『隠された遺体』感想(その4)

  • 投稿No.3658
  • 投稿者:せきたに
  • 投稿日:2024-10-12 20:29:56

書物の46ページには次のように記されている。
 『私は、国土交通省が11年前に公開した「異常外力着力点」に着目をしたのだが、それをいまだに荒唐無稽な話というならば、事故調査委員会の発表そのものが荒唐無稽となる。さらに事故調査報告書の別冊に「外力がなければ垂直尾翼の破壊と整合性がつかない」と書いた委員たちを陰謀論扱いしていることになる。
 後世の人々のためにこの別冊に「異常外力着力点」の場所を記した事故調査委員たちの矜持を無駄にする発言となろう。この別冊は、当時の事故調査委員たちが苦悩の末に、政府が望むように歪めた結論を受け入れざるを得なかった、という証拠なのである。
 ここを理解せずして、私たちのみならず彼らをも陰謀論者と呼ぶのは根本的に間違っている。』

「異常外力着力点」が本当であればそれは墜落の極めて大きな要素になるはずで、真っ先に検証すべきだと言えるほどの着目点だと考えるが、もしも飛行中に垂直尾翼に向けて横から異常外力が作用すれば機体は瞬間的に飛行方向が変えられ、機内は大きく揺れることだろう。

しかしながら、落合証言によると富士山が左手やや下方に見えたと語られているところまでは当日非番のCAでもあった証言者は自ら安全姿勢を取られていないばかりか酸素マスクと救命胴衣装着の手伝いをされていたわけで、その間に「異常外力着力」を想起させるような飛行方向が瞬間的に変化させられるほどの揺れがあったとは語られていない。

事故調が別冊に記した「異常外力着力点」は、墜落後の現場から見いだされたものだろうから、墜落までのどこかの地点で生じた可能性があり、垂直尾翼への異常外力が生じたのが相模湾上空でと断定してしまうのは早計だ。

落合証言の中で
「安全姿勢をとった座席のなかで、体が大きく揺さぶられるのを感じました。船の揺れなどというものではありません。ものすごい揺れです。」

こう語られている箇所こそ異常外力が発生した地点にほかならないのではなかろうか。

目撃談も残っているようだ。
『疑惑』97ページ
〈南相木村中島の住民3人〉
「午後7時前、ジャンボ機が傾いておかしな飛び方で北東へ飛行しているのを見た」
(同証言の他の一人)
「飛行機が飛んでいった後から、流れ星のようなものが近くに飛んでいくのが見えた」

落合証言の一部を記すとき、いつも不可解に感じることが2点ある。

一点目は、落合証言が詳細に記されている『墜落の夏』という書物が出版されたのは1986年8月5日で、事故調査報告書が出されたのは1987年8月7日となっているが、事故調査委員会は報告書をまとめられるにあたってどうして生存者となった当日非番のCAが記された手記を参考にされなかったのだろうかという点。

二点目は、『隠された遺体』の著者が、2010年に『天空の星たちへ』という書物を著されているが、その書物の中で犠牲になった仲間たちのことを切々と記されていて、哀悼の気持ちが強く伝わってくる。

それならば、当日非番の仲間が生存者となり作家の吉岡忍さんの求めに応じて記された手記を何度もしっかりと目を通されたことだろうと推測している。

疑問に思うのは「異常外力着力点」に着目された著者がどうして手記の中に記されてる「大きな揺れ」が起きたときとの関連性でそれを語られないのか、という点。

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