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御巣鷹山の悲劇
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『日航123便墜落事件 JAL裁判』(青山透子著)には、墜落事故当日の夜に運輸省が発表した飛行ルートに関する情報が記されている。 以下295ページからの引用 「運輸省東京航空管制部などによると、ジャンボ機は出発予定の午後六時より約12分遅れて羽田空港を離陸。富士山の北側を通って焼津市付近で太平洋に出、海岸線に並行して飛んで大阪空港には午後7時に着陸する予定だった」(『沖縄タイムス』、『静岡新聞』他) 以下296ページからの引用 「運輸省、日航などで事故の原因に結びつく情報を収集しているが、同機の予定飛行コースは、羽田を離陸後、千葉県・館山まで南下、右旋回して伊豆半島を横断。紀伊半島南端の串本を経て大阪に向かうコース。しかし、日航123便は館山まで正常に飛行したものの、(略)コースを大きく外れ墜落した」(『信濃毎日新聞』、『北海道新聞』、『福井新聞』他) 「運輸省によると、通常のルートは羽田空港を離陸したあと、神奈川・横須賀付近上空を通過、伊豆・大島の上空から伊豆半島を横切り、静岡県浜松市、三重県津市、伊勢市、そして奈良県の大和郡山市の上空を経て大阪に入るコースを採る。しかし、この日は午前中、成田発の大阪行きの日航ジャンボ機が知多半島の6,600メートル上空で乱気流に巻き込まれ、乗客3人が負傷した事故が起きた。このため日航123便は気象条件を考え、通常ルートから50~100キロ南側のルートを飛行しようとした。 日航機はこのルートに沿って、大島付近までは、ほぼ予定通り飛行したが、大島上空から急に右旋回、レーダーから消える28分間で長野・群馬県境に飛行した」(地方紙『いばらき』)
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