日航機墜落事故 真実と真相の追究 (その 29) ―日航123便墜落事故は、政府、中曽根総理と自衛隊による撃墜事件で、乗客乗員は 123便が 操縦出来、横田基地飛行場に着陸出来、全員助かっていたが、自衛隊、中曽根総理が自衛隊に「全 員虐殺せよ」との指示、命令で、殺された悲劇の残虐な虐殺事件であった。 !! ―

  • 投稿No.1243
  • 投稿者:8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査分科会 会長 遺族 小田周二 
  • 投稿日:2022-02-24 11:19:30

1.  日航123便墜落の事故原因の仮説、結論は 撃墜事件であった!!
1.1 旅客機墜落事故の調査、捜査の基本
事故調査は,すべての発生事象を考察、検証して、事故原因の仮説を見つけることから、始まる。いきなり 結論は 出ることはない。国の事故原因の結論は この経緯を行っておらず、
突然の結論は、状況証拠もなく、嘘の創造での事態で、又 日航、ボーイング社の加害者との詐称、補償金提起の奇怪な事象は、国、運輸省の謀略である。公文書偽造行為で犯罪である。
掛かる報告書は 犠牲者の霊前に供えることは、出来ず、それは冒涜でしかない。
*事故であれ、事件であれ、確実な証拠は存在しない。撃墜事件では 国、自衛隊は 全ての証拠残骸の回収と隠蔽に 真っ先に墜落場所に登山して 警察も排除している。
第一の「仮説」で、発生事象が 論理的に技術的に検証して 成立すれば、それは 事故原因の結論になる。成立しなければ、次の仮説に移る。これの繰り返しで進める。
然し、運輸省、航空局は この重要なプロセスを踏んでおらず、事故調査を行なっていない。
1.2  事故調査は 墜落場所での残骸分布での 機体の四隅を確認することから、始まる。
機体の四隅が 墜落場所に存在すれば、墜落事故として、設備上の故障、不備として調査を行なう。米国、NTSBは掛かるポロセスを必ず、踏んで実行し、事故調査を行なって成果を上げている。
*日航123便は 墜落場所に 重要な「垂直尾翼」「油圧装置」「水平尾翼」『第4エンジン』「APU」が 見つからず、この5点の事前破壊脱落について 焦点を絞り、重点的に調査を進め、
発生事象と検証して 進めるのが 基本である。⇒ これは 外部からの攻撃での墜落であり、完全な自衛隊の犯罪事件と 判断出来、帰結出来る。
1.3  「事故であれ、事件であれ、偶然の産物でなく、必ず、連鎖的な出来事の結果である」と定義される。垂直尾翼の破壊脱落から、墜落までに発生した事象に 連鎖的な出来事として、成立するかが 
ポイントになる。国の事故原因:「隔壁破壊説」は 垂直尾翼の壊滅的な破壊が原因だが、その後 30分以上も飛行得来たことから、垂直尾翼の破壊は 墜落の事故原因でないことが、導かれる。
アントヌッチ告白証言では、生存者の救出を国は 放棄し、米軍の救出活動を妨害しており、墜落現場で 火炎放射器で 焼き尽くした。隔壁破壊説ではこの事象は 連鎖的な出来事として 成立しない。
1.4  墜落の事故原因は 墜落時の 1分以内 前に起きている。(技術的、経験的な知見)
即ち、事故調査は 墜落時の時点から、数分前に発生した異常事態、事象に絞り、捜査、調査を 行うことが基本である。
(世界のNTSBの調査は この手法で行われ、事故原因を特定している。)
123便墜落では 45秒前に 「水平尾翼」「第4エンジン」が破壊され、脱落している。
この「水平尾翼」「エンジン」の脱落が 事故原因に相当すると導かれ、検証するのが 基本的な調査の手順である。(落合証言、目撃証言、日航副社長。「元運輸省 事務次官」である町田直の驚愕の告白)
1.5  墜落事象は 操縦性の破綻であり、旅客機の操縦性についての調査を 重点的に行うのが基本的な調査手順である。123便は「油圧装置、垂直尾翼が破壊脱落しても 操縦が出来た」ことが 
国、航空局が認めている。この操縦性改革についての調査、捜査が不可欠であり、123便事故では 重大なポイントであり、123便は 油圧装置破壊により操縦不能になったことから、
何故 操縦出来たがを調査することが 基本的な調査の手順である。(機長らは この新規操縦技術で世界の「ポラリス賞」を受賞して その世界的な開発を表彰された。)
1.6  奇跡の生還者の体験告白は 重要な証拠となる。(落合、川上氏ら)、生還者:落合氏は 経験豊富な機内スチュワデスで(酸欠の教育)を受けており、
(急減圧)と(機内の空気の動き、酸欠、空気の移動の音など)を 注意深く目撃、観察しており、これが「国の隔壁破壊説が成立しない」ことの根拠、裏付けとなり、国の嘘が暴露されたのである。
この落合証言が 前橋地地検の不起訴判断の根拠になった。
1.7  自衛隊の殺害犯罪の真実、証拠残骸の回収と生存者の殺害の極秘命令の遂行
垂直尾翼破壊後に 自衛隊戦闘機2機が急発進して、123便を最後まで 追尾している。
然し、機長らに 何のアドバイスも提言もせず、操縦出来た123便の横田基地への着陸を妨害して、事実上、殺害行為を行っている。自衛隊が 撃墜事件の主犯であると導かれる。
然し、自衛隊だけで、掛かる残虐な殺害事件を起こせる訳はない。自衛隊は 行政の長:総理大臣の指揮下にあり、武力を持つ「自衛隊」を統制し、これを文民統制システムで制御されてる。
軍が政府を転覆させる危険性を防ぐためである。自衛隊としても、行政の長:総理大臣の命令で動けることは、それは自衛隊の責任は 全て総理の指揮、命令のもとで行うことで、
その責任が軽減されるとの法的な根拠にもなる。然し、この乗客乗員への虐殺は 人道上、及び自衛隊法に違反し、処罰されることは 法的に 当然である。
1.8  異常な自衛隊の捜索救助活動の真実と生存者殺害の加害犯罪の隠蔽の真実
通常、墜落後の救助は 生存していても瀕死の重傷であるので 一刻も争う救出が必要であり、付近の住民が緊急に駆け付け、救助に当たる。
それは、生存者は少なく、それも、重傷であり、迅速な捜査、救助が行われる「理由」なのだ。
然し、123便の墜落後の自衛隊、群馬県警の対応は、大きく、異なっていた。
先ず、自衛隊は 墜落場所を遠く離れた長野県:御座山と偽装し、嘘を言い、上野村、川上村の消防団に 駆け付けることを躊躇させ、救助を遅らせた。
そして、関係のない上野村に群馬県警を派遣させ、消防団の捜索、救助を禁止している。この目的は時間稼ぎであり、この間に 証拠残骸の回収と隠蔽及び生存者の全員殺害の陰惨な完全犯罪の遂行であった。
   *自衛隊の標的機の衝突から、最後の生存者の捜索救助の全体のストーリーは 必ず、連鎖的な出来事で繋がっている。単なる事故:隔壁破壊説では 掛かる連鎖的な出来事は、説明出来ず、
それは 国の結論:『隔壁破壊説』が成立しない状況証拠になり、これが 123便の撃墜墜落事故の真実だと 判断し帰結出来るである。

 2 日航123便墜落事故の真実と極秘撃墜殺害隠蔽の真相の纏め
日航123便は 自衛隊の標的機の衝突で、重要な(垂直尾翼)と(油圧装置)が破壊され、更に(APU)が全壊、そして、(水平尾翼)の固定部分が大きく損傷した。
(掛かる破壊状況は 国、運輸省の(修理ミスの隔壁部の破壊では、起こり得ず、前橋地方検察庁が 公式に否定し、又 技術的に成立しないことが証明された。)
* これで、日航123便は 操縦不能に陥り、伊豆半島付近で 墜落の危機にあったが、「優秀な高濱機長らの新規操縦技術の開発で 墜落を免れ、以降 32分間も飛行の継続が出来た」、
即ち,国の事故報告書には記載されている。(目撃証言:小林氏)即ち、国の事故原因は 嘘であり、最初から、国は事故原因報告書を嘘の内容であり 
「公文書偽造行為」で 遺族、国民を騙して、撃墜事件の隠蔽を行っていたと推測出来る。
*事故調査の実施する前から、日航、ボーイング社が(加害者だ)と詐称宣言し、(補償交渉を提起する)との異常な事態からも、これは 事件を事故に見せかけるための国の謀略であると帰結出来る。
(掛かる異常な加害者との詐称、補償交渉の提起は 世界史的にあり得ない事態である)
 *機長は横田基地に「緊急着陸」を申請し、横田は許可した。然し、乗客らが助かる唯一の機会を 自衛隊は禁止して、事実上 殺害行為を行ったのだ。
(8.12連絡会は 2006.8 事故の再調査と 横田基地への着陸について、着陸しておれば、全員 助かっていたと 声明を出している。)
 *横田基地への着陸を断念させられた日航123便は、直ぐに 川上村レタス畑に飛行して、緊急不時着を敢行したが、農地に沢山の農民を目撃して、二次災害を防ぐべく、”復航“飛行に転じ、上昇飛行で
安定高度 3,000mに達し、安堵の時間を取った。
川上村の住民らは123便の不帰着行動と緊急“復航”後、扁平山、三国山を経由して、上野村山岳地帯に飛行し、入って行ったことを目撃している。
(然し、国の報告書には この川上村での不時着と村のの上空を飛んだことを 記載せず、飛行経路図から、抹消している。不時着行動は飛行出来た証拠であり、
国の結論:「事故機は機長の意図通りの操縦が出来ず、着陸は不可能であった」との文言に 矛盾し反するので、意図的に削除し、抹殺したと推測出来るー重大な操縦性、着陸性の否定は事実と大きく異なり、  
   国、航空局の謀略隠蔽行為であり、事故機が操縦出来たことを証明した見事な“復航”であり新規の操縦性であった) 
 *上野村山岳地帯に入った123便は 18:55:45 重大な異常事態に大きな損傷を受けた。物凄い衝撃:横揺れで、機体は その(第4エンジン)(水平尾翼)を失い、急降下して 墜落して、
   乗客乗員450名が死傷した。然し、機長は、水平尾翼を失ったが、右旋回して、何とか 水平飛行に戻して、御巣鷹の尾根に激突しており、これで、後部胴体部の乗客らが、重傷であったが、
   命を助かって生きて救助を待っていた。然し、この生存者も、自衛隊の特殊殺害部隊が密かに、登山して、火炎放射器、毒ガス液で 殺害された。
   陰惨な虐殺での悲劇であった。中曽根総理、自衛隊幹部の自己保身、責任回避、権力維持のために、体験した乗客乗員の口封じ、全員殺害が この事件の動機であった。
 *123便は 相模湾上空で、重要な(垂直尾翼)(油圧装置)(APU)を失い、且つ重要な(水平尾翼)の固定部分が大きく損傷した。然し、123便は 通常、掛かる破壊脱落が有れば、操縦は不可能であり、
   伊豆半島に墜落していた筈です。然し、事故機を機長らが新規操縦技術の開発で出来、その後、[30分以上も飛行の継続が出来た]と国は報告書に記載している。
   即ち、国は(123便事故機は 操縦出来た)ことを知っており、認めているのだ。
   操縦できれば、飛行場に着陸出来る。事実、川上村のレタス畑に緊急不時着を敢行しており、又この事象を 農民が目撃しているが、国は無視し、飛行経路図から、外し、
   この関連のCVR,DFDRでは削除されている。この状況で、事故機は、正常な飛行、操縦状況にあり、機長らが 次に何を考えたのかである。
   これは推測しかないが、誰も 知ることは出来ない。恐らく、引く出来る事故機を飛行場に着陸をさせることを計画していた筈である。それは 機長自身の命を助けることでもあったからだ。!!

  然し、18:55:43 機長は 『フラップを戻せ』と命じ、その後、18:55:45 に機長らは驚愕の声を CVRに残している。18:55:45 「キャ」と言う驚愕の絶叫であった。
  この時に 生還した落合由美は、異常な奇怪な証言を日航の事情聴取で、語っている。
  一つは {機体の物凄い横揺れ}であり、二つ目は (その後の急降下墜落事象)であった。
       そして、最初の横揺れの衝撃は 「ミサイルが エンジンに激突して、機体を大きく横揺れさせた」こと次は 然し、このエンジン 1基が破壊停止ししても 右旋回の飛行になるが 
       (急降下は起きない)筈だが、 何故か 事故機は 墜落事象に陥っている。
  二つ目は このエンジへの激突のすぐ後に 重要な(水平尾翼)が脱落して事象の結果だと判断出来る。これを裏付ける事象は、(右旋回飛行)(急降下)事象の起きる前に 
       123便事故機は 重要な{右第4エンジン}と(水平尾翼)が破壊され、脱落した証拠の図が 記載されており、国の事故報告書には、(「水平尾翼」は標的機の衝突で、固定部が 大きく損傷し、   
       緩んでいたのが今回のエンジンへのミサイル激突で この固定部が破壊し 脱落したと記載している。
       且つ 日航副社長:町田直(1971年 運輸省 事務次官の要職にあり、極秘事態を知る立場の者)が墜落事故発生直後 数時間後に 遺族に語った告白:「日航機は ミサイルで撃墜されたんだ。
       今は それしか分からん」が この日航機の墜落の事故原因を告白した事態と一致する。

      このことから、自衛隊は 上野村山岳地帯に入った段階で、捜索が困難な山岳地帯に墜落させて、住民らが接近し捜索し救助が難しい山岳地帯に 墜落させ、
      「自衛隊の加害証拠品残骸の回収と 生存者の殺害を行う」ため、自衛隊が ミサイルゲ撃墜を行った」と推測判断出来る。
      即ち、日航123便の墜落の事故原因は 「自衛隊ミサイルによる事故機の「エンジン」と水平尾翼の破壊にあると、判断出来、帰結できる。
      その動機は、明解で、自衛隊の標的機の123便への激突との不祥事を隠し、証人を殺害して 真実を隠蔽して、中曽根総理と自衛隊幕僚長の『自己保身』「責任回避」「権力維持」のためであった。
    *1223便の乗客乗員の捜索救助については、前項に記載したので、それを読んで頂きたい。よって 省略する。

  3  調査担当:運輸省、航空局、及び実行犯:自衛隊、国、権力者、協力者:日航等による墜落事故の事故原因、及び真実に付いての発言、告白、説明
    123便墜落後、1987.7 2年後に国は、航空局が事故報告書を公表した。然し、この事故報告書には 墜落の事故原因が特定されていない。修理ミスの隔壁が老化で、破壊して、
    その機内空気が後ろの垂直尾翼、同時に 油圧配管を切断して操縦の要の油圧装置を破壊した。然し、この推測は 確実な状況証拠は 添付せず、提示されていない。
     即ち、必要な「仮説」の資格がないのだ。
    そして、機体は操縦の難が発生したが、飛行の継続が出来たと結論で記載し、その上、意図的な操縦が出来ず、飛行場に着陸は不可能であったとし、そこで、具体的な墜落の事象を特定していない。
    これは、技術的に論理的に、事故報告書として 事故原因を特定せず、これは公文書として資格なく、これは 公文書偽造行為での犯罪である。
   *1990.7 前橋地検は、告訴された三者:「ボーイング社」「日航」「航空局」が不起訴になり、無罪となり、法的に確定していると 航空局が文書で遺族に告白している。

   *更に、隔壁破壊だとすると、「ボ-イング社」だけを、容疑者にするのが、通常であるが、ボーイング社が極秘扱いで 隠蔽して来た以上、『日航』「航空局」が 一緒に容疑者にした根拠は存在しない。
    例え、そうだとしても 『日航』「航空局」を告訴することは、法的に、技術的に,論理的に、無理で、この報告書の容疑者の特定は成立せず、違法である。
    この結論は 事故発生直後に『日航』「ボーイング社」が 加害者だ」と宣言し、遺族に「補償交渉」を提起した事態と 合致しない。
    そして 何故「航空局」が除外されたのか 説明がつかないのだ。
  *前橋地検が 不起訴にして、無罪が確定したが、「ボーイング社」「日航」「航空局」のこの判決に対しての反応と見解に 大きな差が出ている。ボーイング社は 判決に基づき、
    一切、無罪の判決に従っている。 然し、「日航」と「航空局」の対応は 真逆の対応をしている。
    先ず、「日航」と「航空局」は、この判決についての見解を出していない。然るに 逆に 両社は、「加害者だ」との言動になり、遺族、国民を騙した。 
    慰霊式典では、堂々と 「加害者」として 式典に列席していて、席上で、「加害者」の演技、言動を演出している。更に 日航は加害者として、君臨して、今後「安全運航の堅持」との名文句で、
    遺族を騙し、且つ 式典の名称を 「犠牲者」でなく、「遭難者」と称して、犠牲者を侮辱して、 遺族が何度も 修正、訂正を求めても 返事すらなかった。
    尚且つ、日航は 判決の1990.7 以降も 遺族との補償交渉を繰りひろげており、これは 判決に抵触する違法行為であった。
 *国の運輸省、その中の「航空局」は旅客機の墜落事故で。墜落の事故原因を究明することが その業務目的で、事実は その配下の「事故調査委員会」と一緒に 実施すると決められている。
   旅客機墜落の 事故原因調査は、「事故原因の特定」と 「再発防止」にある。
  1985.8.12 に発生した(日航123便の墜落事故)では、国、運輸省、航空局は 2年間の調査の結果、1987.7 に 「事故原因は修理見ミスの隔壁部の破壊」だとの結論を出したが 
  前橋地検は 5年後 1990.7 に不起訴にして、この国の結論である「隔壁破壊説」を否定し、三者を無罪にした。
  とすれば、国、航空局は 直ぐに、再調査に掛かり、真に事故原因を特定せねばならない筈である。
  通常、事故原因の調査では、ある「仮説」を立てて、何ども 発生事象と検証し、特定するまで 繰り返し、調査を続けるのが 事故調査であると 言われての手順なのだ。
  何故、国は 航空局は この事故調査の手順を 行わないのか。 何度も 繰り返し、要求しているが、123便墜落の事故原因についての 国、航空局の結論が否定されれば、直ぐに 次の仮説を立てって、
  発生事象と 検証すれば 良い筈だが、何の説明もせず、一切の面談、議論を避けている。
 *再調査について、「国連チャーター機墜落事故」の件で、50年後の再調査」について 記載する。
   この事故が、1961年9月18日、国連事務総長:ハマ・ハマーショルドしが コンゴ動乱での戦争回避の調停に乗り出し、そのチャータ‐機が 墜落して、16名が死亡した事故で、
  「墜落事故の原因が特定されていない。」これに関して、これに関して、(パイロットミス説) (暗殺説)(撃墜説)があった。
  この再調査は 2015年3月に決定し、2018年には 再調査の継続が決まり、その後 2019年には 撃墜説が提起されている。 以後 再調査が行われた。
  この件は 戦乱の状況での混沌とした情勢での事故であったが、機体は 燃料火災で失われ、困難を極めたとの経緯があった。それでも 特定が出来なかった事故を 再調査した事態は 当然であり、
  これが 犠牲者に捧げる唯一の花束であった。

  以上の状況に比べて、日航123便墜落事故は 国が事件を事故として、遺族国民を騙した偽造報告書による、隠蔽犯罪であることは明解になったおり、意図的に「墜落事故の再調査」を否定し不作為した事態は 
  自衛隊によるミサイル撃墜事態を、言隠蔽しようとの意図は 明確であり、これは 国民の命の尊厳を侮辱することに 他ならない。
 
 4 遺族:小田、同時に 8.12連絡会事故調査 分科会 会長として、提起して、この掲示板に投稿した調査報告を 下記に記す。投稿者、若しくは 読者は 再度、この投稿調査書を 真摯に読んで頂ければ、    
   幸いです。 遺族として、亡き犠牲者へ報告出来るのは 事故の真実であり、これを 犠牲者に霊前に供ええることが 真の供養になり、又 事故後の再発防止に寄与できる筈である。
   (事故の犠牲者は 現在まで、上野村慰霊園で、「遭難者」として 慰霊されている矛盾と侮辱に 遺族は 屈辱の中で 呻吟している)
  *既に、遺族:小田は 2015年に 著「日航機墜落事故 真実と真相」を出版、2017年に「日航機墜落事故 乗客乗員524名の命乞い」、2021.7 『日航機撃墜事件 許されざる者』を出版して、
    多くの賛同、応援を得た。 これを基に 更に その後に調査して 掲示板に投稿した内容を 以下に記す。
  *掲示板への投稿文 一覧                         ( 月日は 投稿日)
   ・日航123便撃墜事件(その1)8.12連絡会 事故調査分科会 会長 遺族 小田 2021.6.26
   ・日航123便撃墜事件(その2)事故調査機関と」関係部署の秘密状況      2021.7.24
   ・日航123便撃墜事件(その3)基本的な事故調査の手順、逆算的な調査が 原則 2021.8.04
   ・日航123便撃墜事件(その4)慰霊式典の疑惑、事故機は操縦出来た      2021.8.15
   ・日航123便撃墜事件(その5)事故報告書の偽造内容、犯罪を事故とした国の事故原因 21.8.27
   ・日航123便撃墜事件(その6)新規開発技術で 事故機は操縦出来た         2021.9.1
   ・日航123便撃墜事件(その7)加害者:日航への遺族の質問と手紙          2021.9.3
   ・日航123便撃墜事件(その8)日航への墜落場所の保存計画の提案          2021.9.10
   ・日航123便撃墜事件(その9)操縦出来た日航機は 横田基地に着陸出来た!     2021.10.10
   ・日航123便撃墜事件(その10)補償交渉は遺族の事故原因への関心を無くすため   2021.10.21
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
   ・日航123便撃墜事件(その11)航空局への「事故の再調査」の要求文書      2021.10.25
   ・日航123便撃墜事件(その12)墜落場所:スゲノ沢の再建計画と再請求      2021.10.28
   ・日航123便撃墜事件(その13)群馬県警への「事件の再捜査要求書」の提出    2021.11.1
   ・日航123便撃墜事件(その14)事故調査から、司法への告訴の経過        2021.11.4
   ・日航123便撃墜事件(その15)日航の「加害者」詐称と「補償交渉」の自供    2021.11.23
   ・日航123便撃墜事件(その16)日航への補償交渉締結書の返還請求        2021.11.23
   ・日航123便撃墜事件(その17)遺族:小田が墜落事故の調査を行なった端緒、理由  2021.11.23
   ・日航123便撃墜事件(その17-1)投稿者:無名氏への回答とお願い         2021.12.7
   ・日航123便撃墜事件(その17-2)無名氏への回答。外部破壊説の説明       2021.12.7
   ・日航123便撃墜事件(その17-3)無名氏への回答。司法への告訴の内容      2021.12.12
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
   ・日航123便撃墜事件(その18)森友学園事件と123便撃墜事件は同根だ!   2021.12.22
   ・日航123便撃墜事件(その19)森友学園と123便事件の類似点、証拠は!   2021.12.25
   ・日航123便撃墜事件(その20)森友学園と123便事件との対比 比較     2021.12.29
   ・日航123便撃墜事件(その21)森友学園と123便事故は権力者の指示と隠蔽  2022.1.12
   ・日航123便撃墜事件(その22)日航機事故は中曽根総理の指示で自衛隊が主犯 2022.1.12
   ・日航123便撃墜事件(その23)中曽根の指示で123便が墜落、自衛隊が主犯  2022.1.13
   ・日航123便撃墜事件(その24)事故遺族の精神的な苦悩と権力者の加害犯罪     2022.1.17
   ・日航123便撃墜事件(その25)8.12連絡会の声明:「再調査」と「横田基地への着陸」 2022.1.19
   ・日航123便撃墜事件(その26)自衛隊による 4件の犯罪殺害行為         2022.1.19
   ・日航123便撃墜事件(その27)123便墜落の事故原因―遺族会の最終結論      2022.1.19
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
   ・日航123便撃墜事件(その28)「再捜査」要求に対する群馬県警の回答書      2022.2.8
   ・日航123便撃墜事件(その29)遺族、国民の最終結論を掲示版に残す        2022.2.17

  各文書は 焦点を絞り、一つずつ 読み切りの形式で 分かりやすく記述した。 各文書は A4で 4枚と 合計  約 130頁余になる。 良く熟読して頂き、理解を深めて頂きたい。

   最後に
     { 手を合わせ 殺された子供らと しばし 会う } そして 真実を供えるが、遺族の真の供養になるのだ―。

      「 残虐に 無辜の国民を 殺しておいて、 「遭難者」として 国が 公式に 慰霊するのは 犠牲者への冒涜で  警察、運輸省、自衛隊が 無視し 公正で 正義の捜査、調査、告白を

         不作為し  その公務である:「墜落事故の再調査、捜査」を 不作為して 無視し 墜落死した無辜の国民:520名に 真実の花束を供えることも出来ない現実に

          日本国家の 民主主義の 喪失、破滅を 見ざるを得ない。
 
         日本国民は 今や 民主主義の理念を忘れされての 「茹で蛙」になりつつある。

        近い将来は 徳川幕府支配体制に 逆戻りの時代に なることだろう !! 」
   
        今や 憲法は無視され、民主主義は 消え去り、民衆の主権は 無視され、公主主義が 日本国民を支配する。 

削除前確認(削除を実行するには投稿時に設定したパスワードを入力した上で削除ボタンをクリックしてください)