日本航空123便
- 投稿No.2065
- 投稿者:舘野洋一郎
- 投稿日:2022-09-06 08:43:57
客室の一番後には圧力隔壁というものが在ります。それは円筒形の客室の最後尾にふたを被せるようについています。この圧力隔壁の後にはAPUと呼ばれる発電機とプレッシャー・リリース・ドアー、そして上には垂直尾翼がついています。これらは一つの空間となっています。
客室には空気圧がかけられ、酸素が注入され、乗客があたかも地上にいるような快適な環境を作っています。このため機体が2万フィート、3万フィートのような巡航高度に達すると客室が風船のように膨らみ、客室の外壁を構成している多数のアルミ板のつなぎ目が引っ張られます。リベットと接着剤で繋がれている部分を両方のアルミ板が引っ張って引き離そうという力が働きます。そして機体が地上に降りて来る頃には、あたかも風船が収縮するように、客室が縮小し、そのアルミ板を引っ張る力はなくなります、従って接合部への引っ張る力もなくなります。飛行毎にこれが繰り返されます。これを90,000回くりかえしたのがアロハ・エアラインの機体です。どうなるかは前の投稿のとおりです。
それでは、圧力隔壁の後の空間に話を移します。この空間は飛行中に人がはいるところではありません。せいぜい地上に駐機している時に保守点検で人が入るだけです。従ってここには飛行中、空気圧をかけません。ここに何かの理由で空気圧が発生、滞留した時はプレッシャー・リリース・ドアーが開き、空気圧を抜いてくれますから、この圧力隔壁の後ろの空間には空気圧が滞留することはありません。これがプレッシャー・リリース・ドアーの役目です。
このように、圧力隔壁の後ろには空気圧が無いので、機体が上昇してもこの空間が風船のように膨らむことは起こりません。従ってその外壁のアルミ板の接合部は引っ張られたり、ゆるめられたりすることはありません。このことを考慮してこの空間の外壁のアルミ板の接合は客室の外壁の接合ほど強固には作られてはいません。例えば、この空間の上にある垂直尾翼を見ると、外壁のアルミ板の接着剤が塗られている面積は客室外壁の面積より小さく、リベットの数も客席外壁より数が少ないというようなことです。もしここに何らかの要因で空気圧が滞留しプレッシャー・リリース・ドアーが開かないまま、飛行を繰り返したらどうなるでしょうか。
JA8119 (1985年8月12日 日本航空123便として大阪に向けて羽田を離陸した機体の登録番号) は1974年1月に製造されたボーイングの747SRで、この事故までに18,835回の飛行をおこなっています。1978年日本航空115便として大阪空港に着陸の際に機体尾部を滑走路面に接触しました。この時破損したのは前に説明した垂直尾翼やAPUのある空間と客室を隔離する圧力隔壁です。この修理後から墜落まで、この機体は12,319回飛行しています。
この修理はボーイングが行ないましたが、ボーイングから送られてきた保守員はボーイングの指示書に従った修理をしませんでした。この修理の仕方については当時のNHK特集などで詳細にわたり説明されていますので、ここでは取り上げませんが、しばらくして、この修理した隔壁には亀裂が入りそこから客室内の空気圧が漏れて、後ろの垂直尾翼やAPUのある空間に滞留が起こりました。本来ならば滞留が起きたら、すぐにプレッシャー・リリース・ドアーが開き滞留を放出するはずですが、その肝心なプレッシャー・リリース・ドアーが開くことはありませんでした。
圧力隔壁の亀裂、プレッシャー・リリース・ドアーの故障、これらがいつ起きたのかわかりません。修理後12,319回飛行していますから、6000回ほど飛行してから、亀裂が始まったとすれば、その後6000回も空気圧が滞留したまま飛行したことになります。しかしこのことにより圧力隔壁の後ろの垂直尾翼やAPUのある空間に空気圧が滞留するようになります。これ以降、機体が離陸着陸する毎に、垂直尾翼の外壁のアルミ板の接合部が引っ張られたり、元に戻されたりが繰り返されることになります。このようなことが無いことを前提に設計された垂直尾翼の外壁なので、まもなく接合部が摩耗して弱くなった事でしょう。あるいは、アルミ板の隅の一部はリベットがはづれ骨組みから離脱していたかもしれません。
この状態、つまり離陸ごとに圧力隔壁から空気圧が漏れて、その後ろにある垂直尾翼やAPUのある空間に滞留し、垂直尾翼の外壁の接合を劣化させる繰り返しを長く続けるうちに、いよいよその限界に近づいたのが1985年8月15日、この日の3往復目の飛行です。
18時04分、JA8119はJAL123便として、乗客乗員524人を乗せて羽田空港を離陸した。
離陸後、房総半島の西海岸に沿って、相模湾に出、伊豆半島の南東の海岸近くで事故が起こった。
取付部分が劣化した垂直尾翼が倒壊するのには何の外圧も必要ない、機体がいつもの巡航速度で飛んで、強風を吹かせてくれれば、それで充分である。
18時24分、爆発音と同時に垂直尾翼が離脱した(吹っ飛んだ)、しかし客室最後部にあるドーム型の圧力隔壁はそのままとどまったので、シートベルトをしていない客室乗務員は外に吸い込まれることもなく、乗客に酸素マスクをつけるのを手伝っていた。これが落合由美さんの証言であり、乗客の取った機内の写真に客室乗務員の姿が映っていたという事実である。
何か吹き飛ばされた様子は写っていない。ここでもし圧力隔壁が完全に崩壊していたら、その客室乗務員は写っていないはずである。多分、写真を撮る余裕もなかったかもしれない。
この時点でJA8119 は高濱機長が管制官に伝えたように「操縦不可能」となった。
事故直前のJA8119 については興味深いインタビューがあります。
レポーター「関係者の声、どの人物かということが分かりますと本人の立場が無くなりますので変えてございます。じっくりお聞きください。」
日航客室乗務員「家について、見てて、でー、だんだんだんだん、あのー国内線の123便で、それでジャンボだって聞いたときには、あの飛行機じゃないんだろうかっていう風には思いました」
レポーター「それがJA8119」
日航客室乗務員「そうです。ひとつある事があって、そのこのひとつの事を覚えていたもんですから、なんかいつもよりも様子が違ってて足から床に・・・床から伝わってくる振動があってなんかいつもよりもずっと長く揺れてると思ったんですよね。振・・・こうブルブルブルって床が・・・で、それが気になって1か月前にもおんなじことがあったんです。だから、それでだったので・・で、番号も8119だったので、2回も続いてあったという事に関して、その前回の時もあのお・・・飛行中に、その・・・故障とかおかしい事とか…という事があったら記録するノートがあるんですけれどもそこにちゃんと書き込んで報告して降りてるわけですね、1回目も。自分で報告したから、こう覚えてるんですけど、だけど直っていないのがあのー何となく心配になって、とても印象的だったんです。地上で見てもらったら、その・・・飛んでる時は再現できませんのでね。なんら問題ないっていう判断だったんですね」
解説「日航123便の高濱機長は事故の2か月前から頻繁に8119号機に乗務していた。高濱機長は機の異常に気付いていたのだろうか」
「キャビンで起こった故障は、どんな故障でもキャプテンは、あの・・・知ってらっしゃいます。それは・・・あの・・・ちゃんと確認されますし、あの・・・自分で最後にサインをなさいますので。」
[日本航空123便墜落事故(17)] ボイスレコーダー記録前の出来事 Part1の
初めから03:20にあります。https://www.youtube.com/watch?v=AB_Vysfgzuo
最後に、事故の原因について語っている日航整備本部の臼井誠さんのインタビューを挙げておきます。【初公開・23年前に製作されてお蔵入りになった番組】日航123便墜落事故検証特番
初めから 27:22にあります。https://www.youtube.com/watch?v=AB_Vysfgzuo&t=1397s