DFDR及びCVRデーターの信憑性

  • 投稿No.45
  • 投稿者:憂国人
  • 投稿日:2021-08-15 10:04:15

DFDR及びCVRデーターを信用せずして何を根拠に真相解明かとのご指摘ですが、私は異論が有ります。
私は事故当夜から36年間に渡りこの事故に付いて調べて来ました。  池田昌昭氏の「自衛隊が撃ち落とした」という衝撃的な本をスタートに
沢山の方々のご本を読んで来ました。 中には疑惑否定本も含まれます。
多くの本には沢山の目撃証言が載せられていまして、これら全てが正しいとは信じていませんが全てを否定することは出来ません。
この目撃証言はJAL123便がある数か所の地点でかなりの低空飛行をしていたことが窺われます。
しかるに事故調が発表した飛行航路図(DFDRから調査したと思われる)に依りますと相模湾で異変が起きた地点から伊豆半島を横断し
その後北上して大月付近で旋回飛行するまで高度約7000mを維持していたことになっており、前記の目撃証言とは大きく食い違っております。
私は生存者落合さんが座っていた左側の座席の窓から富士山が左下に見えたとの証言から機は富士山の東側を通り北上したと推察しています。
新聞報道や多くの本で紹介されている航路図は事故調発表のものを信用して(?)出したもので私は疑問に思っています。
科学的に立証されたと言われるデーターが改竄されている疑いが大いに有ると思うのです。
それは真相を解明しようとする人達に対する挑戦でしょうか。
現在、遺族の吉備素子さんらが早稲田大学法学部教授を弁護人に立て日航に対してDFDR及びCVRの情報公開を要求する裁判を起こして
公判が開かれていますが、日航は遺族に公開する義務は無いと抗弁しています。
そもそも日航はJAL123便事故以前の事故の時はデーターは社内関係者には開示していたようですが123便に関してはしていないようです。
日航としてはどうしても死守しなければならない瀬戸際に立たされていると思います。

Re: Re: データ

  • 投稿No.44 元投稿No.43 せきたにさんへの返信
  • 投稿者:宇佐木
  • 投稿日:2021-08-14 23:47:24

> > DFDRのデータには触れず主観的な見解が多く主張の意図がわかりません
> > 外部からの衝突や撃墜説はデータから完全否定できます。科学的根拠に基づいての考察はされないのでしょうか?

> 宇佐木 さんへ

> JAL123便が18時12分に羽田を離陸して後、墜落するまでに限ってですが、公開されたDFDRのデータに信憑性があると考えられますでしょうか?

> 信憑性がなければ、「データから完全否定できます」とは言えないはずです。

せきたに様

それを言い出してしまうと終わりですねDFDRどころかリークされたCVR全ての音声データも疑う事になり今後一切この事故の検証に使用する事が出来なくなりますよ
DFDRのデータを信じないのならば何を信用し検証を進めるのでしょうね

Re: データ

  • 投稿No.43 元投稿No.42 宇佐木さんへの返信
  • 投稿者:せきたに
  • 投稿日:2021-08-11 08:44:01

> DFDRのデータには触れず主観的な見解が多く主張の意図がわかりません
> 外部からの衝突や撃墜説はデータから完全否定できます。科学的根拠に基づいての考察はされないのでしょうか?

宇佐木 さんへ

JAL123便が18時12分に羽田を離陸して後、墜落するまでに限ってですが、公開されたDFDRのデータに信憑性があると考えられますでしょうか?

信憑性がなければ、「データから完全否定できます」とは言えないはずです。

データ

  • 投稿No.42
  • 投稿者:宇佐木
  • 投稿日:2021-08-10 14:49:49

DFDRのデータには触れず主観的な見解が多く主張の意図がわかりません
外部からの衝突や撃墜説はデータから完全否定できます。科学的根拠に基づいての考察はされないのでしょうか?
ご遺族の方が最近のSNSに蔓延る123便フェイクニュースの後押しするような内容を公開する事が残念でなりません

18時30分に富士山の東側を通過したことに気付きにくい理由 その10(総括)

  • 投稿No.41
  • 投稿者:せきたに
  • 投稿日:2021-08-08 20:58:15

 18時12分に離陸後約8分間が経過しようとしていた。
 そろそろ水平飛行に近づこうとしていたタイミングでベルトサインが消えたことにより、客室乗務員が席を立ってミッキーマウスのグッズが配られはじめていた。生存者の川上慶子さんは妹と共にそのグッズを受け取っている。
 その頃機体の上部で〈パーン〉という音がして離陸後最初の異変が起きた。
 異変が起きたことによって、酸素マスクが下りてきた。その時の時刻は18時20分頃のことだったと思われる。
 
 「ただいま緊急降下中。マスクをつけてください。」と日本語と英語で流れました。マスクのつけ方は、となり同士教えあって、あんがいスムーズにつけていました。
 しかし、緊急降下中といっても、体に感じるような急激な降下はありませんでした。

 と落合由美さんの手記には記されている。

酸素マスクが下りてきて、装着がはじまり、「ただいま緊急降下中。マスクをつけてください。」というアナウンスが流れたが、実際には急降下はなかった。むしろ、酸素マスクが下りたことによって、機内で減圧が生じているかもしれないというパイロットの判断で、当初予定されていたいつもの高度まで上昇することはせずにしばらく様子を見ておられたのだろう。 

 総括すると、離陸後、最初の異変が起きて、酸素マスクが下りてきた。 乗客たちは酸素マスクを装着、その頃、「緊急降下中」というアナウンスが流れたが、体に感じるような急降下はなかった。
 そして東伊豆に近付いたところでニ回目の異変が起きた。
 『天命の陳情』という書物を著された村岡伸治さんはこのときに起きた異変はそのときの目撃情報から類推すると、外部から何かが衝突したのではなくて、機体の内部のおそらくは荷物室において油圧配管が破損してしまう程度の爆発が起きた可能性があると言われている。

 東伊豆、河津町のタクシー運転手、近持芳太郎さん(58歳)と渡辺武夫さん(51歳)は河津駅前のベンチで休憩中に、この瞬間を目撃した。
 「海側の北東上空で雷のような〈ボーン〉という音がした。見上げるとジャンボ機は機体後部から灰色の煙を出して駅の上まで水平飛行した。
(『疑惑 JAL123便墜落事故』(角田四郎著)の21ページ)

 上記目撃情報の中に記される
 「ジャンボ機は機体後部から灰色の煙を出して」
 というところ。
 機内爆発ではなく、外部からの衝突であれば、煙は衝突した場所に留まり、機体から遠ざかっていくばかりで、尾を引くような状態にはならない。

 更に、杉江弘さんが相模湾上空における外部衝突説を否定する論拠として次のように記される。

 「それでは、「謎の飛行物体」は、垂直尾翼に対して、横から当たったということだろうか。もし、横からなんらかの物体が衝突してきたならば、反動で機首は物体が飛んできた方向に向くはずである。」

 本来垂直尾翼はとても頑丈に作られている。そして、機体に頑丈に取り付けられている。 
 ということは、垂直尾翼に横方向から外部の物体が衝突すれば、かならず機体そのものを押す働きが生じるはずだ。外部からの物体が飛行中の機体の尾部に衝突すれば、尾部は横方向に押され、反動で機種は外部から飛んできた方向に向く。これは杉江弘さんのご指摘通りだ。押す働きなしに、垂直尾翼だけが破壊されるということは考えられない。

 ところが、客室内にいた落合由美さんの証言は、
 「このときも、荷物などが飛ぶということもなく、機体の揺れはほとんど感じませんでした。」

 とあるので、垂直尾翼に横方向から物体が衝突し、その衝撃で垂直尾翼の半分以上が失われたということはおおよそ考えられない。

 伊豆半島を北上後、ライフベストの装着がはじまり、ライフベストの装着の完了したときのタイミングで富士山の東側を通過したものと思われるが、その間の機体の位置は一貫して雲の上であったが、高度7,000メートル付近というのではなく、富士山の頂上よりも少し上ぐらいの高度で、具体的には東伊豆の河津駅のあたりからはいつもの倍ぐらいの大きさに見えたという程度の高度を保ちながら北上したものと思われるが、富士山の東側を通過するまで、途中急降下はしていない。

 そうすると、村上良平さんの書き残された

 18・30 急に降下中 

 と記されている箇所は必然的に富士山の東側を通過したあたりで、乗客の大半が安全姿勢を取った直後のことであったと思われる。

 (18時30分に富士山の東側を通過したことに気付きにくい理由 完)

 日航123便墜落事故:事故調査への疑惑と真実の追究 (その 3)  ― 旅客機墜落事故の初歩的で 且つ原則的な調査方法―

  • 投稿No.40
  • 投稿者:8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査 分科会 会長 遺族 小田周二 
  • 投稿日:2021-08-04 10:50:45

旅客機の墜落した現場は 目も当てられない惨状で、分解した遺体に慣れた自衛隊すら、目を背けるほどだ。
  旅客機が 墜落する時は、10,000mも高度から、音速に近い速度(10,000k/h)で地面に激突して 機体だけでなく 人間も分解され、破壊され、粉砕され、バラバラになる。 悲惨だ。
乗客の氏名は 名簿で分かっているが、検視による遺体の判別は困難を極める。1985年 36年前では DNAによる検視判断は使えず、血液型、歯形、服装が主流であり 頼りだった。 
 事故調査も内部故障の場合は、残骸、CVR、DFDRだけで、墜落の事故原因を見つけ出すことは困難である。故に、通常の一般的な事故、事件での殺人事故とは 事故調査方法は 全然大きく異なる。 
即ち警察による地道な捜査、調査のよる解決とは 基本的に異なる。証拠とか、被害者との関連での加害者の捜査とかは 役に立たない。即ち 旅客機の墜落事故の調査は、CVR,DFDR,残骸、生存者証言、目
撃証言、関係者証言などから、墜落の原因である可能性の高い事象、異常事態を「仮説」として類推して、それを発生事象と検証して行く方法が 使われる。即ち、仮説を立てて、それを検証するとの手順であり、
検証で成立しない場合は 次の仮説に移行して合致するまで、何回も繰り返し、真実に迫るのである。
 *上野村の険阻な山岳地帯で墜落して、乗客乗員520名が死亡した世界最悪最大の事故について、航空局による事故調査が 始まった。   この明確な証拠がなく、仮説を立てて、検証するとの手順での事故調査、捜査を進める上での重要な経験的科学的な金言、格言がある。 
それは、「事故、事件は 偶然の産物でない。連鎖的な出来事の結果である」
       「墜落は 異常事態が発生して、操縦不能になり、急降下して地面に激突する事象」  
       「墜落を引き起こす異常事態を 墜落の事故原因と 命名される。」
「事故調査は、この墜落を引きおこす異常事態を特定する行為である」
「この異常事態が発生すると 旅客機が 1分以内に 墜落する」  と。

   通常、日航123便の墜落事故は、18:24 123便がその重要な垂直尾翼の破壊事象から、調査がスタートになる。そして 遺族小田も、この手順で調査し、著書に調査分析し結論を記載している。この垂直尾翼
破壊事故は 墜落事件の端緒なのだ。「垂直尾翼」と「油圧装置」の破壊から、32分飛行の末、墜落までの経緯を逐次調査することは、実は調査の基本から、見ると正しい手順ではないと判断出来る。
即ち 掛かる手法は 本末転倒の方法だと言える。勿論、この手順でも、事故調の『隔壁破壊説』も 成立しないことを証明出来たが、真実を究明する立場から、言うと、それは 真実の隠蔽を考える加害者に
とって、真実を隠蔽し誤魔化す機会が増える絶好の手法になっていた。
*逆に、結論は 墜落した場所から、遡って事故調査を行う手法が、基本的に正しい手順であるのだ。
これは、前に記述した格言:「墜落は異常事態が発生して、1分以内に起きる。この異常事態が 墜落の事故原因である」との墜落事象から、見ると、墜落した場所、時間帯、時点から、逆算して調査捜査する方が 旅客機の異常事態に早く接近出来るのである。 ここから、米国など墜落事故の先進国では、墜落場所の機体残骸が全身満足の状態であったかを調査する。このために、バラバラの無数の残骸を全部調べるのは、時間が掛かるので、機体の四隅を調べるのである。
即ち、具体的には 先頭の操縦席、主翼、エンジン、垂直尾翼、APU,水平尾翼などの四隅を調べるのだ。 これで、四隅が 機体が墜落するまで、健在であれば、機体は 主要な保安部品が健在であり、内部の故障に 重点を置いて、調査を進めるのである。
この手法を用いれば、国、事故調査委員会が見逃した墜落の事故原因が明らかになり、国の「隔壁破壊説」なる偽説を否定出来、不必要で 余計な議論を避けることが出来るのである。
*国、事故調査委員会の「事故報告書」に記載されているように、墜落直前には、1分以上前に重要な保安部品である「垂直尾翼」「水平尾翼」「第4エンジン」「APU」が破壊され、脱落していたことが分かる。
これでは、日航123便事故機は金属の塊であり、操縦出来る旅客機でなく、操縦不能であり、墜落は必死であり、墜落したことは 技術的に、論理的に説明出来る。且つ これらの保安部品は 通常の飛行状況では、破壊し脱落することはあり得ぬことで、外部からの衝突での破壊によることしか発生しないことは明白で証明出来る。 この重要保安部品の内、「垂直尾翼」、「油圧装置」「APU」は 18:24に破壊されたことは、CVRの記録で確認出来、その後 事故機は飛行の継続が出来、何らかの操縦技術で飛行したことが推測出来る。この理由については 別途後述する。
一方 事故機は30分以上も飛行出来、18:55:45機長らは驚愕の声を上げ、同じ時刻に乗客のスチュワデス:落合由美氏は、物凄い衝撃で400トンの機体が物凄く横揺れしたことと その後、物凄い急降下したことを体験し、その後 墜落したと証言している。この発生事象は、墜落事故発生時、日航副社長:町田直が押し掛けた遺族に「日航機は、ミサイルで撃墜されたんだ」との告白に完全に一致する。
この町田直は、運輸省の最高幹部:元事務次官であり、自衛隊、政府の極秘情報に近づける人物であり、1971年全日空機雫石戦闘機衝突事件で、事件の捜査に当たっており、自衛隊の責任と総理の辞職を救った人物であることから、証言の信憑性は確かだ。
* 従って、事故機は上野村の領域に入った段階で、何らかの飛行物体の衝突で、「右第4エンジン」は破壊され、右旋回を続け 直ぐに物凄い急降下に墜落に移行したと推察出来、発生事象と合致する。
 この急降下事象は 脱落した「水平尾翼」の破壊脱落による墜落事象と一致する。
このように 123便墜落の事故原因は「第4エンジン」と」「水平尾翼」が外部からの攻撃で破壊、脱落したことだとの結論が導かれるのだ。 尚、墜落地点での機体の残骸分布は、事故機の墜落状況と機体の破壊状況、飛行墜落角度などを推察出来る重要な証拠となる。又 日航事故機が脱落させた残骸は 必ず、重力で真下に落下するので、飛行経路上の位置に落下する。 事故調は 事故機がU字溝を作った折、その「水平尾翼」が真横に500mも飛行したとの説明は 成立しないことは科学的に立証できる。
 *これで航空局、事故調の「隔壁破壊説」は日航123便の墜落原因との結論が成立せず、前橋地検の不起訴判断は、適切な判決であったと帰結出来る。航空局が 「航空局は加害者でない」「この根拠は 前橋地検の不起訴判断だ」との文書は 真実であり、国は 長い期間 30年以上も 遺族国民を騙したことを自供しているのだ。
 

Re: 無題

  • 投稿No.39 元投稿No.38 宇佐木さんへの返信
  • 投稿者:管理人[ 管理者 ]
  • 投稿日:2021-07-30 21:28:59

> 元ご遺族の投稿拝見いたしましたが墜落原因について科学的アプローチされているのか甚だ疑問です

> こちらの掲示板が反論を許さず不適切と判断されるのでしたら削除いたします

管理人です。

宇佐木様、ご投稿ありがとうございます。

この掲示板はいろんな考え方があることを尊重し、それぞれがざっくばらんなご意見を述べ合っていただくことを願っている掲示板でございます。

ぜひとも他の方の投稿に関して疑問を感じられる箇所があれば率直な意見を聞かせて下さい。

無題

  • 投稿No.38
  • 投稿者:宇佐木
  • 投稿日:2021-07-30 19:20:00

元ご遺族の投稿拝見いたしましたが墜落原因について科学的アプローチされているのか甚だ疑問です

こちらの掲示板が反論を許さず不適切と判断されるのでしたら削除いたします

日航123便墜落事故:事故調査への疑惑と真実の追究 (その 2)  ―旅客機墜落事故の調査機関とその業務の実態―

  • 投稿No.37
  • 投稿者:2021.7.24  8.12連絡会 『日航123便墜落事故調査 分科会] 会長 遺族 小田周二 
  • 投稿日:2021-07-28 21:35:45

一度、旅客機が墜落して多数の乗客乗員が死傷すれば、1980年代 日本では 運輸省、「事故調査委員会」の出番である。 この事故調査機関として、米国では、有名な「NTSB」がある。この事故調査機関が設立されたのは、1956年6月の旅客機2機の空中衝突事故が端緒であった。 2機の旅客機がグランドキャニオンの観光飛行で空中衝突事故を起こし、129名が死亡した。この時代は、航空行政は無く、会社単位の無線での交信による連絡で行われ、勿論航空管制はなかった。この調査は一人の航空専門家が調査し、ほぼ完璧な調査が行われ、どのような角度で衝突し、その責任まで、特定されている。米国人の科学的、技術的な調査は、この時の調査は とても、日航123便での事故調査とは 格段の差があった。NTSBは 1967年設立で 大統領直属の独立行政機関。
*日本の場合は、1971年の全日空機雫石戦闘機衝突事件が端緒で、その反省として、1974年に「運輸事故調査委員会」が設立されたが、運輸省の外局であり、独立した機関でなく、内局の「航空局」の支配下に
あり、独自に調査の権限はない。この形骸的な調査組織が日本に、旅客機墜落の事故調査に暗黒の暗雲が立ち込め、現在至っている。
*日本の航空行政を司るのが、運輸省の「航空局」でその業務は(航空会社の設立、運航路線、運賃、航空機の就航、修繕機の飛行許可、修理などに対する許認可、操縦免許交付、空路管制など)あらゆる面に
及ぶ。これらの許認可権限などを駆使した航空行政は、「乗客が目的地まで安全に到着すること」が第一の目的であるという。この安全運航の破綻が 旅客機の墜落による多数の乗客の死亡なのだ。この時にも、
航空局は 先頭に立って、事故原因の究明に立ち向かう。それは事故原因を明らかにして、航空安全のために、再発防止策を策定するためであるのだ。掛かる場合、航空局は 事故調査委員会に出動と、事故原因の
調査を行うことを命じるのである。
*掛かる調査体系での事故調査委員会の調査実績は、角田四郎氏の著では「日本の墜落事故の原因は事故原因が不明か、パイロットの操縦ミスになってしまう」と記述されている。即ち、事故原因が製造会社、運航
会社とか まして国、航空局などが 提起されたことはないのだ。 その上、事故調査の進め方について、山名正夫東大正夫教授が 「主席調査官が二人も更迭され、先ず、求めるべき結論が決められている」と
して、辞任しているのだ。(羽田沖墜落事故、昭和41年2月4日、発生、133名全員死亡)
 この経緯から、独立性のない事故調査委員会は、航空局の指示で、先ず結論を与えられて、結論に合わせて事故報告書を作成する傀儡組織であることが 分かるのだ。
*この理由は明白である。事故報告書は 公文書であり、担当の大臣が、即ち、運輸大臣が受理することが不可欠の条件なのだ。最近、金融庁が 「会社員が退職した後、年金以外に 2,000万円が必要」との
調査結果を纏めて、財務省に提出したが、麻生財務大臣が この受け取りを拒否して、公文書とならなかった事態が発生しており、担当大臣の認定が不可欠であるのだ。勿論,各大臣は総理大臣から指名されて
おり、当然、総理大臣が認めることが 不可欠なのだ。
*この形骸的な事故調査システムから、作成された「事故調査報告書」を分析して、実証する。
事故調査は墜落の事故原因を特定することが目的である。然し、日航123便墜落事故では、その報告書には この墜落の事故原因が特定されていない。前橋地検も「事故原因が解からい」と結論している。
その上、墜落の事故原因が発生してから、墜落するまで、1分以内というのが業界の定説で、日航123便が(垂直尾翼)と(油圧装置)が破壊され、脱落したことが 事故調の事故原因だとの結論は 事故機が
 その後  30分以上飛行出来たことで、垂直尾翼と油圧装置の破壊は 墜落の事故原因でないことが明白になった。
更に、事故機は墜落の危機に陥ったが、機長の必死の新規操縦技術の開発で操縦出来たこと、そして、横田基地に着陸を申請した事態のアントヌッチ中尉の証言、川上村レタス畑への不時着敢行で、操縦性と着陸
 性が 実証されたこと、日航123便は墜落前、45秒前に「水平尾翼」「第4エンジン」が破壊脱落しており、「日航123便の 墜落の事故原因は この(第4エンジン)と(水平尾翼)の破壊脱落である」ことが
結論出来るのである。
*国は「自衛隊の(標的機の日航機への衝突)なる不祥事を隠すための乗客、乗員全員の口封じの全員殺害事件」を「機体の故障による墜落事故」に変更し捏造した内容が 運輸省の「墜落事故報告書」となったの
  である。掛かる噓の 日航123便墜落事故の調査報告書(1987.7)は 日本国の公文書の資格がない。航空局は 意図的に再調査を不作為しているが 123便墜落事故の再調査を行う責務があり、遺族として
  犠牲者の名誉のために 公式に再調査を要求する。

新刊書の紹介

  • 投稿No.36
  • 投稿者:管理人[ 管理者 ]
  • 投稿日:2021-07-21 21:15:34

犠牲者遺族であり、8.12連絡会墜落事故調査分科会会長の小田周二さんが
『永遠に許されざる者』(文芸社 2021年7月15日 初版第1刷発行)
という書物を刊行された。

書物は
「墜落死の真実」を貴方方乗客乗員の霊前に報告する。

という言葉から始まる。

事故調査委員会が当初主張していた圧力隔壁損壊説はこの書物によって徹底的に論破されており、その先は自衛隊がどのようにこの墜落事故に関与していたのかについての自説が展開されている。

B5版で416ページの書物は手に取ってみるとずっしりと重く、内容は力作である。