「日航機墜落事故の真実」の追究 (その46)  ― 日航機乗客の真実の遺書から、推察出来る墜落事故の真実―

  • 投稿No.2027
  • 投稿者:8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査分科会 会長 遺族 小田周二 
  • 投稿日:2022-08-26 00:11:21

2022.8.9 NHKは 特番で 「日航機墜落から、37年 機内で 何が ? 生死を掛けた戦い」が 慰霊登山の前に 放映された。
これは 墜落死した乗客の残した「家族向けのメモ」「遺書」を中心に、 遺族の感情、生き方を問うた番組であった。
「村上良平」氏の遺書、「谷口正勝」氏の遺書、村上氏の遺族の談話、谷口氏の遺族の談話、「美谷島邦子」氏の思い、機内乗務員の音声、
CVRの機長の音声、遺族の思い、感情、音声などで、構成され、事故状況を概略説明している。
ここでは、NHKの表面的な記述でなく、墜落事故の真実を この遺書を中心に、且つ奇跡の生還者:落合由美の証言、アントヌッチ中尉の告白証言などを 基に 事故の真実を説明する。
1.  日航123便墜落事故の「国の事故報告書」と 今回のNHK特番放映との関係
  国の事故報告書は 37年前 1987年7月に 事故調査委員会が 作成し公表された。
 この要旨は 
   *7年前の日航機が尻餅事故で、破損した隔壁部をボーイング社が修理したが、修理ミスで、金属疲労で、劣化し、破壊して、機内空気が流出して、後部の垂直尾翼、APUを破壊した。
     同時に操縦に不可欠の油圧配管を断絶破壊した。
   *この破壊で、殆どの操縦機能が失われた。姿勢や方向の維持、上昇、降下、旋回などの操縦が 困難になった。然し 不安定な飛行の継続が出来た。
   *機長の意図通り、飛行させることは 困難で、安全に着陸、着水させることは 不可能であった。
 である。
今回のNHKの特番は この37年前の事故報告書を忠実に踏襲し、ここに 乗客の「メモ」「遺書」を添付して、犠牲者の悲しみと遺族の思いを 慰霊式典の前に 放映した所以である。
   その後、3年後 1990.7 に この事故原因は 司法が否定し、容疑者の「ボーイング社、日航、航空局」は無罪となっている。

  NHKは 国の報道機関であり、他のマスコミも 国から報道規制を受けて、日航機墜落事故の『事故原因』についての報道は 自粛しており、国の隠蔽工作の一端となり、現在に至っている。

 2.犠牲になった乗客のメモ遺書、生還した乗客の証言、地上の住民の目撃証言、米軍の追跡者の証言、航空局幹部の告白などは、飛行状況、飛行の真実を知ることが出来る!!
    国の事故報告書には、重大な疑惑があり、それは むしろ「嘘」の報告書であった。 (その目的は 真実を隠す為、隠蔽するためであった)
    *報告書は 墜落の事故原因(墜落を引き起こした異常事態)が特定されていない。
    *「油圧機能が 不可能」になっても 「方向の維持、上昇、降下、旋回などの操縦が困難になった」としながら、飛行の継続が出来た」との矛盾の内容文書で、これは 嘘の文言、結論であった。
実際の飛行経路図では上昇、降下、旋回を 円滑に行っており、発生事象と合理的に成立しない。
*このように、日航事故機の操縦性について、矛盾しており、その説明がない。
*日航123便の墜落の事故原因が 特定されておらず、事故報告書として、その資格がない。
* 国の「隔壁破壊説」の根拠になるのが、墜落場所で、「隔壁部が無残にも破壊していた」ことで あり、多くの市民は これで、『隔壁破壊説』を信じたのである。
然し、隔壁部は 複雑な構造で、墜落の衝撃で簡単に壊れることが 知られており、この隔壁の破壊は、垂直尾翼の破壊時には 隔壁部が破壊しなかったことが、
奇跡の生還者:落合由美氏の生還後に、日航、役員に事情聴取を受けて時に、語り、この証言は、日航が 文書で マスコミに配布しており、
垂直尾翼破壊時、「機内では 空気の動きはなかった」「空気の流出の音は しなかった」「乗客に酸欠の症状はなかった」と語っており、
この証言は、司法も証拠として採用しており、『隔壁破壊説』が 否定された根拠になっているのだ。(生死の境を生きた落合由美氏の体験発言は極めて信憑性が高いと考える。
3. 日航123便の油圧装置、垂直尾翼破壊後の操縦性についての考察
日航機が その重要な操縦装置である「油圧雄地」「垂直尾翼」が喪失すれば、操縦不能で墜落が必死であった。
通常 1トンもある標的機が 旅客機に衝突して、垂直尾翼、油圧装置が破壊されれば、操縦が 困難になる」どころか 逆に 「必ず墜落する」のである。
何故 墜落しなかったのか? この疑惑を 明解しなければ、 墜落の事故原因は? 又 以後、30分以上も 操縦出来たのか? (飛行の継続が出来た)のか 
 これが 最大の疑惑、難問であった。
操縦出来れば、飛行場に着陸出来る。それは 安全に乗客を飛行場に届ける「着陸」の定義である。
この時の目撃証言などが 「日航事故機が操縦出来た」との証拠になっている。
〇*日航機と自衛隊標的機が衝突した瞬間を河津町のタクシー運転手が目撃。事故機は、河津町の上空で、右に旋回し、急降下し、墜落事象に入った。(18:24 頃)
その後、別の住民が 左旋回し急降下する事故機を目撃。
〇*静岡、藤枝市の小林氏が、低空飛行の旅客機を目撃。低空から、北方向に上昇飛行して行った」と証言し、更に 「機体の下側に、赤い印が付いていた。」との語った。(18:30 頃)
暫くして、戦闘機2機(垂直尾翼の破壊時に、百里基地から、緊急発進した)が、西から 引き返してきて、旅客機を追って 北方向に飛行して行った。
〇*(村上良平氏のメモ、遺書) 「 機体は大きく左右に 揺れている。 18:30 急に 降下中 水平飛行している。」
         更に、横田基地に接近した段階で、村上しは、 18:40頃 「機体は水平で安定している。
機内より、(頑張ろう)の声がする。 着陸が心配だ。スチュワデスは 冷静だ」と遺書に記載している。
       (客室乗務員:スチュワデス)「高度は 大分降りています」と CVRに記載。 
          ⇒  事実、事故機は 大月市上空で 360度旋回して、高度を落として、着陸高度に 落しており、事故機は着陸行動に入ったことを 示唆している。
          ⇒ 客への指示として、18:40 頃(赤ちゃんの姿勢)(ベルトの装着指示)(テーブルを戻す)などの指示は、緊急着陸の準備としてのスチュワデスの指示であり、
乗務員、乗客には、機長から 「緊急着陸する」との連絡があったことを 示している。
   ⇒ このメモは、河津町から、藤枝市までの飛行経過と見ると、重要な飛行状況を記している。

     垂直尾翼、油圧装置が破壊された日航事故機は、左右に大きく揺れて、急降下中、将に墜落事象を示した。
この段階で、機長らは 傾いて急降下している機体の姿勢を、正常に戻すべく、エンジン出力とフラップを使って、修正と墜落の回避を行い、新規な操縦技術を習得した。
最後の(機体が水平飛行している)との記述は、墜落事象が水平飛行になったとのことで、墜落を免れたことを 明解に記述した。
又、乗客は 機長から「着陸する」とのメッセイジを受けている。
(スチュワデスが冷静だ)との文言と(乗客の頑張ろうの 声)は 生還の希望が出て来たことを 示唆している。
(それまでは 村上氏の(死ぬかも知れない)の気持ちがあったからだ。

     〇*このエンジン出力調整による操縦技術に ボーイング社は注目し、分析し、検証し、又実験を行い、
       更に エンジン出力の微調整による操縦の「ソフト」を作成して、この技術を高く評価した。
世界の操縦士協会は、2年後 1987年に 機長ら 3名を表彰し 「ポラリス賞」を授与した。
       然し 日本では 航空局も日航もこの情報を隠蔽し 遺族、国民に秘密処理して、隠蔽した。
       報告書には 逆に 機長らは「酸素マスクを着けなったので、精神がモウロウとしての操縦だ」と非難の文章が記載されている。
〇* 横田基地所属のアントヌッチ中尉は、日航機の言動に注目し、機長と横田基地との無線交信を傍受した。 この事態は 10年後、1995年に 米軍機関紙に投稿され、公開された。
「日航機機長が 横田基地に緊急着陸を申請し、横田は これを許可した」との内容であった。
⇒ 機長が 事故機の飛行状況を一番よく 知っており、「緊急着陸を申請したことは 事故機が操縦出来、又同時に着陸出来る」との判断があったのだ。
       ⇒ この新規のエンジン出力調整による操縦技術は 世界初の大発明であり、操縦技術の向上を図るために、練習と経験が必要で、
大月市上空での360度旋回、降下飛行は着陸の準備行動、練習で エンジン出力の調整での練習であった。
        ⇒ 機長は 元自衛隊に所属し、自衛隊の民間機への軽視などを熟知しており、18:24 の日航機への異常事態は 自衛隊の言動と推測しており、
「着陸場所は、米軍:横田基地」と決めて、十分な時間を取り、練習し準備しての横田基地への着陸申請であった。
*  CVRの機長の言葉として、横田基地に向かう事故機に対し、自衛隊戦闘機のパイロットは、横田への飛行の禁止を求めたが、
18:46 機長は 戦闘機に「このままで お願いします」と懇願したが 戦闘機パイロットの返事はなく、最後は 機長は、「これは ダメかも分らんね」と悲痛な声を残している。
そして、機長は、自衛隊戦闘機パイロットと交信しているが、この戦闘機のパイロットの声は CVRでは 削除されており、これも隠蔽されたと推測出来る。
又、事故機の飛行経路は 目撃証言とは 大きく 異なり、DFDRも修正され、変更されていると判断出来る。
同じく、CVRも 河津町から、藤枝市への飛行中の会話、及び 機長と自衛隊戦闘機パイロットとの会話も変更、削除されているので、
CVR,及びDFDRも 修正され、変更、削除されていると判断出来る。

    (纏め)日航事故機は 垂直尾翼、油圧装置破壊後に 新規操縦技術が 機長らにより、発明され、日航事故機が 32分間 飛行出来たのは 新規操縦技術の開発が出来たからで、
この事態は 目撃証言、乗客の遺書、スチュワデスの言葉などから 証明出来たのである。
*この状況から 言えることは、日航事故機は 横田基地に着陸出来たことは間違いない。
©緊急着陸出来なかったのは、追尾して、並走している自衛隊戦闘機のパイロットの禁止、脅迫であった。 
この自衛隊の行為は 助かった乗客の命を 見殺しにした殺人行為に相当する。
          ⇒ 助かる乗客乗員の命を 無残にも 助けなかったことになる。これは 準殺人行為であり、これは 刑法的にも 完全に殺人罪の行為である。
更に、この犯罪行為を隠し、隠蔽することに噓力した航空局、日航などは 爾後隠蔽共犯の罪を犯している、
       *この段階で 乗客乗員は 2回殺害されたことになる。 まず 1回目は自衛隊標的機の衝突、 2回目は 横田基地に着陸して 全員助かっていた命を 見殺しにしたことだ。

4.  中曽根総理が、自衛隊幕僚長が 日航事故機の横田基地への着陸を禁止した理由と根拠
日航事故機は重要な垂直尾翼、油圧装置が破壊されて、機長らは、奇跡の新規操縦技術を開発して、この技術の安全性、正確性の向上に 練習、訓練を行い、
機長は これで、横田基地に着陸出来ると判断して、横田に緊急着陸を申請しており、又横田基地側も 許可している。
掛かる状況では 機長は必ず、着陸を敢行するし、横田側は 緊急着陸の受け入れに、万全の準備に入っていると 報じている。(基地の兵士の証言)
*掛かる緊急着陸を 高濱機長が 独断で 着陸を断念することは あり得ない。
   これは 何らかの妨害、邪魔が入り、又は 外部からの禁止命令があったことを 示唆している。
     この妨害の内容は 明確でないが、CVRの機長だけの言葉から、ほぼ推定が可能である。(記述済)
     又 戦闘機パイロットの言葉が 削除されていることが 自衛隊の関与を 示唆している。
   *この邪魔の正体について、事故後 30周年の フジTVの特別番組で(2014.8.12 )
    『事故機は 横田機に向かって飛行していたが、(着陸を中止し、変更させた原因は 「風と雷雲」で あったと 放映している。
     この 「風と雷雲)の譬えは
              風= 権力、 雷雲 = 武力  であると 言い換えることが出来、自衛隊の着陸禁止通達と 帰結出来るのである。(小田著「許されざる者、2021、7」)
      37年前、8月12日は 掛かる風と雷雲が発生していないことは 気象条件などで確認されている。
      フジTV は、政権への配慮で、掛かる抽象的な、比喩で誤魔化したが、暗黙の隠語で、自衛隊の犯行を示唆しているのだ。
   *この垂直尾翼、油圧装置の操縦系統が破壊され、操縦不能になれば、日航123便は必ず、墜落していた筈である。
     そうであれば、機体は 伊豆半島の山中か 駿河湾の海中に墜落しており、中曽根総理は、自衛隊幕僚長は 先ず、墜落場所を明らかにせず、事故機の残骸を密かに回収し、隠蔽し、
       (日航『もく星号』の加害者米軍、 1952.4.9)と同じく、10数時間後に墜落場所を公開して、事故調査を行なったと推測出来る。
       そして、嘘の事故原因を捏造して、自衛隊の関与を誤魔化し、パイロットミスとして、済ませたのだ。(全日空機雫石戦闘機追突事件、1971,7.30)
       恐らく 中曽根政権、自衛隊幕僚長は 全員死亡での証拠と遺体の処理で、全く異なる事故原因で 隠避して、済ませ筈であった。
   
   このために、自衛隊は 戦闘機を緊急発進させ、墜落場所の特定、確定に 奔走したのである。
     その理由は、明解で、自衛隊の不祥事は 国家、政権、総理の不祥事であり、これを隠蔽して、事故の真実を隠すためであった。
      完全隠蔽の前提は 乗客上院全員の死亡であり、死人に口なしであり、どのようにも 事故原因を捏造出来るからだ。
      (仏軍による旅客撃墜事件は 直ぐに海中に墜落したので、これを火災による墜落と決めつけて、以後 51年間も 隠蔽したのだ。AF1611便 ミサイル撃墜事件、1968.9.11)
      その理由は、明快で総理、最高権力者の責任回避と 辞職、辞任を防ぐためで、掛かる軍隊の不祥事で、最高指揮官が 責任を取り、辞職することに
      権力者自身も 又支える幹部も 隠蔽に協力したのである。
      その根拠は 事故調査委員会、警察も又 隠蔽に協力しており、国を挙げても隠蔽工作が行われ、
      フランスでは51年間も 日本の日航123便では 既に 37年かも 隠蔽が 続いているのだ。

     *@ 歴史に、又過去に 若しもが、若しくは 仮定が 許されるなら、今回の墜落事故はなく、横田基地に 日航機が 安全に着陸し、ほぼ全員が 助かった事態になれば、
        世界は 驚嘆し、賛美することは間違いないことであった。。
        ここで、機体は ほぼ、壊滅的に破壊されても生還した事実、機長らの新規操縦技術開発の事実、機長の英雄的な衝撃の行動と的確で冷静な判断は賞賛され、
         自衛隊の標的機の衝突の不祥事は 小さく判断され、自衛隊への攻撃、非難は あるが、生還した乗客乗員の事態に 
          中曽根総理への攻撃、非難は 些少になり、然し 自衛隊幹部の 辞職は、責任は 避けられない事態であった 思われる。
        そして、高濱機長、佐々木副パイロット、福田機関士は 英雄として、表彰され、その開発した技術は 世界から賞賛され、
         以後 世界の旅客機事故の「油圧機構が不可」になっても この技術が採用され、乗客の安全性、空の安全性が 向上していたと考える。
        又 自衛隊の不祥事の発生に 自衛隊への管理、監視は高まり、自衛隊組織への改善、改革が行なわれ、自衛隊の特殊部隊、組織への見方も 変わっていたと推測出来る。
      *  この日航機墜落事故の政権、総理、自衛隊の対応は 大きな矛盾と懐疑の宝庫であった。
        それも 公務員は 航空局、日航、警察、事故調査委員会は 最高権力者の権限に服従して、部下も 自己保身のために 協力しているのである。
         真実の隠蔽の動機は、権力と権限の乱用と、公務員の自己保身が 一体となって、支えており、又今後も 同じ対応を行うのであり、大いに 反省し、改革が必要である。
         森友学園での阿部総理の「モリ、カケ、桜」の事件も 同じ理由であり、根拠は 市民の権力者への盲目的服従にあり、要は 真実を大切にしない、民主主義の精神、理念の放棄にある。
        国民は 真実を追求する習性を 身に着けて、常に政権、最高権力者の言動を監視し、民主主義の理念を尊重し、実現する努力が必要なのだ。
     
       *今回のNHKの特番放送では、(遺族が 事故を語り継ぐ)と 言っているが それで 良いのか。
         墜落事故の真実を 国は知っていても、黙秘し、ただ 形式的に嘘の『隔壁破壊説』で誤魔化し、且つ「補償金で、命の代償を支払い、一件落着」とする国の施策は 狂っている。
           これでは 乗客、乗員は 犬、猫の野獣と同じに 取り扱われて、人間としての尊厳は無視され、否定されたことになる。
        「国民は 国の主権者である」と憲法に 規定されている筈だ。
         遺族、国民は 墜落死した乗客のこと その真実を、遺族が 事故の真実を語り継ぐことが 必要不可欠の筈である。 
        日航機墜落事故の真実は 国が 調査して知っており、隠しているのだ。
        遺族、国民は、事故の真実の公開、開示を請求して、その真実を知ってから、犠牲者の霊前に供えて、供養し、そして 後世に語り継ぐべきではないのか ? 

        いや 国は 事故の真実を開示して、遺族、国民に連絡通達することが 義務、責務の筈ではないのか!!