日航123便墜落事故 真実と真相の追究 (その 34) ―日航123便は 急降下、墜落事象を 2回 発生し経験しており、その時の事故報告書のCVR、 DFDRの公表内容を検証して その公表内容の信憑性を考察確認するー
- 投稿No.1405
- 投稿者:8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査分科会 会長 遺族 小田周二
- 投稿日:2022-03-24 10:29:13
この投稿は 先の N0 1401(事故原因 その33)の続きである。飛び入りのために 若干前後します。
1. 日航123便の 2回の垂直尾翼、油圧破壊時と 墜落事態での数分間に起きた時の、CVRの記録との対比
日航123便は 2回の墜落に繋がる(急降下事象)を経験している。
(1) 最初は18:24分に起きた「自衛隊標的機の日航機への激突」時に起きた操縦不能から、起きた急降下事象である。油圧機能が破壊された123便は操縦不能になり、急降下から墜落事象に入ったのである。
(この間 約 6.000mも 降下した、墜落事象) この時は、機長らが必死に機体の安定を図るために、エンジン出力を調整している段階で、左右のエンジン出力の調整で、
旋回出来ることが分かり、これから、新規の操縦技術を開発出来、以降 約30分以上も 飛行の継続が出来、それは 操縦出来たことになり、横田基地への緊急着陸を試行し、
又 川上村レタス畑への不時着行動を行っているのだ。
(2) 2回目は上野村での 最終段階での墜落事象である。18:55:45 123便は 自衛隊のミサイル攻撃で、(右第4エンジン)に打ち込まれ、内部を破壊され、停止している。
この時に 機長らは 驚愕の声を上げており、又 生還した落合由美氏が(物凄い横揺れ)を感じて、その後 機体は(20秒で 1,500m) も 急降下して、墜落した。
*ここで、この時のCVRについて 検証する。(このCVRは 事故報告書に記載されたもの)
2 日航123便の垂直尾翼、油圧破壊時と急降下、墜落事態での 数分間に起きた時のCVRの記録公表内容との比較、対比。 且つ ハドソン川の奇跡のCVRとの比較検証
日航123便は 2回の墜落に繋がる(急降下事象)を経験している。
(1)の事象とCVR 最初は 18:24分に起きた「自衛隊標的機の日航機への激突」時に起きた操縦不能から、起きた急降下事象である。油圧機能が破壊された123便は 操縦不能になり、
急降下から 墜落事象に入ったのである。 (この間 約 6.000mも 降下した、墜落事象) この時は、機長らが必死に機体の安定を図るために、エンジン出力を調整している段階で、
左右のエンジン出力の調整で、旋回出来ることが分かり、これから、新規の操縦技術を開発出来、以降 約30分以上も 飛行の継続が出来、それは 操縦出来たことになり、
横田基地への緊急着陸を試行し、又 川上村レタス畑への不時着行動を行っているのだ。
(2) 2回目は上野村での 最終段階での墜落事象である。 18:55:45 123便は 自衛隊のミサイル攻撃で、(右第4エンジン)に打ち込まれ、内部を破壊され、停止している。
この時に 機長らは 驚愕の声を上げており、又 生還した落合由美氏が (物凄い横揺れ)を感じて、その後 機体は(20秒で 1,500m も 急降下して、墜落した。
*ここで、この時のCVRについて 検証する。(このCVRは 事故報告書に記載されたもの)
先ず、(2)の急降下墜落事象時の CVRの記録を確認する。
18:55:45に 起きた急降下し墜落事象に陥った時の機長らの会話
(背景)川上村から、三国山を経由して、上野村に入った123便の操縦席の会話
*18:55:27 機長 「あたまを あげろ」 ⇒ 「あたま」とは機首のこと
* 55:42 COP 「パワー」
* 55:43 CAP 「フラップを とめな」 ⇒ 上昇飛行を停止
* 18:55:45 (?): 「アーツ」 ⇒ 驚愕の絶叫 (強い衝撃を受けての )
* 18:55:47 (CAP): 「パワー」 「フラップ」
「みんな くっついちゃだめだ」 ⇒ 右旋回に入り急降下した
* 55:49 (CAP): 「フラップ アップ フラップアップ フラップアップ フラップアップ
55:51 (CAP): 「フラップアップ」 (COP)はい ⇒ エンジン maxに
⇒ 上昇飛行に
55:56 (CAP): パワー ⇒ エンジン出力 maxに
*55:57 (CAP): パワー
* 55:58 (CAP): フラップ
* 55:59 (F/E): あげてます ⇒ 上昇力を あげている
* 56:04 (CAP): あたま あげろ ⇒ 機首を上げろ
* 56:07 (CAP):あたま あげろ
56:10 (CAP):パワー
* 56:14 CPWS :SINK RATE
* 56:16 :WHOOP WHOOP
* 56:17 :PULL UP
56:18 :WHOOP
56:20 :pull UP
56:22 :WHOOP whoop
56:23 :pull up (衝撃音)
56:24 :WHOOP WHOOP
56:25 : PULL UP
* 56:26 : (衝撃音)
** 56:28 : (録音終了) ⇒ 123便 墜落(地面に激突
注)18:55:45 123便にミサイル激突。 ⇒ (落合由美氏 もの凄い横揺れ)
⇒ 巨大な衝撃を受ける ⇒ 水平尾翼 脱落
注ー1) 18:55:46 急降下 開始 (DFDRの記録から)
次に (1) の垂直尾翼破壊での急降下墜落事象時の CVRの記録を確認する
(背景)垂直尾翼の破壊、油圧配管 断絶で 操縦不能に陥った時
* 18:24:39 (?) ・・・
* 24:39 (CAP) なんか 爆発したぞ (これは 想像の言葉で 国の「隔壁破壊」を 示唆するためと意図して、捏造したと 推測出来る)
* 24:42 (CAP): スコープ 77
* 24:44 (CAP)ギヤ 見て
* 55:48 (CAP) エンジン ?
* 24:58 (F/E) オールエンジン・・・
* 24:57 (COP) ハイドロ プレッシャ 見ませんか
* 25:14 (PRA) ベルトを締めて、 ただいま 緊急降下中
* 25:16 (CAP) ライトターン ⇒ 油圧が下がり、操縦が不可なのに
掛かる指示は 出来ない筈、疑惑だ。
* 25:19 (「COP」 プレッシャ ? (F/E)おっこちゃった (油圧 ナシ)
25:21 (CAP) (管制官へ連絡報告)
緊急連絡。トラブル。羽田に戻る。降下中。220(?)高度か
* 25:37 (ACC) 了解
* 25:40 (CAP) 大島ヘ レーダー。 55:45 (CAP) 右旋回中。
25:55 (CAP) バング そんなにとるな
* 26:00 (COP) ハイドロ プレッシャ ゼロ、低下している
* 26:03 (CAP) バルクを そんなに 取るな
* 26:11 (CAP) 戻せ
* 26:12 (COP) 戻らない
* 26:15 (CAP)プルアップ (エンジン出力を あげろ)
注) 機長が指示し、COPが操作していることが 判明している ! ⇒ (機長の思い通りの操縦飛行の証明である
* 26:27 (CAP)ハイドロ 全部 ダメ
* 26:28 (F/E) はい
* 26:31 (CAP) デイセント (降下)
* 26:34 (F/E) デイセント した方が いいかも しれませn
* 26:35 (COP) デイセント
* 26:45 (CAP) ライトターン
* 27:51 (COP)ハイドロ オール ロスですか
* 27:52 (F/E) はい
* 28:25 (CAP) BAt 操縦不能だ
* 28:48 (COP)ライトターン。 降下中
* 29:00 (CAP) 気合を入れて
* 29:05 (CAP)ストールするぞ ほんとうに(失速するぞ)との意味
* 29:06 (COP) はい 気をつけて やります
注) 27:11 から、 28:54 まで 機長と COPとの会話 ナシ ? 奇妙である。
削除の可能性あり !! この間に 機体は 急降下して墜落の危機にあり、機長と、COPとの間で 機体の正常化、安定維持、機首上げの格闘、奮闘がされていると
推察出来る。この間に 急降下から、墜落事象に移行し、機体の操縦性の確保と新規操縦技術の開発が行われと 推察出来る
* 30:28 (F/E) 酸素圧力 どうですか (酸素マスクのことか ?) 落下してますか
* 31:11 (CAP) 240
* 31:13 (ACC) 72 マイル 名古屋まで。名古屋に 着陸するか
* 31:21 (CAP) 否定。
* 31:25 (ACC) これから 日本語で話してください
注)機長と COPとの間に 操縦に関する会話 ナシ。 どうでも 良いことばかり。 123便は 急降下、墜落で 必死の対応を行っている筈だが、―
* 31:59 (CAP) アーアアア
注)123便は DFDRによると「高度 7,000m」であり、垂直尾翼の破壊の時点と 同じである。 この時に 藤枝市 小林氏は 123便は 地上すれすれの 高度数百mであったと証言。
これで、日航123便は 6,000mも降下しており、急降下して墜落事象だと推察出来る。然し、この後、事故機は 「飛行の継続が出来た」と報告書に記載されており、
事故機は 油圧による操縦は不可能の筈で、ここに大きな矛盾が露呈したことになる。
― 以下 省略 ―
@ 結論 (纏め)
この垂直尾翼、油圧配管破壊時と その後 藤枝市への飛行段階での 公表されたCVRの内容は 真実を隠蔽するために、意図的に修正し 捏造したものと判断出来る。
「事由、理由、根拠」
1.垂直尾翼が 大破し破壊され、油圧配管が断絶して、油圧による操縦桿による操縦は出来なくなった。然し、それでも 機長が 二度も 「ライトターン」との指示で、
機体が 右旋回を行ったとのCVRの記録は 矛盾して成立しない。操縦桿は 動かない筈であるからだ。
まして、操縦不能の段階で、機長が 旋回を支持することはあり得ない。何故なら、旋回は機体が傾くことになり、それは 急降下の引き金になり、
この急降下は 操縦桿が不可であれば、機体の姿勢修正は 不可能になるからだ。 賢明な機長が そのような墜落に繋がる指示を出すことはない。矛盾する機長の指示である。
2. 操縦桿が 動かなくなり、事故報告書では、「操縦に難が起きた」と記載されているが、この会話から、どのような 「操縦に難,危機があったのか」類推することが 出来ない。
あまりにも 漠然としたCVRで、緊迫性が出ていない。上野村に入った123便は 藤枝市以降に それまで掛かる急降下、墜落事象が起きていないので、これは 操縦桿が動かない状況とは
合致せず、矛盾して 成立しない、
3. 事故報告書では、「123便は飛行の継続が出来た」と記載している。油圧が破壊して、操縦桿が作動しないのに、如何なる別の操縦技術が開発され、生まれないと
(飛行の継続は 不可能である)」又この新規操縦技術は 相模湾上空での垂直尾翼の破壊から、6分後の藤枝市までに 開発されたことが必然的に導かれる。
然し 掛かる新規操縦技術が 開発されたとの具体的な会話は 見つけることは不可能で、何故 (飛行の継続が出来た)との結論は 導けないのである。
CVRから 技術的な根拠が 見出せない。
4. 123便は 垂直尾翼が壊滅的に破壊され、且つ 操縦の決め手の(油圧配管)が破壊,断絶された段階で、機体の変位、横揺れなどの修正は不可能で、
特に 垂直尾翼が 殆ど破壊されて 残っていない状況では この機体の変位、姿勢変化は 容易に起き、機体は 直ぐに急降下し、墜落に至ることは 必死であった。
然し、このような機体の変位、急降下、墜落事象は 掛かるCVRの会話からは 見出だせない。藤枝市の小林氏の目撃証言と 合致せず、この会話は不自然で成立しない。
5. 機長らは 事故後 2年、1987年に 栄えある「ポラリス賞」を受けて、表彰されている。
機長らが 墜落死した後に 掛かる表彰は 現在まで、あり得ない。まして 乗客乗員 520名が墜落死しているのに 掛かる賞受けることは 特例であり、
これは ボーイング社が 奇跡のエンジン出力での微調整での新規操縦技術の開発を認めての事態で、この表彰のことは 日本航空は 遺族、国民にも秘密にしており、
又日航乗員組合も知っているにも拘わらず、知らぬ顔とは 会社、組合も 謀略に加担しているのだ。情けない会社であり、労働組合なのだ。
組合も社員へは 残酷非情な存在で、社員への愛情はない。
6 この垂直尾翼が破壊された直後の目撃証言がある。それは 河津町のタクシー運転手2名が 東方向の上空で、日航機が 白煙を上げているのを目撃し、
事故機が 河津町の上空で、右方向に曲がり、北方向に向かったと証言している。その後 この事故機は 又左方向に曲がったとの証言もある。
然し、事故機は このような旋回を行う必要性はなく、それは 垂直尾翼と 油圧装置が破壊され、横方向の姿勢が 外気流での影響と垂直尾翼の欠損と
油圧装置の欠落で 姿勢の安定性保持が作用せず、右方向に傾き、そして、急降下に入ったと推測することが常識なのだ。 右旋回でなく、右に傾いての急降下が起きたのである。
その後の左旋回は これは機長らが必死にエンジン出力を maxにしての姿勢の回復行為があったからと推測出来る。
機長は 以後 盛んに佐々木氏に 「あたまを上げろ」と叫び、指示しているように急降下している場合には、まず 「あたまを上げる」ことが 必須であることなのだ。
上野村での最後の墜落では 機長は 「あたまを上げろ」と(『フラップ』を出す)(エンジンフル)の2点を指示している。
そして 機首が持ち上げれば、次は 傾斜の修正であり、これは 左右のエンジン出力のバランス、差を変えれば、方向が変えることが出来るのであり、
この知見は 恐らく、この伊豆半島での急降下墜落事象で、体験獲得したものと推察出来る。
7 事故報告書には、事故機は 「操縦に難が発生したが、飛行の継続が出来た」との結論を出している。 日航123便は、油圧で操縦出来るように設計し製造され、飛行の継続が出来たのだ。
然し、油圧機能が素質すれば、その上、垂直尾翼まで壊滅的に破壊されると、直ぐに機体は 傾きそして、機体は急降下し、そして墜落するのは 必然である。
そして、80kmも 離れた静岡県の藤枝市での小林氏の目撃証言では、数百mの低空を飛行しており、北方向に急上昇して飛行して行った」と。
これで、6,000mも 急降下したことになり、墜落事象に陥ったことが推察出来る。
となると、事故機は 最後の上野村での自衛隊のミサイル攻撃で撃墜された時と同じ状況のCVRでなければ、事故報告書のCVRは 嘘になるのだ。
初めての急行下での機長、佐々木副操縦士、福田機関士の絶叫が記録されている筈。 それは
** 機長の 「パワー」 「フラップ」、 「フラップ アップ フラップアップ フラップアップ フラップアップ」 「フラップアップ」 そして (COP)はい
の極限の会話がなければならないのだが、事故報告書には そんな恐怖、極限の会話はないのだ。⇒ これは垂直尾翼の破壊後のCVRの会話が 捏造あされ、修正されている証拠であるのだ。
即ち、国は 事故機が操縦出来たことを 隠すために 又新規操縦技術の開発経緯を隠蔽するために 意図的に、恣意的に CVRの会話を修正し、捏造したと推察出来る。
又重要な藤枝市住民の目撃証言を意図的に無視している。小林氏は 事故機の腹部に「赤い物質」が付着していると目撃し、その後上野村の住民らも 多数、赤い模様を目撃しているのだ。
この事象は、又垂直尾翼の破壊は 自衛隊標的機の衝突によるとの目撃の無視、隠蔽にも 通じるのである。
** 即ち、事故調の報告書は CVR,DFDRの開示内容は 修正され、捏造されおり、それは 墜落の事故原因を誤魔化し、嘘の事故原因を作り上げた理由、根拠にもなるのだ。
以上の結果から、国空局、事故調は 意図的に 事故調査報告書で 「公文書偽造行為」を行ったことが 判断出来る。
「嘘だらけの事故報告書は 犠牲者の霊前に 供えることは 侮辱であり、遺族、国民は 真実の事故原因を 霊前に供えることの 供養が 最善のものと 信じる」 合掌 !!