Re.(2) 墜落状況に関する情報

  • 投稿No.2075 元投稿No.2059 文系ちゃんさんへの返信
  • 投稿者:文系ちゃん
  • 投稿日:2022-09-07 12:49:24

鷹富士さまへ

>紹介された情報は、事故調報告書「本文」に記されていることと基本的に違わず新味はありません。
>墜落現場の残骸分布図として、「本文」のページ149以降。
>地震の記録は「本文」のページ99。

当方も新たな大発見をしたかのような認識で書き込みを行ったわけではありませんので、「些細なものかもしれませんが」とお断りしたうえで貼らせて頂いております。
初期情報として12日の夜ですとか、13日の夕刻ではすでにここまで情報が把握できたことが伺いしれる資料であると考えております。
内容につきましてはこれら当初の認識が正しいと主張する意図はありませんが、私には後に出される調査の結果とは随分違ったものに感じられ興味深く思っております。
地震計ですとあの波形を見て3波に分かれるとの見解に新鮮味を感じましたし、墜落状況ですとU字溝とは別のその手前の地面露出部を第一接触点だと認識していたあたりは正直驚きではあります。

地上に残された痕跡とCVR、地震波計記録、DFDRのデータおよび外から見えた様子は元は一つの事象の結果として互いに齟齬を生むことなく収束してしかるべきものだと思っております。
しかしながらですが、私には手記にて第一接触点だとされた箇所の報告書における扱い、分析が薄いように感じられます。地震波計の波形は元の図が不明瞭でいかようにも取れるような感じでどこがカラ松、途中の接触点、ヘリポートになった場所なのか等の解析は決して十分ではないのではないかと思え、もしかすると報告書とはまた違った形態での墜落であった可能性もあるのではないかとも考えております。

もちろん報告書のご案内頂きましたページの存在は把握しており、すでに一度報告書に則する形で内容の確認は行っております。(投稿No.1982)
再:<最終局面(個人の)見当>
http://imepic.jp/20220907/456690

諸々整合性において概ね気になるところはございませんが、U字溝で外れてあそこまで飛んだとされる水平尾翼の落下位置については自分には説明不足と感じられます。

鷹富士さまにおかれましてはNo.2025,2033,2036 にて精力的に航跡/目撃情報に関する見解を示されておられるようですが、それらに対しこれまでのところ賛同、反対等特に反応はなかったように記憶しております。
私としましても飛行機が物理法則に反して飛行するとは思っておりませんので、限界を超えての急旋回は不可能であるとは認識しております。問題は事故機の状態における旅客の安全を考慮しないような本当の限界がどこであるのか誰にも分からないのではないかというところだと思っています。
私の見解としましては、飛んでいる様子を見た人がいるのであればそれはまだ限界内であり、45度(に見えるような)の角度で落ちていったのならその時は限界を超えていたのだろうというところです。

DRDRを改竄するのは各項目の関連、整合性の面から困難であろう事の想像は容易にできます。
完璧なものとなれば事実上不可能と言い切ってしまっても差支えないのかもしれません。では不完全なものであれば?という疑問はあります。

急旋回はできない、DFDRは改竄不可能とする見解は確かに川上村の目撃情報のほとんどを錯覚・誤解とする根拠の外堀を埋めるかのようなものだとは思いますが、根本的な理由の説明にはなっていないものと捉えております。
錯覚・誤解があったのであれば、そこにはちゃんとそうなったカラクリ、マジックショーにおけるタネ的なものは必ずあるはずです。その部分の説明なく強引に錯覚・誤解・誇張を主張されましても安易にそうだと賛同するには至りません。

せきたにさまより情報提供頂いておりました情報の、加藤君の友人の証言は、扇平山を過ぎての北上を明確に否定しており、私にはこれを軽視することはできません。

「当時川上村梓山地区梓湖グラウンドでの少年野球練習を終わっての帰り道で最初に見つけたのは加藤隆志君だった。自分は違う友達と歩いていた。余りエンジン音が聞こえないジャンボ機を目撃した。珍しいなくらいの気持ちだった。ジャンボ旅客機だと一目で分かったが、垂直尾翼が欠けていたかどうかは分からなく窓は見えなく、乗客の姿も見えなかった。山梨・甲府方面の山の向こう側から来て、右旋回して三国山の向こう側に消えていったら煙が立ち昇った。新聞に出ていた飛行ルートは真っ直ぐに群馬県と長野県境を御巣鷹の方に向かったようになっているが、実際には川上村梓山上空で大きく右に旋回した後三国山の陰に消えていった。」