Re.(23) DFDR解析による航跡

  • 投稿No.2338 元投稿No.2335 さんへの返信
  • 投稿者:鷹富士
  • 投稿日:2022-11-23 18:14:43

文系さんへ

> それだけ多くのレーダーで捕捉されており、EMGが点灯していたということであれば注目を浴びていただろうことは間違いないものと想像しますが、そうであったであろうにもかかわらずそれらのうちどこからも(12日のうちは無理だったとしても)13日のうちに大月旋回部、輪状の航跡であったとの話が出なかったことが不思議でなりません。

A,レーダーでは精度が不足し、大月上空の旋回を把握できなかったと思います。

> 大月旋回の前半部分ですが、離陸時に匹敵するほどの出力が1分半ほど続いていたかと思います。そのあたりCAPから何度も「頭下げろ」と言われていたにもかかわらずそのような操作をしているというのが左右推力差以前の問題として妙に感じています。そこまでフゴイド運動の抑え込みを目論んでか、細かいスラストレバー操作していたのに、そこではフゴイド周期とは関係なさそうなベタ操作が続いていたようです。ストール懸念があったからとの見解も頂戴したこともありましたが、常識的な風の吹き方である限りはそのようなことにはならないように思っています。

B,クルーがどのような操作をしても、油圧を失った機体は反応していないと思います。変化したのはエンジン出力のみ。操作の記録と機体の反応は別物。

> エンジンが4つある747ですと、エンジンの内外で動きとしての縦横それぞれ分担させての操作も可能でしょうから、その分は有利でしょう。もっとも垂直尾翼部の面積が5割超減少していたことは考慮を要するでしょうが。

C、あなたの説明は、「JAL123便の油圧が消えていても操縦が可能である」という説明になっていません。
可能性としては、JAL123便は4発のエンジン出力をクルーの操作で差をつけることができたはずですが、JAL1323便の場合は、それをしていないと思います。

> 新聞に掲載された落合さんの証言は、彼女の知らない単語が含まれていることもあり、信憑性に疑問符が付くであろうことに異論はありませんが、内容すべてが虚偽ということもないように考えています。逆にロングインタビュー版では事故から4か月ほどは経過していたことから、記憶の薄れはあったかもしれません。

D、新聞に掲載された話は、吉岡著と矛盾しない範囲で正しい。

> 7時間超にも及ぶインタビューで、語る時間は十分あったはずですが、吉岡氏も気づいてはいましたが、富士山を見てから墜落までの時間経過にしっくりこないところのある証言になっています。(異常発生後墜落までの32分の証言の構成比率が歪)

E,私は、吉岡著の記述はDFDRによる旋回の仕方と合致していると思います。「経路略図」のような急旋回では、吉岡著に語る見え方に合いません。
落合さんに、富士山が見えた後の墜落直前までの記述が欠けているのは、墜落による激しい衝撃で記憶が飛んでいるもので、これを追求するのは酷だと思います。

> 落合さんが富士山を見たのを大月旋回時としますと、見え方に難がでます。過去一度事故調航跡ベースの航跡での検証をしましたが、鷹富士さまのDFDR版であっても(富士山から離れる分は見えやすい方に作用しますが)証言のように後方にすうーっと流れるような見え方にはならないように思います。
> 見えたとしての見え方としては、窓枠の下の方からロール戻りに合わせて山頂が窓枠の下の方から見えてきたかと思えば、また機体のロールによって窓枠下方へ消えていく といった見え方であったのではないかと予想します。チャンスとしては、23分50秒と、43分丁度の2回くらいのものでしょう。40度程迄ロールして、水平まで戻すかどうか といった状況が10秒くらいの周期で起こっていた頃合いのことです。

> 覚悟を決めてか墜落まで安全姿勢を取り続けたとしても、膝と膝の間に頭を入れるかのような姿勢はそう長く続けられるものでもないでしょう。それを上空6000m超で というのもすんなりとは頷けないポイントです。羽田に戻ると思うとか、ちょっとした安心感とは対極にあるものでしょう。

F、吉岡著での落合さんの話は、話の中ほどで「私は羽田にもどればいいな、と感じていました。しかし、まだ雲の上で、高度も高いし、ちょっと無理なんじゃないかな、とだんだん不安になってきました。」となっています。
あなたが紹介された、「羽田に戻ると思うとか、ちょっとした安心感」という話は、誰かの作り話でしょう。出所を確認してください。

> 鷹富士さまがそのような主張をされているのは重々承知しておりますが、私としましては少年野球団の一人の「新聞に出ていた飛行ルートは真っ直ぐに群馬県と長野県境を御巣鷹の方に向かったようになっているが、実際には川上村梓山上空で大きく右に旋回した後三国山の陰に消えていった。  」 を重視し、現実の飛行ルートとしての逆S字説を支持します。

G,繰り返しになりますが、逆S字飛行を主張されるなら、それができることを物理的・航空力学的に説明してください。それができないなら、逆S字飛行はただの妄想です。

> これもかつて事故調航跡で確認しましたが、そのような飛行は奥多摩駅付近で、仮にレーダー波を捉えられなかったとしても、1回転10秒毎の、1回か2回までのものであろうとの結果でした。さすがにそれがテレビに流れることはないでしょう。

H,レーダから機影が消えるとすればこの時間しかない、というだけで、テレビが何を根拠にしたかはわかりません。
仮に、10000フィート以下で機影が消えるなら、およそ4分間余り継続しています。9000フィート以下ならおよそ3分間継続しています。
1回あるいは2回の短時間ではありません。

> 他に八王子散田町で飛行機の異常なエンジン音を聞いたというのがありましたが、こちらは18:45頃 となっておりました。その頃ともなりますと、空港は閉鎖され、付近を飛ぶものも限られるのではないかという考え方もあるようです。また、証言は数が集まればバッティングするものも出てきます。両立せず排他となればどちらかを選択するだけのことです。

I、先のNo.2333の昭島市の情報に加えて、今回の八王子散田町の情報しかないなら、情報としては極めてお粗末。
一つ確実なのは、、米軍のC130H大型輸送機が、沖縄から横田基地に帰る途中、JAL123便の事故を知り、横田基地からの指令を受けて墜落現場へ向かい、18時45分から19時の間に八王子上空付近を飛んだ可能性があること。

> 小松便機長の証言は、大月旋回の内容を盛り込む形で新聞には掲載し直された といったことがあったはずです。このようなことが起こること自体なにか裏があるのではないかと思われても仕方はないように思います。

> 「相模湖まで来てます」は皆さんの解釈の分かれるところでしょう。何キロ離れたところにどちらの方向に見ての発言だったのか が重要です。これについて鷹富士さまはいかがお考えでしょうか?

J、「小松便機長の証言は、大月旋回の内容を盛り込む形で新聞には掲載し直された」という話の根拠は何ですか?具体的に述べてください。
「相模湖まで来てます」と言う場合の距離の解釈に様々あるのは当然ですが、少なくとも、46分06秒に事故機が相模湖を見える位置にあったことは確かでしょう。距離の解釈などはどうでもよいことです。まさか、八王子市まで来ていながら、こんな言葉はないでしょう。 

> 根拠となりますと、シンプルには18時台に機影がレーダーから消えるのテロップを見たから となります。これの説明が立たなければ納得するに至ることはありません。

K,この問題の発端は、私がNo.2327 であなたに問いかけ、No.2330 で確認を求めた、「DFDRの改竄を想定するなら、漠然とした想像ではなく、どの部分をどのようにしたかを、具体的・合理的に推測してから行ってください」でした。これに対してのあなたの回答が、「先の画像」であり、今回の「シンプルには18時台に機影がレーダーから消えるのテロップを見たから 」です。いずれも、あなたが主張したいDFDRの改竄について、その理由を具体的に説明できていません。

「18時台に機影がレーダーから消えるのテロップ」に疑問があるなら、テレビ局にその理由を尋ねてください。
私は、No.2334の第9項で可能性を述べ、上記のHでも述べましたが、他にあるなら、ご自分で確認してください。

> あと一つ思うことになりますが、鷹富士さまの書かれたDFDR解析による航跡推定図には途中の通過時刻がありません。1分刻みか、そこまででないにしても要所要所の通過時刻の情報があれば事故について検証されている方々に大いに役立つものと想像しております。

L、図の煩雑さを避けるためと、通過時刻を表示することに特別な意味を感じないので、表示はしておりません。以前、日原の部分で表示したように手間をかければ表示は可能ですが、それ以上の必要を感じません。

まずは、DFDRの改竄ができないことを皆さんに理解していただくことが先決です。

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