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御巣鷹山の悲劇
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1985年以降のいくつかの事故事例から 『油圧喪失=操縦不能 』は否定されるものと考えられるようになってきたように思われます。 日航機において事故調報告書では、異常発生後ものの数分で油圧を失い、以降操縦不能におちいり、なすすべなく墜落に至ったものとして扱われています。 しかしながら実際のところ日航機は、18:24半ばの異常音から30分経過した時点では、高度3000m以上のところを飛行していました。このことからすれば、油圧喪失してもなお飛行継続は可能であったと捉えるのが妥当でしょう。そのあと、最後の30秒で1500mもの高度を一挙に失う急降下が発生し、山肌に激突し墜落してしまうのですが、そうすると、相模湾上空での異変は墜落へ至る原因の一つにしか過ぎず、これとは別に 急降下が起こり、墜落するに至る原因があるものと考えるのが自然であると思われます。 この墜落直前、御巣鷹の尾根近くで起こったであろう異変について、事故調報告書にはとりたてての記載はなかったののと記憶しています。それと同時に 異常発生による操縦性の変化についても十分な調査はされなかったはずです。これでは報告書として 「半分に満たない」 と言わざるを得ないでしょう。事故後40年が経過しようとしておりますが、事故報告書がこのままの「未完成の姿」のまま というのは、ご遺族の方含め、多くの方の納得の得られるものではないでしょう。 この経過した40年は記憶を薄れさせてしまったということもあるかもしれませんが、一方で技術の進歩もあり、当時では分からなかったことも詳細に解析することも可能となりました。今後は事故のことを知るものは減っていく一方です。タイミング的には正しく今がタイムリミットではないでしょうか?未だ続くネットでの議論に終止符を打ち、誰しもが納得でき、そして心から安心して飛行機を利用することのできる日々を取り戻すためにも 『再調査』は必要であるとして、現状での疑問点をご質問申し上げます。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 質問案を考えてはみましたが、これだ というものを思いつくには至りません。一つ最終局面のところ 十分な調査がなされていないことを咎めるようなことをするくらいではないかと考え、ざっと 何に対し、どうして再調査が必要であるのかの説明となるような文章を書いてみました。 方向性として如何なものでしょうか?発表されている事故調報告書では、第2の墜落原因の調査がなされていないとして、その部分の調査を求めようとするものです。 それに続け、現状不可解である点を羅列しつつ、必要な項目を質問の形態へと変える といった構成で如何でしょうか? いきなり質問文の状態に仕上げよう というのも難しいような気がしますので、一旦は(特に知識を持たない人が見ても)関心をもって見てもらえるような資料としての体裁を整えては?といった思惑もあります。 今は不可解に思うことを箇条書き的なものでピックアップしているところです。その中で「これは」というものがあれば詳細な文章化、質問へと書き換え といった進め方でどうでしょう? ・箱根および羽田の修正前のレーダ記録が公開されていない ・DFDRからすれば大月旋回は逆三角形の航跡ではない ・その旋回位置も本当は「相模湖旋回」の方が近い可能性 ・都留市中央で写真撮影されており、事故調航跡とは5km以上のずれがある可能性 ・小松便機長報告が黒塗りされる理由 ・落合さんが左の窓から富士山を見たのはどこか? ・川上村での目撃証言では最後のところ輪を描くような右旋回ではなく逆S字の飛行 ・このことについて事故調報告書にも証言自体はあるが、そこから連想される航跡と事故調発表が合わない ・井上本には最後のところについて「タービンの過熱から、溶損、飛散によってエンジン停止に至ったとみられる」という推測あり ・井上本には他にも三国山近くでの水平尾翼の外れの図と、事故調のものとは異なるHDGのチャートあり ・機体構造からすれば、エレベータ動翼は油圧なくとも動いていたと捉えるべき ・エルロン動翼は、バルブの操作で動かすことが可能となり、そういった操作をしていないとならないようなDFDRとなっている(ものと思われる) ・NHKの当日の報道が一部隠されている ・海上から回収された垂直尾翼の破損状態について、交通事故鑑定的な検証がされるべき ・当日付近にいた横須賀所属の艦は?(まつゆき以外) ・ ・ ・ ・
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