日航機墜落事件―中曽根と後継の総理がその事故の真実の隠蔽を指示した!!―(その42)
- 投稿No.1829
- 投稿者:8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査分科会 会長 遺族 小田周二
- 投稿日:2022-06-15 00:08:03
日航機墜落事故の真実と真相は 中曽根総理と後継政権権力者により「隠蔽命令」で隠されている。
重要な証言、告白、CVR,DFDRの改竄での隠された証拠から、「捏造された嘘の事故原因:隔壁破壊説」は 司法が否定して崩壊した。この根拠は 生還した落合由美氏の証言告白であった。
1 日航123便墜落事故に関して、権力者、有力者、の発言、告白の内容、
ここでは、主な告白から、真実を見つけ出した経緯と内容を提示する。
日航123便墜落事故に関して、政府、日航の権力者,高官 および 米軍アントニッチ中尉、自衛隊幹部の証言などを 列挙する。日航123便墜落事故は CVR,DFDR,は 修正され、捏造され、
そして、需要な証拠である残骸の調査分析も、いい加減であり、事実の解明は真摯に実施されなかった。
残るは、関係者の証言、告白である。ここに重要な状況、実態の目撃証言、関係者の告白が真実の追究に残された唯一の状況証拠である。この事故調査はCVR,DFDR,残骸からと国は説明したが、
一般的、世界的には(CVR)と(目撃証言)から、事故原因の「仮説」を類推し、検証して、事故原因が特定される。
@ 墜落事故の関係者、権力者、高官、目撃者による重要な告白、証言の列挙――
告白―1) 「日航機は北朝鮮のミサイルで撃墜されたんだ。」―日航副社長、運輸省元事務次官、(1985.8.12 東急ホテル、日航の犠牲者対策本部)遺族への告白
告白―2) 「えらいことをした。標的機を民間機123便に当ててしまった。直ぐに 百里基地の戦闘偵察機 2基を追尾させたところだ」
―百里基地(イナヨシ ?)空軍司令官、 元戦友への電話での連絡 1985.8.12 ―
告白―3) 「123便機長は横田基地に着陸の申請をし、横田基地は許可した」との無線交信を
傍受した」―米軍アントヌッチ中尉は 空軍機関紙に投稿した。(1995.8)
告白―4)「墜落場所で 救難ヘリで、兵士を降ろして救助活動の最中に、米軍横田基地から、(救助活動の中止と 即時撤退して基地に帰還しろ)との命令を受けた。
この指示は 日本側からの要請であった」と 上記、アントヌッチ中尉が 空軍機関紙に投稿した。(1993.8)
告白―5)「垂直尾翼が破壊された時、客室内部では 空気は動かなかった。空気が流出する音もなかった。又 乗客らは 酸欠症状を示した人はいなかった」
(8月14日、奇跡の生還者:落合由美氏の証言。日航役員の事情聴取。同じ調査は 米国事故調査員による事情聴取でも 同じ証言がなされた)
告白―6)「上野村に緊急出動した自衛隊部隊、群馬県警部隊は 救出活動を中止して、上野村の消防団員の捜索、救出活動を妨害した」、「川上村消防団は
三国山経由の捜索救助活動の登山の途中で、自衛隊部隊により、追い返された」 8月12日、13日 1985年、村人の証言)
告白―7) 「123便は 垂直尾翼、油圧操縦装置の破壊で、操縦に難が発生したが、飛行の継続が出来た。然し 機長らは 思い通りの操縦が不可能であった。-」 との事故報告書の結論は
矛盾しており、成立しない。⇒ 且つ 墜落の事故原因が特定されていない。
事故報告書 1987年7月 公表。 ⇒ 前橋地検が 1990,7 この結論を 落合証言を基に 否定して、不起訴、無罪にした。
告白―8) 「18:55 頃、突然、物凄い横揺れが起きて、直ぐに機体は急降下した。物凄い急降下で 髪の毛が 後ろに引っ張られるほどの恐怖で、思い出したくない恐怖です」
(奇跡の生還者:落合由美の証言。8月14日、日航 役員の事情聴取。)
告白―9)「日航は 透明性のある(嘘でない)説明責任を果たしたいのだが、(事故の真実を明確に説明したい)、その為には 「運輸省」と日本政府の了解、許可が要る」と
日航赤坂社長は 日英の遺族に説明し答えた。(2018年8.12 上野村 墜落地点:スゲノ沢での遺族への事故原因の説明と政府による禁止命令の事態の告白
告白―10)「123便墜落事故の真実は 墓まで持って行く」 (事故発生時の中曽根総理が 記者団に語った墜落の事故原因の真実への対処の心境と方針)
⇒ (墜落の事故原因は 知っているが、隠蔽しろ)中曽根総理の指示、命令。
以上のほか まだまだ沢山の告白があるが、これらの告白は 重要な状況証拠であり、これだけでも、真の 事故原因が推測出来る。
何故なら、全ての発生事象、又CVR,DFDR、残骸の分析、調査を含めて、可能性の高い「仮説」を導くことが出来るのである。
機体内部の隔壁破壊説が否定された以上、垂直尾翼、油圧装置の破壊は、国の『隔壁破壊説』が否定された以上、外部破壊しか、残されていない。
この状況証拠は 明確な連鎖性が判断出来、技術的に論理的に成立することが 判断出来る。更に、垂直尾翼、油圧装置が破壊されても、事故機は操縦出来、
そして、長い時間、飛行の継続が出来たことは、垂直尾翼の破壊が 事故原因でないことは明らかである。 最後 上野村山岳地帯で、操縦出来、飛行出来た事故機が、
突然、更に「水平尾翼」「第4エンジン」が破壊されたことは、外部破壊しかなく、又元運輸省:事務次官の町田直が「日航機は ミサイルで撃墜された」との遺族への告白は、
最後に、自衛隊戦闘機から、精密なミサイルで撃墜されたことを 導き出されるのだ。日航も墜落の事故原因は 上野村山岳地帯での『フラップの左右の不均衡による』との推測を出しており、
事故原因は 上野村での最後の上昇飛行中での発生だと指摘している。更に 油圧、垂直尾翼が破壊されての「機長らの操縦性開発は フラップでは 力が弱く、
強力なエンジン出力の左右の出力差しか、機能しないことは容易に導かれるからである。
2 日航機墜落事故の真実は 巨大な権力の籠に格納され、黒い霧の中に 隠されているのだ!!
真実は 関係者により、ほぼ特定され、明らかになったが 国、航空局、自衛隊は 平然として、無視し、関係の航空局、日航は、説明責任を果たさず、又
必要な対処:「墜落事故の再調査」を不作為し その不作為の理由も説明を避けている。このような隠蔽のやり方、手段、方法は どのようなものか 考察し検証する。
真実、真相は、闇の中にあるのでなく、闇の中に 押し込められているのである。
この深刻な闇は 自然現象でなく、「ブラック ホール」と同じ強力な重力、権力が 全てを飲み込み、且つ従わせる強力な権力で、隠され、真実は公表、公開されないのだ。
3 日航社長の告白―「日航123便の真実隠蔽は 国、航空局が 行い、公表、説明、公表を禁じている」と!!
@日航:社長:赤坂祐二氏と 英国の遺族:SUSANNE氏(女性)と日本の遺族 小田周二との三者面談に於ける{日航:赤坂社長の真実告白証言}
2019.8.12 上野村での慰霊式典、慰霊登山での この三者の面談は「実に奇跡的、衝撃的な出会いでの議論であった」と,英国の遺族:Sussanne氏は、喜んでその真相を語っている
スゲノ沢の脇道で小田家の墓標近くで、偶然に、下山して来た赤坂社長の一団と SUSANNE氏と 小田の慰霊登山の途中で、偶然、登山道で奇跡の遭遇をした。
赤坂社長は 数名のお供を連れていた。(法務部長等) SUSANNE氏は英国からの来日で 早稲田大学での「日航機事故シンポジュウム」に出席し、遺族として講演で発言しており、
遺族小田と 一緒の慰霊登山の途中であった。
(この一連の慰霊登山には、新聞社の(記者)(写真係)、そして(通訳-英語)を連れての慰霊登山であった。面談議論は SUSANNE氏は 英語で、小田は日本語で
赤坂社長は 英語と日本語で議論し 質問と回答、告白がなされた。)
3.1 この中での重要な議題、議論項目と赤坂社長の告白は 4点あった。
一つは 日航は 国際民間運航条約を守っていると 日航赤坂社長は 認めた。当然 日本政府も この国際条約に加盟している。
(国際航空運送協会‘IATA、国際民間航空機関 ICAO)
―航空安全の優先遵守、日本の安全に関して 法律的にも 同じ状況、だと判断出来る。
― 事故で墜落した場合、墜落の事故原因を特定して、再発防止策を実施すること。及び
― 事故の原因、対策、経過など 遺族に対し、詳細に説明責任を有すること。
(この事態は 2011年7月の『遺族への解説集会』の資料にも 明確に記載されている。
⇒ 然し、この事故原因の特定、再発防止策は実施されていない。
これは、日本、航空局の不作為行為であり、憲法、刑法、運輸省の規則、民主主義の規定に違犯する重大な隠蔽行為である。
二つは 日航は 123便の墜落事故について、「説明責任」と「透明性」を確約することを確約する。
赤坂社長は 「この遺族、国民の真実の公開要求を肯定した」と。
三つは 日航は 今まで 何故、そのような言動をしてこなかった理由は何か である ?
(日航は 国の事故調査原因を遺族に宣言し巧妙に洗脳してきたが、前橋地検は この「事故原因の報告書とその内容である隔壁破壊説)を否定し、
この判決を 航空局、日航も 認めた。然し その後 30年以上も 「加害者」の演技をして、遺族、国民を騙して来た。
且つ 「事故調査には(日航)も積極的に 参加した」と自供。 墜落の事故原因は36年間も不明のままだが 国、航空局、日航は 墜落の事故原因の特定の放棄して
「墜落事故の再調査」を無視し拒否した。
遺族会は、独自に 2006年 123便墜落事故の(再調査を行なう)と声明を出したが、国は無視した。その後 遺族が中心となって、
国、航空局に対し、「再調査」を要求したが、依然として、無視し、拒否し続けている。
国、航空局、日航は 墜落事故の説明責任と透明性を明確に果たし実行してこなかった。
未だに 墜落事故の再発防止策が実行されず、同種事故の危険性が存在し、国民の生命の安全が 36年間確保されていない事態が 現状でも 放置されている。)
@ この問いに対する赤坂社長の回答は 愕然とするものであった。 即ち「日航123便の墜落事故の原因などについて、説明責任と透明性を果してこなかった理由は
次のような日本政府の圧力、制約と口封じ、真実の説明の禁止であると告白した。
―『日航は そうしたいのだが、(即ち 事故の真実を明確に説明したいのだが)、その為には「運輸省」と日本政府の了解、許可が要る」と 説明し答えた。 ―
この説明内容は 重大な事態、犯罪隠蔽の構図システムを 示している。
四つは 赤坂社長は 日航は 123便墜落の真相を解明に協力すると 約束した。
3.2 赤坂社長は 国、航空局が 日航、公務員、自衛隊、群馬警察、マスコミなどに 強力な隠蔽の政治圧力を掛けていることを 告白した。(箝口令、法的な縛り、制約、制限など)
この赤坂社長の回答、説明、回答は 実に重要で、衝撃的な禁止理由を明確に回答した。
これは 状況判断で 真実であると判断出来る。過去 36年間の日航、航空局、群馬県警などとの議論、説明からも十分推測出来る事態であった。 即ち、
「運輸省と政府(中曽根総理)は 説明責任の実施を禁止し、事故の真実の隠蔽をしている」ことを 赤坂氏が 告白し自供したのだ。
3.3 掛かる日航の権力者の赤坂社長の「真実を説明するには 国、航空局の許可が要る」との告白から、
国、航空局が 発表した「墜落事故報告書」の内容は 全て 嘘であり、その真実は 全て 国は 政治的に、法的に 隠避している」ことが 明確になったのである。
⇒ @その墜落事故の真実とは
「日航事故機は 自衛隊標的機が 垂直尾翼に衝突して、操縦不能になった」
「操縦不能で 伊豆半島付近で 墜落していた、はず」であった。
「この墜落事象は 機長らの新規操縦技術の開発で 操縦性を 取り戻し、その後 30分以上も 飛行の継続が出来た」
「この日航事故機は 操縦出来、横田基地への着陸を試行。然し、自衛隊が 妨害して 着陸出来なかった。又川上村レタス畑への不時着を敢行した」
「日航事故機は 上野村領空に入った段階で、自衛隊は ミサイルで 第4エンジンを攻撃し、停止させ、機体は 右旋回になり、3-4kmの旋回になった。」
「同時に この物凄い衝撃で、水平尾翼の固定部が 破壊され、急降下、墜落事象に陥った」
「日航事故機は 機長らの新規操縦技術で、この墜落事象を停止させ、水平飛行に修正出来、その後 上野村市街地を旋回し、最後の「御巣鷹の尾根、スゲノ沢に飛行した。
墜落場所の直前に 高い山の「一本杉」「U-字溝」と 接触して、(第4エンジン)と(水平尾翼)が 墜落場所から、前の500、-700mの位置に落下した。」
などである。