Re.(20) DFDR解析による航跡

  • 投稿No.2333 元投稿No.2332 鷹富士さんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-11-18 08:12:15

鷹富士さまへ

断定しきれないことに対しましては、各個人々々で見解が分かれることになろうかと思います。あなたはそう思う、それに対し私はそう思う といったようなことが当然のように起こり、鷹富士さまが思われることに対しましても、根拠なくそれは違う といったようなことを私が示すようなことはありません。

>箱根のレーダーは、どこの管轄で、当時どのような情報を把握し流していたのでしょうか?

管轄となりますと、現国土交通省となり、当時の運輸省 という答えになります。東京航空交通管制部でその中に東京コントロール=ACC があり、ここで使用しているレーダーの所在が箱根 といった認識をしております。このあたりひっくるめまして、単に 所沢 という言い回しで済ますケースもあろうかと思います。

>B、翌朝のヘリコプターによる確認以前に、どんな方法があったでしょうか?
精度不充分とはいえ、レーダーしかなかったから、当日夜の段階では皆が右往左往していたのでしょう。

墜落後の現地確認につきましては、事実確認の状況といいますか、どうであったかの見解は大きく別れるかと思います。墜落現場確定の遅れの要因が単にレーダー精度の問題だけではないと私自身は考えておりますが、このあたりにつきましてはお詳しい方に任せたいと思います。ただですが、翌朝まで待つことなく米軍機も現着しており、翌朝新聞にも墜落し炎上している様子が掲載されていたことに間違いはないでしょう。

>D、「ARSAレーダー」とはどこに設置されたレーダーで、その精度はどのようなものですか? 

前の書き込みにて >ARSAレーダー 書いておりましたが、こちらはタイプミスでして、正しくは ARSR になります。謹んで訂正申し上げます。
そのARSRですが、全国20箇所程度でしょうか?各地に設置されております航空路監視レーダーのことで、箱根のものはそのうちの一つ ということになろうかと思います。その性能、精度につきましてはそこまでは存じておりません。

お気づきのことでしょうが事故機に大きく関わっておりますレーダーは箱根と羽田に設置されていた2つ という事になるはずです。設置場所の違い、仕様の相違から同じ映りとはなりません。それぞれがどのように機影を捉えていたのか ということもまた事故機の状況を知る上で重要なことのように思われます。

H、あなたが、事故調の「圧力隔壁破壊説」を支持しないし、「経路略図」も支持していない、ということなら結構ですが、そうではないような印象を多分に感じたまでで、私の誤解のようです。少なくとも「経路略図」が正しく描かれた、という前提での議論は不要です。

私の推測の一つとしてですが、大月では360度を超えるような旋回はしていなかった可能性があるのではないか と考えております。40分過ぎての1分半、EPR1・2を3・4より強くすることで旋回したように仕立てたのではないか というものです。その根拠は となりますが、大月旋回の箇所において事故調航跡図と鷹富士さまのDFDR解析による推定航跡に著しい相違が認められるから ということからそのように考えております。

>J、「物理法則を無視する気がない」なら、先日のS字飛行は撤回されるべきですし、今後も物理法則を無視した推測は止めましょう。

私としましては、事故機における操縦性に関する分析が現状では不十分と考えております。そのようである限りは逆S字飛行が不可能なのかどうなのかの判断はできないものと思っていますので、いまのところですが推測を止めるつもりはありません。
こちらに関しまして、鷹富士さまの方で無意味なことを… と思われるようでしたら、当方の航路推測に関する書き込みに対しましてはスルー、放置頂ければ と思います。

>K、必要なら「箒木山で記録された時刻」も検証してください。私は、DFDRと矛盾しないから、必要と思いません。。

書き始めを 例えばですが としておりましたが、これは何事に対しましても決めつけることなく多角的に物事を考えてみよう という姿勢を示したものです。実際に箒木山で記録された様子を確認するのか となればまた別の話です。

>M、14日の落合さんのインタビューは、誰が行ったものですか?私は、吉岡忍氏の記事以外は信用しません。

インタビューの実施は、日航の取締役ら二人によっておこなれ、その様子を広報部長、整備部長が会見にて読み上げたようです。取締役らの面会時には、落合さんの父親も同席していたものと思われます。
なお、「富士山が見えたときは 羽田に戻るだろう という安心感がちょっとありました」との内容は事故調の内部資料にあったようです。

>N、このyoutubeの論者は、墜落地点とU字溝と一本から松を一直線に結んでいますが、事故調残骸分布図によると、右旋回の円弧状にあります。この論者は意図的に、誤った結論に誘導しようとしています。このような、意図的な捏造記事は参考に値しません。

詳細をみますと、鷹富士さまのおっしゃいますような問題点は多々あるのでしょうが、注目すべきところは、川上村の目撃証言を地図に落とし込むと、事故調の発表している航跡、右回りでの旋回の後墜落 とはならない というところでしょう。さすがに直角のターンはあり得ませんが、集められた証言から推測される航跡は、間違いなく 逆S字 であろうと私は思います。

>O、事故機がスコーク777を発した後、複数のレーダーが事故機の機影を追跡しています。その中のどのレーダーの情報がNHKへ流されたのか不明です。
>冒頭のD項で述べたように、羽田は18時54分42秒に機影を確認しています。藤田日出男著と米田憲司著によれば、NHKが速報を流したのは19時半ごろ。

報道に関する見解は、これだけでも複雑で膨大なものになろうかと思われます。自身このあたりは詳しくありませんので、別途スレッドを立てられる等して頂き詳しい方のご意見を伺うなどしてご確認頂ければ と思います。

P、「相模湖より東での低空飛行」の情報を具体的に確認してください。

場所を示す情報ですと八王子の散田町、多摩御陵等があったようですが、5chの書き込みとはなりますが、代表的なものを一つ
「以前住んでいた東京郊外の昭島市
あの日は夕焼けがきれいな日だった
雲もなくくっきりと見える夕日
夕方、ベランダの干し物取り込んでいる時に多摩川の向こう側から大きな飛行機が飛んでくるのが見えた
横田基地あるのにどこの飛行機か?(米軍の輸送機等は頻繁に目撃)と思っていたら西へ飛行機が曲がって行った
間違えて横田の空域へ飛んできたのかな?くらいにしか思わなかった
親と洗濯物畳んでる時に親が見てる水戸黄門の番組中に大阪行きのJAL123便が行方不明のテロップ
どこに飛んでいったのか?わからないとの報道がされていた後に小菅村で目撃とか色んな報道があり最後は群馬県の御巣鷹山
10年以上後にその飛行機がもしかしたらJAL123便かもしれないと気がついたのは深夜のドキュメンタリー番組
番組内でセスナ機使って実際に飛んだルートを見た時にそれが123便だったと気がついた。(セスナ機から自宅がある方向が見えていた)
横田基地へ緊急着陸する為に飛んで来ていたことを初めて知った
正直、驚いたよ
まさか大阪行きの飛行機が東京郊外で目撃するとは思わなかったから
もし日航・横田基地・報道機関が早くルート情報言ってくれれば日航か警察に連絡していたよ
真下から見えたはずの八王子市や日野市ははっきり機体見えたのでは?
普段飛んでる米軍輸送機くらいしか思わなかったのかもしれない
飛んでる高さも普段横田基地へ着陸態勢取る時とあまり変わらない高さレベルだったから」

>Q、先のNo.2330の中の第6項、「「先の画像」とは、何番の投稿のどの画像ですか?」にお答えください。

2317 2312 2306 これらの番号の投稿の、航路推定の文字を含むタイトルの画像リンクにて表示される画像となりますが、現状の掲示板の状況でしつこく聞かないと見つけられないようなものですか?聞いてどうするのでしょう?DFDR改竄は不可能の見解を示す方が見たところで時間の無駄以外の何物でもないように思いますが

> > 墜落地点の確認となりますと、これはこれで見解が分かれるところでしょうが、墜落地点の確認の遅れのすべてをレーダーの性能のせいだとするのは無理があるもものと私は思っております。

> A、あなたが承知されているレーダーは、箱根と羽田の2箇所のみと了解しました。
> 箱根のレーダーは、どこの管轄で、当時どのような情報を把握し流していたのでしょうか?

> B、翌朝のヘリコプターによる確認以前に、どんな方法があったでしょうか?
> 精度不充分とはいえ、レーダーしかなかったから、当日夜の段階では皆が右往左往していたのでしょう。
> この段階での混乱については、米田憲司氏が整理していましたから、追って、再読して紹介します。

> > レーダー精度につきましては、基本性能となる障害物のない状態での距離別の誤差の程度ですとか、事故機における山間部入りして以降の山によるエコーの影響の程度を精査したうえでなければ、一概にいい加減だと切り捨ててしまうのも如何なものかとも思います。
> > 少なくとも箱根のレーダー航跡を単純解析したもの、同様に羽田のものは報告書に記載されるべきだったでしょう。欲を言えば自衛隊、米軍ほか記録されていただろうものも掲載され、それらを重ね合わせる検証が可能であったのならば言うことはなかったのですが。

> C、運輸省が責任を持って経路の検証をすべきであった、という点では同感です。
> 事故調がどこのレーダー情報に基づいて経路図を描いたか不明ですが、どれを使っても、数kmオーダーの誤差が出るのは必然と思います。

> > 当時鳴り物入りで導入された最新鋭のARSAレーダーのことですので、DFDR解析による航跡とを比較すれば、本来は限りなく一致すべきではなかろうか と考えております。レーダー局から離れることにより生じる誤差、エコーによる乱れは、それらが原因であろうと推測できるようなズレとなって現れるのではなかろうかと推測はしますが、実際発表されている航跡図からはそのように感じることはできません。

> D、「ARSAレーダー」とはどこに設置されたレーダーで、その精度はどのようなものですか? 
> 大月旋回の位置および形状、伊豆半島上空の経路、相模湖北の経路、いずれもレーダー情報に基づくとされる「経路略図」に重要な誤りがあり、精度不足です。
> 事故調報告書「別冊」のページ108に述べるような、DFDRを参照せざるを得ないということ自体が落第です。
> 事故機が川上村に至って、自機の位置がわからなくなり羽田に問い合わせ、羽田は「熊谷の西25マイル」と応えています。位置精度は不充分ですが、機影は捉えていたのです。

> > この様に考えますと、事故調の航跡概略図には精度由来のズレだけでは説明できない部分があるように思え、どこか都合よく書き換えをしているのではないかとの考えに至ります。

> E、事故調の経路略図が杜撰であることは繰り返し論じてきたことで、その原因を詮索しても無意味と思います。事故調報告書「別冊」ページ129の図は、当時のコンピュータ計算ソフトにより計算した結果をプリントアウトしたものですが、「本文」の「経路略図」は手作業で作図しています。

> > 説明されております内容は明確なもので、なるほどこうであれば と納得のいくものであります。ただ、目撃者が小さな子供でなければですが、物を近くに見れば大きく見えるのは言うまでもなく当然のことで、水平距離的に近くを飛んでいたならば普通に近くのコースを飛んでいたと表現し、わざわざ普段の二倍近い大きさに見えた といった表現をするものなのかな?と私としては少々疑問に思います。

> F、普段通る径路が大島上空を通り、当日の事故機が河津駅の真上を通ったなら、大人でも子供でも同じ印象でしょう。

> DFDRによれば、25分15秒ごろに徐々に右旋回が始まり、25分45秒ごろに河津駅の真上を通過、26分0秒ごろにRLLがピーク40度を記録して右旋回のピークです。
> 目撃者が北東にドーンという音を聞いて、北東の上空を見た時、事故機は河津駅から水平距離で6km余の位置にあり、そこから30秒ほどで河津駅の真上に来ているが、真上では機体の傾きは視認困難であり、右旋回して北西方向へ去った後ろから見ていたと考えられます。

> > FE氏の役割として、パイロットのスロットルレバー操作のバラつきを補助的にそろえる というのを目にしたことがあります。
> > 墜落までのEPRを確認しますと、終始左翼側の方が強くなっているというようなことはなく、特にスロットルコントロールに言及しているあたりとなりますと、場所によっては右側の方が強くなっている箇所も多くはありませんが見受けられます。
> > そうではありますが、大月の旋回部分では左右の推力差と継続時間において異常発生後で最大となっており、旋回の意図がなかったのであれば本当にそのようであったのだろうか と疑って見てしまう部分です。

> G、既に述べたように、DFDRを確認すると、大月旋回後の出力を下げた45分から48分にかけて第1エンジンの出力が他より減り、それ以外の時間帯で出力を上げた時は第1エンジンの出力が他より増えています。わずかですが、1%の差は、旋回半径で10km程度の旋回の原因になります。

> > 私としましては、機内の状況として人体に大きな異変はなかったものと捉えておりまして、従って事故調の主張する圧力隔壁破壊説を支持しているということはありません。経路略図につきましても支持を表明したという記憶はありません。そのように鷹富士さまに思われていることが不思議でなりません。

> H、あなたが、事故調の「圧力隔壁破壊説」を支持しないし、「経路略図」も支持していない、ということなら結構ですが、そうではないような印象を多分に感じたまでで、私の誤解のようです。少なくとも「経路略図」が正しく描かれた、という前提での議論は不要です。

> > 疑いとしてとはなりますが、表に出ているCVRは編集されたもの、航跡図については意図した書き換えがあるのでは といった考えです。そうなりますと、DFDRについても手が加え割れていなければ辻褄が合わなくなってしまうということにはなってしまいます。

> I、CVRについて、様々なレベルのものがマスコミに出回っているようで、どれが本物か私はわかりません。
> 藤田日出男氏と米田憲司氏の著作によれば、オリジナルに極めて近いものが公表されている、と私は思います。

> 「経路略図」は書き換えではなく、描き方が杜撰なだけ、と思います。

> DFDRに手を加える能力は当時の事故調にはありません。

> > もちろんですが、物理法則ですとか、事故機の異常発生後の機体状況を無視することはするつもりはありません。

> J、「物理法則を無視する気がない」なら、先日のS字飛行は撤回されるべきですし、今後も物理法則を無視した推測は止めましょう。

> > 何事も決めてかかるとそこで大きく間違ってしまうということは過去往々としてあったでしょう。例えばですが、箒木山で記録された時刻も本当にそうであったのかと疑ってみるというのもありでしょう。

> K、必要なら「箒木山で記録された時刻」も検証してください。私は、DFDRと矛盾しないから、必要と思いません。。

> > (123のクルーには機体に対する操作関与の余地は、ほとんどなかったとしてしまってよいものでしょうか? DFDRの書き換えは部分的であったとしても本当に不可能なのでしょうか?)

> L、クルーが様々に操作をしたことは確かでしょう。しかし、油圧を失って、エンジン以外は、機体は反応しなかった、と思います。
> DFDRの改竄は現実的に不可能だし、必要もないし、仮にDFDRの改竄があったら、その証拠が現れます。

> > 私としてはですが、然程難しいことを根拠に推測しているのではありません。
> > ひとつは14日の落合さんに行われたインタビューからの情報で、概略としては
> > 「機体はかなりひらひらフライトし、ダッチロールに入ったようだった。ややして、富士山が左に見えたのでコックピットアナウンスはなかったが羽田に戻るものと思った。十分ほどしてO2がなくなったが別に苦しくはなかった。」「富士山が見えた時は 羽田に戻るだろう っていう安心感がちょっとありました」

> M、14日の落合さんのインタビューは、誰が行ったものですか?私は、吉岡忍氏の記事以外は信用しません。

> > 外調の極秘調査File さま 123便調査File_No.10  NEW! 事故調の飛行ルートを完全論破する
> > https://www.youtube.com/watch?v=jJni0aTWCBA

> N、このyoutubeの論者は、墜落地点とU字溝と一本から松を一直線に結んでいますが、事故調残骸分布図によると、右旋回の円弧状にあります。この論者は意図的に、誤った結論に誘導しようとしています。このような、意図的な捏造記事は参考に値しません。

> > 更にもう一つは自身の見たNHK18:50頃の機影が消えるのテロップになります。
> > 50分の前後3分程度のどこかで出ていたものと記憶しておりますが、そうなりますと40分頃にレーダー波が届かない状況となっていないと間に合わない ということになります。
> > もちろんその時刻ですとまだ墜落には至っておりませんので、一時的に低空飛行をした可能性が考えられます。実際に事故機の航跡解析に携わった方のブログにも低空飛行によりレーダー照射から外れたこともあった旨の記載があります。

> O、事故機がスコーク777を発した後、複数のレーダーが事故機の機影を追跡しています。その中のどのレーダーの情報がNHKへ流されたのか不明です。
> 冒頭のD項で述べたように、羽田は18時54分42秒に機影を確認しています。藤田日出男著と米田憲司著によれば、NHKが速報を流したのは19時半ごろ。

> > ほか、ソースとしての確実性は劣るのでしょうが各所での目撃証言から、相模湖より東での低空飛行を推測しており、そうなりますと時刻的にも静岡からの大月旋回なしでの北東方向への飛行で昭島付近へ というものを頭に描いております。

> P、「相模湖より東での低空飛行」の情報を具体的に確認してください。

> Q、先のNo.2330の中の第6項、「「先の画像」とは、何番の投稿のどの画像ですか?」にお答えください。