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御巣鷹山の悲劇
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> まず航跡についてですが、事故調としてはレーダーによる航跡を基本としているものと捉えております。ただ、大月旋回部分に関しては確度を上げるためか、その区間についてはDFDRの記録も参照した上で航跡をああだったとした というのが公式の発表ではないでしょうか?大月旋回で1次か2次かはともかく明確にレーダーから消えていたとも言ってないですし、目撃情報を考慮したとの記述もないはずです。 文系ちゃん 様へ 管理人です。 藤田日出男さんの『隠された証言』にはブラックボックスの発見・回収~解析の時系列的な流れについては次のように記されています。 「事故調査委員会の藤原次席調査官以下メンバーが、ブラックボックス(ボイスレコーダーとフライトレコーダー)を探しに徒歩で墜落現場に入ったのは14日になってからであった。その日のうちにブラックボックスは回収され、東京へ運ばれた。 翌日の8月15日に犯罪捜査のために警察から事故調に嘱託鑑定が依頼された。」 上の文章で藤田日出男さんは8月14日になってブラックボックスは回収されたものの、まだ解析は始まっていなかったことを仰られているかと思います。 一方でレーダーが捉えた航跡として事故翌朝の8月13日に新聞に発表された航跡図は新聞社によって軌跡がまちまちでしたが、いずれも大月上空で360度の旋回図とはなっていなかったようです。 ところが、まだブラックボックスの解析が始まる8月15日の新聞朝刊には360度右旋回の航跡図に変化してきていますが、この時点もまだレーダーによるのだとすると何らかの要因が加わって事故翌日に発表された旋回図と異なってきたのではないかと思われます。それが何だったのかはわかりませんが・・・
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