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御巣鷹山の悲劇
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胸肩 さんへの返信です。 > 日航123便の残骸について1985年9月20日号の週間ポスト。 「この金属片には白い塗装と赤がかったオレンジ色の塗装が地上を引き擦った様に付いている。 > 事故現場からのオレンジ色の回収物は、『真実…』(279頁)——事故直後の8月14日、産経新聞記者が墜落場所での取材中、自衛隊ヘリがオレンジ色の残骸を吊り上げている瞬間を写真撮影して本社に送り、スクープ記事にした。この事態は運輸省が知るところとなり、急遽産経新聞に圧力をかけて事態の隠滅を図った。当時の鹿内春雄会長は社員に「事故現場でのオレンジ色の残骸吊り上げ写真報道はなかったものとする」と宣言し、社員に厳重な箝口令を命じた。 > 町田 直副社長が亡くなったのも、 > 判る気がします。 > 生存者も最低限の情報だけを話ました。 > 八月十二日よる、おかあさんがいないので、どうしたのかなとおもってそとにでてみると、したのおじさんたちと、どうろにでてなにかはなしていました。したのおじさんが、「あかくひかっているものがとんでいるよ。」と、いったので、わたしもみました。山にかくれたり、でたりしていました。「きみがわるいね。」と、みんなではなしました。R.K > 午後七時少し前、蚕にくわをくれていたら雷のようなおとがしました。ぼくの家の下の人は、真っ赤な飛行機を見たといいました。ぼくはその時、どうして飛行機がこんな方に飛んできたのかと思いました。それも、真っ赤な飛行機。ぼくはその時、いやなことがおこらなければよいと思いました。Y.K > 上野村立上野小学校。日航機墜落事故について編纂 「文集 小さな目は見た」 > 群馬県野栗沢地区に目撃者が多く、其方の方向から飛んできたと思われる赤いプロペラの付いた物体とは?
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