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御巣鷹山の悲劇
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せきたに様へ > 私なりには落合証言との整合性を考えるともっとずっと東側だったと考えている。 あの図は飽くまで小松便の証言の検証時に作成したもので、初期の落合証言とは関係のないものです。初期落合証言を考慮しますと、富士山を近くに見る事が出来るところまで、少なくとも富士山付近においては東にシフトさせる必要があります。 > 落合証言では富士山を左下に見るまで、左右への大きな旋回があったと記されている。 この部分ですが、「左下に見る」というのは何処に出ておりましたでしょうか?私の認識では ・初期落合証言:富士山が左に見えた ・吉岡版:左側の窓やや前方に見えた すうーっと後方へ となっております。 > 「ゆっくりと左右に大きく旋回しているような動きがはじまったのは この部分ですが、旋回しているような動き ですので、旋回というのではなく、いわゆるダッチロールによるバンクの発生の事かと思います。 自分の見立てですと得に大きな旋回中ではなく(していても軽度)34分頃北東へ飛行していて、その頃見たのではないかと見込んでおります。 なお、清水通過とするのに参考とした初期報道情報を貼っておきます。ここに日経新聞のものはありませんが、北國新聞とはまた別の図という事になればまた違った図があるという事になりそうです。 http://imepic.jp/20211221/155340
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