Re.(38) 事故機における旋回

  • 投稿No.1923 元投稿No.1915 さんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-07-07 21:44:06

鷹富士さまへ

勝手ながら鷹富士さまの投稿No.1912の内容に関しましても含めましてこちらにまとめての書き込みとさせて頂きます。

DFDRが解析の段階ごとに変遷をたどったという事自体は理解できます。ただ、現在となってはDFDRを尊重する限りは到底許容できないズレがあることが間違いないとなった以上は、現代の機材でもって再度解析し、可能な限り実際飛行したルートに近い航跡図が作成されるべきだと思います。
アルファターンだ何だと言われた大月旋回が実際はそうではなく、位置もキロメートル単位で違うとなれば今まであの図を元に沢山の人が行ってきた考察が無駄となったまま終わってしまうこととなり、到底許容できるものではないと思います。

角田氏の著書「疑惑」ですが、現在手元にはありませんので確認できるよう手配をしております。藤田氏の「隠された証言」の方はたまたま手元にございましたので、『8月14日、日本航空の広報関係者からは、前日の落合さんの発言をもとに急減圧を印象付ける、偽の落合証言が発表された。・・・・・・・誰かがでっち上げた「落合証言」であることが確認された。』との記載があることは確認できました。
氏の著書を読んだ感想となりますと、急減圧はなかった とする主張を明確に感じ、これ一冊だけでも再調査不可避 と考えるに至るに十分であり私としても内容を支持したく思います。

とは言えですが、根拠はないもののその際の落合証言のすべてがでっち上げとは思えないというのも事実です。
寧ろロングインタビュー方の富士山を見た時の様子ですとか、墜落直前の急降下の所に違和感を感じたりします。これまた根拠はありませんが、吉岡さまの側には不手際、落ち度的なものはないとも思っています。
(鷹富士さまはあまり興味のない話かもしれませんが、私にはどこで富士山を見たのか ということはこの事故を考察する上において極めて重要だと思います)

角田氏の仮説「機首を北へ向け、川上村から南相木村に入った頃、なぜか右エンジンが火を吹き大きく右に傾いた。機首を北東から東に向けて弧を描いて落下、さらに南そして西に機首を向けたとき「一本から松」に右主翼のエンジンが接触、続けてU字溝を作った峰に激しく接触して機体を二分しながら最終激突地点へ突っ込んだのである。」は、エンジンから 火を吹きながら県境付近から一旦北上、ぐるっと回って南下しつつ急降下 という様子を目撃者がみることになるだろうことから私としては賛同できません。

集まってきた証言をどう読むか 要するにから松へのアプローチが北側からなのか、南側からなのかという二択で意見が大きく別れそうですが、北からだとすると、三国山を(なんとか)超えて の表現があてはまりづらく感じます。

「石川証言」を、角田氏自身は認めていない とのことですが、明確に証言におかしな点がある旨の記載がないのに、出典が明記されていないことを理由にそうだと判断してしまうのは正直いかがなものかな?と思います。
仮に石川氏にそういった思いがあるのなら、石川証言自体は(逆)S字飛行の様を表現しており、そのことが氏の仮説には邪魔になるという事だとも推測できるように思います。

あと、個人的に思うことですが、人の証言の多くは、その人にとってそう見えた と捉えるのが適切なようにも思っています。脳内マップと実際の方位とのズレ 説明する上で判りやすい目印を利用するというのもありがちでしょう。

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