日航123便墜落事故 真実と真相の追究 (その 38―(1)) -北朝鮮のミサイル撃墜事件究明:シリーズ S (1)-― ―北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和酷 軍部幹部に123便事故遺族がお尋ねします ―(S1 ) ― 日航 副社長:町田直(元 運輸省事務次官の経歴)の遺族への事故原因の告白激白の信憑性を 貴国の関与について、お尋ねしますー
- 投稿No.1445
- 投稿者:8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査分科会 会長 遺族 小田周二
- 投稿日:2022-04-04 21:00:26
北朝鮮民主主義人民共和国 軍部幹部の方に
日航機墜落事故 遺族会(8.12連絡会)が 墜落事故原因に関して 以下の事態の発生に関して、関与していたかお尋ねします。恐らく(貴国の関与はなかった)と思いますが、
この関与の疑念を日本国の元幹部が提起しており、これを払拭するために真摯に検討され、本当のことを 教えて下さることを 申し入れます。 どうか 宜しく お願い致します。 草々
(注 掲示板の読者も 一緒に 熟読し考察、検証、議論して下さい)三部作となっています。
1 北朝鮮人民共和国 軍部幹部に確認したい。
以下に記載した事態について、帰国が関与したか(ミサイル絵の撃墜したか)どうかの回答を求める。
1.1 日航123便墜落事故の概要と 日航副社長の経歴
日航123便は 1985.8.12 に 上野村山岳地帯に墜落し、乗客505名、乗員、パイロット15名が 計 520名が墜落死し 4名が重傷を 負う世界的な事故が発生しました。
*日航123便は 18:24 に垂直尾翼を破壊されたが、その後、32分間も飛行して、横田基地を経由して、川上村と経由して、上野村山岳地帯に入り、そこで、
エンジン1基と水平尾翼を破壊脱落して、墜落したのだ。 123便は 重要な保安部品:「垂直尾翼、APU,水平尾翼、巨大なエンジン 1基と油圧装置を破壊され、
操縦不能に 陥っての32分間の飛行後に 墜落するとの奇妙な奇怪な不自然な墜落が発生した。
この事故の事態はTV,ラジオで 全国に放送され、東京の乗客の家族(後の遺族)が田空港の東急ホテルに駆け付けて、日航の幹部、職員が応対する事態で 大混乱と大騒ぎになった。
然し、中曽根総理が 夏休みの軽井沢から 官邸に到着するまで、何も知らなかったとの総理の言動は 国民の疑惑を引き起こした。
日航は 東急ホテルで 乗客の名前をカタカナで 張り出し、乗客の家族が見て確認して、日航の幹部、職員に詰め寄り、乗客の安否と墜落場所を 追及したが、
日航は回答し説明が出来ない、粗末な応対に 遺族らが 激昂して、幹部、職員に 詰め寄った。将に 阿修羅の如き、状況で、場内は 騒然として 戦場のようであったと言う。
この時に 日航の老齢の役員に周りに 遺族らは 取り囲み、役員を吊るしあげたのだ。
この役員は 後に、日航の副社長:町田直であることが分かった。当時、運輸省からの天下りの筆頭で、社長になると約束されていた。
この町田直氏は 墜落事故の真実に近い、信じられない告白を 遺族に激白したのだ。
1.2 日航副社長の遺族らへの激白した内容:角田四郎の「疑惑」に墜落事故発生当時に設置された(遺族控室)での衝撃の問答と町田氏の告白した時の状況と真実、真相
角田四郎氏は、山岳地帯で趣味のキャンプ中で事故機を目撃したこと、及び親友の恋人のスチュワデスが 123便で墜落死したことから、以後 8年間も事故調査して、
書き挙げた画期的な事故調査書「疑惑」を作成し1993年12月に出版し、「事故原因は自衛隊による撃墜だ」との結論を提起して、国民に衝撃を与えた。
* この衝撃の「ミサイルによる撃墜の告白の場面を 著書:「疑惑」の中から、抜粋する。
{ 親友は東急ホテルの「搭乗者名簿」を見て、別人ではー-との読み返し、恋人が「乗っている」と血が引く思いがこみ上げたと言う。
唖然と立ちすくむうち、部屋の一角で大声を出す 一塊の人垣が出来た。それで、やっと我を取り戻すきっかけだった。
引き寄せられるように、その人垣の外側から、首を突っ込んで見ると、中央に中年の紳士が 半ベソをかいた顔で胸倉を摑まれて 立っていた。
「はっきり言え! 一体飛行機は どうしたんだ。どこに 行ったんだ!」町田直 副社長「申し訳ありません」
そんな言葉の繰り返しを やっていた。紳士は 日航の役職者らしかった。(副社長 町田直)
友人は むしろ その紳士に同情を感じたという。
家族(後の遺族)の追及は 執拗だったからだ。
「お前じゃ ラチがあかん」」とか「社長を出せ」と 詰め寄る人が増え始めた時、その紳士は 唐突にとんでもないことを口走り始めたのである。
紳士は 真っ赤に顔を紅潮させて、 「うちの機は 北朝鮮のミサイルで 撃ち落とされたんだ。 今は それしか 分からん!!」
一瞬、遺族達も 友人も なんのことやら、意味が分からずにいた。 紳士は その怯みに乗じて 若い社員が スーと 抱え出してしまった。
遺族らは それを 黙って見送っていたと言う。}
これが 角田四郎の真実を伝えた衝撃の事態であった。
1.3 町田氏の告白した言葉の考察、検証
この言葉の重要性について、遺族らは 良く理解出来なかったと思われる。何故なら、遺族に 日航は 忘れさせる言動が 囁いたのだ。
これは墜落場所にバスで 連れて行くとの甘言であった。遺族らはこの日航の誘惑に負けて、墜落場所に行くことで、全精神感情が集中してしまい、
あの町田副社長の「墜落の事故原因の真実」の言葉を、失念してしまったのだ。忘れてしまったのだ。当然のことである。遺族らは 肉親の安否しか 頭になかったからだ。
このように 日航は遺族を騙して、町田副社長の「123便墜落の真実」を忘れさせることに成功したのである。 然し、忘れていない遺族もいたのだ。
少し、冷静になって、遺族らは この奇妙な町田副社長の言葉を思い出し、そして、遺族の間に伝わったのであり、この事故調査を行なっていた角田四郎の耳に入ったのだ。
次回は シリーズ(2)は 近近に、投稿します。 ご期待下さい。