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御巣鷹山の悲劇
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18時30分に富士山の東側を通過したことに気付きにくい理由(わけ)は皮肉にも落合由美さんの証言の中にある。 「ゆっくりと左右に大きく旋回しているような動きがはじまったのは、酸素マスクをして、しばらくしてからです。 「パーン」という音から、たぶん10分くらいしてからのように思います。このころになって、 酸素マスクをはずしてみても、苦しさは感じませんでした。ただ、ほとんどのお客様がマスクをしていましたが。」 (「墜落の夏(吉岡忍 著)」に記されている落合由美さんの証言から) 落合由美さんの証言で「パーン」という音がしたと言われるのは離陸後のどの地点だったのだろうか? 次に、相模湾上空で音がしたとき、地上からの目撃情報があったことが『疑惑 JAL123便墜落事故』(角田四郎 著)の21ページには記されている。 〈目撃情報1〉 東伊豆、河津町のタクシー運転手、近持芳太郎さん(58歳)と渡辺武夫さん(51歳)は河津駅前のベンチで休憩中に、この瞬間を目撃した。 「海側の北東上空で雷のような〈ボーン〉という音がした。」 〈目撃情報2〉 (伊豆半島東側の)河津駅の北西の山側で畑仕事をしていた同町役場職員渡辺穣さん(45歳)の証言は 「午後6時半前、ボーンという音で上空を見た。」 落合由美さんが手記の中に記されている「パーン」という音がしたというその音と、 上記 〈目撃情報1〉 及び 〈目撃情報2〉 の中で目撃者たちが語られる「ボーン」という音。 この二つの音は、機内の落合由美さんの耳には「パーン」と聞こえ、地上からは「ボーン」と聞こえたのだろうという解釈になりやすいが、 これら二つの音は本当に同じ事象によって同一時刻に生じた音の、聞こえ方の違いだったのだろうか? (その2に続く)
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