりにも粗末であり、日航の意図、気持ちが 犠牲者への侮辱、冒涜でしかないと思う。その銘標の字体も > 誰か ボランテイアが書いたと思われる書式は 遺族への侮辱としか考えられない。 再度 作成し直すか 遺族に相談してから、再建作成を求めお願いする。 > (2)スゲノ沢の慰霊祭壇の再建をお願いし要求する。 > 慰霊小屋が この災害で半壊し、撤去され、且つ、その中に奉納されていた遺族らの寄贈奉納した品物、写真、犠牲者の遺品、千羽鶴などは 日航のボランテイアの休憩小屋に移され、 > 簡単に見れない状況は 不当である。再建して、そこに奉納慰霊すべきである。 > (3) スゲノ沢の慰霊祭壇の再建とその規模。 > 小屋は 参拝人が入れるようにして 線香やロウソクが 献灯,献筆記帳出来ること。 > 奉納品など展示は 従来通りだが、一回り 大きく お願いする。(広さは 3倍程度) > 次のような品を 展示奉納する。 且つ墜落事故の状況の展示で、事故の遺族、国民に発信して > 事故の真実を伝え、教訓として、再発防止に寄与するため。(永久に 保存する) > *スゲノ沢へ123便後部胴体部が 高い樹木をなぎ倒し、滑り落ちた鬨の残骸、遺体、樹木の散乱状況の写真。現在の状況は 36年前の滑落場所状況とは、大きく 異なるから。 > *一番 最初に入山した遺族、美谷島邦子の泣き崩れ、呆然とする現場写真 > *高濱機長、佐々木副操縦士、福田機関士は 墜落の危機を 新規操縦技術で、切り抜け、524人の墜落死を救った。スゲノ沢に滑落して、重傷生存者を生み出したのも 機長らの功績だ。 > 世界の「ポラリス賞」を受賞した、三人の映像写真の掲示。奇跡の生還者を救った英雄だ。 > *落合氏が アントヌッチ中尉の誘導で接近降下した救難ヘリに絶叫し、手を振る姿(想定図) > *事故から 30年、水害以前のスゲノ沢の映像。 両岸に並ぶ銘標(慰霊碑)と せせらぎ川の全景図。両岸、中央から 数枚の写真。 > *流出以前の主な銘標の写真 (川上慶子氏、増永氏、その他) > *アントヌッチ中尉の写真。 救助に駆け付けた米軍輸送機C-140、救難ヘリ の写真。 > *日航副社長、元運輸相町田直の映像。「日航機はミサイルで撃墜されたんだ」の告白文展示、 > *奇跡の生還者:落合氏、川上氏、吉崎氏らの救出の現場写真、その映像写真。 > *川上慶子氏の自衛隊ヘリへの吊り上げ写真。 > *現場写真(事故調の残骸分布図と 飛行経路図 など)⇒ 招魂の碑の前に 石碑に刻む。 > *日航123便の全飛行経路図―墜落場所、U -字溝、一本から松、水平尾翼の落下場所、上野村、川上村を入れた地図と 123便の飛行経路図、⇒ 招魂の碑の前の広場に「設置する > @乗客4名の奇跡の生還した記念碑の建立。スゲノ沢の近くの霊地に。 > 3.2 招魂の碑付近の改善、再建計画の提起 > 「昇魂の碑」の前広場に 旅客機墜落の状況の解説の絵図、石碑を設置する。 > ⇒ 慰霊登山者に 航空機墜落の状況、残骸分布、飛行経路を分かりやすく説明するため。 > *1 この墜落地点と 飛行経由した 川上村、上野村、スゲノ沢の位置を示す図。及び この招魂の碑から見える{U―字溝}(地面と接地した(一本から松)を記入する。 > U字溝での第4エンジン、 U字溝の右上 500mの位置に落下した(水平尾翼)を追記する > *2 この墜落地点の残骸分布を記した碑の設置。 > 右主翼、左主翼、胴体部、第1、2、3エンジン、「123便の第4エンジン、水平尾翼は 墜落 45秒前に破壊脱落」「垂直尾翼、APU,油圧操縦装置は、 > 墜落する32分前に破壊脱落した」と注記する。 > > (5) 墜落死した犠牲者の墜落場所の地図の作成(これは 作成されている筈) > 犠牲者の銘標の位置を記録した地図(旧の位置。 スゲノ沢以外は 変わってない筈) > 銘標の新しい位置は 銘標の再建された後に、作成のこと。 > * これらの資料は 全遺族に配布されたい。及び 関係者に配布されたい。 > 4 慰霊の園、日航の回答書の内容 (9月28日、日航 ご被災者相談室 安部 淳) > その要旨は 次の通り。 > 「スゲノ沢の祭壇の再建について、遺族からの要望として、又 その他の件についても、遺族からの要望として、慰霊の園に伝えた」 との内容である。⇒ 全く回答になっていない。無視の内容 > * 日航は 実質上、慰霊の園を管轄しており、それは 事故直後に 10億円を上野村、慰霊の園に拠出している。その後の運営に於いても、日航は事実上の担当部署、管轄として活動しており、 > これは責任回避の回答である。日航は、社員 15名の犠牲者を出し、且つお客様 505名を殺された被害会社であり、事故直後には、遺族に補償金を拠出するとの違法行為を行った経歴。 > 然も 現在まで、多額の慰霊行事の関連費用を負担している。実質上の慰霊の園の 担当部署。 > 上野村は 傀儡組織となった。慰霊の園は、ただ 慰霊儀式しか出来ない存在で、事故原因、調査などは 良く知らないのが現状だ。 担当者もおらず、又対応出来る能力もないし、経済的にも > 運営能力から、不可能なのだ。これを処理出来るのは 航空局の下僕の日航だけなのだ。 > *然も、この回答には 日航の見解が 皆目 書かれていない。 日航社員が殺され、お客さま 505名も殺されているにも 拘わらず、「加害者だ」と「真の加害者」を庇い、隠蔽する行為は > 犯人隠避の犯罪を 実に36年間も実行してきた。 > *この責任回避の言動は、真の加害者(中曽根総理、自衛隊幕僚長)を隠蔽した、航空局は得意な官庁なのだ。 例えば 遺族小田が航空局に質問したところ、「事故調査は 航空局でなく、 > 事故調査委員会が担当だから、事故調に面談して聞いてくれ」と回答した。 > 然し、事故調に面談を要求したところ、何と「航空局は加害者でない」と公式に宣言し、且つ「隔壁破壊が無かった」と 認めているにも拘わらず、運輸安全委員会は > 「事故調の報告の通り(隔壁破壊説の通り)との回答文書で済ませて来る事態であった。 > *日航は、嘘の加害者宣言、補償金で遺族を騙し、26年間も加害者だと言い続けた。 > そして、事故から 32年後に 平然と「加害者でない」と宣言し、「遺族への金は お見舞金だ」と自供したが、一切謝罪すらしない卑劣で、良心もない会社である。 > 犠牲者、遺族へ 命を運ぶ使命の会社としての責任感のない会社で ある。人命を運ぶ資格のない会社:日航なのだ。 > *再度 この請求を行う。日航は 犠牲者の声を聞き、その本心を 曝け出し、正規な見解を出すべきであるし、それを要求する。日航は反省して、御巣鷹の尾根の遺跡を 事故原因を提示する責務が > ある筈だ。日航だけでなく、上野村も責任はある筈。 > *美谷島邦子氏も 遺族会事務局長として、墜落場所の遺跡、事故原因関連の展示内容に積極的に取り組むべきである。 > この書簡は 日航、航空局、上野村慰霊の園、そして 8.12連絡会事務局長に 捧げ、事故の犠牲者への供養とし、事故原因の永久の保存に 寄与して 行きたい。
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