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御巣鷹山の悲劇
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再びの連投をご容赦いただきたい。 こちらも、一度として議論に上がらなかった事柄であるが、「報告書肯定派が生存者は寒さを感じなかったことへの疑問に答えられないのはなぜか」と煽るヤフー知恵袋や動画投稿者が見受けられるが、あれは「答えなければならない質問」なのだろうか。 いささか牽強付会の誹りは免れまいが、【他の事故では】と寒さを感じた例を挙げているのだが、他の事故は全員が墜落を経験しないで証言した、言わば【減圧発生時の記憶】を強力に有している反面、123便においては、激烈な衝撃を伴う墜落事故に直面している。 生存者証言の全てが信用に足る(=証言すべてを鵜呑みにしなければならない)というわけではない、というスタンスは以前にも述べたが、上記の煽リストらは、この「墜落を経験したか否か」の決定的差異を無視して話を進めている。 そこでいえば、減圧時の寒さについて、記憶していないか、夏だからというだけの記憶を頼りに「寒くなかった」と答えただけかもしれない。 事実、落合証言や川上証言を、都合よく解釈して反論する連中も少なくない。 そんな中、「寒さは感じなかった」の一事をもって、減圧否定に走ったのでは、霧のようなもの、ものが飛んできた、などの証言との整合性をとらなくてはならなくなる。 急降下したのではないか、との疑問は、シートベルトをしていない乗客が宙に舞うし、飲み物は機内に散乱するし、胃の内容物もこみ上げるだろう。ものが浮かび上がるほどの急降下とはそういうものだ。 その記述が、落合証言や吉崎、川上各証言から見受けれるだろうか。 生存者証言の一部に固執するあまり、富士山の見えた位置の差異や横田ランディングなど、整合性が確保できない荒唐無稽論に向かっていった過去は、当掲示板からも明らかだが、同じ過ちを延々と繰り返すのだろうか。 生存者証言同士は、矛盾していないのか? 遺書についてもだが、時計が遅れていた可能性も考慮したのだろうか、1838も1825も、【18時半】と言いがちな人間がいるが、遺書記載者の時計が正確で、分単位まで正確に読み取れ、かつ分単位まで正確に記載する人間だったか、すべて確認しての話なのだろうか。 「何か機内で爆発したような形で 煙が出て 降下しだした どこえどうなるのか 津慶しっかりた(の)んだぞ ママ こんなことになるとは残念だ さようなら 子供達の事をよろしくたのむ 今6時半だ」 爆発したような形で、煙が出て、の部分の説明が必要になる上、DFDRによればさほど降下していないが、「ただいま緊急降下中」のプリレコーディッドアナウンスによって、降下したと錯覚していたような記載もある。 これらは、いずれも確証のない部分だ。 どうも、確証のない部分だけを殊更におおごとにして、騒いでいるだけのような印象しか受けないのだが、その【確証のない些末な事象ひとつをおおごとにすること】がそれほど重要なのだろうか? ご意見を求む。
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