Re. 元日航社員と防衛庁関係者の告発
- 投稿No.4327
- 投稿者:尾宮次夫
- 投稿日:2025-11-23 15:58:30
鷹富 さんへの返信です。
> 青山透子公式サイトのブログで
> 2023、5,8 元日航社員の告発文
> 2023,5,15、防衛庁関係者の告発文
> が、それぞれ載っています。
> 内容を読んで、どこかで読んだ気がすると思ったら、
> 2017年から2022年の青山氏の著作に載っているストーリーの丸写し。
> 日航社員あるいは防衛庁職員でないとわからない情報は皆無で、
> これら告発文自体が青山氏の作り話。
青山透子氏の著作物は2017年(墜落の新事実)から2022年(JAL裁判)までに6冊を数えます。告発文が「ストーリーの丸写し」と言われても、具体的に説明されないと分かりません。要は青山透子氏の説に反対ということですね。それなら分かりますが、「告発文自体が青山氏の作り話」の部分は証拠を示されないと名誉毀損で訴えられる恐れがありますよ。
日航123便は撃墜された (7)
- 投稿No.4321
- 投稿者:尾宮次夫
- 投稿日:2025-11-22 11:34:34
日航123便が撃墜された状況 は、下記の告発文で詳細に知ることができます。「青山透子公式サイト 日航123便墜落の真相
2023-5-15付」から掲載します。
https://tenku123.hateblo.jp/entry/2023/05/15/104559
元防衛庁関係者です。(後略)墜落に至るまでの全ての状況を整理します。
事実関係
自衛艦「まつゆき」は公試のため相模湾にあった。併せて行う高速飛行する敵大型爆撃機を迎撃する想定訓練において、開発中の長射程誘導弾援用型を試行のため、日航123便を仮想標的とする。二発の炸薬の無い模擬ミサイルが発射されたが、停止(破壊)コマンドに反応せず日航機に向かい、一発がその垂直尾翼に命中し、垂直尾翼の一部を破壊した。(一発は追尾後に上野村山中に落下)命中箇所については、事故調報告書、並びに事故調査研究別冊に記されている。
「経緯」については、リンクをお開きください。
第4エンジンの脱落
- 投稿No.4305
- 投稿者:安芸
- 投稿日:2025-11-16 08:21:06
No,4296で述べた水平尾翼脱落との関連で、第4エンジンの脱落と右主翼の損傷について確認しました。
事故調報告書のP8からP12 の記述を総合すると、
1、日航機は、標高1565mの墜落地点より約1.1km南東で標高1530mにある一本カラ松などに機体を接触した。
2、右主翼は大きく損傷し、破片が一本カラ松の周辺から墜落地点までに散乱していた。破片はスパー方向にしわ状になっていた。
3、第4エンジンは大破して、墜落地点の南東約570mで標高1610mのU字溝付近に落ちていた。
また、このエンジンの破片もU字溝の南東で回収された、
4、一本カラ松は地上約14mの位置で切断されていた。(切断の状態は「せん断」と推定されます。)
まず、カラ松の破壊強度・応力を確認します。
林業関係の資料によると、カラ松の成木は、樹高20~25m、胸高直径約1m、建材としてのせん断強度7.8MPaです。
地上14mでの直径を0.3m(半径0.15m)として、せん断応力を計算すると、
7800000×0.15×0.15×3.14=551070N≒56,2トンとなります。
建材として使うデータは、乾燥した木材に静的荷重を加えて試験しますから、
山地に生える生木の場合、衝撃に対する応力は上記よりもかなり大きく、100トンを超えるはずです。
次に、エンジンの取り付け強度を確認します。
事故調報告書のP145、付図―9、エンジン装着図によると、エンジンは主翼の下に吊り下げられていますが、「吊り下げ部」は、前後が約5m、高さが約1.5m、横幅約0,5mです。
エンジンの最大推力21トンの前方向への力と、エンジンの重量を支える6トンの下方への力に耐えることで充分であり、横方向へは弱い構造です。
従って、吊り下げ部は、前方向へは50トン、下方向へは15トン、横方向へは5トン程度の強度を持っていたと推定されます。
上記の内容から推測すると、日航機が一本カラ松に接触した時、カラ松の幹が第4エンジン取り付け部より少し右寄りの位置で、右主翼の前縁に衝突したと推定されます。
衝突位置で100トンを超える衝撃が発生し、衝撃は衝突位置を起点に円弧を描いて伝播し、主翼の前縁は40度の角度で後退していますから、近くにあるエンジンの吊り下げ部は前後方向に長いので右側から衝撃が伝わると容易にこれを破壊します。
右主翼の破片がかなり長い範囲に散乱していたのも、カラ松が右主翼を大きく損傷させたためです。
ただし、エンジンは右主翼がカラ松に衝突した時に即刻落下したのではなく、吊り下げ部がエンジンの自重を支える程度の強度で残り、最終的には、U字溝で接触した時の衝撃で離脱しています。
なお、上記の「トン」は、重量のトンではなく力のトンです。
力の1トン≒9800N になります。
また、河村一男著「日航機墜落」のP233によると、「一本カラ松」はカラ松ではなく、樹齢200年を超える赤松でした。
それに従えば、赤松のせん断強度は9.3MPaなので、上記以上の応力を生じています。
墜落遺体
- 投稿No.4302
- 投稿者:安芸
- 投稿日:2025-11-11 07:38:21
川北宇夫著「墜落事故のあと」のP230-231に次の内容の記述があります
「(人体の耐衝撃性、)例えば前方方向の場合、20~25G程度の衝撃を受けても人は安全です。後遺症を伴うような傷もしません。」
この内容は、川北氏がNTSB(National Transportation Safety Board)の文献(原文)を確認されたものです。従って、30G程度の衝撃なら軽傷で済むことが想像できます。
ところが事故調は、NTSBの文献を参照しながら、20~25Gを人体が耐える限界と誤解し、報告書のP121~P122で次のように記述しています(一部を抜粋)。
『前方胴体内にいた乗客・乗員は、数百Gと考えられる強い衝撃と、前部胴体構造の全面的な破壊によって、即死したと考えられる。
後部胴体内にいた乗客・乗員のうち、前方座席の者は、100Gを超える衝撃を受けた可能性があり、ほとんどが即死に近い状況であったと考えられる。後方座席にいた者が衝突時に受けた衝撃は数十G程度の大きさであり、この衝撃によってほとんどが致命的な障害を受けたと考えられる。
本事故による生存者は4名であり、いずれも重症を負った。4名とも、後部胴体の後方に着座しており、数十G程度の衝撃を受けたものと考えられるが、・・・・・・・・奇跡的にも生還しえたものと考えられる。』
NTSB(文献)の記事を正しく理解すれば、後部胴体後方に生存者がいたのは「奇跡」ではなく、当然のことであり、墜落直後には4名以外にもかなりの生存者がいたことも証言されています。
事故調が生存者について、「奇跡的」と表現したのは誤りであり、この点を川北氏は厳しく批判しています。
事故調報告書の、後部胴体前方についての100Gを超える衝撃で「即死に近い状況」という表現も、後部胴体後方について「致命的な障害」という表現も、いずれも不適切です。
遺体の損傷のかなりの部分は、衝撃ではなく、破壊された胴体の破片などによる切断・圧迫・打撲による可能性が高く、救出の遅れが死亡者を増やしています。
生存者落合さんの証言によれば、墜落前の乗客の大部分は、上体を前に倒し、頭を下げた安全姿勢をとっていました。この状態で機体が機首から尾根へ激突したら、胴体中央部から前寄りの乗客はシートベルトが切れて頭から前方に突っ込んでいきますから、前方の座席などに頭をぶつけ、頭蓋骨が潰れ、頭を胴体にめり込ませ、頚椎が折れる、などの状況が起こります。その直後に、胴体が分解して広く散乱していく際に、乗客の身体もまた、胴体の破片と共に広く散乱したことになります。検視を担当した医師が「安全姿勢をとったために頭部を損傷した人が多くなった」と述べています。
川北氏が参照した上記NTSBの文献では、乗客が上体を起こしていて墜落して機首から突っ込んでいく場合、シートベルトが切れて身体は前方に飛んでいくと解説しています。
飯塚訓著「墜落遺体」のP58-59によると、完全遺体が492体、離断遺体が1143体、検視総数が2065体などと記されています。完全遺体は5体がそろっている場合ですが、頭部が下顎部だけとか手足の一部が欠けている場合も含まれ、5体満足は177体でした。死亡者520体から完全遺体492体を引いた残り28体は、身体の一部のみで身元確認されています。
バラバラに分断された遺体が極めて多く、それらの大半は身元を確認できなかったようです。
川北宇夫氏は、長女を日航123便墜落で亡くし、その後、シートベルトを2点式から3点式にする提案など、航空機の安全性向上のための活動をされています。
事故調報告書では遺体の損傷状況についての分析が極めて不充分であることについても、川北氏は批判しています。事故調報告書には多くの誤りや分析不足がありますが、この件もその一例です。衝撃がどのように発生し、どのように伝播し、どのように人体に影響するかは極めて複雑であり、事故調報告書のように短文で記述できる問題ではありません。
なお、事故調と川北氏が共に参照した文献は、Googleで「NTSB-AAS-81-2」をキーワードに検索すると、トップに表示されます。
日航123便は撃墜された (6)
- 投稿No.4301
- 投稿者:尾宮次夫
- 投稿日:2025-11-09 14:53:36
事故機(日航123便)が撃墜されたことは,第4エンジンの不可解な墜落現場の散乱状況からも証明できます。
日航の新入社員研修では、123便墜落時の残骸を展示している安全啓発センターの見学を義務づけています。そこでは墜落時の状況を次のように説明しています。「飛行機は最終的に東から西に進み墜落いたしました。一本から松をなぎ倒した後、90度近く傾き、右の翼で尾根の木々をなぎ倒して第4エンジンが脱落、180度裏返るような形であたまから墜落しております。」(時事ドットコム「心に刻む御巣鷹」黒田マネージャーの説明から)
事故調報告書には、「同機は、三国山の北北西約1.4キロメートルの稜線(標高約1,530メートルの一本から松の地点)にある数本の樹木に接触し、次いで同地点の西北西約520メートルの稜線(標高約1,610メートルのU字溝の地点)に接触した後、同地点から更に北西約570メートルにある稜線に墜落した。」とあります。(P.8)
同じく、事故調報告書には、「一本から松からU字溝にかけて、NO.4エンジン及びその部品、右主翼前縁の部品等が広い範囲にわたり散乱していた。」とあります。(P.12)
要するに報告書では、事故機の第4エンジンは、墜落現場から東南東約1.1キロメートルも離れた一本から松に右主翼が接触したから脱落した、と説明しているのです。「一本から松」はどういう状態になったかと言うと、「地上から14メートルの位置で切断されていた」(報告書P.12)とありますから、かなり梢の方です。その衝撃で1基重さ6t以上もある第4エンジンが脱落した、と言うのです。この報告書を読んで、どれほどの人が納得できるでしょうか。物理を習わない子どもでも不思議に思うでしょう。
第4エンジン及びその部品が一本から松から稜線U字溝にかけて散乱し、U字溝を越えた墜落現場付近の第1、2、3エンジンの残骸と離れた場所に散乱していることは、一本から松に接触する以前に第4エンジンが外部から何らかのダメージを受けたことを示しています。そのダメージを与えたものとは、CVRやDFDRからのエンジン不調を示すデータが示されていないのですから、内部ではなく外部からのもの、すなわちミサイル以外には考えられません。