新刊書の紹介
- 投稿No.36
- 投稿者:管理人[ 管理者 ]
- 投稿日:2021-07-21 21:15:34
犠牲者遺族であり、8.12連絡会墜落事故調査分科会会長の小田周二さんが
『永遠に許されざる者』(文芸社 2021年7月15日 初版第1刷発行)
という書物を刊行された。
書物は
「墜落死の真実」を貴方方乗客乗員の霊前に報告する。
という言葉から始まる。
事故調査委員会が当初主張していた圧力隔壁損壊説はこの書物によって徹底的に論破されており、その先は自衛隊がどのようにこの墜落事故に関与していたのかについての自説が展開されている。
B5版で416ページの書物は手に取ってみるとずっしりと重く、内容は力作である。
18時30分に富士山の東側を通過したことに気付きにくい理由 その9
- 投稿No.35
- 投稿者:せきたに
- 投稿日:2021-07-05 22:03:24
『疑惑 JAL123便墜落事故』(角田四郎著)86ページには
生存者の一人、吉崎博子さんの証言が記されている。
「ドーンとものすごい音がして眼がさめました。同時に、白い煙がパアーッと入ってきます。なにがなんだかわかりませんでしたが、酸素マスクが上からおりてきたので、緊急事態が発生したことは理解できました」
この証言も18時30分に富士山の東側を通過したことに気付きにくい理由となっている。
吉崎さんの証言内容通りだとすると、酸素マスクがおりてきたのと、白い煙が客室内に入ってきたのがほぼ同時であったということになり、そのことが意味するところは、離陸後、初めての異変によって酸素マスクがおり、白い煙がほぼ同時に発生したことになる。
ところが、酸素マスクと白い煙に関する記述に関する事柄について、落合由美さんの証言は少し違う。
離陸後、しばらくして、(おそらくは客室乗務員によって子供達に向けてミッキーマウスのぬいぐるみが配られていた頃)〈パーン〉という音とほとんど同時に、酸素マスクが自動的に落ちてきた。となっているだけで、そのときの〈パーン〉に付随して白い煙のことについては言及されていない。
一方、白い煙のことについては、以下のように記しておられる。
「やはり〈パーン〉という音と同時に、白い霧のようなものが出ました。」
注意深く次の箇所を読むと、文中、「そのときは」と記されている、「そのとき」というのは離陸後二回目の〈パーン〉の時である。
「はじめはスチュワーデスもそれぞれの席に座って酸素マスクをしていましたが、しばらくして、お客様のマスクを直したりして、まわっていました。そのときは、エキストラ・マスクをひっぱって、口にあてていました。」
落合由美さんの証言によると、酸素マスクがおりてきたときには同時に白い煙のようなものは発生していない。酸素マスクの装着が終わった頃にもう一度異変が起きて白い霧のようなものが発生したと記されているので、酸素マスクがおりた時刻と白い煙のようなものが機内で目撃された時刻とには一定の時間差があったものと考えられる。
いずれの証言も貴重なのだが、吉崎博子さんの証言と落合由美さんの証言とを比較してみると、酸素マスクがおりてきたときと白い煙が入ってきたタイミングについて、一致していないものと思われる。
ただ、次の証言は、河津駅のあたりから、〈ボーン〉という音と共に相模湾上空を飛行するジャンボ機がふだんの二倍近い大きさで目撃されたということが、そのときの異変が離陸後初めてのものではなかった可能性を示唆しているものと思われる。
(『疑惑 JAL123便墜落事故』21ページ)
河津駅の北西の山側で畑仕事をしていた同町役場職員渡辺穣さん(45歳)の証言は
「午後6時半前、ボーンという音で上空を見た。雲の切れ間からジャンボ機がふだんの二倍近い大きさで見えた。」
(その10に続く)
Re: 日航123便墜落事故と事故調査への疑惑と真実の追究 (その一)
- 投稿No.34 元投稿No.33 日航機墜落事故犠牲者の遺族 小田周二さんへの返信
- 投稿者:管理人[ 管理者 ]
- 投稿日:2021-06-30 22:45:35
> *遺族小田は、2015年に『日航機墜落事故 真実と真相』を、2017年に「524人の命乞い」を出版して、
> 国民に、「墜落事故の加害者は 自衛隊である」ことを提起している。墜落事故でなく、事件だと帰結出来るのだ。
小田周二様、掲示板への投稿ありがとうございます。
墜落事故によってご子息と長女を一瞬で亡くされてしまった、ということは本当にご愁傷様でございます。悲しいことでそれ以上何とも言葉を紡ぐことが出来ません。
小田様の投稿文に関連してですが、『疑惑 JAL123便墜落事故』の中で著者の角田四郎さんも以下のように記されています。
「日航123便墜落事故」は、言われているように単なる「事故」ではないのだ。明らかに「事件」と呼ばれるべきものを内包している。
(418ページ)
そして、犯人を連想させるのは
墜落事故当日の夜、羽田空港で遺族達に詰め寄られた日航の重役が思わず語ったとされる言葉として、
「うちの機は、北朝鮮のミサイルに打ち落とされたんだ。今はそれしかわからん!!」
(115ページ)
私の推測した「疑い」が間違いなら、現実に現れている事象はどう考えればよいのか?
間違っていないなら、この事故の背後に一体なにが隠されていて、事故の全てを歪曲し、全く成立し得ない原因をデッチ上げ、墜落地点と機体を半日以上も隠し、不都合な証拠物件の全てを隠蔽、消去して外国の企業たるボーイング社にまでその手助けをさせる巨大な力が存在したことになる。
(397ページ)
という記載があります。
小田様の見解では日航機墜落事故は事故ではなく、事件であり、自衛隊が事件を起こした加害者であったとはっきりと記されていますが、自衛隊というと、隊員の佐間2曹が川上慶子さん(当時12歳)を抱えてヘリコプターにつり上げられている姿が多くの人の脳裏に鮮明に焼き付いているのではないかと思われ、その自衛隊が事件を起こした加害者であったと仰られると信じ難い気持ちが起きてまいります。
小田様は独自の思惟を積み重ねられた結果、事件の加害者が自衛隊であったという結論となられているようで、それを否定するものではございませんが、一般的には、まさか自衛隊が自国民を積極的に殺すようなことは企てないだろうという強い先入観があるのではないかと考えます。
小田様にはぜひとも今後の投稿をいただける場合に少しずつで結構ですから、そのように結論付けざるを得なくなられた根拠やプロセスについて誰にでも理解できるように記していただけると幸いでございます。
日航123便墜落事故と事故調査への疑惑と真実の追究 (その一)
- 投稿No.33
- 投稿者:日航機墜落事故犠牲者の遺族 小田周二
- 投稿日:2021-06-29 22:09:58
8.12連絡会 「日航123便墜落事故調査分科会 会長」として、説明する。
小田は 日航123便墜落で、愛する子供達、浩二(15歳、高校1年,陽子(12歳、中学1年)の
二人を一瞬にして失った。そして、事実 「520名は 殺された」ことが明確に認識出来た。
遺族は 肉親の死亡事態に衝撃を受け、悔悟と供養に没頭してきた。あまりにも強い衝撃で、遺族には
人生が閉ざされた気持ちになったのだ。
墜落の事故原因などについては、事故状況、証拠、多くの状況証拠は、全て、国、運輸省、自衛隊が所有し、
我々遺族、国民への開示はないのが実情である。まして米国にように、途中で、進捗を公表することのなく、全て
秘密処理がなされているのだ。(今後の事故調査の運営上、改善すべき課題)
まして遺族は掛かる墜落事故に遭遇することはなく、事故の経験、知識もないのだ。事故調査は 被害者である遺族が 行うことは正しく行えないことを考えると、関与を行わないのが 原則である。
然し、事故でなく、国、自衛隊が関与した事件の場合は、事故原因が不明で 国が隠蔽した時には事故遺族の出番が必要になるのが 現状なのだ。
*事故から、20数年経過したが、区切りの、けじめの30年の期限が直ぐ近くに迫っており、遺族小田は、ある事故遺族の活躍に啓発されて、事故の真実を明らかにしようと決意したのである。
それは、ユナイテッド航空UA811便の貨物室ドア脱落事故で、乗客9名が吸い出されて、死亡した事故で、
この貨物室のドアの破壊脱落の原因は米国NTSBが「作業員が取り扱いミスとの結論を出した」が、この事故
で 愛する一人息子を失ったケビン・キャンベル夫妻は 途中の尋問で得た資料から、結論に疑問を抱き、本格的に調査と研究に奔走して、技術者キャンベル氏は「ドアのオリジナル設計上のミス」との結論をNTSBに 提出して、再調査を要求した。NTSBは、この提起を受けて、太平洋の海底、4,200mから、ドアを引き上げて、調査して、「電気系統の欠陥である」との結論に至ったのだ。
当のキャンベル夫妻は、「息子の死を無駄にしないためにも、事故原因を徹底的に調査して、811便の事故の真実を明らかにする。これは 二度と同じ事故を引きおこさないためには 不可欠である。遺族は真の事故原因として、亡き肉親の墓前に報告することが 最大の供養である」と語っており、犠牲者への心情溢れる。遺族の崇高な明言であった。 この言葉に触発されて、遺族小田は 忽然と真実の追及に立ち向かったのである。
*遺族小田は、2015年に『日航機墜落事故 真実と真相』を、2017年に「524人の命乞い」を出版して、
国民に、「墜落事故の加害者は 自衛隊である」ことを提起している。墜落事故でなく、事件だと帰結出来るのだ。 次回は 事故の調査、飛行、墜落などについて、説明を予定します。
18時30分に富士山の東側を通過したことに気付きにくい理由 その8
- 投稿No.32
- 投稿者:せきたに
- 投稿日:2021-06-27 22:46:12
18時40分過ぎという時間帯に大月という場所の上空を大きく円を描きながら低空で飛ぶジャンボ機が角田四郎さんによって目撃されている。
18時30分に富士山の東側を通過したのだとすれば、そこから大月までどうして10分以上もかかっているのだろうか。
犠牲者 河口博次さん(52歳)の遺書
飛行機は まわりながら
急速に降下中だ
富士山の東側を通過するとき、機体は大きく横方向に大きく揺れていた。
その後、すぐではないかもしれないが、大月上空に至るまでのところで、機体は円を描きながら、ということは前進した箇所と後退した箇所があったことになり、螺旋状の軌跡はを描いて降下しながら大月に近づいて行ったので、まっすぐ飛行するときの倍ぐらいの時間がかかったものと思われる。
(その9に続く)